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第十二話:剣鬼対天下五剣

 天下五剣――村正の手によって生み出された五人の御剣姫守(みつるぎのかみ)

 天下に名を轟かせるほどの名刀を打つ。

 彼女が歩んできた人生において、初めて我欲を込めて打った五振りの大和刀。

 村正の思惑通り、それらは最強と謳われるようになった。

 如何なる力も飲み込み粉砕する人智を超えた力に、鋼鉄をも易々と切り裂く鋭利さ。

 そして女性としての魅力を誰よりも持つ。

 正に最強と呼ぶに相応しい名刀(みつるぎのかみ)の誕生である。

 最強だからこそ、天下五剣は敗北することに恐れを抱く。

 何故なら、亡き生みの親である村正の意思に背くことになるから。

 彼女達にとっての敗北とは、単なる生命活動の停止にあらず。

 天下五剣の敗北とは即ち、存在意義の消失も同じなのだ。



 深夜――三日月宗近(みかづきむねちか)はススキの原で仲間と佇んでいた。

 漆黒に染められた空を数多の星達が煌いている。

 その中に一際美しく輝いているのは、金色の三日月。

 冷たくも神秘的な夜空は、まるで天空の宝石箱のようだ。

 とても美しい。

 美しくて、己の力を最大限に発揮できる。

 今宵の敵手を待ち受ける中で、三日月宗近(みかづきむねちか)になんの(たかぶ)りもなかった。

 これより始まるのは仕合にあらず。

 誤った道に進もうとする一人の若者を更正するための戦い。

 御剣姫守(みつるぎのかみ)以前に、一人の女性としての義務であると感じることはあっても、高揚や興奮などと言う感情は一切ない。

 三日月宗近(みかづきむねちか)は腰の得物を静かに抜いた。

 刃長、二尺七寸の太刀である。

 生まれてからこの方、村正のため、人々のためと鬼を斬り続けてきた己の半身。

 同名の名を持つ太刀に、三日月宗近(みかづきむねちか)は未だ現われる敵手に思いを馳せる。


 結城悠――異世界より現われし、男性の剣士。

 生まれて初めて物にしたいと強く渇望した存在。

 鬼をも斬る実力はもちろん侮れない。

 対峙する相手を軽んずることがどれだけ愚かしい行為であるかは、改めて言うまでもない。

 獅子搏兎(ししはくと)――先人達が作った諺に従って、三日月宗近(みかづきむねちか)は全力で今日の仕合に挑む。男性であるから、と言う気遣いは悠には不要であるし、なによりも最大の侮辱に値することだろう。

 だからと言って、己の勝利が揺るがないことを三日月宗近(みかづきむねちか)は確信する。


 【月華彌陣(げっかびじん)】――月が出ている時のみ発動する特殊で、最強の地位を築き上げることとなった、三日月宗近(みかづきむねちか)だけの刃戯(じんぎ)

 月が出ている時のみ、三日月宗近(みかづきむねちか)の力は何十倍にも増す。

 故に夜を舞台に戦いを挑んできたものは、誰一人として帰らぬ者となった。


 現在は夜。故に【月華彌陣(げっかびじん)】はとうに発動している。

 試合を夜にすることを指定したのも、全ては確実に勝つための算段。

 大前提なのは結城悠を本部で管理しておくこと。

 支部に行けば当然他の御剣姫守(みつるぎのかみ)も黙ってないだろうし、本部勤めである三日月宗近(みかづきむねちか)がほいほいと逢いに行くことも立場上許されない。

 そうなればもう、彼の心は誰かの物になっているかもしれない。

 それだけは許されない。是が非でも三日月宗近(みかづきむねちか)は阻止せねばならない。


 三日間の猶予があったにも関わらず、悠の考えが変わることはなかった。

 今の悠に言葉はいらない。

 口で言っても効かぬのであれば、残された手段はもう一つしかない。

 溢れんばかりの力で、結城悠を徹底的に痛めつける。

 それについて罪悪感がないわけではない。

 本来であれば守るべきはずの男性に手を上げようとしているのだから。

 だが、双方のためにも三日月宗近(みかづきむねちか)は心を鬼にする。


――悠さんは、絶対に誰にも渡さない。


 やがて、件の相手がススキの原に姿を見せる。

 白い洋服(シャツ)に黒の長袴(ズボン)

 腰に本差を携えて現われた姿は最初の邂逅を果たした時となんら変わらない。

 強いて言えば、闘気に満ちた熱く鋭い眼差しをしていることだろう。

 剣士としての悠に、三日月宗近(みかづきむねちか)は落胆の色を顔に浮べる。

 悠が現われる直前まで、三日月宗近(みかづきむねちか)は心の片隅で平和的解決に期待を賭けていた。

 ひょっとすると、思い留まってくれたかもしれない。

 表情から考察すればそれはありえないことなのだが。

 けれども、期待を捨て切れない。

 駄目元で、三日月宗近(みかづきむねちか)は尋ねてみる。


「ここに来たと言うことは、やはり考え方を改めてはくれなかった……と解釈してよろしいのでしょうか?」


「冗談なら面白くないし、本気で言ってるなら失笑ものですよ。俺がここに来た時点でもうわかっているでしょうに」


「……本音を言えば悠さんと戦いたくありませんし、傷付けたくもありません。ですが……」


 これ以上の会話は無意味。

 改心の余地がないと判断した三日月宗近(みかづきむねちか)は、木刀を投げ渡す。

 仕合なのだから真剣は使わない。

 悠が木刀を受け取ったのを確認して、即座に意識を切り替える。

 目の前にいる相手を、一人の敵として全神経を認識させる。

 最初から全力で悠を倒す。

 三日月宗近(みかづきむねちか)の迷いは今、完全になくなった。


「来なさい結城悠。この戦いで貴方の性根を去勢してあげましょう」


「できるのなら。それで早速ですけど、まず誰が相手をしてくれるんですか?」


「僕だよ悠」


 真剣勝負(ジャンケン)で決めた順番に従って、鬼丸国綱(おにまるくにつな)が前に出る。

 鬼丸国綱(おにまるくにつな)刃戯(じんぎ)――【降魔斬滅(ごうまざんめつ)】は敵手が人外の時にのみ発動される。

 人間である悠に彼女の刃戯(じんぎ)は発動されない。

 それを差し引いても鬼丸国綱(おにまるくにつな)は強い。

 悠が勝てる見込みなど最初からない。

 なのに何故、彼は不敵な笑みを浮かべているのか。

 この三日間で何か秘策を編み出したとでも言うのか。

 嫌な予感がする。

 ざわざわと起こる胸騒ぎに、三日月宗近(みかづきむねちか)は眉を(しか)めた。


「悠、今ならまだ間に合う。今すぐ考えを改めて――」


「直しません――そろそろ始めましょう」


「……三日月。合図を」


 鬼丸国綱(おにまるくにつな)の声に落胆の感情(いろ)が篭る。

 彼女も彼女で、考え直してくれる未来を期待していたに違いない。

 それが叶わずと知り、悲しみ――一振りの剣が鬼へと変貌する。

 もはやあそこにいるのは料理ができて控えめな鬼丸国綱(おにまるくにつな)にあらず。

 鬼を冷酷に斬り殺す一匹の悪鬼。

 対峙する悠も、それを察したのだろう。頬にうっすらと汗が滲み出ている。

 後悔してももう遅い。

 剣鬼は悪鬼の前に倒される。


「それでは第一試合。結城悠対鬼丸国綱(おにまるくにつな)――いざ尋常に、勝負!」


 戦いの火蓋を切って落とした。


「あぁ、そう言えば」


 仕合が始まって早々、何かを思い出したかのように悠が口を開いた。


「俺、好きな女性のタイプなんですけど、やっぱり強くて頼れる女性が一番好きなんですよね。だからこの仕合で俺に勝った人と是非とも交際したいと思ってるんですけど……国綱さん。貴女がそうなのかもしれませんね」


 爆弾発言が悠の口より飛び出した。

 勝てば交際できる。

 恋人と言う甘い関係を楽しんで、後は夫婦と言う幸せな生活を手に入れるチャンスがこうもあっさりと向こうからやってくるとは、三日月宗近(みかづきむねちか)は思いもしていなかった。

 だとすると、真剣勝負(ジャンケン)で決めた順番は残された者が圧倒的不利となる。

 三日月宗近(みかづきむねちか)の顔に焦りの感情(いろ)が浮かび上がる。

 悠の敗北は、自分達の敗北にも繋がる。主に女として。

 結婚して子供ができたと天下五剣を脱退でもされた次の日は、天下四剣への改名に加えて売れ残った女達と新聞に取り上げられるやもしれぬ。

 それだけは断じてあってはならない未来だ。


「でもここでもし、俺が国綱さんに負けちゃったら他の人達の実力がわからないまま終わっちゃいますね。まぁそれはそれで構いませんけど――一度に全員を相手できれば、まぁ楽だったんですけど、仕方ないですよねぇ」


 その一言が、彼女らを突き動かした。

 三日月宗近(みかづきむねちか)の真横を、一つの影が高速で抜き去る。


「光世さん!?」


「国綱には渡さないし!」


 大典太光世(おおてんたみつよ)鬼丸国綱(おにまるくにつな)へと肉薄する。

 一閃。かん、と乾いた音が夜のススキの原に奏でられた。


「な、何をするんだ光世! 僕が一番手ってはずじゃないか!」


「そんなことしてたら悠が国綱の物になっちゃうじゃん!」


「そのとおりです。そんな運命は認められません」


「真に強き女が我であることを悠の前で証明できるよい機会だ。ここで全員、我が刃の前に倒れろ!」


 一対一の仕合が、仲間同時による大乱闘へと早変わりする。

 激しく木刀を打ち合う四人の御剣姫守(みつるぎのかみ)

 激しく木刃が重なり合えば、生じた剣圧でススキの葉が乱暴に揺らされる。

 真剣から木刀に持ち替えたとは言え御剣姫守(みつるぎのかみ)が持てば、立派な兇器と化す。

 人間ならば一発の打撲で全身の骨が粉砕されても、まぁおかしくはない。


 激闘が繰り広げられる中、三日月宗近(みかづきむねちか)は――ふと、悠を見やる。

 不敵な笑みを崩すことなく、木刀を構えて向かってくる彼の姿に、ようやく気付く。

 これは悠が仕掛けた罠なのだと。

 最初から勝てないと悠は理解していた。だから武ではなく智で挑んできたのだ。

 狙うは同士討ち。運よく全員が倒れてくれれば、戦わずして勝利となる。

 だが、気付いた時にはもう遅かった。

 既に悠の術中にはまった四人は、己が勝つことしか頭にない。

 だから、悠が向かって来ていることにも。


「皆さん冷静になってください! これは悠さんの罠です!!」


 三日月宗近(みかづきむねちか)の必死の声も届かない。


「ごめんなさい」


 乱闘している四人に木刃が襲う。

 飛燕の如き剣速で四人の頭部にこつん、と叩く。

 やっと我に返った御剣姫守(みつるぎのかみ)は、あっと言わんばかりに目を丸くする。


「とりあえず、これで四人は脱落ですね。卑怯とか言わないでくださいよ? 仕合はとっくに始まっていましたし、それに全員で掛かってきた時点でそっちのルール違反でもあるんです。ですから……文句はありませんよね?」


 有無を言わせぬよう流れるように言葉を浴びせられた天下五剣達の膝が、がくりと落ちた。

 納得のできぬ結果なのは、三日月宗近(みかづきむねちか)も同じく。

 全員で掛かってこいと、彼は一度として口していない。

 それを勝手に読み違えて行動したこちらに非がある。

 加えてやられてしまえば、もはや文句を言える資格などない。

 素直に敗北を認めざるを得ない。

 だが、完全敗北ではない。

 天下五剣が最後の一人である三日月宗近(わたし)が残っている。

 ここで勝てばすべてが丸く収まる。悠も正式に自分だけの物になって大団円を迎えられる。

 考えようによっては、得した結果と言えぬこともない。

 いや、寧ろ得をしている。

 三日月宗近(みかづきむねちか)は意気揚々と敵手を視界に捉える。 

 怪訝そうな顔をする悠に、思わず笑みがこぼれた。


「……なんでそんなに嬉しそうなんですか?」


「いえ気にしないでください」


「そ、そうですか? それじゃあ三日月さん、貴女が最後です。このまま勝たせてもらいますよ!」


 悠が疾走した。

 消失とすら見紛う静から動への移行。

 神速と呼ぶに相応しい異様の瞬発力。

 見る見る内に間合いを詰めてくる悠は、木刀の握りを変えた。

 右から左へ。

 柄ではなく刃の部分を逆手に持つ。

 構えと言うよりは、どちらかと言うと納刀を持っているに近い。

 であれば、あの構えは――。

 

――居合い……。


 刹那の中で三日月宗近(みかづきむねちか)は呟く。

 居合いとは納刀の状態から始まる技。適度な反りを持つ大和刀と鞘の構造と、腰に差すと言う携帯方法を利用することによって初めて成せる。 本来は相手が攻撃しているのに対し、まだ抜刀していないと言う状況から勝機を掴む。いわば後の先に主体が置かれている技と言えよう。

 一方で、自ら改良を重ねて絶技へと昇華させた者を三日月宗近(みかづきむねちか)は知っている。

 どうやら悠もその内の一人に部類されるらしい。

 でなければ、既に武器を抜いて構えている相手に真っ向勝負を挑もうとはしない。

 相手よりも先に自身の刃を打ち込む。生半可な技量では成し得ることなどできやしないのだから。


 それでも私は絶対に負けない。

 相手が神速の抜刀術を体得しているのであれば、私はそれよりも速く打ち込む。

 三日月宗近(みかづきむねちか)は限界まで目を見開き、疾風と化した悠を見据えた。

 この目は何があろうとも決して閉じない。そう誓って。

 そして遂に、双方の間合いへと入る――次の瞬間。


「へ?」


 三日月宗近(みかづきむねちか)は間の抜けた声をもらした。

 先に仕掛けたのは悠であった。

 しかし悠の腰にある得物は未だ抜かれていない。

 夜空に白い布がひらひらと舞い上がる。

 それを凝視して数秒後――ようやくそれが服であることがわかった。

 正確に言えばたった今、悠が纏っていた洋服(シャツ)である。


「な、ななななななっ!」


 三日月宗近(みかづきむねちか)は激しく狼狽した。

 目の前にあるのは半裸なった悠の姿。

 傷だらけでも白く健康的な肌と、ほどよく鍛え抜かれた肉体は美しい。

 人生初となる男性の裸体を三日月宗近(みかづきむねちか)は見た。

 こっそりと秘蔵している春画で見たことはあるものの、やはり生の肉体とではまるで迫力が違う。

 最初に彼の衣服を着替えさせた医者も、きっと今の自分と同じだったに違いない。

 男性の裸を見た。そのことを意識すれば意識するほど、日頃から抱えている妄想(おかず)が脳内で勝手に再生されて、股間に熱が帯びていく。


「イッ……!?」


 三日月宗近(みかづきむねちか)は絶頂に達した。

 手で振れずとも絶頂した快楽が全身を駆け巡る。

 その余韻に浸る間も、下着が愛液でぐっしょりと濡れた感触に不快感を憶える間もなく、頭頂部に小さな衝撃が加わる。

 見やると、木刃が頭の上に乗っかっていた。


「俺の勝ち……でいいですよね三日月さん?」


 視線を降ろせば、不敵な笑みを浮かべた悠――の半裸姿が映った。 


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