12.希望を託す翼
――それから俺が目を覚ましたのは、三日後のことだった。
意識を取り戻してからしばらくは朦朧としていたのだが――時間の経過に気付いたときは、驚きでいっぺんに目が覚めてしまった。
何せ三日間も気絶しっぱなしだなんて、そもそもとんでも無い話なのだから。
確かに虹色の魂からまともに強烈な電撃を食らってしまったのだが、果たしてそれだけでこんなにも気を失うのだろうか?
正直なところ、目が覚めてから一週間が経った今でも、本調子が出て来ない。
普通に動けることは動けるのだが、やっぱりどこかがおかしい。魔法を使おうにも上手く集中することが出来ないというか――。
その辺りを踏まえると、例の電撃はただの電撃では無かったのかもしれない。
例えば長期間に渡って魔力を乱すことが出来るとか、神に対して特殊な効果を持つだとか――。
もしかしたらあの電撃を撃ったときには既に、虹色の魂は負けを悟っていて――俺に一矢報いるつもりだったのかもしれない。
それは今となってはもう分からないことだが、虹色の魂が強制転生をした直後、実際に俺は身動きがひとつも取れなかったのだ。
ちなみに身体の調子については、日を追うごとには良くはなってきているので、もう何日かすれば万全にはなりそうかな。
それよりも俺が気になったこと――こういう展開でありがちな、『実は虹色の魂の一部がこの世界に残ってますよ』的なパターン。
不意を衝かれて寝首を掻かれるのは冗談じゃ済まされないので、身体を回復させながらも探索魔法をしっかり掛けて調べておいた。
結果としては――そのような企みはまったく無かったので、そこは一安心だった。
「むしろ全部残っていれば、やり直しが出来たけど――」
交戦した時間にまで戻ることが出来れば、今度は問題無く強制転生をさせられるかもしれない。――だが、それは叶わない現実だ。
虹色の魂を下位存在『チリ』に強制転生させたまでは良かったものの、転生先を元・女神様の行った世界にさせられてしまった。
俺も全身全霊で交戦したとはいえ――それでもこの結果に対して、俺に責任はあるだろう。
そもそも論を言ってしまえば、俺が元・女神様と身体を交換していなかったらこうはならなかったかもしれない――というところもあるか。
故に、俺はあの世界をどうにか救い出さなければいけない。
それはあの世界に住む人々、たくさんの生命のためということもあるが――何より俺のためだ。
大局的な目で見れば、数多に存在する世界の内の、小さなひとつなのかもしれない。
その世界が滅びようが滅びまいが、永遠とも言える時間の中では大した違いは無いのかもしれない。
――ただ、そんな無機質な理屈を、俺は受け入れることは出来ない。
自分の不始末は自分でケリを付けたい。
そして、それに加えて――
「――元・女神様を、絶対に見捨てたくない」
これが俺の本心だった。
――話を変えよう。
虹色の魂は下位存在『チリ』に強制転生をさせながらあの世界に送られた。
その転生を経る際、とんでもない量の力が虹色の魂から剥ぎ取られたのだが――その力の一部は、多くの空を荒々しい漆黒色の波動として駆け巡ったようだ。
『ようだ』……というのは、俺はそのとき気絶していたから、見ることが出来なかったためだ。
ここら辺の話は魔法のモニターで、転生者たちやその周りの人々の伝聞から推測したものになっている。
……さて、力を大量に剥ぎ取られたとはいえ、虹色の魂――ヤツはそれでも、世界を滅ぼす力くらいは持っているはずだ。
しかし魔法のモニターを通して見る世界には、まだ大きな動きは無いようだった。
てっきりそれなりに、すぐに何かをしてくると思っていたのだが……。
「そもそも、俺が直接ヤツを見ることは出来ないんだよな」
何故だか分からないのだが、ヤツを魔法のモニターに映すことは出来なかった。
強制転生だからなのか、それ以外の理由なのか――。
つまり魔法のモニターで映し出せるのは俺が転生させた、ヤツ以外の転生者たちとその周りだけ。
俺がヤツを確認するためには、転生者の誰かをヤツの近くまで行かせなければいけないのだ。
さて、どうするか――。
それはもう決まっている。
次の転生対象者に、何とかその役を担ってもらうのだ。
手段は問わない。どうしてもやってもらうんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の転生対象者が現れたのはそれから二日後のことだった。
その日、転生の間には17歳くらいの男が立っていた。
例によって例のごとく、日本や神津あたりの生まれだろうか。よくよく馴染みのある風体をしている。
「迷える魂よ……、ここは転生の間。運命に導かれし者のみが来訪を許される場所……」
「――ッ!?」
「私はこの転生の間を司る女神、リーネルペルファ。
あなたの知らない異世界が滅びの危機を迎えています。どうか、その世界をあなたの力で救って頂けないでしょうか――」
「えぇ!? こ、これは夢……? ――あいてっ!」
男は俺の存在を信じられないように眺めた後、頬をつねって勝手に痛がった。
「――これは夢ではありません。確かな現実、そして未来への布石。
今、ここで行われる選択が世界の向かう先を決めていくのです」
「ま、まじか……。転生って……本当にあったんだな……。
……わ、分かった! 女神様、俺はどうすれば良い!?」
おぉ……素直な人だ! 素直な人が来たぞ!!
良く言えば頼りになる、嫌な感じで言えば御しやすい。
――いや、今このタイミングでは最善の人材だ!!
「ありがとうございます。その勇気に感謝を捧げます。
――実はその脅威なのですが、およそ二週間前に生まれたばかりなのです」
「に、二週間前? 生まれたばかりってこと? ……それじゃ、まだ弱いんじゃ――」
「いいえ。彼の者は『世界』という概念の生まれ変わり。
その膨大な力は失われましたが、それでも世界を滅ぼすだけの力を持ち合わせているのです」
「す、すごい話だな……。俺は――何が出来るんだ?」
「私たちはまず、彼の者のことを詳しく知らなければいけません。
あなたには世界の状態がどうなっているのか――各地を巡って、それを調べて頂きたいのです。
もちろん可能であれば戦いにも参加して頂きたいのですが――」
「そっか。……よし、俺に任せてくれよ!
……それであの――……、転生特典みたいのは、あるんだよね?」
「ありがとうございます。もちろん、可能な限り希望を叶えさせて頂きます」
「おお! それじゃ俺、前衛でガンガンいく感じの強さが欲しいな。武器は――槍が良いな。
――あ、そうだ! それならドラグーン――竜騎士って出来るかな?」
――ッ!!
なんだと……? 竜騎士は確かに夢の溢れるファンタジー職業――……なのは良いとして、これを叶えると機動力がかなり高くなるな。
もしかしてヤツの現状を探るにはベストな選択肢では無いだろうか。
しかもこの男、自分から言い始めたことだし――後から文句も出ないだろうし、きっとその能力も使いこなしてくれることだろう。
「――分かりました。それではあなたに竜騎士としての力を授けます。
その力を以て、世界を滅びの道から救い出してください。そして、もうひとつ……お願いがあるのですが――」
「お願い? ここまで来たんだ、何でも言ってくれ!」
「ありがとうございます。それでは……」
俺は男にあるお願いを伝えた。
それを聞いた直後はちょっと断られそうになったんだけど、話をしていく内に(結構おだてたりして)最終的にはノリノリな感じでお願いを聞いてくれることになった。
その後、お願いした内容について何回も練習をした後――男の覚悟を確認してから、俺は転生の手続きを進めた。
「おぉ……。俺の身体が輝いて――」
「はい、あなたはこれから異世界に転生していきます。
活躍には期待していますが、無理はなさらず、命はどうか大切にしてください」
「大丈夫だ、まかせてくれ! ……というか俺もちょっと前に死んだばっかりだし、命の大切さは知っているさ。
女神様もそんなに心配するなって――」
男は優しくそう言いながら、光の中へと消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――俺の名前は田中十二郎。良い名前だろ? じいちゃんに付けてもらったんだ!
新しい世界で名乗る名前の方は、女神様に『ジュード・テオ・ニルヴァーナ』と付けてもらった。これもカッコイイ名前だな。俺はかなり好きだぞ!
そして俺が転生した場所は――
「――な、何者だ、貴様ッ! ここは王の御前なるぞッ!!」
そう、この世界の一番の大国、王様の前!!
これぞ転生の物語! 王様の前から始まる英雄譚の幕開けだ!!
「俺はジュード! ジュード・テオ・ニルヴァーナだ!!
俺は数多の世界を導く女神、リーネルペルファの導きによってここに現れた!!」
俺は王様の方を向き、近衛兵たちに槍を向けられながらも高らかに吠えた。
そう、この吠えること――この啖呵こそが女神様からのお願いなのだ。
世界のすべてに影響を及ぼすことが、超越したレベルで動いていることを知らしめるのが目的だ。
「……女神、リーネルペルファ……だと? そんな神、初めて聞くぞ……?」
俺は近衛兵がつぶやくのを聞き逃さなかった。
え、あの女神様ってマイナーなの――? ……なんて思わないからな! 先にそう言われてるし!
女神様曰く、神としての位が高すぎて、この世界ではまったく知られていないそうなのだ。
マイナーというかむしろ逆なんだよな。俺はそんな女神様に力を授けられているわけで、それだけでも鼻が高いくらいだ!
「――王よ! 今、この世界には恐ろしい脅威が訪れている! それは王も知るところだろう!
女神は大変に胸を痛めておられる! 国を挙げ、この難題を解決するようにと――ここに神託を下す!!」
「いい加減にしろ! その口を閉じるんだ!!」
近衛兵がさらに槍を突き付けてくる。
――だが、それに対して俺は冷静でいられた。
言いたいことはもう言い切ったのだ。俺は女神様から、ここまでで良いと言われている。
もしこれ以上の啖呵を切るなら――次の転生者がやるという話だ。
王様は驚きながら、そしてしきりに何かを考えながら、未だ玉座に座っている。
貫録や威厳は確かにある。実力から裏打ちされるような存在感も出している。
俺の話を受けてどう動くかは――俺の知ったところでは無い。俺が従うのは女神様だけだ。
……よし、そろそろ退散するとするか。次は女神様から受けた――世界を巡る使命を果たすんだ。
「――『神竜召喚』ッ!!」
俺は転生スキル『神竜召喚』を使った。
その瞬間、俺の横に光の粒が集まり始めて――白い輝きと共に、一匹の白いドラゴンが現れた。
――おお、めっちゃカッコイイじゃないか! これが俺の相棒か!!
「よろしくな」
俺が小さい声で言うと、そのドラゴンも可愛い声で鳴いた。
「ま、待て――」
ようやくといった感じで近衛兵たちが動き始める。王様は引き続きも驚きながら、玉座から身を乗り出して俺たちを見ている。
ドラゴンは周囲を悠然と見回した後、俺をちらっと見てから頭を動かして背中へと促した。
――バサッ!!
俺がドラゴンの背中に乗ると、ドラゴンが翼をはためかせた。その途端、俺たちの身体が宙に浮いた。
うお、すげぇ! こんなにも簡単に浮くものなのか!?
周りの近衛兵や王様は今までにも増して、俺たちを呆然と見ている。
呆然、か。……そうか、このドラゴンは急に現れた上に――すっげぇ神秘的だからな。
「よーし、お前の名前はヴァイスだ! 行くぞ!!」
「キュウウウゥーッ!」
俺の言葉に頷くようにヴァイスは高い声を上げた。
そしてそのまま宙を滑り始める。
俺たちは王の間を後にし、多くの通路と広間を駆け抜けて――堂々と王城の正門から飛び出した。
目の前に広がるのは邪魔なものが何もない空。どこまでも、どこまでも続いていく大空。
地上を見れば、こちらを見上げている人もいるようだ。
「……いいじゃないか! このまま――、どこまでも飛んでいこうぜ!!」
俺の言葉を受けると、ヴァイスのスピードが一段と速くなった。
これならどこまでも行ける。どこまでも行ってやるさ!
いつか思い描いた、子供の頃に憧れていた大空の果てすらも飛び越えて――




