13.彼女は別に世界を救いたくない
田中十二郎――改め、ジュードが転生していってから五日目。
俺は魔法のモニターにジュードを映し続けていたのだが、ついに『それ』を確認することが出来た。
「――あれ、か?」
俺は光輝くノートパソコンを取り出し、おもむろにその世界の検索を始める。
とりあえず『魚の生物』のカテゴリで検索したのだが、ちょうどジュードのいる場所付近に、その検索の力が及ばない範囲があるのを見つけた。
女神の力を妨害し得る力。今のところそれを持つのは『ヤツ』しか思い当たらない。
目に映る『それ』は、海原に浮かんでいた。小島くらいの大きさの、漆黒の塊。
『チリ』に転生させたのにあんなにも大きくなっているのは、元々の力がそれだけ大きかったということだろうか。
「――しかし『それ』だの『ヤツ』だの、名前がないと言い難いな……。転生者に伝えるときも不自由だし、もはや『虹色の魂』ですら無いしな」
特徴をよく捉えていて、そして最初に聞いたときにイメージしやすい名前――そんな感じを付けてしまいたい。
――漆黒の魔王。……それくらいが分かりやすいか?
変に格好付けたりカタカナにしても分かり難いからな。別にどこかのラノベじゃあるまいし。
いや、これはこれで案外、大概なレベルかもしれないのだが――。
でもまぁ分かりやすさを重視して『漆黒の魔王』で決定にしよう。何よりも直感が大切だ。
今のところただの塊に見えるからあんまり魔王っぽくないけど――転生の間でしっかり話していたし、どうせその内に喋り出すだろ。
そんなことを考えながら一時間もすると、ジュードはその場所を離れていった。
どうやら次は港町で情報収集をするようだ。
しかし、それにしてもジュードが漆黒の魔王の場所を嗅ぎ当てるまではとても早かった。
確かに神竜ヴァイスの機動力もその理由のひとつではあるのだが、そもそもジュードはこういうのに向いていたのかもしれない。
つまり転生スキルが良いものであったとしても、それを活かす才能があるか無いかで――というのもあるのだろう。
「……とすると、転生スキルを付けるときはよく考えないとな」
そう、転生スキルを付ける際に、実は制約があるのだ。
それは『同じ世界には同一の転生スキルは二つ以上存在できない』というもの。
これに反すると、後から転生していった側の転生スキルが消滅してしまう。
例えば元・女神様の場合――転生スキル『空間断裂』という凶悪なものを持っていった。
これは剣の斬撃に、空間ごと斬り裂く能力を付与するというとんでもないスキルだ。
つまり敵の防御力なんかは完全に無視するし、そもそも斬れないものが無くなってしまう。
そんな強力な転生スキルを転生者全員に付ければかなりの戦力アップになるのだが――先ほど言った通り、『同一の転生スキルは二つ以上存在できない』のだ。
仮に元・女神様が動けない状態になったとしても、他の転生者に付けたところでそちら側が消滅してしまう。
つまり、世界を導けるほどに良い転生スキルは、それを使う人も選ばなければいけない――ということになるわけだ。
「――それにしてもよりによって海にいるのか……。あんな場所で、どうやって倒せば良いんだ……?」
考えられるのは船だろうか。しかしあの世界の造船技術で作れる船で――漆黒の魔王に対峙することが出来るのか?
そもそも造船をするには大きなお金が動くし、時間も要る。
その辺りを考えると――
「……やっぱり国も動かさないといけないよな」
ノリですべてを適当に決めていた頃が懐かしい。
俺は次の転生対象者を待つ間、色々なことを考え続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、新たなる転生対象者が転生の間を訪れた。
見ればロシア系の美少女――ではないな。可愛らしい感じだが、おそらく20代後半だろうか。
「迷える魂よ……、ここは転生の間。運命に導かれし者のみが来訪を許される場所……」
「……迷える魂、ですか。私は死んだのですね。
それで、あなたは――」
「私はこの転生の間を司る女神、リーネルペルファ。
あなたの知らない異世界が滅びの危機を迎えています。どうか、その世界をあなたの力で救って頂けないでしょうか――」
「あ、そういうの結構です」
「えっ」
「私、もう疲れたんです……。もう仕事したくないです」
なん……だと……?
ちなみに転生対象者が転生を望まない場合は――以前ちょっと気になって調べたのだが――転生を無しにすることも出来るらしい。
とはいえ元の世界からの流転からも外れてしまっているので、どこか適当な世界の流転に入る――という感じらしいんだけど。
「……何か、元の世界で辛いことがあったのですか?」
「あったなんてものじゃ! 朝から夜までずっと拘束されてからの否定、否定、否定! 私の人権なんて無かったんです。もう休みたい寝たい」
ふむ、いわゆるブラック企業にお勤めだったのか……。
いや、でも――
「その仕事から離れることが出来たんです。これを機会に、新しい人生を歩んでみませんか?」
「……なるほど、そういう考え方もあるんですね。でも、何だか面倒ですし」
「世界を救うお手伝いをしてくれるなら、良い転生スキルを授けますよ」
「転生スキル? なんですか、それは」
あ、そうか。ゲームとかやらない人にはすぐ伝わらないよね。
「特殊な技能と思ってください。特定の分野において、天才的な力を発揮することができます」
「なるほど、それは魅力的ですね。自分で選べるんですか?」
「希望を考慮して、検討します」
今まではほぼ希望通りに付けていたけど、今は世界を救うべく動いているからな。
申し訳ないのだが、世界を救うのに関係無いものなら却下だ。
「それでは、スローライフを送りたいので、それに役立つものをください」
「――すいません、世界を救うのをお手伝いして頂けませんか……?」
「えー……? ……お手伝いをするなら、良いのをくれますか?」
「はい。どういうものが欲しいですか?」
「美味しいものが食べたいので、そういうものをください」
「スローライフで美味しいものですか……。例えば『実りの祝福』というものがあります。これは良い作物を作ることが出来るのですが――」
「凶作のときも何とかなりますか?」
「はい、そういった場合でも良いものが獲れるようです」
「それではそれをください」
あ、これで良いんだ? でも、これでどうやって世界を救うんだ?
これだけじゃやっぱり無理だよね? 漆黒の魔王がグルメならともかく。
「分かりました。ただ、これで世界を救うには至りませんので――」
「心配しないでください。私はやるときはやるんです。
世界を救ってから、のんびりスローライフを送る形でも問題は無いですよね?」
「問題ありません。それでは世界を救うまでは、『実りの祝福』を封印させて頂きます」
「なかなかに契約的でとても良いかと思います。
その封印が解けたら私はもう働きません。それで良いですか?」
「はい、問題ありません」
「分かりました。それでは私が効率良く世界を救えるような転生スキルをください。
また、詳細に話して頂ければ私からも提案することが可能です」
――何だか話がまとまってきたら積極的になってきたぞ?
まぁ、早々にスローライフに入りたいだけなんだろうけど……でも、今はその計算尽くなところが何やら心強い。
ここに来て、なんとなく同士を得たような気分だ。
「ありがとうございます、それではあなたの得意なことを教えて頂けますか?」
俺は国の中枢、もしくは近いところに入って、漆黒の魔王に対抗するべく調整的な役回りをお願いすることにした。
話している限りではとても理論的な人だったので、戦闘方面をお願いするのはもったいないと思ったんだ。
そしてそもそも生前は――仕事環境には恵まれていなかったようだが――事業計画を立案するような会社に勤めていたらしい。
本人の希望通りすぐにスローライフをさせていたら、貴重な人材を無駄にするところだったぜ……。
「――では転生スキルはそれでお願いします。加えて、私の使命もよく分かりました」
「他に何か希望はありますか?」
「女神様は、この問題を何よりも早く解決したいんですよね。特にその手法は問いませんか?」
「常軌を逸脱していなければ特に問題はありませんが……」
「それでは転生後はもう少し若めに。それと、見ようによっては可愛くも美しくも見える感じにしてください。
あと、胸のサイズは女神様と同じくらいで」
――おや? 割と外観に拘る人だったのかな? などと思っていると、それを察したのかフォローを入れてきた。
「いえ、私は特に容姿は気にしないのですが、生前が『可愛い』の方に寄っていたので、どうも子供扱いをされることが多かったんです。
異世界では色仕掛けを使えるようにして、早々に問題を解決したいと思います」
……なるほど。手法を問わないか――というのは、色仕掛けを容認するか、ということね。
別に俺は清廉潔白を売りにしてる女神でも無いし、お互いの思惑が合うのなら色仕掛けも別に良いんじゃないか?
「それについても分かりました。では――」
俺は時間を止め、転生手続きを終わらせて――そして時間を動かし始める。
すると、目の前の女性の身体が輝き始めた。
「これでもうお別れですね。女神様、あなたとの約束は必ず果たします。
そして私は、その後も約束通りにスローライフを送らせて頂きます」
「よろしくお願いします。
スローライフもしっかり楽しんでくださいね」
俺がにっこり微笑むと、女性もそれに返すように微笑んで――光の中へと消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――私の名前はエカテリーナ・クロイツァー。
転生後の世界ではセカンドネームが一般的のようだから、女神様の名前の一部を頂いてエカテリーナ・ペルファ・クロイツァーを名乗ることにするわ。
そして私はこの賑やかな街――この世界で最も大きい国の都、王都ヴィエラルドという場所に転生したみたい。
女神様がくれた鞄の中に手鏡があったから見てみると、私の希望通り、可愛くも美しく見える姿になっていたわ。
基本は元の自分なんだけど、ちょっと不思議な気分ね。
「えへへ♪」
昔を思い出してあどけなく笑うと、子供らしい感じの自分が映る。……これのおかげでどれだけ社会で不利益を被ったことか。
「……あんっ……」
少しイヤらしいことを考えながら喘いでみると、そこには色っぽい感じの自分が映る。なるほど、これなら男も引っ掛けられそうだ。
何となく視線が気になって周りを見てみると、喘ぎ声に反応していたのか、何人かの男が私を見ていた。まったく、街中で喘ぐものじゃないわね。
私の視線に気付いた人はそのまま、何事もなかったかのように歩いていったわ。
これがもう少し色っぽい格好だったら声を掛けられたかもしれないけど――私の格好は、ファンタジックだけど、知的な感じだからね。
さて、それで転生スキルは――
----------------------------------------
【政策立案】
(転生スキル/パッシブスキル)
INT+200の加重値を得る。
政治への理解、立案に補正を得る
----------------------------------------
【実りの祝福】
(転生スキル/発動不能)
作物を作る際、高度な補正を得る
----------------------------------------
【使命の対価】
(特殊スキル/パッシブスキル)
『漆黒の魔王』の絶命時、『実りの祝福』が発動可能となる。
それと同時に、このスキルは消滅する
----------------------------------------
――これも女神様と調整した通り。
ともかく私はスローライフを早く送れるようになりたい。
私はさっき転生してきたばかりだけど、本当の転生ライフは使命を果たした後に訪れるのだから。
私は街の様子を眺めながら王城の方へと歩みを進めた。
一件平和そうではあるが、人々の不安そうな気配も何となく伝わってくる。
途中で野菜を売っている露店を見掛け、少し立ち寄ってみる。
なかなか立派な野菜が並び、煮込むと何とも美味しそうだ。
「お姉ちゃん! どうだい、買っていかないかい?」
「とても美味しそうですけど、これから行くところがありますので」
「そうかい、それなら帰りにでも寄ってくれよ!」
そう言いながら店主は他の通行人に声を掛けていく。
なんとも活気のあることだ。しかし、この活気が脅かされていく――というわけか。
そんなことを考えながら、私は王城の近くにある建物に到着した。
何でもここで、漆黒の魔王――世界に訪れた脅威に対抗すべく、緊急の登用試験が行われているらしい。
肩書は不問。実力重視。――何も持っていないような私への、まさにうってつけの試験だ。
私は建物に入って役人の男に声を掛ける。
「――すいません、登用試験の手続きを行いたいのですが」
「ああ、すまんね。今日の受付はもう終わったよ。明日、また来ておくれ」
……なんですって?
この男の他には誰もいないから不思議に思ったけど……そういうことか。
「明日に手続きをすると、試験を受けるのは遅れますか?」
「うん? 一日遅れるから、受けるのも一日遅れるよ」
何を当然のことを言っているんだ――そんな目で、男は私を見る。
私はさっさとスローライフに入りたいのだ。こんなところで一日を無駄にするのすら惜しい。
「……あの……、何とか、なりませんかぁ……?」
とりあえず私は少し前の――街中で喘いでみたときのことを思い出しながら、男に向かって目を潤ませた。
「あ? あー。ごほん。……うん、そうだな。俺が頑張れば何とかなるかもしれないなぁ……?」
男は何か含めるように言って、私をちらっと見る。
「私……この街に、知り合いがいないんですぅ……。あの、泊まるところも無くて……」
「そ、そうか……、大変だな! 仕方無いな、そ、それじゃ、俺が何とかしてやるからさ――……」
……ごくり。
その音を、私は聞き逃さなかった。
――なぁんだ、思ったより簡単じゃない。
私は男の頭に両手を回しながら、そんなことを心の中でつぶやいた。




