8.宿れよ力、この腕に
「――何者だ……? あのストーンゴーレムは……」
女神の庭園の宙に浮かぶ魔法のモニター。
そこにはクサハエル氏のポカンとした顔が映し出されていた。
クサハエル氏の初撃はストーンゴーレムの腕を斬り砕き――そしてそこを不思議な力で爆発、四散させた。
どうやらあれが『大地の試練』で手に入れた力らしい。土属性付与といったものでは無かったので、炎属性付与を与えた俺も一安心だ。
そしてその直後、負けを悟ったのか――片腕を失ったストーンゴーレムは驚異のスピードでその場を逃走した。
まさかあの巨大な図体であんなにも速く動けるとは……。
これには俺も驚いたが、クサハエル氏も同じようだった。ちなみにクサハエル氏の横にいた女の子も呆然としていた。
魔法のモニターを消し、椅子に腰を掛けて一休み。
いつも通りのまったりとした時間が訪れる。
「それにしても――転生者同士が会ったのはこれが初めてだなぁ……」
ストーンゴーレムに転生させたあの男――名前はなんだっけ? 岩男でいっか。まさか岩男がクサハエル氏とあんなにすぐに出会うとは。
さらに即戦闘になったのも意外ではあったけど……言葉が喋れないんじゃ仕方ないか。うん、コミュニケーションって大切だ。
逃げた岩男も片腕は無くなってしまったけど、転生スキルもあるし、何とかなるだろ。
……転生スキル、何をあげたっけ……。あれ、そういえばあげたっけ? ……まぁいっか。
それにしても俺の関与した転生者が、俺の手を離れたところで接触するっていうのは何か面白いな。
何というか、『現実は小説よりも奇なり』というか――小説で紡いだ話の続きが、現実が展開される……そんな感じかな?
小説で『奇』を作り出して、そしてそのまま現実が『奇』に拍車を掛ける、みたいな。
そういえば転生先の世界はそれこそ無数にあるんだけど、今までは元・女神様が行った世界に何となく転生させていたんだよな。
でもこんな偶然が見られるなら、しばらくは意識的に同じ世界に転生させ続けてみようかな。
まだまだ俺もビギナー女神だし、これは手抜きではなくて一括管理をするための有用な手法でもあるのだ。うん、本当に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その二日後、鐘の音が響いたので転生の間に行くと――少女が一人、立っていた。
年の頃は15歳くらいか。転生適齢期だな! いや、そんなのは無いけど何となく。
「迷える魂よ……、ここは転生の間。運命に導かれし者のみが来訪を許される場所……」
「――ッ! そうか、ここは神の座……ッ! 私の運命を新たに刻む……約束の地ッ!」
……は?
俺の言葉を受けて、少女は何やらつぶやいていた。……え、えっと、とりあえずこっちの台詞は全部言わせてもらおうか。
「私はこの転生の間を司る女神……。名前はリーネルペルファ。
あなたは運命に導かれ、転生の機会を得ました。どのような世界に、どのような来世を望みますか――?」
「転生……。私の魂は死して尚、次なる輪廻へと誘われる。いや、死とは何か? それは終焉に非ず、ひとつの始まりに過ぎないということ……」
あ、あー……。
こ、これは――……厨二病の人だッ!!
やった、待ってたんだ! 厨二病の人に絶対付けたい転生スキルを見つけてたんだよ!
よーし、頑張って誘導するぞー!
「その通りです。あなたが言う通り、ここはひとつの始まりが生まれる場所。そして、数多の可能性を手にする場所でもあります。
……さぁ、あなたは何を望みますか――?」
「ようやく私の存在が世界に認められたか。何を望むか……だと? くくく、そんなことは決まっているだろう……ッ!」
おお、これは期待出来る――――ッ!!
「私、恵まれない子供のために孤児院を作りたいです!」
……………………………………………………えっ!? ええぇっ!? ええええぇえええぇ――――――――――ッ!!?
ちょちょちょ、ちょっと!? なんで急に普通の口調になるの!?
しかも、孤児院を作りたいの!? すっげー良い子じゃん! 好きだよ俺、そういうの! でも、この流れで何でそうなるのッ!?
「――孤児院、ですか」
「はい! 色々な事情で親を失った子供は多いんです。そういった子供に、夢を諦めないで立派に育ってもらいたいんですっ!」
「素晴らしい心掛けです。しかし、あなたもまだ若いようですが――」
「あっ、そうですね。若輩者が生意気なことを言って申し訳無いのですが――私の将来はこれと決めていたんです。
私は死んでしまったようですけど、次があるなら、その夢を叶えたいんですっ!」
……いや、あのー。口調! 口調!
「……最初と比べて、ずいぶん口調が変わりましたね」
「あ、そうですね。何だか女神様を前にしたらつい安心してしまって!
女神様はさっきの方が良いですか? ――くくく、把握したぞ。ならばこれで話してやろう」
――あ、戻った。
「孤児院の件は、分かりました。他に何か叶えたいものはありますか――?」
「笑止。ならば偉大なる力をこの手に宿してもらおうッ! その力は我が現身を通じ、子供らの強さへと至るであろう」
えっと、強い力――それを見て、子供たちが夢やら希望やらを見出せるものなら良いのかな?
「ひとつ聞いておきたいのですが、その口調は無理して……いませんよね?」
「あ、大丈夫です! どっちも同じくらい楽なので! ――くくく、女神ともあろう者がそのような些事に拘るなど……」
そ、そうなんだ? 案外器用だなぁ……。
俺は時間を止めた。
さて、それじゃ転生の設定をするかな。
まずは転生させる世界は――元・女神様の行った世界だ。
次に孤児院か……。一から作るのと、今あるものを運営するのはどっちが良いかな?
作りたいようではあったけど、まだ若くて経験も無いだろうし……今回は後者にしておこう。
そこが順調に行ってから、理想の孤児院を作ってもらいたいな。
……ふむ、探してみれば色々とあるが――運営が難しくなった孤児院を見つけたぞ。
院長不在……か。このままにしておくと廃院になりそうだし――子供もたくさんいるみたいだしな。
よし、ここに決定っと。
外観は今のままでも問題無いけど、多少は現地に合うように調整して……。
そしてお待ちかねの転生スキルは、最初に決めていた通り――コレっ!
それに加えて、孤児院を運営するのだから生活系のスキルも充実しておいてあげよう。
俺は良い感じで設定出来たことに満足しながら――時間を動かし始めた。
「――……あなたに使命を与えます」
「ほう……女神からの使命とは面白い」
「あなたの転生する先に、窮地に陥った孤児院があります。
院長は魔物に襲われて不在なのですが、そこにはたくさんの子供が残されているのです」
「……なるほどな、皆まで言うな。私が責任を持ち、その者らを庇護しようではないか」
少女が俺の話に同意すると、彼女の身体が光り始めた。
「――ありがとうございます。
それでは、あなたに宿った新しい力とずっとお持ちの優しさで……子供たちを見守ってあげてください――」
「容易いことよ。私の命に代えても、女神の願いは叶えてやろう。――……はい! 私、頑張ってきますねっ!!」
少女は最後に普通の言葉を残し、光の中に消えていった――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――私の名前は加納亜紀。
厨二設定をこよなく愛する中学生――だったんだけど、どうやら死んで異世界に転生しちゃったみたい。
とはいえ、私が今いるのは普通の森の中。
異世界と言われても、森は特に違いは無いからなぁ。そんなわけで、実感はまだ無い感じだ。
……それよりも早く孤児院を見つけないと。
そこの院長は魔物に襲われて不在らしいから、早く行ってあげないとね。
――……って、『魔物』!? あの女神様、確かに魔物って言ってたよね!?
今もしここで魔物に遭ったらどうなるんだろう……? 即ゲームオーバー? ゲームじゃないけど!
不安に思いながら周囲を見回していると、視界の隅に何かボタンのようなものが見えた。
意識を集中させると――ゲームのようなステータスウィンドウが見えるようになった。
「うわぁ……やっぱりゲームみたい? えぇっと、ステータスはあまり高くなさそうだけど……。あ、スキルはたくさんある!」
生活に役立ちそうなスキルが多かったのだが、その中でひとつだけ違う存在感を放つものがあった。
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【詠唱攻撃】
(転生スキル/アクティブスキル)
詠唱が攻撃に変換される。
その内容が有効で無い場合、リバウンドによるダメージを受ける
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――何だろ、これ。
詠唱っていうくらいだから魔法なのかな……?
(……うえーん ……うえーん)
――……あれ? ……何だか遠くで、子供の泣き声が聞こえる?
何やら怖がっているような……おびえているような……。
次の瞬間、私の脚は声の主の元へと、勝手に走り出していた。
子供をようやく見つけると――その子供は、熊を目の前に立ちすくんでいた。
熊……なのだが、テレビで見た熊よりも何か大きい。これ、もしかして熊型の魔物……?
「うえーん、助けてぇえええっ!」
子供は私に気付き、一際大きな声で助けを求めた。
その大きな声に魔物は反応して――子供にゆっくりと近寄り始める。
こ、子供が魔物に――ッ! た、助けないと……で、でも……怖いっ!! 普通の熊でさえ怖いのに、あんなに巨大な――!
で、でも子供が――ッ!!
そ、そうだ! さっきのスキル! ええええっと、あれ、私、魔法を使えるんだよね!?
よ、よく分からないけど、ダメ元でぇえええええ――――ッ!!
「ファイア・ボール!!」
私は魔物の方向に手をかざし、何だかそこら辺にありそうな魔法っぽい名前を口にした。
その瞬間、私の手から魔物へと――火球が飛び出した!!
……ポスン。
そしてすぐ消えた。……しかもやたら小さかった。
えぇええぇ!? 魔法が使えたのはすごいけど、何この低威力っ!!?
「グルゥ……」
「……え?」
一連の私の行動と、小さいながらも現れた火球の光に反応して――魔物は子供に近寄るのを止め、こちらに向かって歩き始めた。
「ちょ……え、ええ? こっちに来るの!?」
ひとまず子供から注意が逸れたのは良かった。しかしここからどうする――!?
私が使える魔法は何か弱いっぽいし、他にはどうしようも――……。あれ? そういえば私のスキルって、魔法というか――『詠唱攻撃』、なんだよね?
もしかして、詠唱すれば何とかなる――?
魔物がこちらに向かってくる速さはゆっくりとしたものだった。
それでもチャンスは一回しかないだろう。私は覚悟を決めた。出来るだけ、長く詠唱をしてから攻撃するんだ――。
「――灼熱の炎は我が手に宿り、愚か者を焼き尽くす。肉を裂き、骨を砕き、汝に与えらるるは無慈悲なる骸。受け入れよ、虚ろなる未来を。抗うこと無かれ、全ては大いなる意思のままに流転するのだから――。我が魂の咆哮を喰らえ、ファイア・ボールッ!!!!!」
詠唱が終わった瞬間、私の手から魔物に向かって――激しく燃え盛る、巨大な火球が現れた。
そしてその火球は魔物に襲い掛かり、歪な音を奏でながら魔物を消し炭にした。
「――……おぉぅ」
目の前の信じられない光景に、私は腰を抜かす。
なるほど、詠唱すれば――いや、するほどに威力が上がる魔法……なのかな……?
そういえば女神様に、厨二病の口調を無理していないか聞かれたなぁ……。つまりそういうことか……。女神様、分かってるなぁ……。
おっと、いけないいけない。子供は大丈夫だったかな?
「――大丈夫だった?」
私はなんとか立ち上がると子供に近付き、優しく話し掛けながらそっと抱き締めた。
「ひっく……、ひっく……。う、うん……。……おねーちゃん、とっても強いんだね……」
「くくく、我が手に掛かればあんな木偶なんぞ――」
……あ、口調を間違えた。
「助けてくれてありがとう……。――わっ!? き、木が燃えてるっ!!」
子供が慌てて指差した方向を見れば――先ほどのファイア・ボールの火が燃え移ったのか、何本かの木が燃え始めていた。
これは……火事になったらまずい……!
水の魔法を使えば――消せるかな? いや、そもそも使えるか分からないけど――。
私はまたもやダメ元で詠唱を始めた。
「――生命の源たる優しく愛しく狂おしい力。我らを見守る偉大なる母。その祝福を我が手に、その戒めを我が眼前に。冷たい抱擁は荒れる怒りを奪い、煮えたぎる炎脈すらも鎮める。それは世界の均衡を保つ力、絶対的なる正義――。全てを停滞へと導け、アクア・ブラストッ!!!!!」
詠唱が終わると、私の周囲にたくさんの水球が現れ――燃え盛る木を豪快に薙ぎ倒していった。
荒々しい音が響き渡り、しばらく後には炎は完全に沈黙したのだが――無駄に木々を倒した感は否めない。
「――でも、何とかなった」
大事に至らぬことを確認して、私はようやく腰を抜かした。
ああもう、今日は驚きの連続だ――。
「お、おねーちゃん、本当に……すごいんだね……っ!」
目を腫らした子供が、羨望のまなざしで私を見る。
私もそれを見て、満足気に男の子の頭を撫でてやる。
「えへへ……。ところでおねーちゃん、こんなところで何をしているの……?」
「うん、この辺に孤児院があるって聞いてね」
「……ウチに何か、用……なの?」
子供は急に不安そうな顔をしてきた。
そうか、この子は孤児院の子供なのか……。
「心配しないで。私は、みんなの面倒を見に来たんだから」
「え……? それ、本当!? 本当なら……みんな喜ぶよ!!」
子供の顔が急に明るくなる。
そうだよ。こういう笑顔を、この世界から無くしちゃいけないんだよ。
「さて、それじゃ孤児院に案内してくれるかな? 私はアキ。君は――?」
「うん、ボクの名前はね――」
私たちは手を繋ぎながら、静かに森の外へと歩き出した。




