第十一話:我、天啓を得たり
ススキの原に訪れては、悠は剣を振るい続ける。
遠く離れた支部から本部まで足を運んでくれる小狐丸とにっかり青江。
なんだかんだ言いつつ小竜景光も手伝ってくれる。
そして、どこから漏洩したのだろう――雷切丸や祢々切丸。
更には初めて邂逅を果たす御剣姫守が、今の悠の協力者である。
その数は実に三十人以上にまで増えた。
頼もしい限りではある。
あるが、呼吸を激しく乱し性的な眼差しを多数から向けられては集中できない。
加州清光のように鼻血だけならばまだしも、健全な少年誌では記載できない卑猥な会話も彼女達は堂々とする。
目の前に男がいようと、彼女達は己の欲をなによりも優先させる。
男である悠からすれば、生き地獄に等しい。
何度も席を外しては太腿に透明の液体を伝わせて帰ってくる。
何をしていたかは容易に想像が付く。
だからこそ、悲しいかな。男である悠には耐え難い刺激であった。
もし欲求不満である御剣姫守に知られれば。その時は確実に快晴の空の下、悠は強姦される。
心頭滅却――今日もまた反応していきり立とうとする男の象徴物を鎮めて、悠は小狐丸と対峙する。
「やれやれ、随分と増えてしまったね。ここは一つ悠と私は運命共同体ってことを皆に見せ付けるべきかな?」
「何をするつもりだよ……」
「女と男にしかできない営み……かな?」
「却下だ却下! ほら、いい加減始めるぞ!」
「つれないな。でも、そこがいいんだけどね」
「小狐丸! 狙うなら服だけを狙いなさいよ!」
「事故なら不可抗力ッス!」
「もし悠さんの服が仕合をしている最中に破けたりしたら……ぶぶっ!」
「加州さんが鼻血を出した!」
性に対して興味津々な学生のような言動に、ほとほと呆れさせられる。
容姿が整っているだけに、非常に残念でならない。
一生独身ですごすであろう彼女達の未来に憐れみ、悠は刀を構える。
地を蹴り上げる。
間合いへと飛び込む。刃を宙で交差させる。
天下五剣の刃戯、実力は未だ不明のまま。
三日月宗近の力は、僅かながらもこの目でしっかりと見ている。
それが本気でないことは当然理解している。
彼女は刃戯を使ってすらいない。
そして俺が勝つことを望んでいるくせに、姉妹の情報を彼女達は渡そうとしない。
区別がはっきりとされている以上、情報を引き出すことを悠は諦めた。
今はただ、ひたすら御剣姫守と仕合を繰り返して経験を積み、そこから仮説を立てていくしかない。
見誤れば敗北は必須。当てはまりさえすれば。
勝機は必ず訪れる。
何度目の小休止かも忘れてしまった頃、悠は刀を鞘に納める。
小狐丸を始めとした名刀達と仕合をしてから、はてどれぐらい経ったか。
青かった空もすっかり茜色に染まり、遠くで烏の鳴き声が聞こえる。
あれだけ賑わっていた御剣姫守も、気付けば数えられる程度にまで減っていた。
彼女達には彼女達の仕事がある。
ローテーションを組んでいると言っても、本来であれば俺の相手をする必要はない。
下心全開で性的な視線と会話は大目に見るとして、わざわざ遠方から来てくれる御剣姫守には感謝の念を忘れない。
「今日はそろそろ終わろうか悠」
「あぁ、そうだな」
呼吸も大きく乱れて、整えるのに一苦労させられる。
今日はもう休んだ方が懸命だ。これ以上の仕合は明日の本番に差し支える。
それだけはあってはならない。
三日月宗近に……天下五剣に全力を出しても勝てるかわからない。そんな相手なのだから。
しかし、結局のところ実感のないまま今日が終わってしまった。
連続して御剣姫守と仕合をしているのに、天下五剣に勝てる自分の未来がまるで浮かんでこない。
果たして俺は、本当に勝つことができるのだろうか。
答えは――。
「……小狐丸、それに皆も、今日もありがとうな。俺なんかのためにわざわざ付き合ってくれて」
「悠からの頼みならなんでもしてやるッスよ――ここで好感度を上げておけばいずれ……でゅふふ」
「丸聞こえよ祢々切丸。悠は私の男って決まってるから。そこんとこ間違えないでちょうだい」
「君もだよ雷切丸。現段階で誰よりも頼られている私が、悠に相応しい女さ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す御剣姫守を他所に、悠は頬を伝う汗を腕で拭い取る。
ふと、視界の隅から白い布巾が現われる。
見やれば、そっぽを抜いた少女が立っている。
「こ、これ使いなさいよ。男なんだから身嗜みは常に整えておきなさい」
「あぁ、ありがとうな小竜景光」
「べ、別に安っぽいお礼なんかいらないわよ。その布巾だって余り物なんだし、捨てるつもりだったのよ……」
流れる汗を拭き取る。
どこからともなく颶風が吹き荒れた。
四方より伸びた数本の腕の先にある布巾を、白くて綺麗な手がしっかりと掴んで離さない。
腕の主達が笑う。
小狐丸も、雷切丸も、祢久切丸も、小竜景光も、誰一人として心から笑っていない。
獲物を横取りしようとする邪魔者を牽制しあっている。
「これは私が洗濯しようとしてたんだけどな」
「いやいや、ここはアタシがするッスよ」
「祢々切丸、アンタは家事は何一つできないでしょうが」
「い、今思い出したけどやっぱりこれ一枚しかなかったの。汗臭いのはいやだけど、私の責任だからちゃんと洗うわ」
つくづく、御剣姫守は見ていて飽きさせられない。
争いの種となっている布巾を素早く奪い返して、悠は上の服を脱いだ。
汗が流れているのは何も顔だけではない。
人間、数時間も動き続けていれば個体差はあれど発汗する。
汗で濡れて肌に張り付く不快感から一時的でも逃れるべく、上だけを脱いで布巾で汗を拭き取る。悠にしてみれば別段、いつもしていることなので何も感じない。
だが、男女の価値観が逆転しているこの世界ならば。
男性が女性の前に衣服を脱ぐことがどう言うことなのかを、悠は忘れていた。
全員がぴたり、と止まった。
誰一人動かず。ただ一点を凝視している。
それが自分へと向けられていることに気付いて、ようやく悠は理解した。
それもそうだろう。何故なら男性が目の前で衣服を脱いだのだから。
ススキの原に吹く微風の音だけが静かに奏でられる。
誰も声を発そうとしない。
ぽかんと口を開けて、ただただ唖然としている。
やがて。
「ななななな、何やってるッスか悠!」
赤面した祢々切丸が静寂を破った。
矢継ぎ早に他の面々も顔を紅潮させて声を荒げる。
「きゅ、急に脱ぎだすなんてアンタ何考えてんのよ!?」
「変態! 変態! 変態! でも……いい、かも」
「ぶっばぁ!!」
「加州さんが鼻血を出した!」
「……ねぇ悠。私はもう君を何が何でも手に入れたくなってきたよ」
「いやいやいや。たかが半裸を見ただけで何を――」
あぁ、そうだ。そうではないか。
答えはこんなにも近くにあった。
どうして俺は今まで気付けなかったのだろう。
悠は大声で笑った。笑わずにはいられなかった。
天下五剣に勝つ。これに間違いはない。
間違っていたのは正攻法で勝たねばならぬ、と考えていた自分自身の思考だ。
考え方を変える。これだけで悠の脳裏には完璧な未来図が出来上がっていた。
戦いとは騙し合い。騙された方が馬鹿を見て、騙した方が勝者なのだ。
明日の仕合。天下五剣は何もできぬまま、無様に敗北する。




