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第二話:真剣勝負と書いて“ジャンケン”と云う

「えっと……とりあえず、元気を出してください悠さん」


 三日月宗近(みかづきむねちか)の慰めの言葉が、心に深く突き刺さる。

 悠は桜華衆本部――天下五剣を自称する彼女達の元に連れ戻されていた。

 玄関先で呆然と立ち尽くす姿は、余ほど悲惨に見えたのだろう。

 

「貴様の気持ちは……当事者でない我らには理解できまい。けれども貴様が困っていることだけは手に取るように伝わってくる」


「そりゃいきなり知らない世界にきたら、誰だって悠みたいになるわね」


 既に天下五剣は事情を知っている。

 悠は己の素性を彼女達に話した。

 別に隠し通しておく必要もなかったのだが、三日月宗近(みかづきむねちか)が夢中になっていたスマホの説明をしたのが駄目だった。

 機関銃のように質問を浴びせられて、結局関係のない話までする始末となった。

 当たり前と認識しているものを、知らない相手に説明するのは存外疲れるものらしい。

 もう二度と自分の世界を説明すまい。悠は固く誓う。


「それにしても異世界かぁ……光世も一度行ってみたいなぁ」


「光世、貴様は我らに与えられた任を放棄するつもりか!?」


「そんなこと一言も言ってないし? つーかいちいち絡んでこないでよ、マジでうざい」


「まぁまぁ二人とも落ち着いて。でも僕もちょっと信じられないな。異世界なんて本当にあったんだね」


「それは俺も同じですよ」


 異世界などと言うものは、創作の中だけしかないと悠は認識している。

 それが根底から打ち砕かれたのだ。

 目の前の現実が事実であることはもうわかった。

 けれども脳が、まだすべてを受け入れ切れていない。

 気持ちの整理も踏まえて、状況を整理する。 


 第一に、悠は今異世界にいる。

 擬洋風建築の建物があることを考えれば、時代的には明治初期頃か。

 とは言え、この知識はあくまで悠が学び得た知識であって。

 異世界(ここ)――大和ではまるで価値を持たない

 その証拠が女性の姿形をした天下五剣の存在。

 正式に言うなれば、彼女達を含む刀剣より生まれし新人種――御剣姫守(みつるぎのかみ)と呼ばれる者達。

 千子村正(せんじむらまさ)。この名を聞いて知らぬ者はまずいない。

 彼が打つ刀は天下に仇名す妖刀であると言う創作は、あまりにも有名すぎる。

 大和の村正は、創作を現実に変えたと言っても過言ではあるまい。

 なにせ御剣姫守(みつるぎのかみ)を作ったのが村正なのだから。

 西洋に渡った際に魔術を習得し、鍛冶に加えたことで生まれたのが自分達である――とは、三日月宗近(みかづきむねちか)談。


 一つの作品ができあがってしまいそうな世界観に、どうして俺はいるのか。

 自問するも納得のいく答えは出てこない。

 とりあえず。


「人生って何が起きるかわからないもんだな……」


 過去の己が聞けば、きっと鼻で笑い飛ばしていたに違いない。

 二次創作の主人公のような展開が自分に訪れるなど、悠は思いもしていなかった。

 俺は今、大変貴重な体験をしている。

 しているが、いささか遅すぎた。


「運命なのです。これは悠さまとこの数珠丸と強く結ばれる運命に――」


「とりあえず数珠丸さんは放置しておいて――悠さんにお尋ねします。貴方はこれからどうされるおつもりですか?」


「……別に。適当にしてすごしますよ」


 異世界転移を果たしてしまった以上、この世界に悠が知るものは何一つない。

 テレビも、電話も、何もかもが存在しない。

 その逆も然り。この世界で彼の存在を知る者は誰一人として存在しないのだ。

 正真正銘の天涯孤独の身。頼れるものは己以外にない。

 故に悠は一人でも多くの協力者を得る――必要などなかった。

 異世界であろうとなかろうと、今の俺には生きる気力がまったく湧かない。

 最愛の女性をこの手で殺めてしまった罪が、今も背中に重く圧し掛かる。

 だから罪滅ぼしとして自害したと言うのに、目が覚めてみればこの有様である。

 もし神様がいてそいつの仕業だと言うなら、随分と意地悪をする神様もいたものだ。

 何故俺を生かした。何故俺の罪を裁いてくれなかった。

 あるいは、これが俺に与えられた罰だとでも神は言うのか。


「では悠さん、私達の元で働いてみませんか?」


「え?」


 三日月宗近(みかづきむねちか)からの突然すぎる提案に、思わず眉をしかめる。

 働くとは、はてどう言う意味なのか。

 それについて尋ねようとするよりも先に、童子切り安綱(どうじぎりやすつな)が異を唱える。


「正気か三日月! 異世界から来た人間を……いや、それ以前に男を危険な目に遭わせると言うのか貴様は!」


「落ち着いてください安綱さん。働くと言っても前線に出ろ、と言っているのではありません。掃除から洗濯、炊事は男性の仕事です」


「あ、な~るほど。つまり光世達のお世話をしてもらうって訳ね!」


「お世話……静まり返った夜、裸体を晒して恥らう男が乱れる女の情熱の前にだんだんと……くっ! な、なんて素晴らしいのでしょうかっ!!」


「数珠丸さん、お願いですから少し黙っててもらえます? 光世さんの言う通りです――どうでしょうか悠さん。異世界である貴方には帰る場所もありません。ですが事情を知っている私達が貴方を最大限支援します。申し訳ありませんが、タダとは言いませんけれど……」


「……」


「もちろん、今すぐ答えを出せとはいいません。自分の中で整理がついてから、教えてくれませんか?」


「……そうですね。そうさせてもらいます」


 一礼して、席を立つ。

 とりあえずどうするべきか。三日月宗近(みかづきむねちか)の言う通り、悠には心を整理する必要があった。

 今は時間がほしい。

 

「あの、どちらへ?」


「少し外に出てきます。自分の目で色々と見て考えたいので」


「で、でしたら私が護衛に付きましょう! 外はなにかと危険ですからね!」


「いえ、別に大丈夫ですよ」


 街を歩くだけでなにを大袈裟な。

 そう言い掛けて、自分なりに出した仮説に悠は納得する。

 帯刀していることを見れば、町中でも抜く必要性が出てくることを意味している。

 抜いた刃は果たして何に向けられるのか。

 それこそが彼女の言う危険であり、中身は不貞浪士などだろう。

 真剣を持った相手に襲われると考えれば、なるほど。確かに武器を持たぬまま一人外を出歩くのは危険だ。

 かつてのような振る舞いは、返って餌食となる。

 とは言え、随分と舐められたものだ。

 確かに年齢の割には幼く見える容姿と、名前も加わって女っぽいと馬鹿にされてきたが、これでも悠はとうに二十歳を超えている。

 保護者の同伴が必要な年頃でもないし、万が一喧嘩を売られたとしても一般人に負けるような軟な人生は歩んできていない。


「そうではありません! 悠さんは男性なのですから一人で歩くことそのものが問題なんです! ですからこの私が護衛を――」


「抜け駆けとは感心せんな三日月。それならば我の方が適任であろう?」


「光世が護衛してあげるわ。他のおばさんじゃ悠もかわいそうだし」


「それは僕も含まれているのかな?」


「ここで悠さまに選ばれることこそが運命……!」


「ちょっ……あの、もしもし?」


 悠を他所に口論をし始める五人。

 護衛など俺には必要がない。

 だと言うのに彼女達は当の本人を置いて勝手に話を進めている。

 と言うより、さっきから殺すだの真っ二つにするなど過激な単語が会話に混じっている。

 女性がしていい会話じゃなくなりつつある。

 なんだか嫌な予感がしてきた

 数秒後――悠が抱く不安(よかん)は、見事に的中した。もちろん悪い意味で。


「あったまきた! こうなったら全員ここで光世の錆にしてあげるし!」


「上等だ光世! 天下五剣などと呼ばれているがもう我慢ならん。国を……大和を収めるのは我一人でいい! 後悠の隣に立つのもだ!」


「それは妥協できないね安綱……君達は僕を本気で怒こらせたようだね」


「かつての姉妹を斬ることも運命と言うのであれば、私はその運命に従いましょう」


「全員……一度死んでみます?」


 とうとう、各々の得物が鞘から抜き放たれた。


「ちょ、ちょっとストップストップ! マジでなにやろうとしてるんですか!?」


 いよいよ斬り合いを始めようとする天下五剣に、悠は慌てて仲裁に入る。

 たかが護衛を決めるだけ殺傷沙汰など実に馬鹿げている。

 仮にも天下になど轟かせる名刀が、くだらないことで使われてほしくない。

 刀には振るうべき相応の理由があってこそ初めて意味を成すのだから。


「そんな物騒なことしなくても、もっと平和的に解決する方法があるでしょうに」


「なら、貴様が我らの中から選んでくれるのか?」


「俺が選ぶとすると全員必要ないってことになりますけど?」


「それは認められません」


「なら仕方ありません」


 もう百歩譲って誰かを護衛を付けることにしよう。悠は諦めた。

 自分が切っ掛けで殺人事件が起きてほしくもないし、返り血で真っ赤になった殺人鬼(びじょ)を横につけて歩きたくもない。


「護衛を付けることは認めます。だけど決めるのならジャンケンでお願いします」


「じゃんけん? じゃんけんって……なんですか?」


「ジャンケンを知らないんですか!?」


 今でこそなにかを決める方法の一つとしてあるジャンケンは、明治の初期から中期に掛けて九州で発明されたとされている。

 どうやら大和にはまだジャンケンが浸透していないらしい。

 簡単にジャンケンのルールを天下五剣に説明する。

 グー、チョキ、パーの三すくみからなる法則に、誰しもが強い関心を示す。

 ただ童子切り安綱(どうじぎりやすつな)だけが、納得していない様子でいた。


「どうして石を紙で包むと勝ちなのだ? 包み方や石の形によっては紙は破けるぞ? それに鋏が石に負けると言うが、優れた技さえあれば石を斬ることなど容易い」


「そう言うこと言い出すとキリがないんでやめてください」


「安綱ってマジで空気読めないわね。マジで脳みそ筋肉でできてるんじゃないの?」


「光世さんも煽らないで――それじゃあ皆さん準備はいいですね? 最初はグー!」


「あ、勝ちました!」


「はい数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)さん反則負けで退場。いるんですよねパーを出す奴」


「愚かな女よ」


「不正行為をするから罰が当るんだよ数珠丸」


「そ、そんな……!」


「それじゃあ気を取り直して――最初はグー!」


 打ちひしがれる数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)を抜いた、四人の戦いが始まる。

 たかがジャンケン。されど彼女達からすれば真剣勝負(ジャンケン)と化す。

 ぎらぎらと輝く瞳には、絶対勝利を掲げる感情(いろ)が濃く孕んでいる。

 その内容が護衛を選ぶためと言うから、実にくだらない。

 必死になってジャンケンが行われる光景は、給食で余ったデザートを取り合う小学生時代を悠に思い出させる。

 買おうと思えば簡単に手に入る安いデザード欲しさに真剣勝負(ジャンケン)をしていた頃が俺にもあった。

 なら彼女達のことをとやかく言える資格はない。

 でも、とても懐かしい記憶だ。

 幼少期の頃を懐古して――見た目からは想像も付かぬ雄叫びを上げる勝者に、悠は意識を現実へと帰還する。

 この世の終わりを迎えたかのような、絶望に顔を歪める敗者。

 対する勝者は(チョキ)を作った手を掲げて仁王立ちしている。

 よっぽどジャンケンに勝てたことが嬉しかったらしい。


「それじゃあ決まりですね――本当に護衛は必要ないんですけど、よろしくお願いしますね」


「もちろんです。この三日月宗近(みかづきむねちか)にお任せください!!」


「そ、そんなに気張らなくても大丈夫ですから。後顔が近いです」


 鼻息を荒げて胸を張る三日月宗近(みかづきむねちか)

 背後から恨みの篭った四つの視線に、悠は頬を筋肉を引きつらせる。

 ジャンケンをしている隙に外に出ていればよかったかもしれない、などと思ってももう遅い。

 後の祭り。後悔先に立たず。

 せめて後で彼女が仲間からの闇討ちに合わぬことを切に願った。


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