外伝3:思春期(?)の若者あるある
第十九話の裏面になります。
耳を澄ませば御剣姫守達の無邪気な声が聞こえてくる。
かんかんと鳴る音は、木刀を打ち合っているものだ。
今日も元気に、修練と言う名のチャンバラに精を出しているのだろう。
とても平和だ。
鬼の存在をも忘れさせてくれる平穏な時間を感じつつ――目の前に広がる光景に、悠は深い溜息を吐いた。
家事をも任務として任されている以上、太安京支部の清掃も一つの仕事だ。
故に、所属している彼女達の部屋も掃除せねばならない。
年頃……かどうかはさておき。
乙女の園とも呼べる私室に男が足を踏み入れることに、悠は躊躇いを抱かざるを得なかった。
自室とは、入室者のプライベートがぎっしりと詰まった空間だ。
それを仕事であり、許可も正式に降りているとは言え異性である自分が足を踏み入れてもよいものなのか――などと思ったのは、入室する前までの話であって。
いざ、足を踏み入れた先に待ち構えていたのは女性とは思えぬ部屋だった。
本棚があるにも関わらず床や机と散乱した書物の数々。どれもこれも官能小説ばかりだ。
町の菓子屋で購入したのだろう、団子や饅頭の空き箱が積み重ねられている。
衣服も無造作に脱ぎ捨てられて、足の踏み場がまるでない。
お部屋ならぬ汚部屋に、悠は再度溜息をもらす。
「男女の価値観が逆転していても……これはないだろ」
本人がいれば即刻呼び出して一時間の説教と、即座に清掃に移らせるところだが、生憎と汚部屋の利用者――小狐丸は外に出ていていない。
よくもまぁ、これで入室を許可をしたものだ。
「俺だったら、絶対に嫌だけどな」
ともあれ、仕事は仕事だ。
悠は愚痴をこぼしつつ、汚部屋の清掃に入る。
書物を本棚へと戻し、散乱した衣服は洗濯するので籠に纏める――際どい下着を見ても、汚部屋の衝撃が強くて性的興奮を感じることすらもない。
掃き掃除から拭き掃除を徹底的にすること早二時間。
ようやく、人を招き入れても恥ずかしくないまでになった。
「大分マシになったな……うん?」
ふと、視界の隅になにかが映る。
本棚の裏側より顔を僅かに覗かせているなにか。
小首をひねり、近寄って手に取ってみる。
瞬間、悠は理解した。
思春期の青少年ならば誰しもが一度は通ろう。
気恥ずかしさと未成年であるが故に、親に知られたくないための精一杯の工夫。
ベッドの下や本棚の裏側は定番。
上級者ともなるとブックカバーでの偽造工作など。
そうして少年は大人になるまでエロ本を隠し続けてきた。
「中学生かよ……」
見た目が幼くとも精神年齢はとっくに立派な大人だ。
そんな小狐丸も、春画を見られることに羞恥心を抱くらしい。
因みに、内容は十代前半であろう少女が成人男性と激しく騎乗位をしているものだ。そして場所は神社である。実に罰当たりな構図だ。
そして男性のモデルが心なしか俺に似ているのは、きっと気のせいだろう。
「……仕方ないな」
悠は春画をそっと、机の上に置いた。
思春期の少年が一番親にされたくない行動だ。
元の場所に戻すなどと言う慈悲はない。
お部屋を汚部屋へとした罰として悠は一切容赦しない。
この様子だと他の御剣姫守達も怪しい。
「いや本当に仕方ないな。これも任務だ、きっちり隅々まで掃除しないとな」
意気揚々と悠は小狐丸の部屋を後にする。
片付けを自分でしないのが悪いのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
帰宅して早々、小狐丸は目を丸く見開いた。
あれだけ散らかっていた自室が、まるで最初の頃のように綺麗になっている。
明日片付ければよいと思って床に置いていた書物も、きっちり棚に収められている。
明日捨てに行けばいいと思っていた菓子屋の空き箱も、一つもない。
明日洗濯すればよいと思って一先ず溜めていた衣服も、中庭を見やれば物干し竿に干されている。
悠の任務は家事も担っている。
だから御剣姫守達よりもできて当然であるし、完璧な仕事ぶりに小狐丸はただただ感心する。
さすがは私の婿となる男だ。外に出しても恥ずかしくないし、むしろ自慢し放題だ。
周りの女性達からは嫉妬の眼差しを浴びせられるかもしれないが、それはそれで心地良いかもしれぬ。そこに三日月宗近がいれば尚よし。
後で思いっきり褒めて、秘蔵の酒でも振舞おう。
そして酔いが回ったところを優しく介抱して――と。脳裏で繰り広げられる春画的妄想は、机の上に無慈悲にも置かれている春画を目にしたことによって、一瞬で吹き飛んだ。
「な、なななっ……」
震える手で小狐丸は春画を手に取る。
何故、これがここにある。
春画は誰にも見られないように隠していたはずだ。
特に悠を原型にした春画は完璧に隠していたはずだ。
いや、問題はそこではないだろう。小狐丸は自身に言い聞かせる。
隠していたはずの春画が出ている。
即ちこれが意味することは一つしかない。
やがて、あちこちで悲鳴に近い叫び声が上がった。
きっと、彼女達も同じような状況に遭っているのだろう。
ともあれ、こうしている場合ではない。
小狐丸は春画を隠してから部屋から飛び出す。
「は、悠……!」
今正に、弁解しようとしていた相手と鉢合わせた。
否、待ち構えていたと言う方が正しいだろう。
「は、悠……これは、その……」
とても冷たい目が向けられる。
例えるのであれば、川で釣り上げられた魚をこれから捌こうとするような。そんな目だった。
心なしか引き気味だ。
小狐丸は必死に弁解を始める。
「ち、違うんだ!? これは、その、つい出来心だったんだよ!」
「ふ~ん――まぁ、別に俺はいいけど?」
それだけを言うと、そそくさと悠が立ち去ろうとする。
もはや目線をも合わせようともしない。
完全に軽蔑された。その事実が小狐丸の心に深く突き刺さる。
好意を寄せている相手に嫌われる。戦闘で受ける傷は気合で耐えられても、こればかりは耐えられそうにない。
ともかく、小狐丸は弁解した。弁解するしか方法がなかった。
「ち、違うんだ悠! ごめん、本当にごめんだから!」
悠の足元にしがみついて小狐丸の必死の謝罪が届いたのは、一時間経った後である。
これからは最低限の掃除は自分でしよう。
隠された春画を暴かれた挙句晒された御剣姫守は固く誓った。




