外伝1:神なる者
第零話の裏面となります。
ふと、目を覚ます。
開いたままの窓から吹く緩やかな風が、白いレースのカーテンを靡かせる
その向こう、漆黒の空に白い満月が浮かんでいた。
絵に描いたような光景が心を魅了する。
幻想的で、神々しくて――されど、はて。
どうして俺はこんな場所にいるのだろう。悠は疑問に眉をしかめた。
今座っている椅子を除いて、室内には家具と呼べる物は一切置かれていない。
更には出入り口である扉がない。
四方白い壁に囲まれた異室。
唯一の出入り口可能な窓から身を乗り出す。
大地が存在していない。白い月光を飲み込んでしまう漆黒の闇がどこまでも続いている。
「……」
沈思する。
とりあえず今手元にあるだけの情報から状況を把握する。
この脱出不可能な部屋は浮いている。それぐらいしかわからなかった。
――何故、こんな場所に俺はいる?
ふと、悠は思い出す。思い出して、自嘲気味に小さく笑った。
「あぁ……そうだったな」
真新しい記憶を脳裏に引っ張り出す。
ぬかるんだ地面に伏す婚約者の亡骸。
燃え盛る炎に包まれた実家。
そして己の愛刀で自害をした。
ならばここは、きっと死後の世界だろう。
天国や地獄など、悠は一切信じていない。何故なら一度も死んだことがないからだ。
死んだこともないのに、死後の世界などわかるはずもない。
現在は違う。本当に死んだから、初めて死後の世界の姿を知れた。
イメージと大きく掛け離れた光景は、まぁ若干の戸惑いを抱かずにはいられない。
「でも、ここが死後の世界か……なんて言うか、殺風景だな」
「それは死を迎えたお前の精神が具象化されたものだ」
窓から一人の男が入ってきた。
トレンチコートに黒の帽子。
年齢は、恐らく三十代後半と言ったところか。
悠は男を見据える。
殺意や敵意を、男からはまるで感じられない。
わけのわからない世界でいきなり登場したこの男を、本来であれば警戒するところだが、とうに自分は死んでいる。
死人を今更どうこうすることは出来ないだろうし、なにより生に対する執着など悠はとうに捨てている。
もし彼が地獄の道先案内人であると言うのなら、早急に案内してほしいぐらいだった。
「ここはお前の言う通り死後の世界。死後の世界とは死者が最後に強く抱いた念によって形成されたもの。心象風景とでも言えばわかりやすいか? しかし随分とまぁ、殺風景でなにもない世界だな」
「……それで、貴方は何者なんですか?」
男は質問に答えない。
代わりに懐から一冊のバインダーを出した。
ぱらぱらと音を立ててページが捲られていく。
音が止む。男は静かに、どこか面倒臭げに口を開く。
「名前は結城悠、性別は男。結婚歴なし、彼女いない歴は生まれた歳。つい最近になって婚約者ができたものの未だにキスの一つすらも経験なし――」
「ちょ、ちょちょちょっと待ってください!」
すらすらと読み上げていく男を悠は慌てて制止させた。
目の前の男が何者であるか。俺は今どうしても知りたくなった。
見知らぬ男に個人情報を、当人の前で読み上げられたのだ。
名前や生年月日ならばまだしも、プライベートまで男は把握している。
それほどの恐怖を、未だかつて悠は味わったことがない。
「返答次第によっては今此処で貴方を半殺しになるまで殴りますが、よろしいですか?」
「物騒な男だな――わかりやすく言えば、俺は神様だ。お前がいた地球を管轄する神……ライトノベルや漫画なんかを見ていれば大体は想像が付くだろう」
「それは、まぁ……。でも本当に神なんかいたんですね」
「お前達から見れば俺は神なんだろうな。正確に言うと神とは星が生誕したと同時に生ずる精神体。星の守護者であり、星の意思が具象化したもの――って、どうでもいいなこんな情報は。そんなことより続きを読むぞ」
「神だからって人のブライバシーを侵害していいと思って――」
「結城家の跡継ぎの仕合で宝刀を用い父親を殺害。更にその後母親を病で亡くしている」
「……ッ」
「そして昨日……婚約者であった彩月朱音を殺害する。その後家を焼き払い、自身は自害をする――なかなかなドラマを送ってきているな」
「……それで、罪人である俺を裁きにきたんですか?」
「まさか」
神と名乗る男が鼻で一笑に伏した。
「死んだ後に神様が登場する――このシチュエーションから、ピンとこないことはないだろう?」
「……俺を、転生させるつもりですか?」
転生――二次創作の間では超絶人気を誇るジャンルの一つ。
現代社会で死んだ主人公が、なんらかの手引きによって異世界の人間として生まれ変わる。
知識、経験、転生による特殊技能を用いて暴れ回りハーレムを気付く。
人気の高さ故に酷似した作品が出回っているが、それでも多くの支持を獲得し続けている。
どうやら俺は、どこかの世界へと転生させられるらしい。
だが、疑問がある。
「どうして俺なんですか?」
偶然選ばれたのが自分だった、となればそれはもう運の問題だ。
それ以外の理由で選ばれたとなれば、何故自分が選ばれたのか悠はわからない。
物語で活躍するような主人公気質ではないことぐらい、自分がよくわかっている。
「……転生って言うのは創作の中だけで行われていることじゃない。そもそも転生の本来の目的は世界をよりよくするためだ」
「世界を……よりよくする?」
「そうだ。この地球をはじめとして色んな世界――それこそ剣と魔法のファンタジー世界も含み、管理する神は世界をよりよい方向に導いていく使命がある。だから神同士、他の世界に適した人材を派遣させる。それが転生本来のシステムだ」
「えっと、つまり元の世界では生かせ切れない才能なんかを、充分に発揮させられる世界へと送って活躍させる。その代わりに転生した世界に貢献させる……そう言うことか?」
「正解だ。因みにあの織田信長だって、元を言えば違う世界の人間なんだぞ?」
「マジかよ……」
歴史研究家が聞けば卒倒しそうな事実を聞かされてしまった。
もっとも、驚愕の事実を外部に伝える術はない。
死人に口なし。結城悠は死者である。
それはさておき。
「それで、俺が今回その転生させるに適した人材として選ばれたと?」
「そうだ。もっと喜んだらどうだ?」
「お断りします」
「ほぉ……」
「俺には転生したいと言う気持ちがない。俺が独り身であったなら、もしかすると受けていたかもしれません。ですが今の俺はただの罪人。実父を殺し、婚約者すらもこの手で斬った――罪人は罪人らしく、あるべき場所へと向かいます」
「そうか――その婚約者を斬った原因が、転生先の世界にあるとしてもか?」
信じられない言葉が、神の口から飛び出した。
言っている意味がわからない。
どうして異世界と朱音の死が結びつくのだろうか。
「……どう言う意味ですか?」
「……すべての元凶は結城家に代々伝えられてきた宝刀にある。その宝刀は異世界の産物。しかし何の因果かお前の世界へと現われて結城家の手に渡った――ここから先を知りたかったら転生することだ。さぁ、どうする?」
「……その言葉に嘘偽りはないと誓えますか?」
「嘘を言って俺にメリットがあると?」
「……わかりました」
答えは決まった。
結城家に伝わる銘もなき宝刀。あれが原因であると言うのなら、俺は転生先の世界で見定める義務がある。それが朱音を斬ることにも繋がるのであれば、真実へと辿り着くことが償いになるのならば。
俺は人でも鬼でも、なんでも喜んで生まれ変わろう。
「よしっ。それじゃあ早速転移の準備を始めるぞ」
「えっ? て、転移? さっきは転生って……」
「はっきり言うと、結城家の人間……とくにお前は異常だ。今まで見てきたどの人間よりも色々とスペックが高すぎる。そんな人間を転生先の人間として生まれ変わらせると、肉体が追いつかずに崩壊を起こしてしまう」
「それはかなり嫌ですね」
刀を振るっただけで腕が吹き飛ぶなど、想像したくもない。
せっかくの第二の人生が、刀すらも満足に扱えない役立たずとして終えてしまう。
これでは真実に辿り着くのは夢のまた夢。
スタートラインにすら立てない主人公など、物語としての価値は皆無。駄作にもほどがある。
「だからお前をそのまま転生先の世界に送る。一見すると転移だがお前は死んでいるから転生だ」
「ややこしいですね……。、まぁどちらでも構いませんよ――それで、肝心の転生する世界はどんな世界なんですか?」
「女の子がいっぱいいる世界だ。お前にぴったりだと思うぞ?」
「……恋愛とかハーレムとかご希望でしたら、期待しない方がいいですよ」
「だからこそだ。もしお前がすべてを知ってしまったら、お前は一人で解決しようとするだろう。心を鬼へと堕とし、ただ刃を振るうだけの殺戮機械と化してしまう。だからお前には弱音を吐ける相手が、お前を守り優しく包んでくれる女が必要だ」
「……」
「まぁ、こんな話をしても結局全部忘れるから意味なんだけどな」
「は?」
「当たり前だろう? 記憶を下手に持っていたらそれに基づいてお前は行動しようとする。それじゃあ意味がない。あるがままに、お前の心が赴くままの行動で真実へと辿り着くのが一番ベストなんだ――さぁ準備は整ったぞ結城悠。既に向こう先にお前の履歴書は送ってあるから安心しておけ!」
「お、おい記憶を忘れるってそんなこと聞いてな――」
言い終えるよりも早く、意識が刈り取られる。
薄れゆく景色の中で最後に目にしたのは、まったく悪びれる様子のない神の姿だった。
もし、再び出会えることができたならば斬ってやる。
記憶に残らずとも本能に報復する相手として刻み込む。決して忘れはしない。




