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第八話:コードネームはゴールドフォックス

 高天原に居を構える桜華衆本部に忍び込む影が一つ。

 朱色の着物に一本に束ねた金色の髪。同じく金色の体毛に覆われた獣耳と尻尾を生やす彼女は人にあらず。

 彼の者は村正が造りし剣なり。

 彼の者は大和を守護する御剣姫守(みつるぎのかみ)なり。

 <兎杷臥御(とばふしみ)の戦い>にて数多の敵を斬りし勇猛なる剣姫は――小狐丸(こぎつねまる)なり。

 そんな彼女がわざわざ、こそこそと本部へと忍び込むのにはある重大な理由があった。

 堂々さを捨てて、女らしからぬ振る舞いをしてまで忍ばねばならぬ理由。

 それは――。


「悠はどこにいるのかな」


 結城悠(おとこ)探しである。


「まったく……悠も悠で酷いね。こんな場所に住まなくても私に頼めばもっと快適な場所を用意して上げられるのに。例えば……ふふ」


 その笑みは何を意味するのだろう。

 怪しげな、もとい不気味すら感じさせる笑みを浮かべる小狐丸(こぎつねまる)に問う者はいない。

 悠が三日月宗近(みかづきむねちか)らに連行された――小狐丸(こぎつねまる)の目にはそう映っていた――のを目の当たりにして、不満と決意が彼女の中に生ずる。

 気に入った男を他の女に盗られた不満。

 人が気に入っている物を他人に奪われることほど、憎いものはない。

 ましてやその相手が三日月宗近(あね)であったなら尚更のこと。思わず殺してやりたいと衝動に駆られて、しかし好きな男の前では見せられないと小狐丸(こぎつねまる)は自らを御する。

 代わりに、奪い返すことを決意した。

 悠は私の男だ。だから奪い返して守る。

 傍から見れば恋人でもないのに奪うだの殺すだの思う彼女は、悪質なストーカーとなんら変わりない。

 最大の問題は当の本人が無自覚なことで。 

 小狐丸(こぎつねまる)は自身の行動に一点の迷いも持たないから、余計に性質が悪い。


「さてと、悠はどこかな……」


 足音を殺して館内を散策する技術は、見事の一言に尽きよう。単に男を探しているだけだが。

 一つずつ部屋を散策する。

 そして――あった、と小狐丸(こぎつねまる)は口角を吊り上げる。

 とある一室に忍び込む。

 個人の色に染まっていない無機質な部屋。

 ベッドなどの家具しか置かれていない殺風景な部屋だ。

 にも関わらず、小狐丸(こぎつねまる)は確信を得る。ここが悠の部屋だと。

 結城悠の私室であると裏付ける証拠は、残念ながら一つもない。

 持って帰って宝物にしたかったのに。危険極まりない思考を抱く小狐丸(こぎつねまる)は、それでも部屋を物色する。

 何故ならこの部屋は悠の匂いに包まれているから。


 枕に顔を押し付ける。

 そのまま、すんすんと小狐丸(こぎつねまる)は嗅いだ。

 ちょっと汗臭くて、それでも心地良い香りが鼻腔を突き抜けて脳に衝撃を与える。

 今度は掛け布団の中に潜る。

 悠の両腕に優しく包み込まれているかのような錯覚に陥った。

 

「う~ん……幸せ」


 このまま布団一式だけでもなんとかして持ち帰れないだろうか。

 これでもかと言うぐらい布団を自身に重ね合わせる小狐丸(こぎつねまる)の顔は、とても幸せに満ちていた。どれぐらい幸せを感じているかと言うと、男性の前では決して見せられないほどである。

 乙女が浮べてよい顔ではなかった。


 掛け布団をしゃぶれば、舌を絡ませ合う激しい接吻をしているかのように。

 身体中にこすりつければ、後ろから優しく抱き締められて愛を囁かれるかのように。

 小狐丸(こぎつねまる)の脳内で妄想が次々と浮かんでは、彼女を快楽の海へと誘う。

 やがて、小さな身体がびくりと大きく跳ねた。

 快楽が頂点へと達した証である。

 窘める者が現れぬまま、憐れ悠の布団は小狐丸(こぎつねまる)の何かで濡れてしまった。


 やってしまった。余韻にしばらく浸ってから小狐丸(こぎつねまる)は舌打ちをする。

 しかしこれはこれで、ありかもしれない。

 自分の体液(もの)で好意を寄せる男を汚したと想像すると、気分が高揚してくる。

 小狐丸(こぎつねまる)は頬をニヤつかせる。

 満足したところで、ようやく小狐丸(こぎつねまる)は行動を再開させる。

 もちろん、枕を持って帰ることも忘れない。


「それにしても……一体悠はどこにいるのやら」


 ただでさえ本部は広い。

 初めて訪れた者は迷路のような構造に彷徨うことも、まぁ珍しくはない。

 小狐丸(こぎつねまる)は三回の遭難を経験して、見事克服をしている。

 もう館内の間取りはすべて把握している。

 だからと言って悠がどこにいるかまではわからない。

 地道に一部屋ずつ調べていくしかないと悟った小狐丸(こぎつねまる)は舌打ちをこぼす。

 こうしている間にも天下五剣に好き勝手にされていると思えば、小狐丸(こぎつねまる)の中で激しい怒りと焦りが生ずる。かと言って感情に任せて動くなどと言う素人丸出しの失態を彼女は侵さない。

 

 やがて、小狐丸(こぎつねまる)は一室の前で立ち止まる。

 扉越しに話し声が聞こえてきた。

 耳を近付ける。彼女にとってもっとも危惧している者らの声が、耳に響いた。

 内一つは、小狐丸(こぎつねまる)が殺してやりたいとすら思える憎き姉のもの。


「それでは皆さん、ただいまより天下五剣会議を始めたいと思います。まず先日より挙がっていた議題についてですが――」


 どうやら今から会議を行うらしい。

 都合がいいと言うもの。会議ならば部屋から絶対出ないだろうし、童子切り安綱(どうじぎりやすつな)の話は長ったらしい。

 いつもなら面倒臭いと思う小狐丸(こぎつねまる)であるが、今回は探索を有意義に進められるため許してやることにした。

 しめしめと、小狐丸(こぎつねまる)がその場から離れようとして――


「では続けて、結城悠さんを今後どうするかについてです」


 聞き捨てられない単語に、彼女の足はぴたりと止まった。

 他の議題であれば小狐丸(こぎつねまる)は関心を示さない。桜華衆に関する内容ならば連絡が来るだろうし、それに黙々と沿って動けばいいだけなのだから。

 だが、結城悠のこととなれば話は別。

 彼についてどんなことを話し合うのか。

 もしも悠の尊厳を踏み(にじ)り、傷付けるような内容であれば。

 その瞬間、隠密作戦は暗殺へと切り替わる。

 正当な理由が得られたのだから誰にも咎められない。自分は天下五剣を倒し、(おとこ)を救った英雄となる。彼も私に振り向いてくれること間違いなし。

 となると、やっぱりこのまま突撃して天下五剣に天誅を下そうか。

 いやいや。とりあえず内容を聞いてからでも遅くはあるまいと、小狐丸(こぎつねまる)は再び耳を扉につける。

 今度はべったりと、決して聞き漏らすことのないように意識を集中させて。


「悠さんが本部所属なったら何をしてもらいたいか、について話し合いたいと思います」


 なんとも間の抜けた内容に、思わずずっこける。


「じゃあまず光世からね。とりあえず身の回りのお世話とかしてもらいたいかな。部屋の掃除とかお料理とか、それから添い寝なんかもしてもらいたいし」


「確かに貴様の部屋は汚部屋だからな。そんなことぐらい自分でなんとかできんのか貴様は」


「言ってくれるねぇ。それじゃあ安綱はどうなの?」


「我は……そうだな。一緒に剣の修練を励みたい。なにも本気の仕合をせずとも共に汗水を流し、武を高め、そしてだな、その……い、一緒に風呂で汗を流す。その中で愛を育めればそれでいいと我は思っている」


「うっわキモッ。マジでキモッ」


「だ、黙れ光世! 貴様より我の方がまだ純粋だ!」


「お風呂に一緒に入ってなにもしないわけないでしょ!? ナニをあれやこれやとする気のくせして私は純粋ですって主張がマジでうざいしキモい」


「ま、まぁまぁ落ち着いて二人とも。とりあえず僕は前にも言ったとおり、一緒にお料理をしたりできたらいいかな。そ、そこで二人であーんてしあったりとか……えへへ」


「私の下で絶頂に満ちた顔を浮かべて何度も果てる……それが運命なのです」


「数珠丸さん。貴女本当に落ち着いた方がいいですよ?」


 各々好き勝手に言っている。

 それならば私も四六時中甘えさせてもらいたい、と言いたい衝動を小狐丸(こぎつねまる)は必死に抑えた。

 あくまで隠密作戦中である身だ。一時の感情に任せてはすべてが水泡に帰す。

 幸い、天下五剣らは己の妄想ばかりを口にしている。内容的に健全、とは言い難いし内一名は危険だ。今すぐにでも牢獄にぶち込んだ方がいいのではと、小狐丸(こぎつねまる)は己の妄想を顧みず思う。

 とにかく、こうしているよりも一刻も早く悠を見つけ出して連れて帰った方が得策だ。

 今度こそ探索を再会させるべく離れようとして――


「ですが悠さんは……恐らく考えを改めないでしょう」


 真剣みを帯びた三日月宗近(みかづきむねちか)の言葉に、足を止める。


「言われずとも、この場にいる誰もが理解していることだ三日月――アレは男だが我らと同じ目をしている。剣に生きる者、剣を振るう鬼……どうして男である悠が剣鬼へと身を堕としたか」


「でもどうするの? このままだと光世達は悠と仕合することになるんでしょ? さすがに光世、それはちょっと気が引けるかなぁ」


「は?」


 小狐丸(こぎつねまる)は思わず声をもらした。もらさずにはいられなかった。

 今、彼女はとんでもないことを口にしなかったか。

 結城悠は確かに強い。鬼を斬ったのを間近で小狐丸(こぎつねまる)は目撃している。

 強いが、彼は男だ。女が守らねばならぬ存在であり、国の宝なのだ。

 その宝が――至宝が五人の女によって穢されようとしている。

 やはり、今ここでやるしかない。

 悪女断つべし。有罪の判決はたった今下された。

 未来の夫の安全を守るために小狐丸(こぎつねまる)はとうとう腰の得物を抜いた。



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