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兎の爺

「では、特異能力を書き込んでいくんですが、そのためにはまず、あなたの特徴を読み取っていかなきゃいけないのです。」


そう言ってずいと近づく神様にドキッとするが、神様はお構いなしに千隼の胸に手を当てた。


「では読み取っていきますね」


 少女が男の子の胸に手を当てている状況というのは正直珍しいことではあるが、そもそも神様とはいえ女子に近づかれたことが一度もない俺にとっては触られているだけでドキドキしてしまうのだが。胸がドキドキしていないか心配だ。というか鼓動ってあるのだろうか。魂だけだし。


 しばらくそうしてじっとしていたが、「あれれぇ~?」と神様の表情がだんだんと曇ってきた。


「え、えーとですね、非常に言いづらいことといいますか何と言いますか………特徴がないですね。」


神様も混乱しているようで、上手く言葉を出せていない。


「ん?ない?」


「ないんですよ…特徴が。こんなことあるとは思いたくないんですが……失礼ですが、特技とか好きな科目とか、夢中になったことってありました?」


本当に失礼なことを聞く神様である。なんだかまるで俺に特徴がないみたいじゃないか。


「特技はないですね。好きな科目とかも……特に無いですね。夢中になったことかぁ…………………ない、かな?」


 生まれてこの方自分にしかできないようなことだったり、これなら一番になれるといったものは一つもなかった。嫌いな科目はいくつかあったが、じゃあ好きな科目や得意な科目があったかといえば、そもそも学ぶことが嫌いな何の生産性もない人生を送っていたからそんなものあるわけない。


夢中になったことも周りに合わせてきた人生で自ら率先してやっていたことは無いはずである。


ということは、だ。


あれ?俺ひょっとして滅茶苦茶つまらない人生送ってたんじゃ?


 神様は明らかに大きなため息を一つつき、頭を抱える。


「それが原因です。千隼さんは心の底からそう思っているせいで魂の部分にもその影響が出てしまっているんです。結果、何の特徴もない魂が完成してしまったわけです……」


「さいですか…」


 少女の恰好でかわいらしくうんうん唸っている姿を見ていると、なんだかこちらにも罪悪感が芽生えてしまう。


「なんか、ごめんなさい」


「ほんとですよ……はぁ、こんな理由で何の特典も付けずに転生させてしまったら上からこっぴどく叱られてしまいます…あ、あの手ならいけるかも!」


 「ちょっと待っててくださいね!」と神様は曇り切った表情を一変させ、近くの扉に入っていった。


 あの扉はどこに通じているのだろうか。上から叱られるとか言っていたし、ここはいわゆる会社みたいな構造になっていて、扉の向こうには別のオフィスみたいなのがいくつも広がっていたりするんだろうか。


 しばらくそんなどうでもいい考察をしていると、扉が勢いよく開かれ、中から満面の笑みを浮かべた少女が何やら自分の両手ではギリギリ収まっていないんじゃないかという量の紙束をもって戻ってきた。


「お待たせしましたぁ!」


「それは?」


「これは、ちょっと面倒な手続きの書類です。千隼さんが()()()()()()()極めて珍しい例だったので、上に掛け合って異例措置の対象にしてもらいました!」


 その言葉には若干の棘が含まれていた気がしなくもないが、とまれ


「それで、僕にも能力が?」


「はい!ばっちりですっ」


「ちょっと待っててくださいね」と何やら書類を一枚ずつパラパラと捲っていく。


「あっありました。……それでは、注意事項を読み上げますね」



一つ、これから起こることに関して、一切の口外を禁ずる。


一つ、この契約を結んだ時点より一切の反論を禁ずる。


一つ、契約の結果が振るわなかったとしても、こちら側に一切の責任がないものとする。



「以上の点を踏まえたうえで、千隼さん。契約しますか?」


 なんだろう。このブラック企業に就職するときにサインしそうな内容の注意事項は。


「一応聞いておきたいんだけど、何するの……?」


「それは秘密です☆」


 怪しすぎるっ!


 詐欺師が内容を誤魔化しているようなものではないか。


 しばらくジト目で少女をにらんでみたが、張り付けたような笑顔を一切崩すことなくこちらを見つめている。はたから見たらものすごいシュールな光景なのではないだろうか。


 やがて観念したのか、少女はぷはぁと可愛らしくため息をついた。


「しょうがないんですよ。これは決まりなので言えないんです。上の圧力って結構凄いんですよ?生前の千隼さんだって死にそうなくらい…あ、これは言っちゃいけないんでした。」


「おい、死にそうなくらいなんだって?」


 死にそうなくらい何なのだろうか。25で死んでるんだから普通に生活してれば会社員になっているはずだが。そこで死にそうなくらいパワハラでもされちゃってたのか問いただしたいところではあるが、


「い、いえいえ!なんでもないんですよ、なんでもっ ささ、契約しちゃいましょう~」


 神様はそう言って強引に俺の手を引っ張ると契約書の紙に着けさせる。


「はいこれで契約完了です~」


「こら!勝手に———」


「ではこれより施設に案内しますね~」


 神様が指をパチンと鳴らすと、二人の足元に穴が開く。


「は?わー!!」


 二人はそのまま暗闇の中に落ちていった。


*    *    *


「う、うーん……………ここは?」


 しばらくの落下の浮遊感の後、落下の感覚から解放されて目を開けると、自然豊かな土地が広がっていた。よく見ると遠くにうっすらと町も見えている。ここはもう剣と魔法のファンタジー異世界なのだろうか。


「ここは訓練用に私達が用意した仮世界。近くて遠い世界(ネイザーワールド)といいます。」


「ネイザーワールド?」


「あらゆる世界の影響を受けて創られた世界ですから、どの世界からも言葉通り『近くて遠い』んです。」


「へー」


「わかってないのまるわかりですよ、もうっ。まあ、ここは実験施設みたいなものだと思ってください。」


「実験施設?」


「世界の調整をするために、調整生物バランサーを投入することがあるんですよ。ここはその生き物がそれ以上でも以下でもない理想通りの影響を与えられるかどうか確認するための世界でもあるんですよ。」


「なるほど?」


「まあそんなことは結構というかかなりどうでもいいことなんで……早速始めましょうか!先生!よろしくお願いします。」


 神様の合図の後、俺の頭上に小さな穴が現れ、そこからウサギのような不思議な生き物が頭の上にひょいと乗った。


「うわっ」


「待って居ったぞ。お主を鍛えるため、遥々天界よりやってきたことに感謝するがよい」


「しゃべった!?」


「シャオ爺様、どうぞよろしくお願いします。」


「いやはや、ここまでご苦労じゃった」


 神様に深々と頭を下げられたシャオ爺という不可思議な生き物は、手に持ったステッキをくるりと回して礼を返した。


 シャオ爺の見た目は完全にウサギだった。いや二息歩行のウサギだ。しかし喋る。それにかなり器用なようでステッキを右前足でくるくるとまわしている。天界とはあの世界の根幹(ワールド・ロード)の事だろうか。さすがは全ての世界に通じている所からやってきているだけはあるのか、完全に何でもありだ。


 そんな何でもありな生物シャオ爺は千隼の頭の上からステッキでコツコツと頭を叩く。


「お主、名はなんと申す?」


「神楽坂千隼、です。」


「和名か。なんとも珍しい。儂の名前も大概じゃが、全世界で見てみても和名とはかなり珍しいの」


 うんうんと胡坐をかいてステッキで俺の頬をぺちぺちと叩く。あまりの出来事にこの状況についていけてなかったが、そろそろ説明してもらいたいと、神様に目を向ければ、「忘れてました!」と小さく漏らした。


「シャオ爺様は天界でも有名な凄い方なんですよ。とある世界では戦神として讃えられている凄い方なんです。」


「ほえー」


「……お主、疑っておるな?よかろう、儂はここから一歩も動かんから一度でも触れられたら合格じゃ」


 合格って何にだよ。とは一瞬思ったが、それでもそんなことはわけないと挑むことにする。こんな茶番はさっさと終わりにして早く剣と魔法の異世界で冒険したいのだ。


「言いましたね。ところで天界にはあなたのような方って何人もいらっしゃるんですか?」


「おるぞ、それこそ星の数ほど「それっ」おっと、惜しかったの」


「天界は世界の根幹の先にある神様達が住まう世界の事ですよ。世界の根幹から先を総じて上層世界とも呼びます。」


 このタイミングでしっかり知識を披露する神様。しかしそんなことは今はどうでもよかった。


 このウサギ、もしかしたら相当手強いかもしれない。




 もうどのくらいの時間格闘していただろうか。




「ぜぇ、ぜぇ……」


「もうしまいかの?」


「く、クソっ……」


 結果として未だに触れていない。結局一歩でも動けばその時点の負けなのだからと、途中から頭を全力で振ったりしていたがもう限界だった。というか魂の体なのになんでこんなに息切れしちゃうんだよ。


「なんじゃお主、息切れが不思議か?ここは天界じゃない。今のお主はほぼ実体化しておるんじゃよ」


「そ、それを先に言っておいてくれよ……」


「聞かれなかったしの」


 神様にも非難の目を向ける。暇なのか、可愛らしく欠伸をしているのを何とか誤魔化そうと伸びまでして、目をそらした。


「だって、聞かれなかったんですもん。」


 なんだこいつら、親切で教えることはあるくせに中途半端にそうやって逃げる。なんというか雑だ。


「さて、お主もこれで儂の実力が分かったじゃろ?」


「うーん」


 確かにこのウサギはかなりすごいと思う。それこそ俺が全力でパンチを繰り出しても簡単に往なされる自信があるし、おそらく戦っても確実に勝てない。それほど強い。まあ俺がそこまで強くないからかもしれないが。


「ただなぁ」


 まったくもって派手じゃない。避けるのもバランス感覚がすごいのもよく分かった。ただ地味なのだ。この上なく。戦神というくらいだからもっと派手でカッコいいものを想像していた分、少しがっかりした。


 すると、納得してない理由を察したのか、シャオ爺はため息をつきステッキを徐に遠くに見える街に向ける。


 そしてそんなシャオ爺がこれからすることを理解した神様は慌てて止めに入ろうとする。


「シャオ爺様!?ちょっ」


「“神の戯れ”」


—―――――――――――――!!!


 シャオ爺が何事か口にした途端、遠くの情景が一瞬にして吹き飛んだ。時間差で爆風がこちらにまで及び、たまらず身構え顔を隠した。


「マジですか……」


「マジじゃよ」


「やっちゃいましたね……」


 呆然とする俺をしり目に自慢げに鼻をつんと吊り上げるシャオ爺。目の前の焼け野原を見て頭を抱える神様。


「さて、これで儂の実力はわかってもらったかの?」


「もらったかの?じゃないですよー!!もうどうするんですかこの事態っ」


「なんじゃ、勝手に修復するじゃろ?そんなに騒ぎ立てることもあるまいに」


「馬鹿なんですか!?ここには実験にすでに着手している生物たちがいたんですよ!こんなにも環境破壊されたら、区域長に謝りに行ってそれから関係各所に頭を……ああ、もうっ」


「な、なんかすまんの……」

「ご、ごめんなさい……」


「謝るなら最初からしないでくださいよぉ」


 完全に涙目でべそかいてる神様に攻め立てられて気圧されるシャオ爺となぜか自分も申し訳なくなって気圧される俺。


 「あとはよろしくお願いします」ととぼとぼと帰っていく神様をシャオ爺とともに申し訳ない気持ちで見送った。


「さ、さあ、気を取り直して始めるとするかの!」


 そして能力を手にするための地獄のような訓練が始まった。


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