23.転生者たちの邂逅③~黄昏時、赤色にて~
チュンチュン……。
「ん……。もう……朝……?」
目が覚めると、そこはいつもの研究所だった。
どうやら僕は、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
窓からは朝の光が射し込んでいて、新しい1日の到来を告げている。
しかし――
「……参ったな。予定のところまで……終わってないよ……」
目の前の白紙を眺めてひとりぼやく。
本来であれば今のこの時間、この紙には複雑怪奇な魔法陣が描かれているはずだったのだ。
今、僕は王国からの依頼で『極大六芒魔法』の研究をしていた。
1か月と少し前、王城から漆黒の魔王の討伐指揮の責任者という女性――エカテリーナさんがこの研究所を訪れ、魔法構築の依頼をしてきたのだ。
そして驚いたことに、その人は僕と同じ転生者だった。
お互いそれを知ったとき、彼女はとても嬉しそうに笑っていた。
それならこの件は僕に任せられる、確実に進めることができる――ってね。
確かに僕が女神様からもらった転生スキル『法則理解』は、あらゆる法則を僕に教えてくれる。
そもそもこの転生スキルのおかげで、僕は短期間の内に魔法の新理論を発見して――そしてその筋で有名になった。
だからこそ、極大六芒魔法の依頼は僕に白羽の矢が立つことになったんだけど――
「――とすると……、これも女神様のお導き……というわけかな……」
女神様はまだ僕を見ていてくれているだろうか。
いや、この世界に導いた転生者たちを見ていてくれているだろうか。
およそ2か月前、この王都に魔法学の権威が各地から集められた。
2か月前といえば、魔物が黒いオーラを帯びるようになり、そしてその数を激増させた頃だ。
そして魔法学の権威たちがこの世界に起こっていることを検討した結果、分かったことがひとつあった。それは――
【すべての空間魔法が封印された】
「――いや、違う……か?」
魔法学の権威たちの結論を否定することになるが、厳密にいえば『空間への干渉が無効にされる』ようになったのだ。
名前を付けるならそのままではあるが――『空間干渉無効』、といったところか。
魔法ではない他の手法で空間に干渉する場合でも、それは適用される。
しかし、魔法以外で空間に干渉する術をこの世界の人間は知らない。だから実際的には合っている――ということにはなるか。
そもそも空間に干渉するだなんて、ごく限られた者しかその術を知らないのだ。
その代わり、扱うことさえできれば絶大な効果をもたらす。
例えば『空間を斬る』といったことを行えば、それはこの世界のどんな物質でも斬り裂くことができるようになる。
例えば『違う地点同士の空間を繋げる』といったことを行えば、物や人を一瞬で転送することができるようになる。
そんな超越した力が、一律に封じられることになったのだ。
そしてそれと時期を同じくして、全世界で魔物が激増した。前後関係を見れば、これらを行ったのは漆黒の魔王……ということになるだろう。
しかし、何のために――?
世界に溢れた魔物は、各々がその土地で暴れまわっているらしい。
都市部から離れた場所では、魔物に襲われて多くの人々がその命を落としていると聞く。
その影響で大きな街では他の地域からの人の流入が増え、社会問題になりつつあるそうだ。
――ドンドンドン!
「おはようございます!!」
おっと、お客さんかな?
研究所の他の人もきていないというのに、来客の方が早いとは――って、まだ朝の6時なんだけど……。
僕はため息をつきながら玄関に向かった。
扉を開けて、そこにいたのは――
「ケンゴさん、おはよう!」
「あ……、お、おはよう……ジュード君……」
朝早くから研究所を訪れたのは、竜騎士のジュード君だった。
この人も女神様に導かれた転生者で、漆黒の魔王を調査する使命を女神様から与えられているらしい。
エカテリーナさんの呼び掛けがあったときはすぐさまそれに応じ、それ以降はその機動力を活かして広範囲での活動を行っているそうだ。
「朝早くから申し訳ないけど、依頼されてた件の報告に来たよ!
えぇっと――魔核石の件!」
「ああ、うん……。どう、だったかな……?」
「残念ながら、炎の魔核石は何者かに持ち出されたあとだったよ……。
周辺の村の人に聞いたら、その前後で旅の冒険者が立ち寄ったっていう話は聞いたけど――」
「ま、また……そのパターンか……。これで……3件目じゃないか……」
僕はその報告に絶望した。
魔核石とは――この世界の要に存在するという伝説の秘石であり、研究中の極大六芒魔法に必要となるものだった。
炎、水、風、土、光、闇――それぞれの属性の力を束ね、収束させる力を持った伝説の秘石……。
それを求めて他の転生者にも世界中を探してもらっていたのだけど、今回の報告で6つの内のすでに3つが何者かに持ち去られたことが判明することになった。
せめて半分は欲しかった。このまま半分も手に入らないのでは、構築方法の軌道修正がいるだろう。
極大六芒魔法の研究を始めてかなり経つというのに、このタイムロスは……正直痛すぎる。
「ケンゴさん、残りの魔核石はどうする? 俺、他にもやることがたくさんあるんだけど――」
「う、うん……。とりあえず……一旦終わろう……。
必要があれば……エカテリーナさんに……伝える、ね……」
「分かった! これからエカテリーナさんのところに行くから、それじゃまた!」
「お疲れ様……」
「ケンゴさんも、たまには休まないとダメだぜ!」
そんな労いの言葉を残しつつ、ジュード君は彼のドラゴンに乗って飛び去って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――それにしても、参ったな……」
時間だけは容赦なく流れていく。
魔核石が手に入らないのであれば、代替の何かを考えなければいけない。
極大六芒魔法――それは理論上、対象とした者を問答無用で消滅させる究極の攻撃魔法。
相反する力を衝突させ、そこで生じたエネルギーを融合、爆発させる。
本来であればその周辺に空間魔法を纏わせて、外部への衝撃も抑えられれば理想的なのだが――
「――しかし、空間魔法は封じられている……か」
極大六芒魔法を使うには、対象を目視できる程度には近付く必要がある。
そんな距離まで近付いて、もし空間魔法による緩衝を行わないとすれば――使用者は間違いなく犠牲になってしまうだろう。
問題は山積みだ。仮に魔核石があったとしても、極大六芒魔法を構築することができても、そこからどうするのか。
そこからのことは、僕は聞いていない。エカテリーナさんがどういう意図でこの魔法を依頼したのかまでは、知らされていない。
「……でも、やるしかないのか――」
「まぁまぁ、ケンゴさん。たまには気分転換も必要ですよ♪」
唐突に明るい声が響く。
顔を上げると、そこには研究所の同僚の女性――シェリナさんが立っていた。
「え……? あ、シェリナさん」
「最近、ケンゴさんは根を詰め過ぎです。ささ、コーヒーでもどうぞ」
「あ、ありがとう……ございます……」
この世界にもコーヒーがあるのには驚いたけど、やっぱり研究者にはコーヒーが似合うよね……。
……ふふふ、僕の勝手なイメージだけど。
「あ! ケンゴさん、ようやく笑ってくれましたね!」
「……え?」
「ずっと難しい顔をしていたんですよ? 心配しちゃいますから、少しは肩の荷を下ろして。ね?」
「……そうですね、ありがとうございます……」
「私なんて、さっきも例のおじいちゃんとお話してきましたからね。
はぁ、どんどん詳しくなって、私ももう魔法力学の知識では負けているくらいですよ」
「ああ、例の……。船を作っているという、おじいさん……ですよね……?」
「何で船を作るのに魔法力学が必要なのか、まったく分からないんですけどね。
内部施設でも充実させたいのかしら?」
「長旅なら……内部施設は重要ですからね……」
「そんなわけで私の仕事は遅れ気味なんですよ。ケンゴさん、少し手伝ってもらえませんか?」
「え……? あ、あの……。
その、僕には……こっちの……。あ、でも、少しくらいでしたら――」
「あはは、冗談ですよ! ケンゴさんは人が好過ぎるって皆が言ってますよ! 私はそういうところ好――……あ、いえ。何でもないです!
それじゃ、が、頑張ってください!!」
突然慌て始めたシェリナさんは、急いで外に行ってしまった。
はて、急用でも思い出したのだろうか――などと思っていたら、シェリナさんはすぐに戻ってきた。
「ケンゴさん、お客様ですよ。……ほら、例の可愛い子」
「え、可愛い子……?」
「あーもう! 変な想像しましたね! えっち!」
「え、えぇ……?」
僕を訪ねてくる……例の? 可愛い子?
いや、その前に『えっち』って……。え? 僕、鼻の下……伸ばしてた……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ケンゴさん、こんにちは!」
「ああ……こんにちは……」
僕の前に現れたのは、魔物使いのシンタ君だ。
この子も転生者なんだけど――なるほど、確かに女性から見れば『可愛い子』かもしれないな。
男視点だと、そういう扱いにはならないんだけど……。
「ケンゴ様、お久し振りです」
「おうおう、ケンゴってこいつか! 弱っちそうだな!」
「あら、殿方は力だけではありませんわ。知的な方ではありませんか」
「……え?」
「えへへ、驚きました? 仲間の魔物を増やしてきたんです!」
「へぇ……すごいね……」
見ればスライムに、狼に、何だか鳥っぽい魔物の3体を連れている。
「あとですね、旅先で変な魔物も仲間にしてきたんですよ。でもそいつ、すっごく変わってて……」
「変わってる……?」
「はい。ストーンゴーレムなんですけど、自分のことを女神様に導かれた転生者だって言ってるんです。
俺、仲間にした魔物のステータスは見れるんですけど……そいつ、転生スキルは持ってないんですよ。
女神様に転生させてもらって、それはあり得ませんよね?」
「そ、そうだね……」
「でも面白くて気に入ったから、一応仲間にしてきたんです!
それにしてもそいつ、スキルは『自爆』しか持ってないんですよ。っていうか、何でストーンゴーレムが自爆を持ってるんだよって感じですけど」
「ある種の運命は持っていると推察します」
「とりあえず花火には使えるかね?」
「無様に散らなければ良いですけど」
魔物の方も言いたい放題だ。
それよりもシンタ君にはお願いしていたことがあって――
「それで……シンタ君。土の魔核石は見つかったかな……?」
「そ、それが……。すでに何者かに持ち去られてしまったって……。
旅の3人組らしいんですけど――」
――またその人たちか……!
これで6つ中、4つが手に入らなかったことになる。仮に残りの2つが手に入ったとしても、極大六芒魔法で使うにはどうしても数が足りない。
「わ、分かった……。他の魔核石も同じようにダメだったから……気にしないで……」
「そ、そうなんですか?
俺たちは世界を救おうとしているのに――そいつら、何者なんですか!?」
「せめて、僕たちの敵じゃないことを……祈ろう……。
それじゃ、シンタ君は……エカテリーナさんにも報告をお願い……」
「はい、分かりました。それでは――」
挨拶を交わすと、シンタ君は仲間の魔物と一緒に王城の方へと向かっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日も暮れ始め、空は夕焼けの赤に染まっていた。
「――ざっとした感じだけど、これならどうだろう……」
魔核石を使えないのであれば、それに代替する方法を考えるまでだ。
僕の転生スキルを使えば新たな法則を導ける。
仮にそれが難解なものだとしても、どうしても作り上げなければいけない。
そうだ、まだ諦める時間では無いのだ。
そもそも魔核石が必要なのは――ある程度の時間、一定の属性場を維持する必要があるからだ。
それを魔法回路の操作で代替できればいけるのだが――それにしても、発動するのに魔力コストが必要になりすぎる。
例えば炎の魔核石の代替としては、山をひとつ吹き飛ばすほどの火の玉を作り上げる必要がある。
しかしそもそもの話、そんな人間離れした魔法を使える者がいるのだろうか……?
仮にいたとしても、それが6属性分だけ必要になるのだ……。
「そんな魔法使い……いるわけ、ないか……。時間を掛けてしまったけど、この方法もダメ――」
バアアアアアアン!!!!!
「――ッ!?」
突然、研究所に大きな音が響いた。
その部屋の研究者たちの視線は、蹴破られた扉の前に現れた――1人の少女に向けられた。
「――ケンタという者はおるか?」
その言葉が放たれた瞬間、皆の視線が今度は僕に向けられた。
「ほう……貴様がケンタか。何とも情けない顔をしておるな……」
少女は周囲の視線を無視し、まっすぐに僕の方に向かってきた。
「き、君は――?」
「……我は漆黒の魔王を狩る者。我が血肉を捧げ、魂を以て彼奴を滅ぼす者。
エカテリーナに聞いたぞ。貴様が滅亡の光――極大六芒魔法の研究をしているとな」
「そ、それはまだ研究中で――
それに今は……ちょっと行き詰ってて……。代わりの方法を、考えているんだけど……、とんでもなく、大きな魔力と……魔法が必要で――」
僕は脈絡も無く、今の状況を口にしてしまう。
少女の眼光は鋭かった。その気配に圧されたというのがその理由だった。
「――ならば我が力を貸してやろう。この腕に宿るは女神より授かった大いなる力、無限の暴力。
貴様の望みなんぞ、幾らでも叶えてくれるわ」
「き、君も、女神様の――?」
「応。我が願い成就せんがため、貴様の力を――貸せッ!」
そう言う彼女の身体は、窓から差し込む夕焼けで赤色に染まっていた。
それは怒りのような赤色のようで、悲しみに暮れる赤色のようで――
*ケンゴ・バウンス・ホイマン
『9.今は未だ見ぬ小さい種を』
*ジュード・テオ・ニルヴァーナ
『12.希望を託す翼』
*シンタ・パフェ・ポコロット
『15.レベルなんてただの飾りです』
*変なストーンゴーレム
『7.ビッグになりたいッス!』
*乱入少女
『8.宿れよ力、この腕に』




