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第三十二話:虚の剣

 魔剣、双貫かさねぬき――その原型は追断おいだちと呼ばれる技にある。

 脇差の投擲後、自身もそれと同じ速度で疾走する。

 飛んでくる脇差から逃れようとすれば、間髪入れず大刀で切り込む。

 脇差に反応できなければ、敵手はそのまま絶命する。

 だが、この技には欠点があった。

 例えば、全力の一太刀を打っておきながらその最中に第二の太刀筋を出せる常識を逸脱した者。

 即ち、魔剣を習得している者には通用しない。

 そこで、悠は常識を捻じ曲げる。

 投擲した脇差が敵手に接触した――刹那に刺突を柄頭へと打ち込む。

 縮地によって生み出された突進力が刺突に乗り、その刺突を受けた脇差は推進力エネルギーを得る。

 結果、分厚い鋼鉄の板をも貫く破壊力を生み出した。



 結城悠だけの絶技。

 絶対不可避の必殺剣。

 一代限りで潰える魔剣。

 無敵である――と、悠は信じて疑わない。

 愚行極まりない。零姫村正れいきむらまさは口元を緩める。

 鋼鉄すらも貫く一撃は確かに無敵と言えよう。

 攻撃も、防御も。あらゆる行動も悠の魔剣の前では無意味と化す。実際に使われる立場となって零姫村正れいきむらまさは目撃している。

 故に事実であるし無敵であると素直に認めている。

 しかし、それは相手が同じ人間だからであって。

 異能を持った人外に――ましてや、この私に通用すると思っていることこそおこがましい。

 どれだけ凄い技であろうと、所詮は人技。

 加えて手の内に知っている相手に披露するのだ。

 技とは敵手に知られていないからこそ絶大な威力を発揮する。一度でも見られていれば対策は当然立てられる。


 ここで零姫村正れいきむらまさは瞳を閉じた。

 双極そうきょくの構えによる目晦ましがある以上、視覚は不要。

 相手の攻撃も直線的とわかっているから、わざわざ律儀に開いておく必要もない。

 空気の流れが変わったのを肌で察知する。

 悠の脇差が投擲された。

 白刃が真っすぐ、空を切り裂きながら進んでくる。

 狙いは心臓。直撃すれば即死だ。

 そして僅かに遅れて悠が加速した。

 鋭利で強大な殺気が、脇差の後を追従する。


「愚かな!」


 零姫村正れいきむらまさは大太刀を振り上げる。

 切先が背後を指す。大上段の構え。

 手にした得物は零姫村正れいきむらまさが長年蓄積してきた憎悪が炎と化し、それを大太刀へと具象化させたものだ。

 お前の恨みはどうして生まれたのか。

 お前の恨みはどれだけ辛く、苦しいものなのか。

 お前の恨みは、誰に向けられるものなのか。

 思い出せ。思い出せ。思い出せ。

 零姫村正れいきむらまさは自らに問う。

 自問により沸々と憎悪が、憤怒が込みあがってくるのを零姫村正れいきむらまさは感じた。

 それに連動するように得物に漆黒の炎が燃え上がる。

 この世には現存しない黒き炎。

 一寸の光も差さぬ地獄の業火。

 実体を持たない刃。されど漆黒の刃は敵手を切り裂き、燃やし尽くす。


「死ね結城悠! 私を裏切った罪、死を以て償え!」

 

 唐竹に大太刀を打ち落とす。

 漆黒の炎刃が悠を飲み込んだ。


 首を持っていくつもりでいたが、これではもう何も残っていまい。

 せめて本人とわかる遺留品があることを願うばかりだ。

 そうでなければ、この男を愛している御剣姫守みつるぎのかみの歪む顔が見られない。

 ともあれ、これで最初の復讐は完遂した。

 完遂して――。


――何故、結城悠の気配がまだそこにある?


 ありえない。零姫村正れいきむらまさは激しく狼狽した。

 確かに放った一撃は悠を捉えた。

 勝ちに猛った気は、閉じた視界の中でもはっきりと視えた。

 外すはずがない。

 なのに、確かに正面にはまだ悠の気が残っている。

 とうとう、零姫村正れいきむらまさは閉じていた瞳をばっと開けた。

 視界一杯に飛び込んでくる景色。

 地面を大きく抉り小さな火種があちこちで燻っている。

 そこに生命と呼べるものは何一つ存在しない。

 だが、姿なき悠の気配だけがそこにある。


 ふと、視線を右へと向ける。

 次の瞬間、鋭い衝撃が全身を駆け巡った。

 全身から力が急激に抜けていく。

 足が脱力してまともに立っていられない。

 そのまま背中から地面へと倒れる。

 視界には満月が煌く夜空が映し出されて――最中に、赤い滴がいくつも舞っている。

 視界の端で、裏切り者の姿が見えた。

 刀を振るい終えたまま、微塵にも動こうとしない。

 あぁ、と零姫村正れいきむらまさは納得した。

 どうやら私は、結城悠に斬られたらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 達人同士の戦いでは、常に相手の気を読む。

 剣気、闘気、殺気――それらを読むことで相手の動きを予測し、己の勝機を掴むためだ。

 だが、世の中にはこれらを相手に読ませずに倒してしまう者がいる。

 人が呼吸することを当たり前とするように、生殺与奪を行う。

 無我の境地――武人であれば誰しもが到達せんとする武神の領域。

 悠は、父との仕合を経て到達した。

 結城悠が持つ、もう一つの魔剣。

 膨大な殺意を囮にして、無心の剣で敵手を討つ術理。

 達人であればあるほど惑わされる、幻惑まどわしの必殺剣。


――魔剣、うつろ



 血振るいをして、悠は刀を納める。

 血溜まりの中に沈む零姫村正れいきむらまさを見やる。

 袈裟に斬った。

 誰がどう見ても致命傷だ。長くは持たない。

 弱々しくも、されど少しでも生き長らえようと必死に呼吸をする彼女と目が合う。

 光薄れていく瞳には、今もまだ憎悪の炎が宿っている。


「私は……ここで死ぬの?」


「……」


「誰にも、復讐を果たせ……また私……どうし……だけ……」


「……俺じゃお前は救えない」


 彼女の苦心がわかっても、復讐心を抱く結城悠では零姫村正れいきむらまさは救えない。

 だが。

 一度納めたはずの刀を、悠はもう一度抜く。

 刀身が見れるように零姫村正れいきむらまさの前まで運ぶ。


「この刀はな、お前が心底憎んでいた俺の愛刀と鉄隕石、そしてあの時お前が手放した、お前本来の大太刀を材料にして太安京たいあんきょうにいる鍛冶師が打ってくれた」


「……」


「俺はお前が憎い。朱音を殺し、俺から幸せを奪ったお前が心底憎くて仕方がない」


「…………」


「それでもお前は、ほんの少しの間だけど俺の刀としてあってくれた。だから今度は手放さない。お前が他の刀に嫉妬して俺に復讐をしたのなら、二度とこんなことをしないように俺が常にお前を見張っておく。だからお前も――」


 零姫村正れいきむらまさからの反応がない。

 いつの間にか、永遠に目覚めることのない眠りへと彼女は就いていた。

 ただ、その死に顔はとても世界に憎悪していたものとは思えぬほど、安らかに見える。


「……終わった」


 悠は夜空を見上げる。

 静寂の夜にぽっかりと浮かぶ満月を一人見つめると、すべての犠牲者の冥福を祈った。


 

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