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第九話:真打とは

 朝食を終えてから、悠は外へと出た。

 男性保護法に則れば、一人での外出は固く禁じられている。

 しかし、悠は剣鬼だ。

 昨日でそれをしっかりと現地の人間の前で見せ付けている。

 男は男でも剣鬼は対象に含まれない。何故なら悠には戦う力があるのだから。

 力を持ちながら守られる必要などない。

 もし、そこで死んでしまっても、悠はなんの感慨も持たない。

 ただ一人の罪人が相応の惨めさを晒して死んだ。それだけにすぎぬ。

 

 本日も快晴の空がどこまでも続いている。

 眠りから目覚めた町は、すっかり人々の活気で賑わっている。

 そこに結城悠と言う人間が混じれば、瞬く間に視線は彼へと集中するのは必然と言えよう。

 号外のトップを飾った張本人が歩いている。

 いわば、昨日の一件で悠と言う存在は高天原中に知れ渡り、有名人へと彼らの中で格上げされた。

 その有名人を見かけたとなれば興奮もしよう。

 だが、当事者からしてみれば。

 落ち着かないこと極まりないものであった。

 瞳をギラギラと輝かせている女性はさながら飢えた狼の如く。

 ぺろりと舌なめずりをするが年端もいかぬ童女だ。

 この世界はやはり狂っている。

 いつ貞操を奪いに襲ってくるかわからない恐怖に脅えつつも、悠は徘徊する。


 町に出たものの、目的など最初から定まってなどいない。

 思考をしっかり働かせるため。言い換えれば気分転換だった。

 三日後に控えた天下五剣との仕合。

 仕手は存在しないし世界こそ違えど、かの天下の名刀と刃を悠は交える。

 剣を振るう者として誉れ高きことだ。それ故に悠は全力で仕合に挑む。

 だと言うのに。 


――考えを改めろだと?

――剣を振るうしか芸がない男から刃を取り上げるだと?


 悠は鼻で一笑に伏す。

 力を示した当の本人が戦うなとは、はてどう言う意味か。

 三日月宗近(みかづきむねちか)にとって結城悠は守られる側にある。

 それこそが最大の侮辱であると彼女は理解するべきだ。

 元の価値観がある悠に、この世界の価値観は適合されない。

 剣鬼から剣を取ってしまえば、一体何が残る。

 何も残らない。(かたな)を失った鬼など子鬼にも劣る。

 男だからと言うのであれば、結城悠は戦わねばならない。

 昨日の戦いで認めぬと言うのであれば、剣鬼は再び証明せねばならない。

 そのために、与えられた三日間は有効的に利用する。

 このまま挑み天下五剣を相手に勝てる、などと己の力を過信していない。

 勝つためには協力者が必要だ。


「って言ってもなぁ……」


 悠は辺りを見回す。

 刀を携えた女性が舐め回すように見つめている。

 それについては、もうどうでもいい。気にしなければどうと言うことはない。

 悠が求めているのは強き女性だ。

 天下五剣に並ぶほどの名刀――真打の御剣姫守(みつるぎのかみ)ならば、彼女達に勝つための何かを得られるやもしれぬ。

 だから先ほどからそれらしき女性を探しているのだが――いた。

 いたと言うよりは、向こうから飛んできてくれた。

 真打の御剣姫守(みつるぎのかみ)は今朝知り合ったばかりだ。しかし今の悠には心強い存在である。


「ひ、久しぶりじゃない!」


「いや、今日会ったばかりだろ」


「べ、別にどうだっていいでしょ! 数時間も経てば立派に久しぶりなのよ!」


「まったく意味がわからないんだけど……」


 とげとげしい言い方をする彼女の顔は、リンゴのように赤らんでいる。

 彼女――名は確か小竜景光(こりゅうかげみつ)だったか――は真打の御剣姫守(みつるぎのかみ)が一人。

 天下五剣に匹敵しうる策をこの娘は俺に与えてくれるだろうか。 

 期待を胸に秘めて、悠は早速本題を切り出す。


「実は小竜景光(こりゅうかげみつ)にお願いがあるんだけどいいか?」


「わ、私に何を頼むつもりなのよ。私はこれでも忙しいんだけど?」


「……じゃあ他の人に頼むからいいや」


「ま、待ちなさいよ! べ、別に忙しいからって断ってないでしょ!? 用件次第ってことよ。ほらっ、早くこの私に言いなさい!」


「えぇぇ……」


 なんともまぁ、実に典型的なものを見せてくれたものだ。

 小竜景光(こりゅうかげみつ)はどうやら素直になるのが苦手であるらしい。

 素直な気持ちを出せずに、ついつっけんどんな態度を取ってしまう。

 世間一般では、それをツンデレと呼ぶ。

 明治にツンデレなどと言う概念が存在するはずもなく。

 ツンデレを知らない者からすれば不愉快極まりないことだろう。

 婚約者がそのツンデレだったからこそ、悠は扱い方を心得ている。

 心得ているが、愛している者とそうでない者とではわけが違ってくる。

 悠にすれば小竜景光(こりゅうかげみつ)は後者だ。

 だが、贅沢は言うまい。我慢して悠は改めて本題に入る。

 入ろうとして――。


「やぁ悠、今日もいい天気だね」


 見知った顔がとことことやってきた。

 上下に胸を揺らす彼女の尻尾は、機嫌よさ気にゆらゆらと揺れ動いている。

 でも、一人より二人の方が心強い。

 小狐丸(こぎつねまる)の登場を悠は快く迎え入れて――はて、どうして彼女もぼろぼろになっているのか。

 朱色の着物はところどころ破れて肌を晒している。

 怪我はしていないようだが、今さっき戦闘をしてきたことは間違いない。

 そして辛うじて隠すべき場所が隠されているが、それでも悠には刺激が強すぎる。

 加えて、右手にある枕はどうした。悠は小首をひねる。

 とりあえず。


「なんでそんなことになってるんだ!?」


 もっとも気になる部分を指摘してやることにした。

 もし鬼と戦っていたとなれば、悠も剣を振るわねばならぬ。

 昨日は他人の得物だったが、本来の得物が帰ってきた現在(いま)はより万全に近い。 

 無敵、と言えば誇張にもほどがある。あるが、生存確率はぐんと跳ね上がった。


「ちょっと鬼よりも性質の悪い女と戦ってこうなったのさ」


「鬼と戦ったんじゃないのか? それなら……いや問題なのは変わりないけど。その格好で町中を歩くのはどうかと思うぞ俺は。後その枕はどうした」


「大丈夫。服は破れたけど傷一つ負ってないさ。それに枕も無事だから安心していいよ」


「いや、意味がわからん」


 とりあえず、記念すべき覚醒時から今でもなんとなく着用している長羽織を悠は貸してやることにした。

 周囲は目もくれないだろうが、俺が一番困る。

 嬉しそうに羽織る小狐丸(こぎつねまる)

 男性用であるため、小柄な彼女が着ると丈が地面に擦れてしまうが、当の本人はまるで気にしていない。

 くるくるとその場で回ったりする姿は外観相応で、とてもかわいらしい子供として悠の目には映し出される。

 悠のすぐ隣から舌打ちが鳴った。

 舌打ちの主を見やる小狐丸(こぎつねまる)がニヤりと笑う。

 相手を見下す挑発的な笑みだ。

 

「あぁ、君もいたんだね小竜。それで私の悠と何を話してたんだい?」


「別に。貴女には関係のない話でしょ?」


「相変わらずとげとげしい喋り方だね――まぁいいけれど。それよりも悠、相談ならこの私にしてくれないと困るな」


「……まぁ、一人よりも二人の方が効率がいいしな」


 真打であれば誰でもよかった、などと口にしてはならない。

 すぐ隣には、今にも爆発しそうな危険物が置かれている。

 ツンデレの取り扱いは非常に厄介だ。一つ間違えれば大爆発を引き起こす。

 ツンデレはニトログリセリンだと思え。誰が言ったか、この言葉。

 小竜景光(こりゅうがけみつ)の顔色を窺いつつ、悠は本題へと入った。


「実は桜華衆に入ることになった」


「そうなの!? ……って、そ、そうなの? まぁ貴方男なのに結構戦えるみたいだし、悪くないんじゃない?」


「でも天下五剣からある条件を提示された」


「桜華衆として働きたかったら、私達全員を倒してなさい……ってね」


「お前……なんで知ってるんだ?」


「ちょっと本部に用があって、その時にね」


「じゃあその傷は、もしかして……」


「私のことより、今は君の方を何とかした方がいいんじゃないかな? だって仕合をするんでしょ? あの卑しい天下五剣(メスぶた)と」


 本当に本部で何があった。

 悠は疑問に眉を(しか)める。

 だが、小狐丸(こぎつねまる)の言い分も一理ある。

 今の俺には三日間の余裕しかない。時間は刻一刻とすぎていく。

 有効活用以外の消費は許されない。


「なによそれ……そんなの無理に決まってるじゃない。いくらなんでも横暴だわ!」


「まぁそうだろうな。そこで相談なんだけど――」


「皆まで言わなくても大丈夫だよ悠」


「し、仕方ないわね。最近身体も鈍っていたところだし、暇潰しに付き合ってあげるわ」


「えっ? いいのか?」


「今から武力を集めて三日月宗近(みかづきむねちか)らを殺りにいこう」


「何物騒なこと言い始めてるんだお前!?」


 町中であるにも関わらず抜刀する小狐丸(こぎつねまる)と、小竜景光(こりゅうがけみつ)を抑える。


「決まってるじゃないか。私と悠の仲を邪魔する三日月宗近(みかづきむねちか)を殺りにいくんだよ」


「いつから貴女の(もの)になったのよ」


「いやいやいや! その発想はおかしいだろ! とにかく最後まで俺の話を聞け!」


「……仕方ないな」


 渋々と太刀を納める御剣姫守(みつるぎひめかみ)

 周囲に頭を下げて騒がせたことを謝罪し、止まっていた時間が再び動き出す。

 問題児を抱える教師のような気分になる。実際のところどうなのかは知らないが。

 落ち着いたところで悠は小さく溜息を吐く。

 気を取り直して経緯を話す。


「三日後、俺は三日月さんを含む天下五剣と仕合をする。そのことについて俺は別に問題ない。だけど相手が相手だし、それに負けたら俺は本部で天下五剣専属の従者(バトラー)になってしまう」


「“ばとらー”?」


「わかったこれからはもう極力横文字は使わない。つまり従者って意味だ」


「なるほど。つまり――」


三日月宗近(みかづきむねちか)達に勝つために協力してほしい……?」


「そうそう――ってどちら様ですか!?」


 小狐丸(こぎつねまる)の台詞を一人の少女が奪う。

 紺色の着物に姫カットにされた長くて綺麗な黒髪。

 瞳がルビーのように赤色であることを除けば、至って普通の少女にしか見受けられない。

 もっとも、身の毛も弥立つ恐ろしい唸り声が聞こえる脇差を腰に差していなければ、の話だが。


「あぁ、彼女と会うのは初めてだね。彼女はにっかり青江(あおえ)。生まれて直ぐ、にっかりと笑う悪霊を斬ったことで村正にそう名付けられたんだ」


「に、にっかり青江(あおえ)か……」


 にっかり青江(あおえ)――作風から青江(あおえ)貞次の作とされている。

 元々は二尺五寸あったとされるが、磨り上げによって一尺九寸九分にまで縮められている。

 変わった名の由来は、にっかりと笑う女の幽霊を切り捨てたからと享保名物長に記載されている。

 人外なる存在を斬ったと言う逸話から、にっかり青江(あおえ)が妖刀であると捉える作品は多い。

 なるほど。彼女は妖刀と呼ぶに相応しい邪気を放っている。

 近くにいるだけで悪寒が背筋を走りぬけ、肌が粟立つ。

 真の妖刀を垣間見るのが初めてである悠は、生唾を飲み込んでにっかり青江(あおえ)と向き合う。


「私のこと……青って呼んで」


「彼女は自分の名前が嫌いなんだ。だから本名のままで呼ぶと機嫌が悪くなる」


「まぁ、そうだろうな……」


 名前とは意味があってこそ初めて形となる。

 しかし世の中にはただ単純にかっこいい、かわいいと言う親の都合だけで名付けられた子供達が沢山いる。俗に言うDQNネームと呼ばれるものだ。

 にっかり青江(あおえ)は正に典型的な例と言えよう。

 彼女が怒るのは必然である。


「青……いい考えがある」


「考え? あぁ、俺達の話聞いてたのか――あぁ、俺はどうしても天下五剣に勝ちたい。だからこんなことを頼むのもなんだけど、何か情報をくれないか?」


「それなら私から先にいい方法を君に伝授しよう」


「……どんな?」


「毒殺だ。それしかないね」


「お前さっきからどうしたんだ!? えっ、何? 病んでんのか?」


「青は……呪殺がいい」


「私なら総力戦で皆殺しね」


「だからなんで殺す前提なんだよ!? お前ら一応同じ村正から作られた姉妹なんだろ!?」


 何故こうも三人は天下五剣を殺したがるのか。

 全員が強すぎる個性の持ち主だが、心優しくて頼れる安心感が天下五剣にはある。

 男に飢えていることさえ我慢すれば、特に指摘すべき欠点は見当たらない。

 しかし姉妹として生まれた御剣姫守(かのじょ)達にしか知らない、裏の顔があるやもしれない。

 とにかくとして。


「仕合なんだから殺す前提の物騒なのはなしだ。それ以外で頼むよマジで……」


「う~ん、そうだね。まず真正面からやりあうとなると悠、君はまず天下五剣に勝てない」


 ようやく、小狐丸(こぎつねまる)の口調に真剣みが帯びた。

 天下五剣をよく知っているからこそ、彼女の言葉は絶対の価値を持つ。

 自分自身が誰よりもわかっていたつもりだったが、他者に言われることで改めて挑むべき壁が見上げるほど高いと理解させられる。

 それだけの重みが、小狐丸(こぎつねまる)の言葉には宿っていた。


「だから毒殺を勧めたんだけどね」


「もうそこから離れてくれ……」


「鬼を斬った君の実力は、はっきり言って数打よりも数段上だ。だけど、それでも勝てない理由が悠にはある」


「それは?」


「百聞は一見に如かず。特別に君に面白いものを見せてあげるよ」


 悪戯を思いついた子供のように、小狐丸(こぎつねまる)が笑った。


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