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第八十四話:同じ釜の飯を食う


 あまりにも予想外だったから、悠はぽかんと口を開けている。

 

「さっきの名乗りどう!? 結構自信があるんだけど、かっこよくない!?」

「……いや、どうって言われても。なぁ?」

「う、うん……」


 独特すぎる名乗りを見せつけられて、脳が一瞬だけ停止した。

 思考回路が正常に機能し始めたところで、道場内で耳にした門下生らの話を思い出す。どうやら彼女が件の正義の“ひいろう”のようだ。だが、飛燕丸なる刀を悠は聞いたことも見たこともない。この世界にだけ存在する、オリジナル刀剣か。だとすると知らないことにも頷ける。


(小狐丸にも後で聞いてみるか……そんな奴は知らないって言われそうだけど)


「あ~、えっと、それでだ。飛燕丸……だったな。鬼を退治したって言ったけど、その鬼っていうのは?」

「見たこともない鬼だったわ。身体じゅうから妙な結晶体がたくさん生えていたの。君が悪いったらありゃしない」

「主、それって!」

「あぁ、俺達が探している鬼御鋼おにみこで間違いないだろうな。なぁ飛燕丸、その鬼に虹色に輝く結晶体は生えてなかったか?」

「それは、なかったと思うわ。みんな赤っぽいのばっかりだった」

「そうか……。因みに遺体は?」

「あっちにあるわ。ついてきて、案内するから!」


 先行する飛燕丸を悠は追い掛ける。道中、千年守鈴姫が不意に耳打ちしてきた。


「ねぇ悠。あの人、本当に何者なんだろう」

「さぁな。現時点だと何も言えない。とりあえず、このことも一応報告しておこう」

「……さっき飛燕丸の太刀を受けた時に感じたんだけど、なんかボクらと違うような気がするんだ。上手く言えないんだけど……」

「しばらくは様子を見る。もしも敵だったなら、その時は……」


 腰の大刀に悠はそっと手を添えた。


「あ、ここよここよ!」

「……あれか」


 飛燕丸の誘導によって、悠は確かに死体の元まで案内された。両断された鬼から赤い結晶体を回収する。一つでもあれば事足りよう、その中でも一際大きな物を選んだ。


「とりあえず、任務は無事終了だな」

「そうだね」


 後は弥真白やましろに帰還して報告すれば、完遂となる。それを実現させるには、いかんせん時間が足らない。茜色だった空も、徐々に黒を帯び始めている。

 計画は当初の予定通りとなった。今晩はあの山小屋ですごす。多少なりの食料も持参はしてきたから、一晩だけであれば事足りよう。寝心地の悪さは、今晩だけの辛抱だ。

 自らにそう言い聞かせたところで、ふと飛燕丸の方を見やった。ところで彼女はどうする気でいるのだろう。この辺りには村などはなかったはずだが。よもや、と悠は尋ねた。


「飛燕丸、お前は今日どうするんだ?」

「さすがに遠出してきたからねぇ。今晩は中腹にあった山小屋にお世話になろうと思ってたの」

 どうやら、考えていることは同じだったらしい。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 空に月が昇った頃、悠は山小屋に身を置いていた。

 窓枠に肘をついて夜空を見やる彼の表情は険しい。


「主どうかしたの?」

「いや、一応こんな場所だからな。警戒しているだけだ」


 冥摩山くらまやまは驚くほど静謐せいひつだった。夜行性の獣はおろか、虫一匹すらの気配も皆無である。時折夜風が吹けばまだマシであるものの、それさえもおぞましい化け物のいななきのようで不気味さを醸し出している。

 何故武芸者が一人も山から降りてこなかったのか――いや、降りられなかったのか。その片鱗を垣間見たような心境に陥らされたからこそ、悠の警戒心はより一層強まっていく。


 死の山――そんな言葉が突然思い浮かぶ。周囲の状況だけに、あながち間違いではないでないかもしれない。鬼が跋扈ばっこする世界だからこそ、いつ何時なんどき襲ってくることやら。

 今もどこかでこちらが寝静まるのを、息を潜めてじっと待っているやもしれぬ。もしかすると、すぐ近くまで来ているのでは……――一度不安が浮かぶと、次から次へと生じてキリがない。


 無論、警戒することに越したことはないが、それで精神をすり減らしていては、いざと言う時に遅れが生ずるのも、また事実。一先ず、悠は目の前のことに意識を傾けることにした。囲炉裏の炎の上にある土鍋からは、食欲をそそるいい香りがしている。


「もうちょっとかな……。本当は味噌が欲しいところだけど」

「飛燕丸も料理ができたんだな」

「あら? 私が料理できるのってそんなに意外だった?」

「まぁな。御剣姫守みつるぎのかみの多くが料理下手だしな……」


 これには、経験の差もあろう。小狐丸こぎつねまる達でさえも、最初こそまったくできなかったが、そこは悠がみっちりと監修したことで、それなりに上達している。彼女達も、練習次第でできるのだ。

 だが、中にはどこまでやっても駄目な輩がこの世には存在する。悠が知る限りでも、主に浮かぶは二名の御剣姫守みつるぎのかみ。失敗なんて生易しいものではない、件の二人に掛かれば国家を転覆させかねない生物兵器がどういうわけかできあがる。これもまた、ある種の才能なのであろうが、差し出された時には悪夢へと早変わりしよう。当然ながら、悠にゲテモノ以上の代物を食すだけの覚悟はない。


「私の場合は、料理を作るのが元々好きだったんだ。あっ、御剣姫守おんならしくないとか思ったでしょ?」

「いや、そんなことないよ。料理ができるのに女も男も関係ないからな。それに、誰かに作ってもらった飯っていうのは、本当に嬉しい」

「ふふっ、そう言ってもらえるならこっちも作り甲斐があるってもんね。今日はこの正義の“ひいろう”に任せなさいっ!」

「……なぁ飛燕丸。少し聞きたいんだが、どうしてお前は正義のヒーローをやってるんだ?」


 素朴な疑問は、核心にも迫っている。飛燕丸なる刀の正体を悠は知りたかった。もっとも、すんなりと己が素性を話してくれるとは思えないが……。


「私が正義の“ひいろう”を目指すことになった切っ掛けはね、ある人と出会ったからなんだ」


 思いの他、あっさりと話してくれた。自分で降っておきながら、悠は心配する傍らで彼女の話に耳を傾ける。


「私ね、こう見えて昔は本当に弱かったんだ。お前なんか全然駄目だっていじめられていてね。でもある時、鬼に襲われていた私はあの人と出会った。その人にしてみれば、自分の使命を果たしただけなんだろうけど、私にはその姿が何よりもかっこよく見えた。だからこう思ったんだ、私もあの人みたいになりたい……そしていつか、一緒に肩を並べられたらって!」

「それが切っ掛けか……。因みに、その人っていうのは?」

「それは内緒。だって、私の初恋の人でもあるんだもん。教えたりしたらそこの御剣姫守みつるぎのかみが興味を持つかもしれないし」

「お生憎様。ボクは主しか興味ないし、乗り換えるつもりもないよ。主は誰にも渡さないんだから……誰にも、ね」

「殺気、漏れてるぞ鈴。とりあえず落ち着け」

「おぉぅ……こんなに怖い人だったのね彼女。私ちょっとびっくり――まぁそう言う訳だから、こればかりはいくら悠くんでも教えられないかな」

「なるほど。それじゃあ仕方ないな」


 人差し指を口元に当ててしぃっ、とする仕草がとてもかわいらしいかった。それに免じるわけではないが、話したくないと言われたなら、悠とて深く追求するつもりは毛頭ない。


(初恋の人か……)


 いつも迫られているばかりだから、純粋な好意を持たれているその男に悠は興味を持った。先の話を分析するなれば、飛燕丸の意中の相手も自身と同じく、男でありながら刃を振るう者であるのは間違いない。許されるのならば、是非とも紹介してもらいたいが、それにはまず、彼女との信頼関係を築くことが必要であろう。


「一応、聞きたいんだが。飛燕丸も当然、村正によって生み出されたんだよな?」

「そうだよ。当然じゃない」

「いや、まぁな。ちょっと聞いてみたかっただけだ」


 彼女は、きっと結城悠が知らないオリジナルモデルなのだろう。零姫村正がそうであったように、まだまだ知らない刀剣はいる。そう考えれば、飛燕丸のことも辻褄が合う。


「ふ~ん? ところで悠くん、君は好き嫌いとかないかな? まぁあったとしてももちろん私は許さないけどね!」

「俺は特にないな。鈴もだろ?」

「うん、ボクもこれと言っては」

「逆に聞くけど、飛燕丸は?」

「私? 私は……ないよ、だって正義の“ひいろう”だからねっ!」

「今の一瞬の間はなんだ? 本当はあるだろ」

「……漬物が、ちょっと」

「おい正義のヒーローなのに好き嫌いがあっていいのか?」

「……ふっ、いいかい悠くん。こんな言葉が世の中にはある――漬物、てめぇは駄目だ」

「今すぐ全国の漬物好きに謝った方がいいぞ」

「だって、アレは本当に苦手なんだ……! 正義の“ひいろう”だって弱点の一つや二つはあるんだ!」

「でも、確か主も漬物苦手だったよね?」

「いつの話だ。あれはずっと昔だろ。今は人並みに食べられる――まぁ、好き好んでではないのは否めないけどな」


 共に笑い合う。外の不気味さを打ち消す陽気が山小屋を包んでいるのを心が感じている。

 空腹に促されて、改めて見やった土鍋の中は、とても輝かしい。悠が持参してきた軽食に加えて、飛燕丸の山菜がたっぷりと用いられている。どうやら冥摩山くらまやまは山菜に恵まれているようだ。ちょっとしたキャンプをしていると考えたら、最高の御馳走である。

 そうして、ついに――鍋の方が完成した。


「お待たせ! 正義の“ひいろう”特製、山の幸鍋だよ! たくさん食べてね」

「うまそうだな。それじゃあ早速――いただきます」


 お椀によそわれた具を悠は口の中へと運んだ。


「これは……うまい!」


 月並みな言葉であろう、が着飾った言葉はこの料理には必要ない。せっかくのおいしさが下手な言葉によって価値を下げてしまう。だから単純にして最大の世辞を込めて、ただ一言――うまい、と。悠は心から飛燕丸の料理を称賛した。

 隣で小動物のように食べている彼の愛刀もまた、目を丸くしては舌鼓を打っている。それを得意げに見守っている飛燕丸。


「当然、伊達に何年も料理してないからね! 正義の“ひいろう”は常に努力を怠らないのだ!」

「正義のヒーロー云々は置いておくにしても、お世辞に抜きにこれは美味い。これならいくらでも食べられる」

 こうなってくると先に飛燕丸が残念そうに口にしたとおり、悠は味噌味が気になった。


(次に逢ったら是非味噌味を作ってもらいたいな……)


 あっという間に空になったお椀に、再び具で満たされる。

 飛燕丸と目が合った。優しい目をして微笑む彼女に、悠はほんのりと頬を赤らめる。美しい女性に毎日囲まれているというのに、今ばかりは飛燕丸が誰よりもきれいな女性として悠の目には映っていた――隣から放たれる黒い感情に、慌てて鍋へと視線を落とす。食事時に殺伐とした空気は、さしもの悠とてごめんこうむりたい。

 それはそうとして。


(本当にうまいな)


 悠は普段からあまりがっつく方ではなかった。出されたものは原則として、残さず食すこと――某御剣姫守みつるぎのかみら合作による生物兵器は例外にもれるが……――を悠は心掛けてはいるものの、決して彼が大飯喰らいだからではない。

 飛燕丸の料理は、ついつい箸が進んでしまう。一度食べたら止まらない、病みつきになるとは今正にこのことを差すのであろう。あっという間に土鍋の中身を空っぽにした悠は、満たされた胃をそっと撫でた。少しばかり食べ過ぎたことを反省する。


「ごちそうさま飛燕丸。本当にうまかった」

「……ボクだってもっとおいしいもの作れるもん」

「お粗末様。今度は味噌味で作ってあげる」

「気が付いてたのか」

「なんとなくね。味噌味も食べてみたかったなぁ、みたいな顔しながら食べてたのが手に取るように伝わってきたから」

(そんなにわかりやすいか?)


 表情にあまり出るタイプではない、と悠は自負している。だが、実際に見抜かれているのだから、やはりそうなのだろう。理解した途端に羞恥心が湧いて出てきた。恥ずかしさを紛らわすために、大きめの咳払いをする。さて、と悠は再び窓の向こうへと見やった。相変わらず、冥摩山くらまやまは静寂に支配されている。


「そろそろ休むとするか。明日は早く戻って報告しないといけないからな」

「そうだね」

「私も明朝には発たないといけないし寝よっと。休息をしっかり取るのも正義の“ひいろう”の大事な務めだからね」

「それじゃあ寝るか。明かりを消すぞ」

「おやすみ主。あ、先に言っておくけどボクの主にちょっかい出したりしたら斬るからね?」

「本当に物騒な人なんだけど……。正義の“ひいろう”はそんなことしませんよーだっ!」

「はいはい、もう寝るぞ!」


 警戒している千年守鈴姫を咎めたところで、囲炉裏でくすぶっていた炎を吹き消し、悠はごろりと横たわる。窓から差し込む月明かりに優しく包まれて、意識は次第に眠りへと誘われていく。


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