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群狼は眠らない

加州清光が主役っぽいショートストーリーです。

ギャグ成分多めですwww

 さぁさぁと雨が降りしきる。

 夜風は冷たくて、吐息一つすれば白くなって雨雲へと溶けていく。

 今宵、加州清光(かしゅうきよみつ)は重大な任を負っていた。標的はただ一人のみ。不必要な戦闘な極力避けることが望ましいとされているが、誰しもが不可能であることは最初(はな)からわかりきっていた。

 妨害は必ず入る。その時は否が応でも戦わなくてはならない。

 今回、加州清光に与えられたのは、その標的の身柄を確保することにある。

 これは彼女の脚の速さを見込んでの配役であり、だが今作戦の重大な要でもあるので、彼女に課せられた重圧は相当なものであることは確かである。

 失敗は許されない。自己の失態が、仲間を危機に晒すことともなる。

 だからと加州清光は逃げたりしない。

 覚悟がなければ、今頃新選組に残っていたりなどしていない。

 大丈夫、きっと他の皆も上手くやってくれる。そう信じて、加州清光はその時が訪れるのを、ただ静かに待ち続けた。

 誰かが、寒いと言った。

 誰も咎めたりはしない。神威という極寒の地に身を置くとはいえども、寒いものはやはり、寒いものだ。各言う加州清光も、夜風がひゅうと拭く度に身震いをしていた。

 だんだら模様の羽織があっても、露出した肌までは守れない。

 今度、完全な防寒対策でも進言してみてもいいかもしれない。そう思い始めて、不意に。


「隊長」


 隊士の一人が耳打ちをする。

 それ以上の言葉は視線に切り替えられた。作戦開始まで、後わずか。

 敵に悟られてはなるまいと全員の気が改めてぴんと張り詰める。

 さて、隊士の視線を追えば、同じく待機している仲間――和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)と鬼神丸国重(きじんまるくにしげ)の姿を捉えた。

 無言の肯定を受け取って、加州清光は腰の得物に手を掛ける。

 手筈では、先に侵入した隊士が確保した玄関より突入するようになっている。

 その時が訪れるのも近い。そして始まれば、与えられた猶予もそう長くはない。すべては自己の速さが決める。

 ごくり、と加州清光は生唾を飲み込んだ。

 そして、ついにその時が訪れる。

 ぎぎぎ、と音を立てながらゆっくりと門が開かれていく。

 どうやら最初の関門は突破したらしい。安堵の息をもらしたのも束の間。

 隊士らのどよめきに、隊長である加州清光も和泉守兼定もまた、驚愕の感情(いろ)を顔に孕ましている。

 何故、と誰かが言った。

 もっともだ。どうしてここにいる。加州清光は疑問をぶつけるように、ソレを見た。

 よもや、標的自らお出ましになるなんて……。

 ここで、新たな疑問に加州清光は気付く。

 先に侵入していた隊士達はどこへ行った。


「……他の皆さんは!?」


 標的がにやり、と口角を釣り上げた。

 どくん、と大きく脈打つ自己の心臓に突き動かされて、加州清光は得物を抜く。

 誰しもが理解しているであろう。戦場に出る以上、絶対に生きて帰れる保証などどこにもありはしないのだから。いつかは必ず死ぬ、誰も例外に漏れることなく、絶対に。

 だが、簡単に切り捨てられないから仲間だ。

 理屈ではない。魂の問題であって、加州清光は亡き戦友の意志を継いで戦わなくてはならない。何故ならば彼女は新選組一番隊隊長で、誰よりも強い御剣姫守(みつるぎのかみ)なのだから。

 例え刺し違えてでも……。

 そんな彼女を前にして、標的は依然と不敵な笑みを崩さない。

 小さな溜息が標的からもれる。それだけで全員に緊張が走った。


「……こんな夜遅くに何をやってるんですかね貴方たち新選組は?」


 はじめて、標的に変化が訪れた。

 笑みという仮面の下にあった怒りが表に出てきた。

 笑ってこそいるものの、眉間のシワは深く、額には青筋がうっすらと浮かんでいて、頬がひくひくと吊り上がっている。

 間違いなく、標的――結城悠(ゆうきはるか)は怒っていた。


「夜分遅くにごめんなさい悠さん」

「うん、そうとわかっているのにこれは何事ですかね清光さん。さっき俺の寝室に二人ほど忍び込んできたもんですから、縛り上げてきましたが……」

「な、なんとけしからん! 自分達を置いて先に楽しもうなどとは……!!」

「せやっ! 許されへんで!!」

「いや怒る場所おかしいでしょ普通に考えて」


 ずるい、士道不覚悟で切腹だ、などなどと真夜中であることも忘れていきり立つ面々には、さしもの加州清光も苦笑いを浮かべざるを得ない。

 まぁ、仲間が言うことは事実なのだけれども。


(後で百尻叩きの刑は確実ですね……)


 この一件が隠蔽(いんぺい)されることは決してない。

 相応の罪を犯したのだから、然るべき罰であると誰も同情したりもしない。

 すべては自分達だけで悠とにゃんにゃんしようとした彼女達が悪い。


「それで? 本当になんなんですかこんな時間に……。何時かわかってます?」

「虎徹姉からの命令です。結城悠さん、あなたを神威に連れていきます」

「……理由は?」

「神威(かむい)でずっと私と……はっ!」


 妄想が加州清光の脳裏に稲妻の如く駆け抜けた。


――さぁ悠さん、今日は私と一緒に修練をしますよ?

――そ、それはいいんですけど……ちょっと、近いっていうか……。

――何を言ってるんですか。こうして密着しないと教えられないじゃないですか。今日は手取り足取り、しっかりと

――そ、それは嬉しいんですけど……や、やっぱり……。

――ふふっ、初心ですね悠さんは。これからじっくりと時間をかけて辿念裡心流(てんねんりしんりゅう)を……いえ、私という剣を身体に刻み込んであげますね?

――き、清光さ……あっ……駄目……。

――ふふっ、ここをこんなにしちゃって……。


「ぶはぁっ!!」

「加州隊長が鼻血を出した!」

「あ、謝ってください悠きゅん!」

「加州隊長に謝って!」

「な、なんだ……俺が悪いのかこれは!?」


 刹那、加州清光は盛大に鼻血を出した。

 絶えず展開されていく妄想に、彼女の思考は処理しきれず、崩壊することを恐れたが故の防衛反応には、必ず悲鳴が上がる。

 目の前で噴水のように鼻血を出せば、誰でも驚く……とは、彼女の姉貴分に当たる二人から。


(また、やってしまいました……)


 だらだらと絶えず流れ出る両の鼻穴にちり紙が詰め込まれる。

 ウチの隊士達は本当に気が利いて優秀だ。軽くお礼を言い、さて。加州清光は改めて悠と向かい合う。

 局長が下した命令は絶対で、加州清光としても結城悠の奪還――誘拐と言い直すことが正解だろうけど、あえて無視しておく――は是が非でも叶えないところ。

 抵抗は必須。打ち勝ってこそ得られる達成感は、言葉だけでは形容できない。


「さぁ悠さん、御用改めです。神妙にお縄についてください!」

「いや普通に嫌なんですけど……。今日はとりあえず、もう帰ってくれませんか? さすがに眠いし、それに近所迷惑にもなるので。明日改めて来てくださった時にお相手します」

「じゃあ仕方がないな。厄介になるぞ悠。そして今宵こそ自分の男となれ」

「はっ? まさか……だ、駄目ですからね? 俺の部屋にそれだけの人数――ってそれ以前に泊めたりなんかはしませんよ!?」

「じゃは今日は厄介になるで悠。それか久しぶりにウチと夜の修練しよか?」

「向こうにいた時もやってないだろ! だから勝手に入ろうとするな!」


 ここぞとばかりに、鬼神丸国重が率いる三番隊が中への突入を試みた。

 彼女らに悠の声は届かない。男の部屋になんとしてでも行く――この執念を根底から取り除かぬ限り、進軍を止められなどしないのだ。

 わずかに遅れて和泉守兼定が、加州清光率いる一番隊も三番隊へと続く。

 相手は一人。説得という武器をちらつかされても、大した抑止力にもならない。

 既に防衛線は突破した。後はこのまま進めば、加州清光らは結城悠の自室へたどり着けるはずだった。


「うん最初(ハナ)からわかっとったで? やっぱこうなるやんなぁ」

「千年守……」


 最強も門番が、薄暗い廊下に佇んでいる。

 既に抜き身となった白刃が、窓から差し込む月光に当てられて、美しくも不気味な輝きを放っている。満ちる剣気が告げていた。このまま進めば死を覚悟せよ、と。

 千年守鈴姫(ちとせのかみすずひめ)は、本気だ。自己の仕手を取られまいとする彼女の迷いは微塵も感じられない。


「ねぇ、どうしてボクから主を奪おうとするの? ねぇなんで? なんでなんでなんでなんでなんで――」

「あちゃ~。こりゃホンマに、本気(マジ)でいかなアカンみたいやで。」

「障害とは乗り越えてこそ達成感がある――見事、乗り越えてみせようではないか」

「千年守さん……悠さんとのいちゃいちゃを手に入れるためにも、ここで倒れてもらいます。お覚悟を!!」

 

 加州清光が地を蹴り上げた。

 まっすぐな廊下を舞台に、三つの刃が交差し――なかった。

 誰かの割って入ってきた。独特な輝きを宿す刀身に、加州清光はばっと視線の向きを変える。

 悠だ。剣鬼の代名詞たる二刀が加州清光と自己の愛刀の剣戟を受け止めている。

 膠着したまま、されど剣鬼の確かな怒りがしっかりと耳に届けられた。


「いい加減にしろ! こんな場所で本気でやり合おうとする馬鹿がいるか!」

「あ、主……。ボクは主を守ろうとして――」

「わかってる。お前は気にするな鈴――本当にいい加減にしてくださいよ新選組。これ以上暴れるなら、二度と遊びに来ませんし大嫌いになりますよ? 話しかけられても無視しますので」


 大嫌いになる――この一言が新選組を大きく動かした。

 誰だって好意を寄せている相手から嫌われたくはない。ましてや、無視されるなんて想像したくもない。


「……ふっ、今日のところは引き下がろう。だが! 自分達は諦めないぞ悠よ!」

「いや、もう諦めてください……真剣に」


 心底呆れ果てていた悠に見送られながら、加州清光らはその場から立ち去った。

 今回の任務は失敗。だからと諦める新選組ではない。

 また必ず好機はやってくる。その時こそ、結城悠を自分達の下へと引き抜いてみせる。

 決意を新たにしたところで――まただ。新たな妄想に加州清光は盛大に鼻血を噴いた。


「……せやけど」

「ん? どうかしました?」

「いや最後の副長の台詞あったやん? あれ思いっきし負け台詞やなって」

「……何か言ったか鬼神丸よ」

「いんや。な~んも言っとらへんで副長殿」

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