第十五話:配属先は小学校?
明治五年の九月十二日、新宿と横浜駅の間に日本初の鉄道が開通された。
電気ではなく石炭を燃料にして発生する蒸気の力で動く蒸気機関車は、当時の人々のド肝を抜くには充分すぎる迫力であったに違いない。
なにせ巨大な鉄の塊が大勢の人を乗せて動くのだ。
蒸気機関を知らない者からすれば、ひょっとすると妖術の類と思っていたかもしれない。
この大和ではじめて鉄道が導入された時、彼女らはどうだったのだろう。
そんなことを、ふと思う。
蒸気機関車が牽引する乗客車両の一席で、悠は窓をぼんやりと眺めていた。
高天原を出発してから数分足らずで、建造物が景色の中から消失した。
流れゆくの山や野原を、悠はただ静かに見つめる。
新幹線のような速度もなければ、座布団も敷かれていない木製の座面の心地は最悪だ。
座布団でも持ってくればよかったと、今更ながら後悔する。
しかしこれから勤め先に行くのに徒歩は無理だし、馬車を走らせるにしても時間が掛かりすぎる。
多少の不満は、我慢するしかない。
昨日の仕合で悠は約束通り桜華衆の戦闘要員として働くこととなった。
負けを認めた天下五剣は素直に――とはいかず。
最後の最後まで本部に留まるよう説得されて――数珠丸恒次の発言に、申し訳なさなど完全に吹っ飛んだ。
裸を見せたことに関しては、まぁこちらの非だと素直に悠は認めている。
しかし、裸を見せろだの舐めさせろなど何度も言われては身の危険しか感じられず。
一刻も早く本部から離れなければ、と支部への異動を悠は強く訴えた。
身を守るのもそうだが、結城悠の剣は鬼を斬るためにある。
討つべき敵がいない場所へ配属されても意味がないのだから。
そして現在。
悠は高天原とレールで繋がれた太安京へと向かっている。
どんな職場なのかは、事前に受け取った資料であらかた頭の中には叩き込んでいる。
知り合いがいる職場であれば、まだ気を楽にすることができる。
ただ、ろくでもないことが起きるのは確実だろう。
痛む頭を抱える悠は、到着するまでの間景色を眺め続ける。
やがて、蒸気機関車の動きが緩やかとなる。
窓から顔を出す。
遠くに大きな停留場――太安京駅が見えた。
蒸気機関車が停車する。
初めて乗車した者もいるのだろう。
凄かったと称賛する会話がちらほらと耳に届いた。
がやつく人ごみに混じって車両から降り――不意に、どこからか絹を裂くような悲鳴が上がった。
瞬く間に怒声にも似た叫び声があちこちで上がる。
耳を済ませてみれば、どうやら痴漢――ならぬ痴女が出たらしい。
男の尻を揉んでなにが嬉しいのかと常識人である悠が思うのは当然であるが、男女の価値観が逆転しているここでは普通に行われる。
もっとも、痴漢行為そのものは犯罪だが。
即座に御用となった加害者が連行される一方で、座り込んで泣いている被害者の男性を、駆けつけた警察官が優しく慰める。
顔をニヤつかせて涎を垂らしていなかったら、素直にかっこいいと思えたのに。
あれやこれやと理由を付けられて警察署へ連れて行かれた彼は、更なる地獄を見ることになるだろう。
せめて同じ男として、女嫌いにならないことを祈るばかりである。
思わぬ出来事に遭遇しつつも、悠は駅を後にする。
「やぁ悠。君を迎えに来たよ」
駅を出てすぐに、それはいた。
今日も相変わらず金色の尻尾がゆらゆらと揺れている。
「わかってはいたけど、やっぱりお前か」
「当然じゃないか。だって私はこの太安京支部を任されているからね。今日から君と一緒にすごせるなんて、本当に夢のようだよ」
「他の支部と比べて、この場所が鬼による被害が多いらしいからな。だからこそ選ばせてもらっただけで、お前に会いたいからじゃないからな」
鬼の被害が一番出ている場所はどこか。
三日月宗近達に尋ねたところ、意外にも素直に教えてくれた。
その場所と言うのが小狐丸を筆頭に置いた支部――太安京である。
「ふふっ、素直じゃないね君は。さてと、それじゃあ早速支部の方に案内するよ。他の皆も今か今かと悠のことを待っているよ」
「あぁ、よろしく頼む」
小狐丸に連れられて、悠は太安京の町を歩く。
擬洋風建築の建物が群集していた高天原と比べて、太安京の町並みは西洋色が一切取り込まれていない古き日本の姿であった。
長き歴史があろう仏閣は、訪れずとも視界を通して心穏やかにさせるものがある。
現在悠が歩いている場所とて、それは例外ではない。
稲荷像を左右に設け、長く続く鳥居の道は京都の伏見稲荷大社にある千本鳥居を思い出させる。
思えば、初めてデートをした場所も伏見稲荷大社だった。
人生初のデートをした日。悠は入念な調査と計画を怠らなかった。
大型のショッピングモールやテーマパークを主体に考えていざデートの日を迎えれば。
歴史ある仏閣巡りと言う正反対の要望には心底驚かされたのを、今でもハッキリと憶えている。
そう言う意味で、俺と彼女は本当に相性がばっちりだったと断言できる。
「……随分と悲しそうな顔をしているね」
「え?」
小狐丸の一言が、意識を現実へと帰還させられた。
悠を見る小狐丸は、どこか寂しげな目をしている。
「今にも泣きそうな顔をしているよ」
「……あぁ、まぁちょっと色々と思い出してな」
「……そう。じゃあ一つだけ言っておくよ悠。君にどんな過去があったかは知らないし、喋ってくれない限りこっちも無理に聞いたりはしない。その代わりに君の中にある悲しい過去を綺麗に私が洗い流してみせる。それだけは憶えておいて」
「……あぁ、ありがとう小狐丸。変な気を遣わせて悪かった」
「気にしないでいいよ――さぁ、着いたよ悠。ここが私達の拠点さ」
太安京の中でも特に目立つ建物が、鳥居を抜けた先で待ち構えていた。
城である。
日本で一番小さいと言うことで有名な丸岡城並みの建造物がどっしりと待ち構えていた。
満開に咲いた桜の花弁がそよ風に乗って美しく宙を舞う。
なにはともあれ、ここが太安京支部の拠点であるらしい。
「ようこそ悠。今日から君は私達の仲間だ。色々と頼りにしてるからね」
「あぁ、できる限りのことは全力でさせてもらう」
「気合充分だね。じゃあまずは中に入って各々の自己紹介と建物の案内をさせてもらうよ」
「よろしく頼む小狐丸――いや、今日から上司になるわけだし、呼び方は改めた方がいいか?」
「今までどおりで構わないよ。なんて言ったって未来の旦那様だからね。今更他人行儀で接されても私が困る」
「いや、その未来について全力で否定する」
「つれないなぁ。そこがいいんだけどね」
「はいはい」
実にくだらないやり取りの後、ようやく支部の中に足を踏み入れる。
――……来る場所を俺は間違ったか?
そう思わざるを得ない光景に、悠は頬の筋肉を引き攣らせる。
小狐丸、九字兼定、微塵丸、狐ヶ崎為次、姫鶴一文字――どれもこれも名刀中の名刀だ。
そこまではいい。
いいのだが。
「ここは小学校――寺小屋か何かか?」
「なかなか酷いことを言ってくれるね悠」
小狐丸はさておき。
残る面々も彼女同様に幼い容姿で巨乳持ちばかりであった。
短刀だから擬人化したキャラクターも幼い、と言う設定はここでは適用されてないようだ。
小柄な体格に不相応な得物を腰に携えている姿は、見ていてとても危なかしい。
正当な理由による人員か。はたまた指示を出した輩の趣味嗜好か。
いずれにせよこうも幼い御剣姫守ばかりの光景は、不謹慎と理解しながらも小学校に訪問しているような気分に陥る。
「とりあえず太安京支部を任されているのは私を入れて五人だよ」
「……あぁ、そう」
ふと、向けられる視線の一つと目が合った。
それを合図にとことこと、少女が歩み寄ってくる。
一点の穢れもない純白の着物には、飛翔する鶴の刺繍が施されている。
「は、はじめましてお兄様! 私は姫鶴一文字と申します!」
「お、お兄様!?」
「オレは微塵丸ってんだ兄貴。へへっ、よろしくな!」
「吾は狐ヶ崎為次と言う。よろしく頼む兄者」
「兼定は九字兼定だよ。早速だけど一緒にお風呂に入ろうお兄ちゃん!」
「……? どうしたんだい悠。そんな面白い顔をして」
「……いやいやいや」
予想外の発言によって凍結していた思考が再稼動したところで、悠は疑問を口にする。
小さい子供が目上の人間を兄のように慕うことは、まぁあるだろう。
昔の経験から言えば、悠も近所の子供から兄として認識されていたし、それに応えんと弟分、妹分としてかわいがっていた。
御剣姫守は全員が何十年と言う時を生きている、いわば人生の先輩だ。外観こそ幼いけれど精神面はもう立派な大人――を通り越して高齢者だ。
早い話が全員ロリババァである。
そんな相手から兄として呼ばれるなど、誰が予測できようか。
「なんで皆俺を兄貴とかお兄ちゃんとか言ってくるんだ?」
「ほらっ。見ての通り私達は全員が女性だ。姉と呼べるものはいるけど男性体の御剣姫守は一人も存在しない。だから兄と言う存在に少なからず憧れを抱いている子もいるんだ。彼女達が正にそうだね」
「いやよくわからん」
「お兄様がいるといつも甘えられるって聞きましたから」
「一緒に遊んでくれるってオレは聞いたぜ!」
「兼定もお風呂でお兄ちゃんの背中を流したい~!」
「添い寝をしてくれると吾は聞いたぞ。そしてそのまま兄妹の垣根を越えてくんずほぐれず――」
「わかったから。わかったから少し黙っててような狐ヶ崎。見た目が見た目なだけにそれ以上言われると拳骨を落としかねない」
「まぁ皆こんな感じだけど、いい子ばかりだよ。だから安心していいよ悠」
「……やっぱり選ぶ場所を間違えたかもしれないな」
鬼の被害が多いと言われているのに、彼女達に緊張感と呼べるものがまるでない。
きゃいきゃいと会話に話を咲かせている四人の言動は、正に外観相応と言うもの。
彼女達が生徒なら、俺は新しくやってきた担任教師と言ったところか。
どちらにせよ、今後の生活に色々と不安を抱かざるを得ない。
悠は深い溜息をこぼした。
「落ち込む必要はないよ悠。なにかあればこの私が君の力となることを約束するよ」
「小狐丸……」
「それじゃあ次は建物の中を案内するね。まずは私の寝室でゆっくり、じっくりと打ち合わせをしていこうか。悠はベッドじゃなくても大丈夫かな?」
「一人で適当に散策するからもう放っておいてくれ」
後悔先に立たず。
知り合いがいると言う利点と資料だけで判断を下すべきではなかったと、今更ながら悠は激しく後悔した。
「冗談だよ。冗談だからそんなに怒らないでよ悠」
「どうしてかな。お前が言うと割りと本気で聞こえるんだよ……」
「あ、やっぱりバレた?」
「本気だったのかよ!」
「当然じゃないか。じゃあ悠に一つ質問するけど、例えば何も飲まず喰わずでいたところにご飯があったら。悠ならどうする?」
「それは……」
小狐丸の質問の意図はさておき。
食べるだろう。間違いなく。
食事は身体を動かすエネルギーを生産するに欠かせられない作業だ。
無論ただ作業として行うだけでなく、精神面の栄養ともなる。
おいしい物を食べること、胃が満たされることで得られる幸福感を人は手放せない。
三大欲に部類されるほど、食と人との結びつきは強いのだから。
「そう、お腹が空いていたら当然食べようとする。だけど食べられない、手を伸ばせばすぐ届く距離にあるのに届かない――私達は常にこの状況に晒されてるんだ。ここまで言えば、もう言わなくても悠ならわかってくれるよね?」
「……あぁ、わかった。わかりたくなかったけど、わかってしまった」
要約すると、小狐丸はもう我慢の限界であるらしい。
性欲を発散させたくて仕方がない。ムラムラとしている中に結城悠と言う極上の男が送られてきた。これを食べずして眺めているだけなど愚の骨頂。
つまり、そういうことなのだ。
「悠、先に言っておくけど私は絶対に君を私の物にするよ。あの日、君の裸を見てから薬を飲まないと落ち着けなくなってしまったからね。その責任を取ってもらわないと」
「いや知るかよそんなこと」
「私は無理矢理は好きじゃないからね。君の方から私に惚れてくれることを期待してるよ。でももし、私の心から少しでも離れようとしたら……ふふふ、薬を飲むのをやめようかな」
妖艶な笑みを浮かべる小狐丸に全身の肌が粟立った。
濁っている瞳は、飢えた猛獣のソレとまったく同じだった。




