特異能力と都に忍ぶ影
異世界編です!
目が覚めると、ベッドの上だった。先ほどまでの出来事は夢だったのだろうかと思うほどには現実離れした経験をした気がする。
ベッドから起き上がって辺りを見回すが、木の机と椅子、机の上にあるのは燭台だろうか。どれも見覚えのない品ばかりが置かれていた。
「ここ、どこ?」
木造で造られた部屋からは微かに木と埃の香りがする。窓を開け外を見てみれば、そこには木造と石の建築物がずらりと並んだ街並みが広がっていた。中世ヨーロッパの街並みがちょうどこのような感じだったと思う。実際に見たわけではないが、よく欧州などで紹介される昔ながらの街並みを想像してくれるとわかり易いかもしれない。
「夢、じゃないよな?」
下の通りは人が往来し、時折馬車が走っている。というか大きな蜥蜴のようなものが牽いている馬車もある。見たこともない生物にしばらく呆然と目で追ってしまった。一応ベタではあるが目をこすっても頬を引っ張っても一向に覚める気配がない。
「夢じゃないのか……」
夢じゃないということはあの時出会った少女の神様もシャオ爺と名乗ったステッキを持つ喋るウサギも現実だったのか。そこでようやく思考が追いついた。
「ようやく異世界だー!!!」
感極まって万歳してしまった。ここに来るまでとてつもなく長かったと感じる。歳をとってないし神様は時間を把握していないからどのくらいかは分からないが、途方もない時間がかかっていたと思う。
しかし、ようやくこれで異世界生活が始まるわけである。
一通り部屋の物色をし終わり、最も気になっていたものに目を向けた。
机の上に広辞苑くらい太い本が置いてあり、表紙には『よくわかる異世界生活第一弾!!~これであなたも異世界マスター~』と書かれている。
「なんか出会った頃から思ってたけど、神様って胡散臭いよな……」
少々げんなりしつつも、本を手に取って中身を確認してみる。
LESSON1 勘違いしがちな異世界知識
その一、女の子が勝手によってくると思うな☆
その二、奴隷売買は特定の地域ではしてるけど殆どが男だぞ☆
「はぁぁぁ~……」
そっと本を閉じた。なんというかこれじゃない感満載の本だった。
確かにそういうことをするのが異世界転生ものの王道というかセオリーだとは思っていたが、
まさかこんなに簡単に打ち砕かれるとは思っていなかったし、何よりもっと書くことあっただろう……
神様俗世にまみれすぎな気がする。
また本を開いて、今度は目次から入ることにする。
—目次―
1勘違いしがちな異世界知識……p3
2異世界の服装、生活、大陸、国、文化……p5
3異世界のお金の稼ぎ方……p300
4魔法について……p545
5特異能力について……p1321
6終わりに……p1342
以上が目次の内容だった。
何がヤバいって勘違いしがちな異世界知識が2ページしかないことだろう。なのに異世界の服装、生活、大陸、国、文化は295ページもあり、詰め込みすぎだろうと思って開いてみたが、めちゃくちゃ細かく詳細が書かれていた。
ラノベで鍛えられているはずの俺ですら1ページ読むにかなり時間がかかってしまう。なにせ字がめちゃくちゃ小さい。広辞苑をそこまで使ったことはないが何となくわかる。あれより小さく見える程ぎっしりと文字だった。
魔法についてなんて800ページ近くあるではないか。そういうのに憧れる身としては読んでおきたいが、とても読める気がしない。
「とりあえず、特異能力のとこを読んでおくかな」
あそこまで調弄されたのだ。どんだけヤバい能力を身につけてしまったのか気になるところである。
極端に書かれている本だが、特異能力のところは大きめの文字で20ページほど書かれていた。
「ほかのところは飛ばしてもあんまり影響ないけど、自分の力くらいは知っておいてね」感がものすごく伝わってきて、なんだかなぁと若干呆れてしまう。
はじめは特異能力がどういうものなのかというおさらい的な文章が書かれていた。しかしそこは既に神様からレクチャーを受けているから簡単に流す。
そしていよいよ本題の文章が次のページである。
『神崎千隼様の特異能力について』
「……」
さすがに緊張して生唾を飲み込み、次のページを開く。
特異能力名:言語解析
説明 :あらゆる生物の言葉を理解することができ、また解析した言語は自然と話せるようになる。
以上。
「………………………………………………………………は?」
理解するために軽く5分はフリーズした。
うんうん言語解析ねわかったわかった。すぅ、はぁ…
「はぁぁぁぁぁあああああ!?」
なぜ!?これ以外の言葉が失われたかというくらい頭を埋め尽くしていた。
あれだけの修業をやってシャオ爺からもお墨付きをもらって、すごい能力がつきますというところまではよかったはずだ。
どこで間違った?いやいい。とりあえずもう一度言わせてくれ。
「はぁぁぁぁぁあああああ!!!!????」
外の通りを行きかう人たちがびくっと肩を震わせた。それぐらい大絶叫した。
確かに凄い能力と言われれば凄い能力だと思う。なんせ"あらゆる生物"だ。動物なんかとも会話出来ちゃったりするとか少し夢がある。
いやでも違うじゃん。なんていうかさ、こう、違うじゃん……!
もっとあるでしょ!?超人的な力とか、錬金術使ったりとか、火を噴いたりとかさ!
「ふぅ……」
ひとしきり怒りを吐き出し終えて、ぐったりとベッドに顔を埋める。
今考えれば、あのいかにもなフラグを立てまくったあの二人のせいであるとも思えてくる。神様がそんなフラグを立ててしまえばはるかに確立が上がりそうなものだ。そうなると断言できる。あの二人が悪い。
シャオ・ヨウコクとあの少女の神様。2人の笑顔が今は憎たらしくてしょうがない。
そういえば、これは今更すぎる疑問なのだが、あの神様はなんて名前の神様なのだろうか。
「まあいいや。今度会ったら確実に殴ろう…」
そんな怒りをかみ殺したつぶやきは虚空へとむなしく消えていった。
こうして異世界生活は波乱な幕開けとなったわけだ。
* * *
王都近郊にある通称”魔障の森”と呼ばれる場所には、本来人は昼間以外では出入りしない。いや、できないといった方が正しいか。
ここには強力な魔物が生息していて、年中濃い霧に包まれている。そこに入るには特殊な魔法を扱う魔導士を連れて行かなければならないが、それでも一度迷ってしまえば最後、永遠にそこから出ることはできないとすら言われている。
そんな森の中をスキップをしそうな軽い足取りで鼻歌を歌いながら悠々と歩く一人の女がいた。
「ふんふん~♪ どこかなぁ?出ておいで~♪」
その女は笑顔を振りまきながら夜の霧深い森を歩くが、その目は霧の中でもわかるほどに真っ赤にぎらついていた。
目は獲物をとらえるかのごとく迫力で周囲を観察している。霧のせいで声から女ということと、赤い目以外に何もわからない。
「こんな森の中じゃ危ないよー? お姉さんが助けてあげる♪」
「っ……っ……」
そんな女の声を近くに感じて、木の陰で手で口を押えながら必死で息を凝らす少女。怖くて怖くて、恐怖に押しつぶされて今にも泣きそうになりながらも、しかし声を出したらあの女に見つかってしまうから懸命に我慢する。
何故自分がこんな目に遭うのかは等はもうどうでもよかった。今はただ、あの怪物から逃げることだけを考えていた。
少女があれを最初に見たのは外で数人で遊んでいるときだった。紅い瞳の綺麗な人。それが少女が抱いた最初の印象。
一緒に逃げてきた友達は既にこの世にいない。
私だけでも逃げて王都のみんなに知らせなければならないと少女は怯える心を必死で鼓舞した。
あれは人がいる街中を平気な顔をして歩いている怪物だ。
やがて鼻歌とともに遠くへ足音が消え、安堵してその場から離れようと腰を持ち上げた瞬間だった。
「みぃつけた♪」
真っ赤な目に三日月の弧を描いた口。
「ひっ――――」
その直後、一瞬辺りが黒一色に包まれた。
「ふぅ」
黒い何かが収縮していくと、そこにはおなかをポンポンと叩く赤目の女がいるだけだった。少女の姿はどこにもない。
一つ変わったことがあるとすれば、女の全身が真っ赤に染まっていたことだろう。
「ふん、ふふふん~♪」
女は鼻歌を歌いながらまた歩き出す。
次の獲物を見つけるために。