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第九十三話:(非)穏やかなお出掛け

 朝早いというのに、弥真白やましろ支部はとても騒がしい。活気ある声が耳を澄まさずとも届けられ、活気ある四つの声には悠も苦笑いを浮かべざるを得ない。騒がしいのは、悠にとっていつものことだった。弥真白ここの守護を任されているものは、基本的に精神年齢が幼い。子供とはうるさいもので、だからと腹を立てては大人として失格である。

 しかし、今日は一段とやかましく、その原因がわかっているだけに悠も咎めたりはしない。代わりに、盛大な溜息をこぼしてやった。とうとう、この日がやってきたのだ。そう考えると疲労感がどっと身体に重く圧し掛かってくる。


「今日の姫はこのお洋服を着ていこうっと!」

「あ、それ元々オレが買ったやつじゃねーか! 返せよ!」

微塵丸みじんまるよりも姫が着た方が似合っているし、それにお兄様も喜ぶと思います!」

「ンだとぉ~!!」

「狐ヶ崎はどんな格好でいくの?」

「吾はこのままだ。無理にまで着飾らずとも、兄者にはありのままの吾を見てほしい。それだけだ」

「ふ~ん。じゃあその頭に付けてる飾りは?」

「こ、これはその……あれだ! 単なる気分転換で、深い意味はない! だから気にするな兼定!!」


 相変わらず、外からは楽し気な会話が届けられる。


(こっちの気も知らないで呑気だな本当に……)


 思わず、愚痴を吐きこぼしてしまいそうになるのを悠は堪えねばならなかった。

 彼の隣には愛刀――千年守鈴姫がいる。顔を俯かせ、大小の鯉口と切羽を落ち着きなく何度も打ち合わせている様は、怒りを堪えていることを物語っていた。これもまた原因がわかっているだけに、悠は口を出すことができない。


 今日、悠は四人の御剣姫守チビっこ達と出掛ける。内容としては、町の中をぶらりと適当にすごすだけ。遠出をするだけの費用が下りるはずもなし、ましてや五人に抜ければ痛手を負う。彼女らは、結城悠が来る前からずっと弥真白やましろにいた。同じ町が外出先とは退屈であろう。にも関わらず、無邪気に喜んでいるから、つい微笑ましく思えてしまう。


 ただし、今回の行動に剣鬼の愛刀はいない。千年守鈴姫の同行を禁ずる――これが今回の外出に課せられた彼女達からの要望だからだ。たったの一日、その一日がたったで済ませられずにいるから、千年守鈴姫の機嫌はすこぶる悪かった。


「き、機嫌直してくれよ鈴……今日だけだからさ。な?」

「許さない許さない許さない許さない許さない……――」

「……駄目だなこれは」


 昨晩からずっと、己が愛刀は呪詛のように同じ台詞を吐き続けている。寝ている時でさえも、寝息と一緒に呟く様は恐怖でしかなかった。もうすぐ約束の時間だ。刻一刻と時が迫る中で、悠は葛藤する。果たして、このまま本当に置いて行ってもいいものなのだろうか、と。


「……仕方ない」


 四人に心の中で謝罪する。弥真白やましろに血の雨を降らさぬには、当然の処置でもある。この提案を吞み込んでくれるか否かで、また考えばならぬが、先のことは後回しにする。


「鈴……バレないように、こっそり付いてきてくれるか?」

「許さない許さない許さない許さな――え?」

「ようやく違う言葉を言ってくれたな……。やっぱり思ったんだよ。お前を連れていかずに行くのはどうなんだろうってな。千年守鈴姫は俺……結城悠の愛刀はんしんだ」

「は、悠……!」

「こっそり付いて、あの四人を見張っててくれ。何されるかわからないしな」

「ま、任せてよ悠! そうと決まったらすぐに準備しないと!」


 いそいそと準備をする千年守鈴姫に、悠は安堵の息を静かにもらす。同時に、一つの不安を抱かざるを得なかった。彼女がひっそりと同行する、ということは何があっても輪に入ることができない。有事の際には、もちろん助けてもらうつもりでいるし、その時には偶然を装えば誤魔化すことはできよう。それも何度も通用するまい、一度っきりがいいところ。


 加えて、楽しそうにしているのを愛刀が我慢していられるかも悠は不安だった。彼女の心情を考慮すれば、嫉妬させないように振舞えばいい。それではなんのための外出かわからない。せっかく遊ぶというのに無愛想にしていてはすべてを台無しにしてしまう。相手にも不快な思いをさせよう。それは悠とて許せぬところ。楽しむべき時は精いっぱい楽しむべきなのだ――羽目を外しすぎないよう、彼女達の手綱をしっかりと握る必要はあるけども……。


(こればかりは、鈴を信じるしかないな……)


 一応心の片隅に戒めとして留めておいて、さて。悠は腰を上げた。約束の時間となった。玄関に向かえば、既に四人の姿があった。いつもの服装から一変し、各々特色あるお洒落コーディネートを施している。普段と違う格好はなかなかに新鮮だ。そうして悠が物色をしていると、四人の御剣姫守みつるぎかみが一様にリアクションを取る。合点がいった、と言いたげな様子に、この娘らは何を勘違いしているのだろう。これみよがしに自己アピールしてくる面々に、悠は苦笑いを浮かべた。


「お待ちしておりましたお兄様」

「おっそいぞ兄貴! オレもう待ちくたびれたぞ」

「悪かったって。用意するのに色々と手間取ったんだ」

「わーい今日はお兄ちゃんとお出掛けだー!」

「あ、兄者よ。きょ、今日は吾が楽しませてやるからな。絶対に退屈させないことを約束する!」

「いやお前らといるだけでまず退屈することは絶対にありえないけどな……。まぁいい、それじゃあ行くか」


 四人を連れて、悠は町へと繰り出す。ふと、ぞわりと肌が粟立った。そっと、後ろを振り返ってみる。遠くから顔を覗かせている者に、悠は思わず悲鳴を上げそうになった。


「ん? どうかされましたかお兄様」

「え、あ、いや……なんでもない。それじゃあ行くぞ」

「あ、待ってくださいお兄様! 姫とその、手を繋ぎましょう! 今日は“でぇと”ですからね。殿方を“えすこぉと”とするのは姫の役目ですから!」

「なんで姫なんだよ! 兄貴はオレが“えすこぉと”するんだ!」

「やめんか二人とも! まったく……さっ、兄者」

「あー! 狐ヶ崎もずるいずるい!」

「はいはい! 誰とも手を繋がなくても俺は歩けるから! 早く行かないと時間がどんどんすぎていくぞ!」


 四人を促して先に行かせる。その後を追う、傍らで悠はもう一度振り返った。


「…………」


 千年守鈴姫が物陰から様子をうかがっていた。片方だけ覗かせている瞳からは、嫉妬やら殺気やら……あらゆる負の感情を練り込んだ邪気が孕んでいる。遠くからでもどす黒く濁っているのは、決して見間違いなどではなかった。

 悠は、既に不安を憶えていた。まだ外出らしいことは何もしていない。支部を出ただけでこうも嫉妬されては、後の方で彼女が我慢できると思える方がどうかしている。とんでもない外出になることを避けられないと知った悠の表情はどんどん曇っていく。


(頼むから抑えてくれよ鈴……)


 伝わらぬ願いを込めて大きな溜息をその場にてもらし、悠は四人の後を追い掛ける。

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