第四話:咎人は剣を取る
高天原を離れて、気が付けば広大な平原へと悠は来ていた。
頬を優しく撫でるそよ風に揺らされて、敷き詰められているススキの絨毯が美しく靡いている。
青かった空は赤々と燃える夕陽によって茜色に染まりつつある。
どこからか烏の鳴き声が聞こえて、悠はようやく今が夕刻だと理解する。
逃げてからかなりの時間が経ったらしい。
「随分と遠くまで来たんだろうな……」
見渡しても、高天原のような建造物の類はおろか人の気配すら皆無である。
風の吹く音を除いて静寂に包まれたススキの原に腰を落ち着かせる。
いきり立った愚息もすっかり大人しくなった。
ほっと胸を撫で下ろし、先ほどの出来事を思い出して活力を取り戻した愚息に自己嫌悪する。
ようやく落ち着いたところで――これから俺はどうするべきか。悠は沈思する。
異世界に来たからと言って、物語の主人公のように何かをやりたいと言う願望を悠は持ち合わせていない。
それ以前に主人公気質でないことを俺自身が誰よりも理解している。
ならば元の世界に帰る方法を見つけるか、と問われればそれも否だ。
戻ったところで悠には何も残されていない。
両親は既に他界しているし、唯一の財産だった我が家も跡形もなく燃やしてしまった、はずだ。
騙されていたと言っても最愛だった人はこの手で殺めた。
一度死んだはずの罪人は、もし生き返ったら何を思うのだろう。
もう一度人生をやり直せると喜ぶのか。
あるいは再び生き地獄を味わうと悲観するのか。
悠は――。
「こんなところで男の子が一人でいるなんて、襲ってくれって言っているようなものだよ」
「だ、誰だ!?」
背後から聞こえた声に、悠は勢いよく振り返る。
目の前のススキが揺れて、やがて左右に分かれる。
その間から一人の小さな少女が姿を現した。
燃え盛る炎のように鮮やかな朱色の着物を纏い、金色の体毛に覆われた狐耳と尻尾を生やした彼女は、とても幼い。ただ小学校低学年ぐらいの外観には不釣合いな巨乳と、腰に佩いた一振りの太刀がとても目立つ。
名前はわからずとも、異様な格好から彼女が三日月宗近達と同じ、御剣姫守なのは容易に想像がついた。
「こんにちは。私は……そうだね、ただの通りすがりさ。君がこんな場所で一人ぼんやりとしているのを偶然見つけたから、ちょっと声を掛けたんだ」
「……そうか。俺は別に大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていただけだ。俺のことはいいから、早くお家に帰りなさい」
「ふふっ。まさかそんな風に男の人から心配されるなんて思ってもいなかったよ。それって私が頼りなく見えるってことなのかな?」
「そう言うわけじゃないけど……」
「う~ん、そうだね……それじゃあ折角だし、私が凄いってところを君に大披露させてもらうとしよう。都合よくその機会をくれたみたいだからさ」
言って、少女が腰の得物を抜いた。
刃長はおよそ二尺六寸ほど。
直刃の刃文が描かれた刀身が夕陽を浴びて美しくも、どこか怪しげな輝きを放つ。
いやいや、それよりも。
どうしてそんな物騒な物を意気揚々と少女は抜き放ったのか。
相手が子供であっても刃物を持てば充分な脅威と化す。
素人であれば瞬く間に取り押さえられようが、太刀を握る姿と小柄な体格より発せられる気が、彼女が常人でないことを物語っていた。
切先が悠に直接向けられずとも、予想外の展開に警戒心を剥き出す。
「大丈夫だよ。この剣は君を斬るためにあるんじゃない。強いて言うなら君の心を射止めるためにあるのかな?」
「……は?」
「さてと。それじゃあ君はそこでじっとして目を閉じているといいよ。ここから先は、男の子にはちょっとばかり刺激が強すぎるからね」
幼女が太刀を横に薙ぎ払う。
それが合図となった。
ススキの葉から複数の影が上空へと打ち上がった。
夕陽に晒されたそれは人とも獣とも違う、醜悪な姿が悠の前に現われる。
人類が戦ってきたとされる鬼の存在。
悠は鬼を信じていなかった。
鬼と言うのは軽蔑や差別の意味を込めた比喩で、同じ人間だと思い込んでいた。
それは間違いだった。
鬼は本当にいた。
比喩ではなく、正真正銘の怪物が悠の視界にはっきりと映し出される。
灰色の肌に、剣と見間違うような鋭い爪が両手より伸びている。
僅かに開かれた口から見える牙は猛獣のそれと同等か、あるいはそれ以上か。
噛み付かれたならば一溜まりもない。
そして血を連想させる赤い眼には、明確な殺意が孕んでいる。
獣であれば飢えを満たすために襲い掛かるだろうが、目の前にいる鬼は違う。
ただ殺す――純粋な殺意を原動力に幼女を見据えて、牙を、爪をもって襲っている。
「遅いよ!」
飛んでくる爪を、牙をひらりとかわして、幼女は手にした太刀で鬼を切り裂いた。
斬、と言う肉を斬り骨を断つ音が綺麗に奏でられれば、鬼は銀閃が描く軌跡に従って両断される。
例えるならば、その動きは舞である。
彼女の舞に合わせて白刃が走れば赤い飛沫が宙を舞う。
その光景は一つの剣舞と言っていいほど美しく、見る者の心を惹く魅力がある。
ぶるんぶるんと揺れる双山もまた、幼いとわかっていても男ならば目をやらずにはいられない。
それはさておき。
大人ぶった幼女を守らなくては、などと思った自分がどうやら馬鹿だったらしい。
彼女に悠の手助けは必要ない。
武器のあるなし関係なく、幼女には誰かに守られずとも生きていけるだけの力がある。
鬼は一匹たりとも立っていない。
数多の死体となって赤く染まった地面の上で無造作に転がっている。
その中で返り血の一滴も浴びなかった幼女は、刃に付着した血を払い落として鞘へと納める。
ふと悠に向けた不敵な笑みはやはり、外観不相応な妖艶さを醸し出していた。
「……強いんだな」
「当然。これでも私は桜華衆の一員だからね。それでどうかな? 私が凄いってところ、わかってもらえたかな?」
「あぁ、俺が間違っていたらしい。お前は強いよ」
人は見掛けに寄らない。
幼い容姿に騙されていれば、対峙者は浅はかな思慮に死をもって後悔することとなる。
名前も知らない彼女は強い。紛れもなく。
もし御剣姫守がここにいなければ、今頃悠は鬼の餌食となっていた。
あの牙で噛み付かれていたなら。爪で切り裂かれていたなら。
あったかもしれない可能性にぞっとする。
「わかってもらえたようで何より。それじゃあ、助けたお礼に私と“でぇと”してもらえるかな?」
「デートって……大和の子供は随分とませてるんだな」
「だから私は子供じゃないよ。君よりもずっと立派な大人さ。なんなら、この胸を触ってみるかい?」
「女の子がはしたないことを言うんじゃありません」
「あいた」
幼女の頭に手刀を打ち落としたところで、悠は歩き出す。
思わぬハプニングに巻き込まれてしまったが、そろそろ帰らないと夜になる。
街灯の一本も設けられていない外は完全なる闇に包まれる。唯一の明かりである月だけでは、心もとない。
本音を言えば、高天原に帰りたくない。
情けない姿を晒しておいて、どんな顔で彼女達の待つ本部に帰ればいいのか。
笑い者にされるか、軽蔑されるか。
最悪どちらとも言う可能性だって考えられる。
お粗末な物を見せ付けられたと罵られる可能性を想像して――不覚にも涙が出た。
肉体的苦痛よりも、精神的苦痛の方が何倍も辛い。
しかし鬼と言う存在を見てしまった以上、悠は帰宅の選択肢を強制的に選ばされる。
覚悟して帰るしかない。
笑いたければ笑わせておけばいい。
軽蔑したければするがいい。
刀が戻って来次第即刻本部を出て行く。それですべてが丸く収まるのならば、一時の苦痛ぐらい我慢してやろう。
腹を括った。涙を腕で拭い、悠は高天原へ足を向ける。
「高天原へ行くのかい? だったら私が護衛してあげるよ。私もちょっと用事があるし、」
「そうなのか。それじゃあ情けない話しだけど、よろしく頼むよ。えっと……」
「私の名前は小狐丸。誰よりも勇ましくてかわいくて強い御剣姫守さ」
小狐丸と名乗ったロリ巨乳の幼女が、不敵な笑みを浮かべた。
自画自賛とは、悠はあえて口にしない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
小狐丸に手を引かれる光景は、悠の目には微笑ましく映りこんでいた。
上機嫌で鼻歌交じりに歩く姿は、先ほどの勇ましさは皆無。
外観相応の少女として振舞いは、歳の離れた妹ができたような気さえする。
娘と呼ぶには、小狐丸はあまりにも発育がよすぎた。
「ねぇ悠。さっきから私の胸をチラチラと見てるでしょ」
「えっ!? いや、別に見てないぞ?」
「嘘。絶対見てたでしょ」
「ど、どうして俺がお前の胸なんかを見る必要があるんだ」
「……見たいのなら、見せてあげるよ」
声は震えてはいないものの、小狐丸は大胆にも衣装をはだけた。
布の下に隠されていた豊満な胸が曝け出される。
大きさは三日月宗近よりもやや小さいか。
それでも小柄な体格には不釣合いなぐらい、立派な胸をしている。
いやいやいや。冷静に見比べている場合じゃないだろう。
「馬鹿! お、お前こんな場所で何をしてるんだ!」
「何をしてるんだって、君が見たいって顔をしてたから」
「いいから早く隠せ! 他の人に見られたりでもしたら……!」
「君はとことん面白い人だね。海水浴をするのに胸を隠す女性がいるとでも思ってるのかい?」
「えぇ……?」
クスクスと笑う小狐丸に言われて――しばらくの間を置いて、悠は違和感に気付く。
常識的に考えれば女性が胸を晒すなど痴女と誤認されても不思議ではないし、逆に誘っていると勘違いされても文句は言えまい。
しかし道行く男性も女性も、ちらりと横目に見ただけでそれ以上の反応を示すことはなかった。
悠の中で次々とピースが当てはまっていく。
平然とセクハラを仕掛ける雷切丸。
半裸になっても気にするどころか押し付けてきた三日月宗近。
しおらしい男性。男性に代わって刃を振るう女性。
以上の単語から考察して――やがて、一つの結論へと悠は至る。
この世界は、男女の価値観が逆転している。
女性が刀を持ち戦場に出るのも、逆転しているのであれば納得がいく。
元の世界で言えば上半身裸で堂々と町中を歩いている男性は少なくない。
即ち小狐丸が巨乳を出しても、周囲の反応が冷めていたのはそのためだ。
では、もし悠が上半身裸になれば。瞬く間に変態のレッテルを周囲から貼られる。
「君は初心だね。女性の胸を見ただけで赤面するなんて……ふふっ、いい顔を見せてもらったよ。ご飯があったらいつもの三倍は食べれるね」
「もういいから……! 早く隠してくれって」
「はいはい」
胸をしまうのを見て、悠は大きな溜息を吐いた。
不意に、遠くで悲鳴が上がった。
どこかで警鐘が激しく打ち鳴らされて、瞬間――町にいる人々の顔に恐怖の色が濃く浮かび上がる。
間髪入れずに悲鳴が上がって男性達は付き人の女性に促されるまま、建物の中へと避難誘導を受ける。
残った女性は腰の得物を抜いて、構えた。
小狐丸も険しい表情をわずかに浮かべると、同名の得物を鞘より抜き放つ。
そして、それは現われた。
人類に未だ仇名す存在――鬼。
数は小狐丸と出会った時よりも多い。なにより先との違いは、他と異なる鬼が一匹紛れ込んでいる。
肩当と脛当てと質素な装備だが、身の丈以上の大太刀を所有している。
巨体より発せられる殺気から、恐らく鬼達の頭領的立場なのだろう。
「やれやれ、まさかこの高天原に堂々と乗り込んでくるなんて随分と過激な鬼も残ってたものだね――悠、君も早く隠れるんだ」
「あ……」
先行して走る小狐丸に、女性達が後に続く。
平和だった町中は、一瞬にして戦場と化した。
けたたましい金属同士が打ち合う音が奏でられる。
血飛沫が舞い、飛んできた首が足元に転がって、悠は驚愕から戦場の方へと蹴り返した。
かわいい少女が敵と戦う光景は、読者の心を惹かせる魅力の一つである。
それについては否定しないし、戦いの最中で上手い具合に衣服が破けて肌が晒される演出は、考えた脚本家に絶賛の拍手を送りたい。
だが、現実はどうか。
守るべきはずの俺が、女性に守られている。
女を守るのは男の役目だ。幼少期より母親からくどく言われ続けてきた教え。
悠は従順にこの教えを守り続け、己の剣はそのためにあるのだと疑わない。
それが今は逆に守られる側に立ってしまっている。何もできない現実は、悠を酷く苛立たせる。
突如上がった断末魔に、思考が中断される。
一人の女性がこちらへと飛んできた。
袈裟にかけて衣装が血で赤く染まっていく。
呼吸は乱れているものの、まだ息はある。もちろん重症に変わりはない。
「だ、大丈夫ですか!?」
大丈夫であるわけがない。
けれども言わずにはいられなかった。
「に、逃げてください……」
「俺のことよりも自分のことを心配してください! 直ぐに安全な場所へ――」
一際大きな足音が鼓膜に響き渡る。
まるで逃がさないと言う意思表示であるかのような音に、悠は視線を向ける。
一匹の鬼が向かってきていた。
右手の白刃はべっとりと赤い液体が付着している。
濃厚な血の臭いに混じって、悪臭漂う唾液の滝が口から流れる。
鬼が吼えた。
耳を劈く奇声は自らを勝者と語っているように悠は感じる。
目の前には傷付いた御剣姫守と男が一人。
建物には非力な男が沢山隠れている。
同志と交戦中である御剣姫守が駆けつけるだけの余裕は皆無。
これらの状況だけ見れば、鬼が自らの勝利を確信すると言うのも充分に頷ける。
ただ一つ、誤算を指摘するなれば。
「……ここからは、俺が相手になってやる」
結城悠は、剣を振るえる唯一の男性と言うことにある。
落ちていた九十五式軍刀を拾い上げる。
刃長はおよそ二尺二寸ほど。
強度と切れ味を考慮した刃は、対人外用として打たれていることが窺える。
全体に漂う風格は、さぞ有名な刀工が打った業物と見ても差し支えあるまい。
得物とする分には申し分なし、と言いたいところであるが。
「いつものに比べたら、ちょっと短いな」
悠が慣れ親しんだ刀は二尺三寸四分の刃長と、軽くて扱いやすさを重点的に置いたものだった。
特に自ら注文したわけではないのだが、長年使い続けていく内に自然と身体に馴染んで、悠自身も好むようになった。
その刀と比べると、現所有者の体格に合わせて造られたこの軍刀では長さも重さもまるで似ていない。
とは言え、現時点でこれ以上の武器はあるまい。
どこからか都合よく凄い装備品が手に入るなど、創作の中だけで起きるご都合主義だ。
得物の不備は、技量にて補う。
得物が変わったことで本領発揮できないのは、単純にその者が未熟にすぎない。
問題は――真性の魔に、対人用として編み出された人技が通用するのか。
「まぁ、なんとかなるだろう」
人外だろうと、目の前のあれは人と同じ形をしている。
であれば、倒せぬ道理はない。俺でも鬼を殺せる。
悠は九十五式軍刀を構える。
下段と中段の中間。
刀身の側面を相手に見せるように剣を運び、左掌は柄頭に添えるように軽く当てる。
基本と言われる五行の位に部類されない異形の型。
これこそ長年の修練にて彼が辿り着いた、結城悠だけの構え。
名を、双極の構えと云う。
言葉を交わすこともなく、視線がほんの一瞬交差する。
開戦の合図。先行したのは鬼。
轟音と共に土煙が舞い、爆発的な勢いで鬼が迫る。
七メートルは離れていた距離が、たったの一脚によってまんまと間合いに入ることを許してしまった。
五尺はあろう刀身は、通常の日本刀の倍の肉厚さを誇る。
言うなれば鋭利な鉄塊。
人間では扱えない重量を、鬼は軽々と片手で振り上げている。
なんたる脚力か。なんたる膂力か。
真正面から受け止めれば得物ごと粉砕されるのは必須。
同質の業物であり受け切れたとしても、純粋な機能で劣る仕手がもたない。
故に悠が取ったのは後の先。攻撃が繰り出される瞬間、その一瞬に勝機を掴む。
轟と大気が唸りをあげる。
血で穢れた銀閃が稲妻の如く打ち落とされる。
ここでようやく、悠は動いた。
既に敵の攻撃は始まっている。構えたままの悠が攻撃に移る頃には、無慈悲で残虐な一撃が容赦なく命を奪い去ろう。
攻撃に移る必要は、まだない。
僅かに刀身の位置をずらす。今の悠にはこれだけで事足りた。
もちろん、これだけで目の前の敵が倒せればそれは剣術ではなくて、魔法の領域だ。剣ではなく杖を持っている方が絵にもなろう。
あくまで、悠が持つのは純粋な人技――剣術のみ。
それは目潰しと言う、武術を会得せずとも老若男女問わず、ずぶの素人でもできる技だった。
赤々と燃える夕陽が、刀身に反射して鬼の視界を遮る。
剣術とは言い難い姑息な手だと罵る輩は――物語に影響されすぎている。
戦場に出れば善悪も武士道も、その価値は路傍の石に等しい。
生きるために殺す。死にたくないから人は必死になって戦う。
綺麗事を並べたければ、演劇部にでも入ればいい。
突然の眩い光が視界に当れば、一瞬と言えども動きを止める。
悠の予想通り、鬼は攻撃の手を止めて片手で顔を隠した。
その隙を、悠は見逃さない。
疾風迅雷――俊足の踏み込みで、悠は懐深くへと入り込む。
刃が逆転され、地から天へと向けられる。
銀の残光を引いて天へと昇る白刃が、鬼の左膝ほどに斬り込まれる。
左足が宙を飛んでいく。
巨体を支える柱が一本失われたことで、鬼は無様にも地に尻餅をついた。
双方の目線の位置が、均等となった。
「じゃあな」
切り上げた刃を翻して、悠は唐竹に打ち込んだ。
堅牢な頭蓋骨を難なく両断した刃は地面まで一直線に突き進む。
縦一文字に斬られた鬼がゆっくりと左右に分かれて、どうっと倒れた。
血を払い落とし、一息吐いたところで、悠は周囲を見回す。
気付かぬまに戦いは終わっていた。刀こそ握っていても、振るっている者は一人もいない。
ただ、町中の視線は全て悠を捉えている。
小狐丸と数打達も。隠れていた男性達も。悠に向けるそれは驚愕と困惑の感情を孕んでいる。
男性と女性の価値観が逆転している異世界。
本来であれば持つ必要もない、振るうことすらもままならない男の悠が、鬼を斬った。
彼女達は結城悠を知らない。知らないから困惑するのは無理もない話だった。
ともあれ、この後はきっと質問と言う名の嵐が俺に再び襲い掛かるだろう。
悠はげんなりとした表情で深い溜息を吐いた。