魂
よろしくお願いします!
「早速訓練を初めて行きたいのじゃが、そもそもなぜ訓練が必要なのかということを説明せねばならんな。」
近くの木をステッキで切り取った切り株を教壇代わりにして立ったシャオ爺から講義を受けていた。
「お主の場合、例外に例外が重なったかなり貴重な例だといえるのじゃが、まず第一段階として天界の管理に及ばないところで間違った死を受けてしまった者には世界を渡る権利と生き抜くために能力を授けられるのは知っておるな?」
「それは神様から聞きました。」
天界というのはおそらくあの世界のことを言うのだろう。神様によって呼称が変わるのかもしれない。
「うむ。その能力というのは魂の潜在能力に依存するものであるからして、お主の場合はその魂に問題があったわけじゃ。まあ特徴が無かったわけじゃな。」
「うっ」
改めて言われると、かなり深く刺さるものがある。
「じゃが魂に能力を書き込む方法がある。これは特殊でな。そこまで頻繁に行われることじゃあない。」
シャオ爺曰く、魂に手っ取り早く書き込む方法は二つある。
・初期化
・追い込められた状態で精神と肉体のレベルアップ
「初期化って?」
「簡単じゃよ。いわゆる転生じゃな。記憶もすべて忘れて真っ白な状態に戻すのじゃよ。本来ならこれを行うのが手っ取り早く一般的ではあるが、今回は異例じゃからの。」
天界にも人員やらの問題があるらしく、いちいち神様を引っ張りだして訓練することはないらしい。
(天界のコストパフォーマンスの話なんて夢壊れるよなぁ。聞きたくなかった。)
「だからレベルアップを図って器を作成する。じゃからこれから行う訓練はいわば器づくりと考えてくれ」
「器づくり?じゃあ能力は?」
「ランダムじゃな。神のみぞ知るというやつじゃ」
いやあんたも神じゃないのかよと心の中で突っ込みを入れる。
「そんな顔をするでない。どっちみち能力を得るには器が必要なんじゃから避けては通れんよ」
そう言われてしまえばここは訓練をするしかないだろう。何よりランダムならかなりかっこいい能力を手にすることができるかもしれない。
「そんじゃ、早速訓練を始めるとするかの。」
「よろしくお願いします!」
訓練内容は以下の通りだ。
其の1、あの焼け野原まで走り続ける。およそ100キロ 決して立ち止まってはいけない。走れなくても歩き続ける。
其の2、こぶしを突き出す行為を繰り返し1万回。
其の3、腕立て腹筋1万回。
其の4、木を殴って倒す。倒れるまで繰り返す。
「これを繰り返す。以上じゃ」
「ほぼ筋トレしかしてないんだが!?」
まさに根性という話である。
「力を欲するならばまず器からというじゃろ?」
「それにしたってもっと何かあるでしょう?これじゃあちょっと設定的にも弱すぎ———」
「ないわい。それとも何か。お主、あろうことかこの儂に文句を言うておるのか?」
先ほどの大爆発のようにステッキを俺に向かって突き付けた。その視線は細められ、さすが伊達に武神を名乗っていないのか、ウサギの姿をしているとはいえ喉元にナイフを突きつけられているかのような圧があった。
「や、やらせていただきます。」
「うむ。よろしい」
すぐに圧は消え、そこらにいる陽気な好々爺になっていた。
そして俺は死ぬ気でこれらを行った。ほんとうに死ぬ気で。
だって後ろでステッキ構えてるウサギが怖すぎるんですもの。
* * *
それからかなりの月日が経った。もうかれこれ20週はこの訓練を行っているのだ。
このくらいになるとまず100キロマラソンが余り苦じゃなくなってきた。木を倒すのも最初こそ一週間以上かかったが、今では一日もあれば倒せるようになった。
つまり今の4つの工程は4日もあれば終わるようになっていた。
「そろそろやることを増やしていくかの」
「まだ増やすんですか…」
「当り前じゃろ?これまでのは器の芯を作る部分。これから追加していくのが外郭の部分じゃ」
「うへぇ…」
「ほれ、このメニューを追加じゃ」
其の5、手刀で木の枝を切る100回
「……この訓練、手の酷使が凄すぎません?」
「足よりも手の方が心臓に近いしの。それに手の方が使えたときに便利じゃて」
いまいち納得できないまま、またかなりの月日が経過した。その間、
手刀が慣れてきたということで木を直接そのまま切るという無理難題も課せられていた。当然ステッキを構えたウサギから逃げるわけにもいかず。
そして追加した訓練をさらに100周近く行ったころ。
「よし、そろそろ完成したかの」
「やっとですか……ほんと自分でも何してるか途中からわからなくなってましたからね。誰かさんは何にもアドバイスくれないし。」
俺がひたすら訓練している間、このウサギは何をしていたかというとステッキを構えていた。ただ、それだけ。
それ以外のことなど本当にただの一度もやらなかった。時たま話したと思ったら自分の武勇伝だったり、恋の話だったり。
「その減らず口は魂に刷り込まれているようじゃの」
「誰のせいだ、誰の」
「さての?」
そんな軽口を言い合いながらシャオ爺が連れてきたのは、訓練した場所から50キロは離れた森の奥地。ここまで走るのはもうかなり慣れたものだ。全速力を保ったままでも行ける。
それに、常に同じ場所を走るわけではなく、時には森や砂漠といったいわゆる極所と呼ばれるところでも走っていたのだからこのくらいはわけない。
連れてこられた場所は、今まで見た中でも一番に入るんじゃないかというくらい巨大な大木の前だった。
「…シャオ爺、まさかとは思うんですけど、これ切り落とすんですか…?」
「まさか、そんな優しいわけなかろう」
「ですよね!もっと簡単ですよね!…………え?」
「一発で切り落として、ついでに切り倒して倒れてきた木を殴って爆砕させてみよ」
この爺さん頭おかしくなったんじゃないだろうか。日本で見た縄文杉と同じくらいの太さのこの大木を、一発で切り倒してなおかつ爆砕させろ?
そんなのほぼ不可能だ。確かにこれよりは小さいが、同じことはできるようになった。だがこれは明らかに別格である。せめて2,3発は欲しいところ。
「お主が懸念しておることは些細なことよ。なに、あとは自分を信じ切れるかどうかじゃて」
「はぁ……」
自分を信じる、か。確かに今まで自分は自分を信じるということをしてこなかったとは思う。これは日本人だからなのか、ある意味謙遜という日本人が持つ美徳ともとらえることができる。だからこそ「自分なんて」と思っていたところはある。
では自分を信じるとはどういうものなのか、全く見当もつかない。「やればできる!絶対できる!!」とか暑苦しくなることなのだろうか。
それも一つの形ではあると思うがまた少しずれているようにも思う。「このくらいできて当然」と心の底から思うのは難しい。さてどうしたものか。
悩んでいる俺を見てため息交じりにシャオ爺が口を開く。
「この訓練でお主にアドバイスができるとすれば、ここまでの訓練を成し遂げられた生物はお主しかおらんということじゃ。」
それがアドバイスなのだろうか。だがふと、思った。
「あれ、ひょっとして今俺最強?」
シャオ爺に確認のために尋ねると、やれやれという顔をしている。
お?なんか急にできる気がしてきたぞ。
呼吸を整え、大木を正眼に見据える。
「はぁ~」
一気に呼吸を吐き出し、そして一気に肺に空気を取り込む。
「ふっ!」
大木めがけて袈裟懸けに切り込む。そしてそのまま懐で拳を練り上げ、正拳突きの構えをとる。この段階で、大木は斜めに線が入りズレた。
(お、意外といけるかも?)
そして倒れ始めた大木めがけて渾身のこぶしを叩きつける。
瞬間、拳を叩きつけた場所を起点として一気に罅が突き抜けて一気に飛び散った。
「で、できた……」
「意外じゃな……」
「え、今なんて?」
意外って言葉が聞こえた気がするが、このウサギ野郎はできないのを承知でやらせていたのか。だとしたら腹が立つが、
「うぉっほん!んにゃ、なんでもない」
どうやら彼は誤魔化すと決め込んだらしい。
弾け飛んだ木くずの音が、訓練の終わりを告げていた。
まさか、ここまで成長を見せるとは。
そう思って、爆砕する木を見つめるシャオ爺は表情にこそ出さなかったが、呆然と驚いていた。
当初の予定では、彼にはこんなのできて当然と言って試すものの失敗に終わり、次の訓練あるのみとまた更なる課題を与えるつもりだった。
(どうしたもんかの……)
実際千隼は勘違いして俺最強とか言っていたが、そんなことシャオ爺は一言も言っていない。そもそもこの訓練をやったやつが今までに千隼ただ一人なのであるから、彼しか成しえていないのは当然といえば当然なのである。
このまま訓練を終わりにしても問題はないと思うが、ここまで成長するのであればもう少し訓練をつけてより強力な器にしてもいいとも思える。
「では最後の訓練をこれから開始するとしようかの。」
「うぇっ まだあるの!?」
シャオ爺はより強力な器にすることに決めた。
(さて、どうなるかの?)
兎の翁は目の前でうんざりしている千隼を見て、ステッキをクルクルと手のひらで躍らせて窃笑した。