椎名の暗躍
椎名視点です。
リュミエル城の戦いを終えたわたし達は、城内の食堂で祝勝会を開いた。
こちらの人的被害は無く、向こうは多大な被害が出たのだ。文句なしの大勝利だ。
これも、猪田君のアイディアのお蔭ね。流石だわ。
祝勝会で賑やかな中、魔法師団の人達が酒を飲んで騒ぐ中、わたし達はシュワシュワした透明な飲み物を飲んで騒いでいる。
この飲み物は、ある湖の水を汲んで果汁で味を付けたものだそうだ。
わたしはジンジャーエールみたいなものと考えて飲んでみた。
味は結構甘く、炭酸水特有の風味が舌を刺激する。
(これは例えるなら、黒くないコーラみたいな物ね)
他にも飲み物はあるが、わたし達はこれを飲んでいる。
何故かって、味が向こうの世界にあるコーラに似ているからだ。
飲んでいる人の中には、炭酸が入った飲み物を飲んで涙を流しながら喜んでいる。
この祝勝会は立食形式なので、皆皿に料理を持って食べたり、グラス片手に持って飲みながら談笑している。わたしは飲み物が入ったグラスを持ちながら、人を探す。
勿論、探しているのはわたしの思い人だ。
探していたら直ぐに見つかった。
声を掛けようとしたが、隣にいる人を見た瞬間目を細めた。
猪田君の隣に、この魔法師団の団長である赤髪の悪魔が居た。
その悪魔は、皿に盛った料理を猪田君にあーんさせている。
(わたしでもした事がないのにっ‼)
手に力が入り、グラスにヒビが入った。
深呼吸しないと、駄目ね。フー、スー。
落ち着いたわたしは、改めてあの悪魔を見る。
二人で仲良く食べている様は、まるで恋人同士のようだ。
わたしが調べた所、猪田君があーんをしている人はいないようだ。
あの、付き合いだけは長いサナダ虫もお月さんもしていないそうだ。
つまり、猪田君のあーんの初めてはあの悪魔に奪われたようだ。
でも、わたしはそんな事では動揺しないわ。
だって、もうわたしも初めて貰ったのだから。
(ああ、アノ時の唇の感触。今でも思い出すわ)
この世界に来てから、彼の寝顔を見る事八十六回、彼の体臭を嗅ぐのは百八十八回だが。
キスをされたのは一回だけだ。
でも、彼の方からしたのだから、わたしがした事よりも、遥かに幸せだわ。
本音を言えば、この世界の事などどうでもいい。
わたしと彼が居れば、それだけで十分だ。
例え、元居た世界に帰れなくても。
例え、彼が何らかの事件に巻き込まれて、姿形が変わっても。
わたしさえ見ていれば、それだけで良いの。
(もう、いっそ二人でこの王国を飛び出して、誰も知らない所で二人で生活するのも良いわね。で、子供は彼が望む限り何人でも生んであげるの。それで、子供達が遊んでいる姿を見ながら、わたしは「幸せね」っていうと、猪田君も「そうだね」って言って和みながら、二人で仲良く過ごすの・・・・・・)
そこまで妄想していて、ふと気が付いた。
(危ない危ない。つい猪田君を見ていたら、ついつい妄想してしまったわ)
わたしは気持ちを落ち着かせる。
落ち着いたので、わたしは悪魔から猪田君を引き離そうと行動しようとしたら。
次の瞬間、なんと猪田君があの悪魔にあーんをしているではないか⁈
それを見た瞬間。わたしは怒りのあまり、持っていたグラスを砕いてしまった。
甲高い音を立てて割れるグラス。
その音を聞いて、騒いでいた人達が静かになっていく。
猪田君も悪魔にあーんをさせる体勢で、わたしを見ている。
これはまずいと思い、わたしは口に手を当てて笑う。
「ふっふふふふ、ごめんなさい、手が滑りました。どうぞ、皆さん、楽しいお話を続けて下さい」
わたしは一礼して、そう告げると周りの人達は歓談を始めた。
内心安堵の息を吐いていたら、猪田君がわたしの元に寄ってくる。
「椎名さん、大丈夫?」
「うん、ちょっと手を滑らしただけだから、気にしないでいいよ」
思いもよらず、あの悪魔から引き離せて嬉しかった。
このまま、悪魔から引き離してやると思っていたら。
「子豚、わたくしは部屋に戻るわ。子豚も付いてきなさい」
「えっ、僕もですか?」
「部屋に行っても暇だから、わたくしが眠るまで話し相手になりなさい」
「それだったら、僕じゃなくても」
「いいから、来なさい」
猪田君の裾を掴んで、そのまま引っ張って行った。
わたしはその後姿を見送っていたら、頭の中で声が響いた。
『子豚は借りていくわよ』
あの悪魔の声だ。
魔法でわたしに聞こえるようようにしたのだろう。
(あの女は、敵だ)
そう、サナダ虫よりもお月さんよりも、最近、妙に猪田君に接近している見た目はギャルよりも手強く、そして不倶戴天の敵だ。
(今に見て居なさいよ)
そう思い、わたしは食堂を後にした。
祝勝会が終った夜。
わたしは城を探索している。
何で、城を探索しているかは、答えは簡単。
猪田君を探しているのだ。
彼はどうやらわたし達から離れた所に居るようで、夜、暇を見つけては探しているのだが、今の所見つかる様子がない。
(一階は全部探したけど、二階から上はまだ探していないから、そこに居ると思うけど・・・・・・)
わたしは巡回で城の中を回っている兵士達に見つからない様にしながら、探索を続けた。
少し時間が掛かったが、二階を回っても猪田君は居なかった。
(それにしても、契約した神によって使える魔法が違うとか聞いていたけど、わたしが契約した神はこうゆう探し物をするのに向いている神で良かったわ)
わたしが契約した神は女神を三柱だ。
その三柱はゼウスの妻と名高い『ヘラ』に月の女神『アルテミス』に復讐の女神『ネメシス』だ。特に相性が良いのは『ヘラ』だ。
向こうもそう思っている様で、契約する際わたしに『そなたは、わたしに似た匂いがする』とか言っていた。
(それって、つまり、わたしはヘラみたいに綺麗で良い奥さんになるって事よね‼ うん、絶対そうに決まっている。間違いない)
わたしはそう思うと魔法を発動する。
「『サーチャー』」
この世界の魔法は詠唱を必要としないので、自分の頭の中で想像した魔法を呟くと効果が発現する。
なので、簡単に魔法を創造できる。
今、わたしが唱えた魔法『サーチャー』も頭の中に探している物を思い受かべながら、この魔法を発動すると、自然と探し物が分かるようになる。
簡単に言えば、この魔法を使った範囲が地図みたいに頭の中に浮かんで、探し物があるかないか分かるようになっている。
この世界に来て、こんなに良い魔法が手に入れられて感謝した。
少し前までは、猪田君を探すときは、彼の体臭を嗅ぐか勘で探していた。
こんな便利な魔法を手にいれる事が出来るなんて、わたしは何て運が良いのだろう。
その幸運に感謝しながら、わたしは猪田君探しを続ける。
(待っててね~、猪田君、わたしがあの悪魔の魔の手から助けてあげるからね。そうしたら、わたしの傍から離れない様に見守りましょう。彼って、本当にモテるから、そのうち強引に付き合うとか言い出しそうな邪魔者が現れるかもしれないから、二十四時間三百六十五日いつでも彼を見守れる魔法でも創ろうかしら。・・・・・・・良いわね。そうしたら、猪田君の寝顔とかいつでも見れるから最高じゃない‼)
今度、創ろうと思いながら探索を続けた。
二階を回っても猪田君は見つからなかった。
続けて、三階も探してみたが、見つからなかった。
四階に上がり、魔法を発動したらようやく見つけた。
ある部屋に、猪田君の反応を見つけた。
「猪田君、みい~つけた~」
わたしは舌で唇を舐めて、笑みを浮かべた。
嬉しい。そろそろ、猪田君の匂いを嗅ぎたくて仕方がなかった。
少し前までは、彼の匂いを好きなだけ嗅げて、彼の匂いが染みついた物をクンカクンカ出来た。
ちなみに、彼が洗濯に出している下着とかは、わたしが密かに回収して新品と変えていた。
回収した物は、わたしが開発した魔法『ストレージ・ボックス』の中に入れている。
この魔法の中に入れた物は、時間経過による劣化はしないので、何時までも猪田君の匂いを嗅げた。
だが、今では『ストレージ・ボックス』の中にある物でしか、彼の匂いが嗅げなくなった。
従軍中もあの悪魔が猪田君の衣類を全て自分の物と一緒に洗わせているので、回収が出来ない。
その上、彼の寝顔を見る事も出来ない。
ここ最近、彼が魔法の制御のために隔離されたので、起こしにいって寝顔を見る事も出来なかった。
たかが、魔法で壁を壊したぐらいで隔離させるなんて、有り得ない。
それぐらい凄い事をしたのだから、称賛すべき事だ。
正直、隔離しようとう決断をした王国の上層部を暗殺しようかなと思った。
しかし、そんな事をしたらこの王国が大混乱になるのは、目に浮かぶ。
そうしたら、人間族があっという間に他種族に滅ぼされるだろう。そうなったら、猪田君とイチャイチャする事も出来ない。
なので、渋々我慢した。
その反動で、普段よりも乱暴になってしまったが、それも彼を愛するが故にと理解してもらおう。
静かに足音を立てないように歩きながら思う。
(ふっふふふふ、このまま部屋にいる猪田君をかんき、コホン確保して、わたしの部屋に連れ込む。
わたしの部屋は個室だから、誰の目にもつかない。そして、ベッドに一緒に寝て、彼の匂いを嗅ぎながら、彼が起きたら『おはよう♥ 昨日は最高の夜だったよ♥』って言って、既成事実があったように見せかければ、わたしの勝ちね)
勿論、時期を見て、本当に既成事実を作るけどね。ふっふふ。
わたしは慎重に歩いていたら、不意に前方から、誰かが居る気配を感じた。
気配を感じた瞬間、わたしは腰に差していた得物を抜いて構える。
その気配の主は、足音を立てながらこちらに来る。
雲の隙間から月の光が窓から差し込む。
月の光で照らされて、気配の主の姿を見せる。
その主は、赤神の悪魔だった。
「あらあら、ネズミが侵入したと思ったら、これはまた随分と大きな泥棒猫だったよね」
「・・・・・・・それは、あなたでしょう?」
「そうかしら? でも、わたくしが猫なら子豚は可愛がってくれるでしょうね。どこかのネズミよりも」
「いい度胸ね」
わたしは得物を構えながら、戦闘態勢に移行する。
「そっちこそ、勝手にここまで来たのだから、覚悟はしているのでしょうね?」
悪魔は戦争に使っていた槍ではなく、短槍を構える。
屋内用に短い槍を備えていたようだ。
「その言葉は、そのまま返してあげるわ!」
わたしは得物を構えながら駆けだす。
「もし、死んでも、敵の残党が貴方を暗殺に来たって、他の人達に言っておくわっ」
悪魔の槍とわたしの得物がぶつかりあう!
剣戟と互いの魔法のぶつかり合う事で、大きな音を立ててしまった。
その音を聞いて、下の階を巡回していた兵士達が階段を上がる音が聞こえてくる。
(っち、ここまでね!)
わたしは鍔迫り合いをやめて、窓を壊して外に飛び出す。
ここは四階だが、魔法で着地すれば怪我はしない筈だ。
飛び出す前に、悪魔に顔を向ける。
「これで終わりと思わない事ね。王都に帰ったら、月が出ない夜は注意しなさいね」
そう言って飛び出す。
下へ落ちる際、耳に悪魔の声が聞こえた。
「だったら、月が出ない夜は、子豚と一緒に歩くとするわ」
ふざけるな。彼は貴方の物じゃない。
彼はわたしのモノで、わたしは彼のものだ。
だから、お前に彼は絶対に渡さない。
そう思いながら、地面に落ちる。
地面に着く直前、魔法を発動する。
「『風の鎧』」
そう呟くと、風がわたしに纏いだす。
空中で、一旦停止した。そして、静かに地面に降りる。
直ぐにその場を離れ、わたしは部屋に戻った。
悪魔に顔を見られはしたが、わたしが部屋に居て、しらを切ったら、向こうも強く言えないだろう。
王国は戦力が欲しいから、わたし達を呼んだのだ。戦力低下は避けるだろう。
しつこいようだったら、クラスメート達を扇動して、不問にするように仕向ける。
こんな事になっても大丈夫なように、普段から良い子ちゃんを演じていたのだ。
(また機会を見て、今度は確実に・・・・・・・)
そう誓って、わたしは部屋に行く。
椎名とエリザが戦闘していた際。
ガキンッ! キン、キンキンッ! (火花を散らせながら、互いの武器はぶつかる音)
猪田「むにゃむにゃ・・・・・・・」
ドゴンッ! ボカンッ! ドカーンッ‼ (魔法の爆発音)
猪田「う~ん、うるさいな~、・・・・・・・」
すぐそばで戦闘している中、眠ている猪田。
戦闘が終わり、猪田が起きただろうと思い、扉をノックしたエリザ。
エリザ「子豚、入るわよ」
猪田「むにゃむにゃ・・・・・・」
エリザ「・・・・・・・子豚、恐ろしい子|(訳 凄いわ。すぐそばで戦闘があったのに寝ているなんて)」
そう言って、猪田の寝顔を見続けるエリザ。




