17.甘く誘うそれはそれ
「テキトーにやりすぎたか……」
俺はひとりつぶやく。
魔法のモニターには投獄されたハナノが映し出されていた。
いや、今までは何だかんだでみんな上手くやっていたから、まさかこういうオチになろうとは思っていなかったのだ。
「……でもまぁ手紙は王様に届いたみたいだし、使命は果たしたぞ。
お疲れ様。今はゆっくり休んでくれ、ハナノ――……」
俺は自分の中で、彼女のことは上手く消化することにした。
「――さてと、それじゃ転生録でも書くかな。『サモン・スキエンティア』」
俺は光り輝くノートパソコンを出して起動した。
「ぱんぱかぱーん♪ お仕事15件達成おめでとー♪」
「うぉっ!?」
突然の声と登場に俺は驚いた。小さい女神様のリーネが突然現れ、ノートパソコンの上で踊り始めたのだ。
前回出て来たのは5回達成のとき。あれは確か銀色の魂に驚き戸惑っているときだったな……などと少し懐かしく思えてくる。
そうか、あれからもう10件増えたのか――……って、あれ? 15件?
一応俺も転生させた後は日記のような転生録を書いているんだが、ハナノは16件目じゃなかったっけ?
……ああ、もしかして強制転生は含んでいないのかな? あれ自体がイレギュラーな感じだし。
「――その後、女神の仕事は順調に進められていますか? そろそろ金色の魂は来たかな? 来てなくても、それくらいは何とでもなるから安心してね」
金色の魂はまだだけど、虹色の魂ならもうとっくに来ていますよ……。
リーネのメッセージは対話型じゃなくて一方的にメッセージを伝えるだけだから、どうにもタイミングがずれるとお間抜けな感じがするよな。
「さてさて、重要なことは大体前回お話したから、今回はちょっと緩めのお話でもしたいと思います」
うん? 緩め?
「私秘蔵の美味しいお茶は、戸棚の一番上の、奥の方に入ってます」
え? あ、はい。
「それに合うお菓子は、その横の袋に入っています」
お、おう。
「――というわけで、もしかしたらずっと何も食べたり飲んだりしていないかもしれないけど、食事はできないわけでは無いのですよ」
「!!」
そういえばお腹も減らないし喉も別に乾かないから、ずっと何も口にしていないことにいまさら気が付いた。
動けばそれなりに疲れるけど、少し休めば回復してるからな。
「そしてこれはお得情報なのだけど、実は転生スキルに『転生神への献上』というものがあります。
これを付けた人が何かを指定して使うと、庭園の方にそれが転送されてきます」
「なん……だと……?」
「ただし制限があって、転送することができるのは【全世界を通して】このスキルを付けた【最後の人から】のものだけになります。
色々な世界にこれを付けた人を転生させても、庭園まで転送できるのは最後の一人からのものだけになるから注意してください。
あとは非生物であることとか、転送させる内容に一部制限がある場合もあります。
まぁ、お楽しみ要素ってことで、気分転換にでもどうぞ」
はーい。これはまさにお得情報!
「それじゃ一通りメッセージは伝えたので、今回はこの辺で。またどこかのタイミングでお会いしましょー♪」
そう言い残すとリーネは煙を立てて消えた。
最近は漆黒の魔王の件で考えたり悩むことが多くなったし、ぽよぽよするのもずいぶん慣れてしまったからな。
違う気分転換があるというのは頼もしい限りだ。よし、次の転生対象者から検討してみよう!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お菓子お菓子~♪」
俺の頭の中はお菓子一色だった。
元・女神様秘蔵のお菓子とお茶を頂いてから、何かを食べたり飲んだりするのは大切なことだと痛感したのだ。
必要か不要か、ではなく、何よりも気持ちが潤う!
で、何かを転送してもらえるとなると――何が良いかなといろいろ考えた結果――何故かお菓子が真っ先に思い浮かぶのだ。
俺の身体は昔と変わっているからそこが原因っぽいんだけど、とりあえず甘味が大切な気がしてどうしようもない。
さて、そんなことを考えながら転生対象者がいるであろう転生の前に着くと、中年の男が一人立っていた。
何か悲愴な空気を纏っているが、今回は果たして――。
「迷える魂よ……、ここは転生の間。運命に導かれし者のみが来訪を許される場所……」
「……あなた、は?」
「私はこの転生の間を司る女神、リーネルペルファ。
あなたの知らない異世界が滅びの危機を迎えています。どうか、その世界をあなたの力で救って頂けないでしょうか――」
「異世界が滅びの危機を……ですか?。……ははは、まるでゲームのような話だ」
うん、そもそもその世界が剣と魔法のファンタジーの世界だからな。
「しかしその世界にとっては、それが現実なのです」
「確かに……。はぁ、しかし何ということだ。ようやく命を断てたと思ったら、また次の人生があるなんて……」
――命を断てた? ……自殺者、か?
「魂はずっと輪廻と転生を繰り返します。前世でやり残したことや後悔があるのであれば、来世でやり直してみませんか?」
「……なるほど、そうですね。私も今回の失敗で学んだことがあります。女神様、私に次の機会をくださいますか?」
あれ、思ったよりも案外前向き?
それは良いことだけど、さてどうしたものか。
「それでは――あなたが学んだという前世の失敗と、次に向かいたい来世の希望をお聞かせ頂きますか?」
「はい……。なかなかに失敗を語るというのはつらいところなのですが――」
まぁね。
命を断つまでのことだし、悪いことでは無ければ良いんだけど……。
「実は株で大損をしまして、借金が酷い状況になってしまって……。家族は離散、私も働き口が無く――」
そ、そっち系かー!!
「やはり株はダメですね。……いや、株というか、知識が無い状態でその世界に入ったのがダメでした。
次はまっとうに、自分の商売をして生きたいです」
「商人が希望、ですか?」
「はい。自分だけが豊かになるのではなく、周りを巻き込んで豊かになりたい。
もしもその世界が滅亡の危機に瀕しているというのであれば、私は戦うのは控えたいですが、そういった面からみんなをサポートしたいです」
「立派な心掛け、立派な信念かと思います。ちなみに前世でのお仕事は、何をされていたのですか?」
「はい。百貨店のバイヤーをしていました」
ぬお、仕入れの専門家じゃん。(株を仕入れるのには失敗したみたいだけど)
それなら商才的な転生スキルを付けても並以上には使いこなしてくれそうだ。
漆黒の魔王との戦いに向けて、いろいろと市場のニーズも変わっていきそうだしな。
それとこれはついでにおまけのアレであるが、いろいろ献上してくれそう? 俺の引き、強い! やったぜ!
俺は時間を止め、転生手続きを終わらせて――そして時間を動かし始める。
すると、男の身体が輝き始めた。
「それではこれから、あなたは商才を持った一人の男性として転生をして頂きます。
その世界で価値のある古代金貨を持たせますので、それを元手に――人々をしあわせに向かわせるような商売をしてください」
「ありがとうございます。違う世界とはいえ、この諦めた命で再起を果たせるなんて……」
男はわずかに涙を浮かべ、声を震わせている。
「あ、ちなみに私は甘味が良いです」
「――は?」
男は最後に間の抜けた声を残し、光の中へと消えていった。
すまない、ちょっと言うタイミングが悪すぎた。うん、正直なんだか言い難かったんだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――俺の名前は谷垣洋介。
金の問題で社会的に抹殺され、自らの命を断ってしまったが――何の因果か違う世界に生まれ変わってしまったらしい。
俺がいる丘から眼下に見えるのは大きな街。日本の街並みとは明らかに違う、歴史のある外国の街並みといった感じだろうか。
腰に下がっている鞄を開くとたくさんの小物が入っていたが、俺はひとまず手鏡を取って自分を見てみた。
「――これが、俺か」
今までと違う顔。そして若返った顔。
これからの可能性に満ち溢れた人間、といった感じだ。
「……最後に見た俺の顔は……ずいぶんと酷かったな」
命を断つ前の自分の顔を思い出し、懐かしさと無念さを噛み締める。
しかしあれが人生の底だとしたら、これからは上がっていくしかないんだ。
今はもう絶望は無い。それはあの女神様が祓ってくれたのだから。
「そして……これが古代金貨――か」
女神様が言っていた古代金貨。細かな装飾が美しく、精巧に作られている。
なるほど、希少価値次第ではあるが、とても高く売れそうだ。
持っている古代金貨は5枚。
しかし女神様から頂いたものだ。こういうものはゲン担ぎには大切だからな。さすがに全部は売りたくない。
必要な分だけ、1枚1枚売っていくことにするか。
「――うん? そういえば、何だか視界の隅に何か見えるな……?」
視界の隅に見えるボタンのようなものに注意すると、ゲームのステータスウィンドウのようなものが開いた。
「ははっ、ずいぶんと懐かしいな。ゲームなんていつ以来だろう」
笑いながら各項目を見ていくと、スキルの項目があった。
なるほど、ゲームっぽい世界観ではあったが、ここはこういうものがある世界なんだな。
どれどれ……。
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【超越した商才】
(転生スキル/パッシブスキル)
商取引に関する補正を得る。
投資は対象外
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【転生神への献上】
(転生スキル/アクティブスキル)
任意のアイテムを転生神に献上する。
その内容によってすべてのステータスに加重値を得る。
一週間に一度のみ使用可能
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――これはなんとも。
これから商売を行うに当たって、どれだけ効果はあるか分からないが『超越した商才』は魅力的だな。
『投資は対象外』とあるが――これは俺への戒めか。
何せ前世では投資で失敗したからな。しかし皮肉が効いていて、俺はなかなか好きだ。
そしてもうひとつ、『転生神への献上』。
これはあの女神様に何かを献上する、ということかな?
一週間に一度ということは、逆にいえば何回も献上できるということか。
『あ、ちなみに私は甘味が良いです』
――……ああ、なるほど! 女神様のあの台詞はこれ、か。
俺は自分の口が緩むのを感じると、ここは素直に笑うことにした。
女神様――神とはいえ、可愛いところがあるものじゃないか。
あまり意識はしなかったが、そういえば俺の娘よりも少し年上といったくらいだっただろうか。
まぁ俺の娘には悪いが、美しさも可愛さも断然あっちの方が上だったけどな。
そういえば娘とは――最後は散々な別れ方だったな。
元気にしてくれていればそれで良いが、俺の心も何度も折られたものだ。……それすら懐かしさに変わる日が来ようとは思いもよらなかったが。
しかし女神様とは恐らく一方的ではあるが、繋がりはずっと残されているのだ。
それならば畏れ多いことではあるが、最愛の娘に何かをあげるような感じで献上させて頂くことにしよう。
「ははは、これからが楽しくなりそうだ」
まずは古代金貨を1枚売って、最低限の現金を確保しよう。
そして情報収集をしながら事業計画を練る。
まずはどこかの店で働くっていうのも良いかもしれないな。
やることは多い。しかし今日はめでたい俺の門出だ。
今日の夜くらいは、少し飲むことにしようか。
女神様に甘味を捧げながら、ひとり穏やかに、な。




