第52話 これが戦場の空気か
この城に来てから、数日が経った。
今日は師団が城内で教練を受けていた。
僕達、戦争参加組は教練に参加していないが、代わりに体力作りとして、訓練場を走り回っていた。
本来なら、僕も参加しなければならないのだが。
何故か、僕はエリザさんの隣で師団の教練を見ていた。
皆が汗を流しながら頑張っている中、僕とエリザさんは日傘が差された下で椅子に座りながら教練を見ている。ちなみに、マイちゃん達はこの前の騒動で謹慎をくらい、今でも自室謹慎中だ。
傘を差しているので、汗を掻く事はないのだが。
(何か、すっごい居心地が悪い)
これで副師団長をしているカドモスさん(さっき知った)が居るなら分かるけど、何故か僕が居る。
正直、何故ここに居るのか分からない。
エリザさんに朝起きるなり「今日はわたくしの傍に居なさい」と言われて、ずっと側にいる。
今日の師団の教練は特殊なので、僕が見るのは、まぁ分かる。
でも、エリザさんの隣に居る理由が分からない。
「エリザさん、何で僕がここに居るのでしょうか?」
「そんな事も分からないの? 子豚が今日の教練に、子豚の指導が必要だから、ここに居るのよ」
「でも、ここじゃなくても良いと思うのですが」
「別に良いじゃない」
「いやいや、駄目でしょう」
「わたくしが言うのだから問題ないでしょう」
そう言われたら、そうだけどさ。
「それに今日の教練は、今までやった事がなかったから、子豚のように知識がある者の意見が訊きたいのよ」
確かに今日はそうだよな。
今日の教練は、僕が前に侯爵に頼んだ魔弾銃のバリエーションの一つだから、この世界の人達は使った事はないから仕方がないか。
今回の教練に使っている魔弾銃は、僕が使っていた拳銃タイプではなく、ライフルの形をしている。
僕が使っていたのは試作品と言う事もあって威力と連射性を重視した物だったが、教練で使っている者は命中率と射程距離を重視した物だ。
その魔弾銃を量産試品を三千丁ほど用意された。
皆、初めて見るので扱いに四苦八苦しながら慣れようと頑張っている。
まだ狙いが甘く、的に当たっていない人が多いが、それでも少しずつ増えてきている。
「狙いをつけて引き金を引けば当たるのですが」
「それよ」
エリザさんは手に持っている乗馬鞭で僕に突き付ける。
「はい?」
「だから、その引き金を引くというのが、わたくし達には難しいのよ」
「引き金を引くがですか?」
「そうよ。弓を使うにしても魔法を使うにしても、的を目で見ながら使うわ。でも、この銃は違うわ」
違う?
「この銃を使う時は、照星というの物で照準を合わせて引き金を引く、という感じで使うわね」
「はい、そうです」
「その照星というのが、皆使った事がなかったから、皆扱いに困っているのよ」
そっか、弓を使う際は目で狙いつけて構えて弓の弦を引く。
魔法の方は、詠唱をしなくても良いから、目で狙いつけて魔法を放つだけだ。
だが、銃の場合は照星という見た事も聞いた事も無い物で狙いをつけて、引き金を引く。
考えてみたら引き金を引くというのも、こっちの世界の人には体験したことがないから、困惑しているかもしれないな。
でも、扱えるようにならないとこれから起こる戦に勝てなくなるから、頑張ってもらわないと。
そう考えていたら、敵の動向を探っていた人が、走りながらエリザさんの元に来た。
エリザさんの前まで来て跪いた。
「ご報告申し上げます。敵軍、我が城から五日ほどの距離にある離れた森にて発見いたしました!」
「数は変わらず?」
「はっ、事前の報告通り敵軍三万です。増援はされていない模様です」
「ご苦労。下がって休みなさい」
「はっ!」
兵士が下がると、エリザさんは立ち上がる。
「皆、聞いたわね。後五日で敵が来るわ。それまでにはその魔弾銃で戦えるようになっていなさい!」
「「「承知したしました」」」
各部隊の隊長が敬礼をしながら答えた。
その檄により、兵士の人達のやる気が上がった様で教練に熱が入った。
教練の後は、軍議が行われた。当然僕もその軍議には参加させられた。
部隊長の意見を聞きつつ、僕の意見を聞きながら、何処を戦場にするか綿密に話し合った。
それが三日間続いて、今回の新兵器の効果を試したい事も考慮されて、戦場は当初から予定されていた平原に決まった。
次の日に、斥候から敵が城の近くの平原の到達すると報告を受けて、エリザさんは直ぐに進軍準備を始めた。
その日の内に、先遣隊一万が出発できた。その後に二万の兵が続いて出発された。
一日跨いで、漸く残りの軍が出発できた。
僕達は後続の軍に混じりながら、これから行く戦場に思いをはせる。
戦場に近付く度に、肌がピリピリしてきた。
「これが戦場の空気なのかな?」
初めて実戦訓練よりも怖いと思えてきた。
怖くて体を震わせていたら、僕の肩を叩かれた。
誰が叩いたのだろうと思い、振り返るとカドモスさんが僕の肩を叩いていた。
「大丈夫です。戦場は初めて向かうので、怖いかもしれませんが、肩の力を抜けば存外生き残れるものですよ。わたしはそうでしたから」
これから、戦場に行くのに肩の力を抜くとか、かなり難しい注文だな。
そう思っても、顔には出さず苦笑して何も言わない。
予定されていた戦場に着くと、先に出発していた先陣が陣をしいていた。
敵はまだ戦場に到達していないようだ。
「敵が来る前に到達できましたね」
「ええ、どうやら間に合ったようですね」
カドモスさんはほっとした顔をしている。
「カドモス、ほっとしている場合じゃないわ。敵が来る前に軍議を行なうから、各部隊長に本陣に来るように伝令を出しなさい」
「はっ、ただちに」
カドモスさんはそう言って何処かに行く。
「僕は何をしたら良いでしょうか?」
「そうね。・・・・・・子豚は、お仲間に今日の作戦の事を話しておきなさい」
「作戦ですか。でも、今回の戦の作戦って言っても、僕達の活躍がないのでは?」
何せ後方で待機しているだけだ。
今回の戦は新兵器のお披露目も兼ねているなので、僕達が活躍する所などない。
「戦場で一番恐ろしいのは、言う事を聞かない味方よ。意味が分かる?子豚?」
ようするに、戦場に初めて出て来る僕達は自分達の実力も分からず、勝手な行動をとるかもしれないから、今回の作戦の趣旨を話して、理解させろと言う事か。
「・・・・・・・ああ、成程。分かりました。僕達は戦場に参加するなと言う事ですね」
「そうよ。そっちの取り纏めは、子豚に任せるわ」
エリザさんは本陣に行ってしまった。
(取り纏めか、どうしよう・・・・・・)
自分で言うのも何だが、僕はクラスメート達には好かれているイメージが印象がない。
多分、僕が言っても皆聞いてくれないだろう。
ここは僕の代わりに誰かに言ってもらう事にしたほうがいいな。
「でも、誰にしよう?」
僕の話を聞いて皆を纏める事が出来る人と言えば。
マイちゃんとユエも駄目だ。人に説明するのが下手だ。
「残っているのは、村松さんと椎名さんか」
二人は男女ともに人気があって、話し上手だ。
なので、僕が言った事を皆に分かるように説明してくれるだろう。
「村松さんはいいけど、・・・・・・椎名さんか」
正直、頼み事をしたら何かとんでもない事を頼み込んできそうだ。
別に嫌いになったりはしないのだが、まぁ何と言うか、その。
「重いんだよな。椎名さんのは」
「わたしの何が重いの?」
背後からいきなり声を掛けられ、僕は悲鳴をあげた。
流石に尻餅はつかなかったが、でもかなり怖かった。
「そ、そんなに驚かなくても」
椎名さんがしょんぼりしだした。
声を驚いたてしまったので、傷ついたようだ。
「あ、ああ、ご、ごめんね。いきなり、声を掛けられたから、ビックリしたんだ」
「ううん、わたしも脅かそうと思って気配を消して近づいたから、わたしも悪いから気にしないで」
椎名さんも手を振って、気にしないでと言う。
(こうゆう態度を見ていたら、椎名さんは良い人だと思うんだろうな。きっと)
表の顔は温厚で人当たりが良い人を演じているが、本性は僕の事が好きで好きでたまらない一歩間違えれば、犯罪者になるかもしれない執着性を持った性格だ。
好きか嫌いかと言われたら、好きだと答える。
いずれ、元の世界に帰る事が出来たら、この事について話し合えば良いし。
今は元の世界に帰れる方法を探すのが大事だ。うん、そうだ。
「猪田君、どうかした?」
「何でもないよ。それよりも頼みたい事があるんだ」
「頼みたい事? うん、良いよ何でも言って」
内容を聞かないで、そんな事を言って良いの?
と思っていたら、背中に差している、二本の大きなナイフを抜いて、刃を僕に見せる。
「で、誰を暗殺するの? この師団の団長? それとも師団の上層部全員? もしくは敵の総大将?」
「いやいやいや、何で暗殺をを椎名さんに頼むのさっ⁈」
僕はとんでもない事を言う椎名さんに突っ込む。
「えっ? じゃあ、わたしに頼みって何?」
「・・・・・・・それを今言うから」
僕はエリザさんに言われた事をそのまま椎名さんに伝えた。
椎名さんそれを聞いて納得はしてくれた。
「分かったわ。わたしが皆に今言ったように勝手な行動を取らないように注意しておけばいいのね」
「お願いできるかな?」
「勿論。猪田君の頼みだし、それに勝手な行動を取って、軍事行動に支障がでたらこっちに迷惑が掛かるから、皆にはちゃんと言っておくね」
「じゃあ、そっちは任せるね」
いやぁ、よかったよかった。 これで一安心だ。
一応、この事を村松さんにも話しておこうと思い、僕はその場を離れようとしたら。
服の裾が掴まれた。
振り返ると、椎名さんが服の裾を掴んだようだ。
「まだ、何かある?」
「え、えっとね、その、・・・・・・・・猪田君の代わりに皆に説明するじゃない?」
「うん、そうだね」
「その、猪田君にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「う、うん。聞いてくれるかな?」
上目づかいで、僕の顔を見てくる。
ぐっ、そんな顔をされたら断る事も出来ないよ。
「え、えっと、僕に出来る事だったら、いいよ」
「・・・・・・本当に?」
「あくまでも、僕に出来る事だけだよ」
「うん、分かってる。ちゃんと、猪田君が・・・・出来る事しか頼まないから」
「なら、良いけど。それでお願いって何?」
「それは、・・・・・・・・城に帰ったら話すね」
「城に?」
「うん、じゃあ、わたしは皆に話してくるから」
そう言って、椎名さんはクラスメート達が居る所に向かった。
僕はその背を見送っていて、ふと思った。
(あれ? これってドラマとかアニメとか漫画とかによくある。死亡フラグという奴では?)
今までやり取りを見ていて思った。
思わず、背筋に寒気が走った。
「・・・・・・・前線に出ないようにしよう」
そう思いながら、僕は村松さんが居る所に向かう。




