第55話 戦争が終わって
朝起きたら、部屋の前の廊下が凄い事になっていた事に驚いた。
その場に居たエリザさんに聞くと「ネズミが入って来ただけよ」と言う。
ネズミか。それは敵の暗殺者の事だろう。
その暗殺者がここまで侵入するなんて、かなりの手練れのようだ。
でも、変な事がある。
穴が開いていたり所々焦げていたり削れているが、血がないのだ。
窓が破られている所をみると、そこから逃げたようだけど血が一滴も流れていないのが、変だった。
(普通、これだけ激しい戦闘をしたら、血が少しは流れてもおかしくないに、どうしてだろう?)
不思議に思いながら、僕は朝食を取りに向かう。
勿論、エリザさんの部屋で一緒に食べるのだ。
その席で「後数日したら、王都に凱旋するわよ」と言われた。
荷造りしようにも、荷物が少ないのでこの城を出る際に、纏めれば十分だ。
朝食を食べ終わると、エリザさんは「軍議があるから、今日は好きに行動しなさい」と言って部屋を出て行った。
急に好きにしろと言われても、どうしたらいいか悩むな。
(そうだ。マイちゃん達の様子を見に行こうか)
僕はそう思い部屋を出た。
部屋を出た僕は、マイちゃん達が居る所に向かおうとしたのだが。
出て階段を下りて下の階に行って直ぐに、何処に居るのか知らない事に気付いた。
僕はどうしようと悩んだ。
(戦争している時に聞いておけばよかったかな、でも、戦争中にそんな事を訊くのも変だよな)
頭を抱えていたら、前方から誰かがやって来た。
誰だろうと思い見ていたら、前からやって来たのは村松さんだった。
丁度良いタイミングで現れてくれた事に、僕は神様に感謝した。
(まぁ、結構一緒に行動しているから、どうも神秘さと感じないけど、今は感謝だね)
それをよりも、今は村松さんに声を掛けるのが先だ。
僕が声を掛ける前に、向こうも僕に気付いたようで、手を振っている。
「イノッチ、おはよう~」
「おはよう、村松さん」
和やかに朝の挨拶をかわす僕達。
「村松さんは何でここにいるの?」
「あたし? あたしは暇だから、この城を散策していたんだ。イノッチはここの階に部屋があるの?」
「いや、違うよ。もう一つ上の階だよ」
「上の階?」
それを聞いた村松さんは怪訝そうな顔をして、顎に手を添える。
何か変な事でも言っただろうか?
「どうかしたの?」
「イノッチ、この城はね。六階建ての大きさの城だって知っている?」
「へぇ、そうなんだ」
「で、構造で言えば地下一階地上五階の城なんだ。地下は物置や囚人を捕まえる牢屋とかあって、一から二階までは軍需物資や士官以下つまり兵士達が使うんだ。あたし達の部屋も二階あるよ。三階は中級士官から上級士官が使うんだ。で、四階は軍団長かその世話をする人の部屋しかないって、あたし達を案内した人が言ってたよ。ちなみに五階は見張り台ね」
「成程。・・・・・・・・つまり、僕はエリザさんの世話をする為に四階の部屋になったのかな?」
「う~ん、その人の話を信ずるとそうなるね」
世話をすると言われても、僕は別にエリザさんのお世話を焼いてないぞ。
むしろ、エリザさんが僕の世話を焼いている感じだ。
「まぁ、いいや。それよりも、皆は元気にしてるのかな?」
「皆元気を売る程元気だよ。・・・・・・・・ああ、一人除いて」
「一人?」
「椎名ッチがね。朝から、部屋を出ないんだよね」
「椎名さんが」
「うん。あたし達も何があったのか分からなくて、ユエッチやサナダッチ達は『ほっとけば、その内元気になる』とか言っていたけどね」
「原因が分からないと、対処のしようもないからね。ユエ達の意見も間違ってはいないけど」
「ちょっと不人情過ぎない?」
「まぁ、そうだね」
あの二人らしいとらしいけど。
「ちょっとどんな様子なのか見に行きたいのだけど・・・・・・・・・」
「だけど? ・・・・・・・・・ああ、分かった。道案内して欲しいんでしょう」
「お願いします」
「ええ~、タダは嫌だな~」
これは何かしてよと言っているのだろう。
僕が出来る事は少ないけどな、何をしたらいいだろうか?
「えっと、何をしたらいいのかな?」
「そうだな~、今度、あたしにも何か作って欲しいな~」
「・・・・・・何を作ればいいのかな?」
「甘い物」
直球だな。でも、分かりやすくていいな。
ユエなんて、時々難解な催促をしてきたりするからな。
特にあれは分からなかったな。小さい時誕生プレゼントに何が欲しいって聞いた。丁度、一緒にテレビを見ている時だった。
その時やっていた漫才が、ハリセンで叩くどつき漫才だった。
ユエは「コレガホシイ」とカタコトで言った。
この時、ユエはまだ日本語に不慣れだった。
それでハリセンを買って渡したら「チガウ」と言われて叩かれた。
じゃあ、何が欲しかったのと訊いたら、そのハリセンで煽いだ。
それで何が欲しいか分かった。
僕はユエを連れて、扇子が売っている店に行った。
ユエは扇子が欲しかったんだろうけど、名前が分からなかったんだろう。
誕生日プレゼントなので、ユエに好きな物を買わせた。それを買ったら本人はとても喜んでいた。
ちなみにその扇子は、僕のお小遣い三ヶ月分だったので、暫く学校帰りの間食が出来なくなった。
余談だが、ユエの話を聞いたマイちゃんが誕生日の一ヶ月前から、僕の傍に来て「ああ、これが欲しいな~」とわざとらしい位に言ってきたり、僕の部屋にその商品が掲載されている雑誌を、ページが開いた状態で置かれていた。しかも、ご丁寧に赤いペンでチェックしている。
なので、僕がその商品を買って、誕生日に送ると「うんうん、流石はノッ君。あたしの好みが分かって嬉しいな~」とユエに向かって勝ち誇ったような顔をして言う。
一種即発の事態になりかけたが、僕が二人を宥めて事なきを得た。
(昔から、あの二人は、時々仲が良いのか悪いのか良く分からない所があったな~)
「イノッチ、どうしたの? 何か遠い目をしているけど」
「ああ、ごめん。ちょっと懐かしい事を思い出してね」
「ふ~ん、まぁいいや。それで、作ってくれるの?」
「いいよ。別に」
「やったっ」
「でも、難しいのは止めてね。僕もそんなに作れるという程じゃあないから」
「大丈夫だよ。あたしが作って欲しいのは簡単な奴だから」
「ちなみに、何?」
「アイスクリーム」
別に難しくはないな。
あれって砂糖と卵黄と牛乳と生クリームを混ぜて凍らせるだけだから、そう難しくない。
ソフトクリームと言われたら少し考えた。
あれって回転させながら凍らせるから難しいんだよな。
「王都に帰ったらでいいかな」
「いいよ。取引成立だね」
「うん、じゃあ案内お願いします」
「OK」
僕は村松さんの案内で、椎名さんが居る部屋に向かう。
村松さんと話しながら歩く事十数分。
椎名さんの部屋の前に着いた。作りは僕の部屋に似ているな。
「じゃあ、あたしはこれで」
「ありがとうね」
「ちゃんと、約束守ってね~」
そう言って、村松さんは行ってしまった。
僕はドアをノックしようとしたら、突然、ドアが開いた。
「おはよう、猪田君」
「・・・・・・おはよう、椎名さん」
ノックしようとした手を下げて、話しをする。
「元気そうだね。村松さんから聞いていたけど、特に問題なさそうだし」
てっきり、戦争のショックで寝込んだのかと思った。
実際、生の戦争を見た人は直ぐに何らかの症状が出る人と、後になって出る人の二通りある。
椎名さんは後者だと勝手に予想していたが、違ったようだ。
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとうね」
ニッコリと微笑む椎名さん。
やめて、そんな顔をしたら、僕の事が好きだと思われるから。
幸いな事に、周りには男子クラスメート達が居ないので大丈夫だ。
「元気そうだったら良いんだ。じゃあ、僕は行くね」
僕はその場を去ろうと、身体の向きを変えようとしたら。
ムニョン。
そんな擬音がつきそうな位に椎名さんの胸が僕の腕に当たった。
「えっ?」
「まだ、いいじゃない。お昼まで暇だから、わたしの部屋でお話しましょう♪」
笑顔で僕の腕に自分の腕を絡めてくる。
目も口も笑っているに、何故か怖かった。
何というか浮かべている笑みが、まるで昔話に出て来る包丁を研いで笑っている山姥みたいな笑みだ。
ちょっと怖くなって逃げようと、椎名さんの腕を振りほどこうとしたが。
「ささ、入って入って、何もない部屋だけど♪」
椎名さんの力が思っていたよりも強くて、振りほどくことが出来なかった。
このまま部屋に連行されるのでは、と思ったその時。
「あ、いたいた。ノッ君、おはよう~」
「そんな所で何をしているんだ? ノブ」
マイちゃんとユエの声が聞こえた。
おお、神は僕を救ってはくれないようだ。
更なる地獄に突き落として、僕が悶える様を見て楽しむようだ。
二人は僕達が腕を組んでいる|(組まされている?)の見て、直ぐに鬼のような顔をした。
そして、三人が僕を挟んで口論になった。
僕は宥めようとしたのだが、三人は聞く耳を持ってくれない。
今にも戦いのゴングが鳴りそうだった。
どうしようと悩んでいると、横合いから腕を引っ張られた。
誰が引っ張ったんだろうと思っていたら、村松さんだった。
「ここも騒がしくなるし、そろそろお昼だから食堂に行こう」
「でも」
「あんなのほっとけば、その内静かになるから、大丈夫」
それもそうかと思い、僕は村松さんと一緒に食堂に向かう。
それで一緒に食事を取った。
村松さんが僕の食べている物を見て「美味しそう、一口頂戴」と言ったので、僕は皿ごと渡した。
その料理を食べて「美味しいね。あたしのも美味しいからあげるね」と言って自分の料理を一口分切り取ってフォークで刺して、僕の顔に近付けてきた。
これは、この前エリザさんにしたあ~んでは⁉
あの時は、エリザさんは片手にグラスを持っていたから「食べさせて」と言われてやったが、今は特に両手が塞がっている訳ではないので、普通に食べてる。
「あ~ん」
だが、村松さんはフォークを僕の顔の近く静止させている。
「あ~んは?」
そのままにさせていたら、村松さんが悲しそうな顔をしてきた。
食べてくれないの? と言っているようだ。
(そんな顔をされたら、食べない訳にいかないじゃないかっ)
僕は口を開けて食べた。
「美味しい?」
「うん、とても」
本当は恥ずかしくて味が分からないが、今はそう言うしかない。
それを聞いて、村松さんはえっへへへと笑いながら、食事を再開する。
(あっ、そのフォーク。僕の口に中に入ったから、間接キスでは?)
と思い言おうとしたが、恥ずかしくて言えなかった。
其の後も村松さんは僕に食べさせたりして、食事を続けた。
マイちゃん達が食堂に来たのは、僕達が食べ終わった後だった。
ようやく来た三人を見て、村松さんは勝ち誇った顔をしたのは分からなかった。
その顔を見て三人は地団駄を踏んで、何故か責任のなすりつけあいを始めた。
騒がしくなったので、僕達は食堂を出た。
村松が猪田を連れて行った後。
ユエ「この悪趣味女め、とうとう実力行使にうってでたか」
舞華「そうだそうだ」
雪奈「邪魔しないでよ。久しぶりに猪田君と話をしたいだけなのだから」
舞華「とか言って、既成事実とか作るつもりだったんじゃないの?」
ユエ「ふむ、あり得るな」
雪奈「あら、だったらどうなの?」
ユエ「お前に、ノブは渡さん!」
舞華「じゃあ、わたしは良いんだ」
ユエ「馬鹿を言え、お前にも渡さんよ。マイ」
舞華「残念。ノッ君はもう、あたしと将来の約束をしているんだ。ねぇ、ノッ君・・・・・・」
声を掛けた方向には猪田の影も形も無かった。
床に一枚の紙があった。
舞華はその紙を拾い見た。その瞬間、悪魔のような顔になった。
紙を見た瞬間、そんな顔になったのが気になり、ユエ達は横から紙を盗み見る。
その紙には「イノッチを連れて食堂に先にご飯食べてるね~、三人は楽しく不毛な言い争いしていてね~。その間、あたしはイノッチと一緒に楽しくご飯を食べてるから|(笑)」と日本語で書かれていた。
舞華、雪奈「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」
二人は身体を震わせた。
ユエ「ふむ。やはり、あいつもノブを狙っていたか」
なんとなく好意を察していたユエは納得した。
舞華「えええええっ! あたし、全然気づかなかったっ」
雪奈「わたしも・・・・・・・・」
ユエ「まぁ、何はともあれ言える事は一つだ」
舞華「だね」
雪奈「そうね」
三人は溜め息を吐いて、同じ言葉を口にする。
舞華、ユエ、雪奈「「「また、ライバルが増えた・・・・・・・」」」
この時だけ、三人は同じ事を思った。




