バァボルの魂胆
バァボル視点です。
叙爵の儀を終えた儂は、宰相と第一王女のアウラを連れて執務室に向かう。
「かけよ」
「失礼します」
一声かけてから宰相とアウラは腰掛ける。
「お主らに訊くが、今回のイノータの件はどう思った?」
儂がそう訊くと、宰相のヘイゼル・フォン・アラゴルンが口を開く。
「率直に申し上げまして、陛下。此度のイノータ殿の恩賞は聊か酷なのでは?」
「何故だ?」
「イノータ様は魔法師団の戦力強化の一端に手を貸し、その上、今回の戦争で敵の目論見を的確に見抜き更に撃退にも一役買いました。また、近衛兵団の者達の自信を取り戻らせました」
「うむ。そうじゃな」
「それで男爵を与えるのは、良いのですが。領地を与えるのは些か与えすぎかと最初は思いましたが、よりによって、ターバクソンとは」
宰相は少し顔を曇らせる。
まぁ、気持ちは分かる。
何せあの土地は、名産品と言える物が少ない。
昔は金や銅、銀の鉱脈があったのだが、今はもう廃坑になっている。
今は山に居る食用の魔物を狩る為に人が居る程度だ。
その魔物は毛が毛織物に使えるので、その土地の人達はその魔物を狩って毛を刈っている。
他には、翼を持つ亜竜が多く生息しているので、竜騎兵団の乗竜を確保する為に直轄領にしていた。
後はないな。
「幾らなんでも、あのような過酷な土地を与えなくても良いのでは? 寧ろ、王都の近くにある適当な所を与えれば十分でしょう」
「いや、あの者の器量ならば、あそこが丁度良かろう」
「ですが」
「よいではなか。宰相」
珍しい事にアウラが口を挟んで来た。
「父上はあやつの器量を見込んで、あの土地を与えたのだ。ならば、その力をどれくらいか試すのも良いと思うぞ」
「ですが、領地の経営などした事ない者です。そんな者に領地を与えても上手く纏める事など」
「それだ。宰相」
「はっ? それとは?」
「領地経営をした事もない以上、誰を頼ると思う?」
「・・・・・・・そうですな。親しくしている侯爵の援助を受けるのでは?」
「だろうな。故にそれが狙いだ」
「? 仰る意味が分かりません」
「あのイノータと言う者を我が国に帰属させるのだ」
「・・・・・・・成程。つまり異世界に帰る手段が見つかっても、イノータ殿を元居た世界に帰させないようにするのですね?」
「そうだ。一度、あの者と一緒に食事をする事があったが、悪い者では無い。むしろ、上手く使えば我が国の国力増加の一助になるかもしれん」
「確かに、あの者の知識は他の異世界人に比べますと、こちらの世界でも使える物が沢山ありますな」
そうじゃな。話しでは、他の異世界人達の知識は向こうの錬金術ありきで行われる物が多い。
じゃが、イノータの知識はこちらでも応用できる。
特に凄いのが、あの融合魔法じゃな。
昔から理論は出来ていたそうだが、制御が難しいので習得出来た者は居なかったそうじゃ。
それを、近衛兵団に習得させる時点で、凄いとしか言えぬ。
他の異世界人達は還っても構わないのじゃが、あの者は残って欲しいと思う。
「だから、侯爵の援助で働かなくても、領地を経営できてかつ裕福な暮らしが出来るのだ。元の異世界に戻りたくないくらいに贅沢な暮らしをさせれば」
「自然と、元居た世界に帰る気が無くなると?」
「そうだ。ついでに、エリザかセリーヌあたりを嫁に嫁がせたれば、更に良いではないか」
「むぅ、確かに」
儂としてはエリザとセリーヌを嫁がせるのは、もう少し器量を見てからにしたい。
人格の面で言えば、問題ない。何せ、エリザと親しくしている時点で十分だ。
何せ、あの者の毒舌で、我が国の男達の多くがプライドを砕かれたのだ。今でもあの者を見ると恐慌する者も居る始末だ。
一部では、そんな風に罵られた事が気持ち良くなり、本人非公認でエリザ様親衛隊なる組織を作ったそうじゃ。頭が痛いのは、その親衛隊には我が国の兵士達も所属しているのだ。
エリザの毒舌を喰らっても何とも思ってない時点で、十分に人が出来ておる。
「納得した様じゃな」
「はっ、では、領地運営の為の支度金はそれほど多くなくても良いのでしょうか?」
「いや、そこは。十分過ぎる位用意しろ。そうすれば、気前が良いと思われるじゃろうし、そこをケチれば不信感を抱かれるじゃろう」
「分かりました。そのように手配しておきます」
「うむ、任せたぞ」
そこまで話しておいて、執務室のドアが叩かれた。
儂が「入れ」と言うと、王宮に仕えるメイドがカートを持って入って来た。
メイドが儂らの前に茶と茶請けの菓子を置き、一礼して部屋を出て行く。
儂は茶を飲む前に、懐に入れている物を出す。
アウラはそれを見て、溜め息を吐くが、儂の好みじゃから別に良かろう。
「陛下、それは?」
「これか? これはなこの前、エリザがイノータから作り方を教わったという物でな、レモンカードとかいった物でな。儂はこれを茶に入れて飲むの好きなのじゃ」
「はぁ、そうなのですか」
「・・・・・・・・・やらんぞ。これは」
儂はそれを隠すように身を捩らせる。
前、茶を飲んだ時、柑橘類を入れて飲んだが酸味だけした。砂糖を加えたのだが、どうも甘みがいまいちで特に美味いと思わなかったが、これを入れて飲むと酸味も甘みも丁度良く、儂好みであった。
近々、王室御用達にする予定じゃ。




