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22.転生者たちの邂逅②~雷鳴の慟哭~

「マージェリー、ちょっと良いかな?」


「はい、お父様。何でしょうか?」


 大きなお屋敷の『私』の部屋。

 そこで1枚の紙を眺めていると、お父様が話し掛けてきた。


 『私』の名前はマージェリー・フィオーレ・スペンサー。

 およそ5か月前、女神様の導きによりこの身体に転生した元・日本人だ。


 本当なら死んでしまった『私』の、その身体を拝借して生き続けている私。

 そのことが心のどこかで引っ掛かっているものの、何とか平穏な生活を過ごしてきた。


「――実はね。今度、孤児院の支援を始めようかと考えているんだ」


「孤児院の、ですか?」


「最近、マージェリーと話すと子供の話をたくさんするだろう?

 未来の宝だから――というのもあるが、やはり子供には笑顔でいてもらいたいからね」


 私は『私』の両親と街に出掛けたとき、街を彷徨う身寄りのない子供を何人も目にした。

 そして、人間同士の内紛や魔物の襲撃によって、そんな子供があとを絶えないことを知った。


 私も転生前、貧しく暴力の絶えない家庭に生まれ育っていたのだ。

 だからこそ、みすぼらしい子供たちの姿が心に響いてしまって――そういう話を多くしてしまっていたのかもしれない。


「……そうですね。子供は、笑顔が一番です」


 自身に対して含めたところもあるのだろうか。

 そんな言葉をつぶやきながら、昔の私を振り払う。


「それでね、実はここから南――大森林の向こう側に孤児院がひとつあるんだ。

 そこはかなり財政が困窮しているらしいから、まずはそこを支援しようと考えているんだ」


「大森林の向こう側……ですか? あの辺りに街なんてありましたっけ……?」


「ああ、街から少し離れた場所に建っているらしい。

 何でも以前はそれなりに畑なんかもやっていたそうなんだが――」


「自給自足で運営していたのですね」


 孤児院というのは、基本的には支援や援助を受けて運営していくものだ。

 潤沢な資金など有ろうはずも無いのだから、ある程度の自給自足はしなくてはいけないだろう。


「そしてこれが一番の問題なんだが――そこの院長は、数か月前に魔物に襲われて亡くなっていてね。

 ずっと1人で子供たちの面倒を見ていたというのに、何とも傷ましいことだ……」


「……え? その院長様が亡くなって……今はどうやって運営しているのですか?」


「驚いたことに、今は15歳くらいの女の子が1人で切り盛りしているらしいんだ。

 ふらっと突然現れて、それ以来ずっと頑張ってくれているんだとか」


「15歳の、女の子が……?」


「凄いだろう? 魔法使いの子らしいんだが、大人でも大変なことをよくやってくれていると思う」


「……ええ、凄い。本当に……」


 何から何まで守られてばかりの私とは全然違う。

 私より少し年下の子が、子供たちを守りながら生活を主導しているのだ。


「その話に私も痛く感動してね。是非にと支援を申し出ることにしたんだ。先方もとても喜んでくれているようでね……。

 ――それで、マージェリー。お前とも話がきっと合うと思うから、その女の子と会ってみないかい?」


「え? 私が、ですか?」


「お前もたまには同年代の女の子と仲良くしても良いだろう?

 あの日――私たちの元に戻ってきてくれた日から、ずっと私たち両親のことを気に掛けてくれているのはありがたいのだが……」


「そんな、気に掛けるだなんて――」


 元の世界の親から比べれば、いや、比べようもないくらいに素敵な夫婦。

 私はその娘として在るだけでとても幸せなのだ。確かに2人に対して気遣っているところはあったが、まさか逆に気遣われることになろうとは。


「親からしてみれば、もう少しくらいワガママを言って欲しいものなんだけどね。

 良い子に育ってくれたのは誇らしいことなんだが。ははは」


「分かりました、お父様。それでは今度、何かをおねだりさせて頂きますね?」


「おお、こわいこわい。覚悟しておくことにするよ。

 それで、その女の子と会ってみるかい?」


「はい、是非とも。私も色々とお話を伺ってみたいです」


「うん、うん。それでは会うのは明後日の予定だから……そのつもりでいておくれ」


「分かりました」


 お父様は私に優しい笑顔を向けてくれた。

 私もそれに笑顔で応じるが――上手く返せているかな?


「――ところでその、手に持っている紙は何だい?」


「これですか? これは隣の国の王都――ヴィエラルドから持ち込まれた広報ですわ」


「ああ、あの……女神の使者、というやつか」


「はい。何だか興味深くて」


「女神の使者に、漆黒の魔王……。――何とも穏やかでは無くなってきたな……」


 お父様は窓の外、青い空を見ながらつぶやいた。


「そうですね。ここ最近、外には魔物が蔓延っていますし――」


「以前のような平和が訪れるよう、私もいろいろと尽力してみるか……。それじゃマージェリー、お邪魔したね」


 そう言うと、お父様は部屋から出て行った。

 再び部屋に静寂が訪れ、1人だけの空間が蘇える。


「……ふぅ」


 どこか緊張していた身体の力を緩めながら、心の緊張も一緒に解きほぐす。

 そして再び、王都ヴィエラルドから持ち込まれた広報の紙を眺める。


 そこには今の世界の状況――漆黒の魔王という特異な存在のことが記され、それに対抗し得る女神の使徒に呼び掛ける文章が記載されていた。

 責任者にはエカテリーナ・ペルファ・クロイツァーという名前が記されている。

 女性ながらにこんな責任者になるだなんて、きっとすごいやり手の女性なんだろうな……。


 それにしてもこれに書いてある『女神』――というのは、私の会ったリーネルペルファ様のことなのだろうか。

 でも、あの星空に囲まれた不思議な空間にいたときは――そんな話、全然出ていなかったよね……?


 戦いや世界の命運なんてものよりも、私と『私』の両親のことばかりを気に掛けてくれた女神様。

 あの優しい女神様が人間を戦いに導くなんて――何かイメージが繋がらない、というか。

 本当に、ここに書いている『女神』とはリーネルペルファ様のことなのだろうか……?


「……分からない、なぁ……」


 しかし私が戦いの場に行ったところで、何かが変わるものだろうか。

 確かに私が女神様からもらった力、転生スキルにはそんな力がありそうだけど……。


 でもそうすると、私は『私』の両親を置いていくことになってしまう。

 それは女神様からもらった使命、『両親を幸せにしてあげる』ことに反することになるだろうし――


「……やっぱり、分からない」


 私は窓の外に目をやった。外に広がる世界。視界に収まらないほどの大きな世界。

 私の力がその世界に影響するなんて、どう考えても実感することができなかった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――はじめまして! アキ・ヴィヴリオ・マギアスと申します!」


「初めまして。私はヨハネ・オーバン・スペンサーだ。スペンサー家の現当主をしている。

 そしてこっちが私の娘の――」


「マージェリー・フィオーレ・スペンサーと申します。アキさん、今日はお会いできて嬉しいですわ」


「はい、私もです!」


 私が挨拶すると、アキさんは明るい声で答えてくれた。

 元気な人だなぁ……というのが私の第一印象だ。伸び伸びとした、元気な性格がとても気持ち良い。

 子供に囲まれて暮らしているから、そういうところも関係しているのかな。


「アキさん、まずは私と支援のことを先に話を詰めて――そのあと、マージェリーと話をしてやってくれないかな?」


「はい、喜んで! ……あ、でも私は今日中に戻りたいのですが――」


「おや、そうなのかね? 確かに孤児院を空けるのは不安か」


「すいません、最近は魔物の量が多くて……。

 今日ここに来る前も、できるだけ狩ってはきたんですけど……やっぱり心配で……」


「狩ってきたって――そういえば、アキさんは魔法使いなんでしたっけ?」


「はい、魔法のおかげで何とか孤児院は守ることができています」


「おっとその話はあとにしてもらおうかな。先に支援の方の話をしてしまおう」


「ありがとうございます! それではよろしくお願いします!」




 お父様とアキさんの真面目な話は15分ほどで終了した。

 事前にある程度決められていたようで、今日はその最終調整――人となりを見たり、契約書を交わしたりするためにこの場を設けたらしい。

 話の内容は私にも何となく分かったが、アキさんはしっかり全部を理解しているようだった。やっぱりこの子は凄いと思う。


「――よし、と。これで書類も良いかな。マージェリー、お待たせしたね」


「いえ、私も勉強になりました。

 ところでお父様。……少し考えたのですが、アキさんの孤児院に私も行ってみても良いでしょうか」


「え?」


「アキさんも早く孤児院に戻りたいと思いますので……。私のために足止めをするのも申し訳ないですし」


「い、いや……。そうは言っても、外は危険だし……」


「あら、お父様のご自慢の傭兵がいらっしゃるではありませんか」


 私が真っすぐにお父様の目を覗き込んでいると、少し間を空けて何かを観念したように言った。


「――よし、それではしっかり編成を組んで、マージェリーにはアキさんをお送りしてもらうことにしよう」


「え? 本当に宜しいんですか?」


 まさか許可が下りるとは正直思わなかった。

 あまり想像していなかった答えに、私は驚いてしまう。


「ははは、マージェリーがワガママを言うなんて……ずいぶん久し振りのことだからな。

 それくらいは許してあげるさ」


「ありがとうございます、お父様!」


 その優しさが嬉しくて、私は思わずお父様に抱き着いてしまった。

 少しはしたなかったかもしれないけど、お父様はお父様でまんざらでは無い様子だった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ゴトゴトゴト……。


 立派な馬車に揺られ、私たちはアキさんの孤児院に向かっていた。

 お父様は残念ながら用事で来られなかったけど、私の他にはアキさんと、我が家の使用人が5人ほど同行している。

 さらに私とアキさんの護衛を兼ねて、屈強な傭兵も付けてくれた。この3人はどこかの剣の大会で優勝したことがあるという強者らしい。

 ……さすがに付けすぎのような気もするけど、お父様はもう『私』を手放したく無いんだろうな。


 少し堅苦しい空気があったものの、私とアキさんは孤児院の話をずっとしていた。

 どちらかと言えばアキさんの、子供たちの苦労話を聞いているような感じになっていたのだけど。


 やんちゃな性格でいつもみんなを賑わすトーマス。

 しっかり者に見えて寂しがり屋。でもそれを必死に隠しているセシル。

 お姉さん肌でみんなの面倒をいつも見てくれるベス。

 覚えたての言葉を使って男の子たちをからかう、おませなティララ。

 少し乱暴者だけど、いざというときは頼りになるコーディ。

 部屋の片隅で静かに読書をするのが好きなリュシー。

 泣いてばかりのティム。

 将来はお医者さんになるのを目指しているヴィクター。

 お料理好きだけど、おっちょこちょいのアンネ。

 アキさんに憧れて魔法の真似事をしているドミニク。


 それ以外にも、孤児院には子供が51人いるらしい。

 アキさんはそんな子供たちの話を、実に嬉しそうに、表情をころころと変えながら話してくれた。


 子供たちのことを思い、そして子供たちもそんな彼女を思ってくれている。

 私も元の世界でこんな場所で暮らせていたら――また違う人生になったのだろうか。


「――あ、すいません! 私ばっかり喋っちゃって……!」


「いえいえ、もっとアキさんの話をお聞きしたいです。まだ半分も紹介してもらってませんよ?」


 私は笑いながら話を促した。しかしアキさんは少し恐縮して言葉を続ける。


「あはは、どちらにしてもこれから孤児院に行くんです。他の子たちはそこで紹介しますから。

 ……私だって、マージェリーさんのお話を聞きたいんですからね!」


「え? 私のお話……ですか? えっと、何をお話すれば良いでしょうか」


 私はアキさんのように何をしているわけでもない。

 そんな私が、彼女に話せることは何だろう。


「うーん、趣味とか?」


「しゅ、趣味ですか?

 そうですね、私は読書が好きです。最近は2日に1冊くらいですが……」


「うわぁ、そんなに読んでるんですか」


 元の世界の文字とは違うのに読むことができる――この不思議な感覚が何か面白くて、私は読書をよくするようになっていた。

 屋敷の中にお父様とお母様の蔵書がたくさんあるため、読む本はそれを主にしていた。


 お父様の本は経済学や政治学といった学問書も多いが、お母様の本は小説のようなものが多い。

 2人と話を合わせたい――そう思って、おおむね半々の割合で読むようにしていた。

 私は『私』の昔の記憶を持っていないから、そういったところで話題を準備しなくてはいけない――そんな思いもあったのだけれど。


「――そういうアキさんは魔法使いなんですよね?

 魔法の勉強をするときって、読書はしなかったんですか?」


「あはは……。私の魔法はちょっと特殊でして、あんまりそういった勉強はしていないんです」


「へぇ……?」


 この世界では私が女神様からもらった転生スキルのように、意識を傾けるだけで使えるものも存在する。

 しかし、一般的には自身で学び、経験を経て、そして修得することが普通の流れだ。


 アキさんも私のように、どこかで魔法のスキルを手に入れたのだろうか。


「――あ、そうだ。アキさんは漆黒の魔王の噂は聞きましたか?」


「え? 何ですか、それ」


 きょとんとするアキさんに、私は例の広報の紙を見せた。


 帰り道の暇な時間で眺めようと持ってきていたのだが――

 アキさんはそれを手に取ると、口を閉ざしてじっくりと読み込んでいた。


「…………女神様、ですか。何だか凄い話になっていますね」


「そうですね。――アキさんは、女神様の存在を信じますか?」


「え? うーん……。

 ……まぁこんな世界ですしね。例の漆黒色の波動――あれは私も見ましたし。あんなのを見せられたら、女神様の存在だって信じてしまいますよね」


「それだけ、ですか?」


「え? それだけって――」


「あ、いえ……。すいません、何でもないです」


 実はアキさんにカマを掛けてみたのだけど、女神様のことは知らないようだった。

 もしかしてアキさんも私と同じ転生者かも――と、少し思ってしまっていたのだが……そんな偶然、あるわけ無いか。


 私たちは話題を変えながら、そのまま楽しく時間を過ごした。

 でもちょっとだけ――アキさんの様子が大人しくなった感じもしたけど、それは気のせいだったかな……?




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――ッ!? こ、これは……! アキ様!」


 孤児院に到着する時間が迫ったとき、馬車を操っていた御者が驚きの声を挙げた。


「え? なんでしょう?」


「あれをご覧くださいっ! こ、孤児院が――」


 不思議そうな顔をしながら御者の指差す方向を見ると、途端にアキさんの表情が変わった。


 孤児院の建物を中心にして流れる黒い帯。

 地面にいくつか見える、黒い霧を纏った異形の存在。


「――魔物!?」


「そんな、ここら辺の魔物は倒したはずなのに……! すいません、先に行きます!!」


「我らも戦うぞ! みんな、外に出ろ!」


 馬車を慌てて降りたアキさんに、傭兵の3人も続いたが――


「――我が手に宿るは稲妻の輝き。闇よ宵よ砕かれよ、我が前から影すらも打ち消され――ライトニングバニッシュ!!」


 ドガァアアアオオオンッ!!


 魔法の詠唱が終わるとアキさんの手から眩い輝きが溢れ、巨大な稲妻が周囲の魔物を一掃した。


「す、凄い……。これがアキさんの魔法――」


「俺、こんな魔法は初めて見たぞ……」


「ああ、俺もだ。何だ、何かが違うな……」


 私はよく分からないけど、そういうものなのだろうか?

 正直なところ、魔法を見たのは今回が初めてだ。違いも何も分からないが、しかし実際に見る魔法は強くて格好良かった。


 ……しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。


 アキさんはそのまま魔法を連発していき、孤児院のまわりから魔物を消し飛ばしていく。

 私はもちろんだが、傭兵の3人が手を出す間すらもない。


 ――強い。


 だが、魔法を使えば使うほど、時間が経てば経つほど、アキさんの表情に焦りが募っていく。

 魔物は孤児院の中にも入り込んでいたのだ……。


「お嬢様、ここからは危険です! 馬車にお戻りください!」


「でも! アキさんが! アキさんが――」


「ここは私共にお任せください! 孤児院の中の安全が確認できたらお呼びしますので!

 おい、お前。お嬢様を頼んだぞ」


「ああ、そっちも気を付けてくれ!」


「もちろんだ! 俺はアキ様のフォローをしてくる!」


 そう言いながら傭兵の2人は、アキさんのあとを追って孤児院の中に入っていった。


 ――……私は無力だ。

 ここにきて、やはり守られることしかできない。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 私が傭兵の1人に連れられて孤児院の中に入ったときには――アキさんは力なくしゃがみこんでいた。


「…………」


 声を発する者はいない。

 アキさんも宙を虚ろに見ている。その下には物言わぬ小さい骸たち……。


 ――孤児院の生存者、ゼロ。


 その現実が、そこに永久とも感じられるような静寂を生み出していた。

 私も傭兵たちも、アキさんに掛ける言葉がまるで見つからない。


 子供たちの話を楽しそうにしたあとに、待ち構えていた凄惨な現実。


 その場を動かぬアキさんを置き去りにするわけにもいかず、私たちは孤児院の外で一晩を明かすことにした。




 だが、次の日の朝――アキさんはいなくなっていた。

 私が持ってきていた、広報の紙も無くなっていた。


 やはり、アキさんは――

 それなら私はどうする? 私も行くべきなのか――


 ――ゴロゴロゴロ……


 気が付くと空は黒い雲で陰っており、鈍く重い音が轟いていた。


 ――ガラガラガラ!


 ――ザーッ!! ピシャーン!!


 陰鬱とした暗い雨空を、眩い稲妻が駆け巡る。

 その鋭い音は、彼女の――子供が大好きな、1人の少女の悲しい慟哭のようにも聞こえた。

*マージェリー・フィオーレ・スペンサー

 『5.悲しみの少女』

*アキ・ヴィヴリオ・マギアス

 『8.宿れよ力、この腕に』

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