第47話 う~ん、ストレスが溜まっているのかな?
「そんな事があったのですか・・・・・・・はぁ」
屋敷に帰ってきた侯爵から、談話室で今日の訓練で起こった事を話してくれた。
王宮から凄い音が聞こえたり、激しく揺れているのは見えたけどまさかそんな事になっていたとは。
女性は男性に比べると、ストレスが溜まりやすいとか聞いた事があるけど本当なんだ。
「しかし、イノータ殿のご友人方は御強いですな。近衛兵団は我が国の各軍団から選抜された精鋭で構成された軍団なのですが、その軍団の半数を戦闘不能にするとは」
侯爵は感心しているが、僕は恥かしくて顔をあげられなかった。
そんな僕を慰めるように、頭を撫でるエリザさん。
「気にする事はないわ。子豚の同郷の者達がしたとしても、子豚の所為ではないのだから」
「そうですけど、三人とも僕の友人だし」
「別に子豚が原因じゃあないでしょう。そんなに気にする事ではないわよ」
そう言われても、僕の気持ちは晴れなかった。
もし、その場に居たら止めれただろうか?
(・・・・・・そんなたらればを言っても仕方がないか)
内心で自嘲した。
それよりも、これからどうしよう。
三人は暫く自室で謹慎らしいが、出てきてもまた問題を起こしそうな気がする。
(う~ん、どうしたら大人しくなるかな・・・・・・・)
僕は三人の趣味で何かないかと考えた。
(えっと、マイちゃんの好きな事は食べる事だったな、大食い大会に出る選手並みに食べるから、どうしてあんなに入るんだろうって不思議だったなぁ、椎名さんは写真を撮るのが好きとか言ってたな。意外にアクティブな趣味で驚いたな。ユエは確か、華道とか言ってたな。生け花とか面白いから、僕もやってみたらどうだって誘われたな~)
思い出した結果、共通点が一つもなかった。
どうしようと頭を悩ませた。
「なに、その貧相な顔が変な顔になるくらい悩む事があるの。子豚?」
エリザさんが悩んでいる僕を見て、心配そうに訊いてきた。
そうだ。ここは同性のエリザさんに訊いてみよう。
「エリザさん、聞いてもいいですか?」
「なにかしら?」
「女性が好きな物って、何か分かります?」
「好きな物? そうねぇ、オシャレか甘い物じゃないかしら」
オシャレか、僕そうゆうの興味ないからな、それと甘い物か・・・・・・・あっ、そうだ。
「そう言えば、マイちゃんと約束していた事があったっけ」
あの後、色々あったのですっかり忘れていた。
そうだ、御菓子だ。
こちらの世界では、甘い物と言えば果物だけだ。
なので、ここは三人に御菓子を作って、少しでもストレスを発散させよう。
そうと思い立ったら、行動だ。
ここの厨房はエリザさんに頼んで何度か使った事があるので、使い方は分かる。
ちなみに調理器具は、僕の世界の調理器具を教えて侯爵が作ってくれた。
最初、何に使うんだと思われていたが、使い方を教えるて、便利だと分かると、侯爵が量産するようにとエリザさんが頼みこんだそうだ。
「よし、明日買い物に行こう」
「? 何かするの?」
「はい。三人の機嫌を直すものを作ろうと思います」
「じゃあ、明日は市場にいくのね」
「はい、そのつもりです」
「子豚、市は朝早いのよ。子豚は朝弱いのに大丈夫?」
それを言われると、身が縮こまる。
この屋敷に来てから、朝はいつもエリザさんに起こされている。
マイちゃんみたいに乱暴に起こさないで、優しく体を揺らして起こしてくれる。
普段とのギャップの差があり過ぎて、こう何か胸にこみ上げてくる。
これを何と言えば良いのか、僕は言葉に出来ない。
でも、胸がほっこりする。
「え、えっと、起きてから市に行こうかと・・・・・・」
「朝早く行かないと、良い物が手に入らないわよ」
「そ、そうですよね」
「仕方ないわね。わたくしが起こして、一緒に馬車に行ってあげるわよ。感謝しなさい」
「えっ、良いのですか?」
「その代わり、その作る物がどんな物か教えなさい。それで貸し借りなしよ」
「はい、分かりました。それで十分です」
いや~、助かった。
これで明日の買い物は大丈夫だ。
***
翌朝。
ユサ、ユサユサ。
僕の身体を誰か揺らしている。
(だれだろう? マイちゃんはもっと乱暴に起こすのに)
マイちゃんは僕が起きないと、平然とフライングボディプレスをしてくる。
その一撃を喰らったら、流石に起きるけど、その際、マイちゃんは自分の身体を押し付けてくる。
身体を押し付けられて、男の一番敏感な所が目覚めそうだった。
流石にフライングボディプレスで起こすのは止めようと遠まわしに言う。
「ええ~、将来出来た子供がノッ君をこうやって起こすから、今の内に耐性を作って置いた方がいいよ」
「将来って、まだ先の話だよ?」
「でも・・・・・・いつかは出来るでしょう。・・・・・・あたしと」
最後の方は小声で言ったので、良く聴こえなかったが、将来、子供が出来たら僕をこんな風に起こさないように教育しておこう。
思い返している間も、僕の身体は揺れる。
揺らされたので、頭が段々と冴えてきた。
目を開けると、そこに居たのはエリザさんだった。
「起きた?」
「・・・・・・・はい」
「起きたなら、身体を起こして、ベッドから下りなさい。言われないと出来ないなんて、グズね」
「・・・・・・すいません」
少し残る眠気を頭を振って覚ます。
「ほら、これで顔を拭きなさい。そうしたら少しは綺麗な顔になるわよ」
エリザさんから渡されたタオルで、顔を拭く。
程よく温かく少し湿った厚いタオルなので、顔を洗うのも省ける。
「ほら、服は用意したから、これに着替えなさい」
エリザさんが手を叩くと、使用人達が服を持って来てくれた。
しかし、その服はいつも来ている制服ではなく、こちらの世界の男性の服だ。
「えっと、どうしていつも着ている服は如何したのですか?」
「馬鹿ね。子豚、あんな珍しい生地で作られた上に目立つ格好していたら、買い物どころではないでしょう。そんな事も分からないの、子豚」
「あ、そっか忘れてた」
この世界に来てから、寝る時以外はいつも制服なので気にする事がなかったが、制服に使われている生地はこの世界では作るのは難しい筈だから、目立つだろうな。
「すっかり忘れてた」
「その空っぽの頭でも理解できた様ね。ほら、着替えたら言いなさいよ」
エリザさんはそう言って部屋から出て行く。
でも、使用人の人達は残っている。
「「お手伝いいたします」」
「け、けっこうです!」
この歳になって、誰かに手伝われながら着替えるのは、流石に恥ずかしい。
なので、使用人の人達を外に出てもらう。
着てみると、意外に肌触りがいい生地だった。
姿見で変な所がないか確認する。
「・・・・・・よし、これでいいな」
コン、コンコン。
『子豚、準備は出来た?』
「はい、今行きます」
部屋を出ると、エリザさんが腰に手を当てて待っていた。
「あら、意外と早かったわね。子豚は愚図だから、もう少し時間が掛かると思ったわ」
「すいません。お待たせして」
頭を下げる。
「子豚、貴方も男でしょう? 男なら気軽に頭を下げないの。そんな頭をペコペコ下げている知り合いが居たら、わたくしの品位に係わるわ」
「はい、わかりました」
「よろしい。子豚がどれくらい買うか分からないから、馬車で行くわよ。いいわね」
「はい、お願いします」
「じゃあ、行くわよ」
エリザさんを先頭にして、歩き出す。
僕の後ろにいる使用人の人達が、小声で何か話している。
「お嬢様にもついに春が来たようね」
「ええ、旦那様もお気に入っておられるようですし、何より、お嬢様の言葉に怒っていないのが良いわ」
「今までどんな殿方も、お嬢様の言い方に怒ったのに、イノータ様は全く怒りもしないなんて」
「旦那様も気に入られる訳だわ」
良く聞き取れないけど、春がどうとか聞こえて来たぞ。
(もう、春は終わって、初夏になろうとしているけど?)
どう意味だろう?
「子豚、早く来なさい」
「は、はい」
僕はエリザさんの後に付いて行き、馬車が停まっている所に着き、馬車に乗る。
使用人の人達に見送られて、僕達は市場に向かう。
エリザさんと一緒に市場に向かう僕。
市場は馬車が通れるほど広くないので、市場に一番近い馬車の停留所で降りて、市場に向かう。
「まだ、朝日が出るか出ないかくらいの時間なのに、もう市場が開いてるんだ」
皆、商品をござみたいな物を広げてその上に置いたり、棚に商品を並べて威勢のいい声を出しながら、売り込んでいる。
初めて市場に来たけど、市場ってこんなに活気があるんだ。
買い物と言えば、スーパーか百貨店でする事だけで、市場とかには行った事がない。
なので、とても新鮮な感じがする。
「子豚、ぼーっとしてたらぶつかるわよ」
「は、はい」
エリザさんに言われて、僕は慌ててその後に付いて行く。
「で、今日買う物は決まっているの?」
「はい。この紙に書いています」
朝なので、寝ぼけて忘れるかもしれないと思い事前に紙に書いておいた。
「ちょっと、その紙を見せなさい」
僕の了解も得ずに、エリザさんは紙を奪い取る。
「・・・・・・・・・・・・・これなんて書いてるの?」
僕が見るつもりで書いたから、日本語で書いていた。
こっちの人は読めないよね。外国の人の中には、日本語が世界で最も解読が難しいっていう人も居るぐらいだし、僕が翻訳するしかないな
「ええっと、小麦粉とミルクと果物数種類と牛肉って書いてるんです」
「一の後は何て書いてるの?」
「かたまりです。カ・タ・マ・リ」
「塊ね、それってどれくらいの大きさなの?」
僕は手で大まかな大きさを示した。
エリザさんはその大まかな大きさで、どれくらいなのか分かったようだ。
「そう、他には何かある? 子豚は忘れっぽいから、買い物が終った後で、まだあったとか言うの止めて頂戴ね」
「いえ、もうありません」
「そう、じゃあ」
エリザさんが指をパチンと鳴らした。
すると、何処からかいかつい顔の人達が集まりだした。
(え、えええ、皆顔や腕に傷があるんですけど、こ、怖ええええ!」
もしかして、着ている服から裕福な家の者だと思って、御恵みをもらいにきたのかな?
それとも、着ている服を無理矢理脱がして、簀巻きにでもするの?
何にしても、この人達が何をするつもりか分からないが、僕がエリザさんを守らないと。
僕はエリザさんの前に出ようとしたら。
「「「お呼びですか。お嬢っ‼」」」
僕達を囲んでいる人達が、皆エリザさんに頭を下げだした。
えっ? えええ⁉
「汗臭い仕事中悪いのだけど、この紙に書かれている物を揃えて来て頂戴」
エリザさんが買い物リストの紙を、男達の一人に見せた。
「? これは何語ですか?」
「子豚の国の言葉で書いてあるそうよ」
エリザさんが僕を指差すので、皆僕を見る。
向こうからした、普通に見ているだけかもしれないけど、僕からすると睨まれている気分だ。
「コホン、お嬢、意味は御分りで?」
「とりあえず、牛肉と新鮮な果物とミルクと粉を買ってきて頂戴、金に色目はつけないでいいから」
「「「わっかりました。お嬢!」」」
そう言って、皆四方に散った。僕はその様を呆然と見送った。
「何、ぼーっとしてるの?」
「い、いえ、その・・・・・・・・」
色々と言いたい事があったが、一番聞きたい事を訊く事にした。
「エリザさん、この市場に来た事があるのですか?」
「ええ、わたくし、ここで食材を買うから。それで、あのガラが悪い奴らと知り合ったの」
「そ、そうなんですか。・・・・・・って、今普通に聞き流しそうになったけど、エリザさんが市場に出向いて買い物をするんですかっ⁉」
「そうよ。淑女たるもの料理ぐらいできて当然よ。むしろ出来ない方が可笑しいのよ。料理をするのだから、食材の目利きも重要よ。市場に行って食材の目利きぐらい出来ないと、淑女とは言えないわ」
「普通、淑女って料理はしても、食材の目利きはしないと思いますけど?」
「と、わたくしは思っているわ」
「って、自論かい!」
思わず、突っ込んだ。
「まぁ、料理が出来る方が良いですよねぇ」
椎名さんは知らないけど、ユエは中華料理は出来るけど、他の料理が駄目だ。
スープから麺、具まで自分で作ったラーメンは出来るのに、何故か目玉焼きが作れない。
必ず真っ黒焦げにする。
本人曰く、火力が足りないと思って強くしたら、こうなったと言っていた。
マイちゃんは論外だ。
何せ、おばさんにキッチンに立つなと言われるくらい下手だ。
以前、バレンタインデーでチョコを作ってくれた時があった。一口食べると、その場で気絶した。
病院に運ばれ、二日間入院させられた。
後で、チョコに何を入れたのか聞いてみたら、耳を疑った。
『えっと、チョコに生クリームにバナナにオレンジでしょう、後ノッ君が好きな食べ物を全部入れた』
『・・・・・・・全部?』
『うん、全部鍋に入れて溶かして、冷蔵庫に入れて冷やしたの』
僕はそれを聞いて、二度とマイちゃんの料理を食べないと誓った。
ちなみに、僕が好きな食べ物はピザとラザニアとマーボー春雨だ。
昔の事を思い出した所為か、マイちゃんが僕にした事を思い出した。
(いろいろあったなぁ、あれとこれとか、一番大変だったのが、二年前のあれだったかな?)
考え事に耽っていいると、不意に肩を優しく叩かれる。
「何をぼ~っとしているの。せっかく市場まで来たのだから、買い物を続けるわよ」
「えっ、でも今あの人達に頼んだのでは?」
「それはそれ、これはこれよ。行くわよ、子豚」
エリザさんは僕の腕を引っ張る。
意外と力強く引っ張られる。その姿はまるで、恋人を振り回す小悪魔な彼女のようだ。
僕はエリザさんに連れられ、市場の色々な店を冷やかす。
朝食はまだだったが、この市場には食事も出来るので、そこで食べる事にした。
その食べれる所には、露店で海の物から山の物まで色々と売られていた。
エリザさんは何度も来ているので、どの店が美味しいか知っているので、その店で朝食を買った。
僕の分は朝食を買ったが、エリザさんはまだ買うそうで、露店に行った。何処かで腰を下ろして食べようと、周囲を見ていたら、ある露店が目に入った。
そこに売られているのは、魚だった。
生け簀みたいな透明なガラスの中で、魚が水に浸かっている。
と言っても、そのガラスの中に入っているの魚は一匹だ。
でも、かなりの大きさだ。僕の身長の二人分くらいはあるだろうな。
それよりも、僕の目に付いたのは、マグロにそっくりだったからだ。
「これって、何という魚なんですか?」
「これかい。これは『オイル・ツーナー』とう魔物だぜ。お客さん」
「この魔物って食べれるのですか?」
「ああ、・・・・・・食べれるが、こいつは止めておいた方が良いぜ」
「どうしてですか?」
「こいつの身は、脂っこいから食べるのが大変だぜ。一切れ食べたら、もう結構だって言うぜ」
「へぇ、そうなんだ」
ツーナーと言う事だから、マグロかな?
脂っこいって事だから、全身大トロみたいなものかな? 食べてみないと分からないけど。
「ここって、解体は出来ますか?」
「出来るが、アンタ、この魚買うのかい? 止めときな。この魚は後で油を搾って捨てる奴だぜ」
「火を通したら油は抜けるのでは?」
「その代わり、生臭さが出るんだ。だから、誰も食べないぜ。精々、油を絞るぐらいしか役に立たない魔物だよ。こいつは」
「幾らですか? この魚」
「おいおい、俺の話を聞いてたのかい。こいつは食べるのがキツイって」
「ちょっと、興味があるので一切れだけ食べたいのですが、勿論お金は払います」
魔弾銃|(仮)のアイディア料とか言って、侯爵が僕に金貨を百枚ほどくれた。
なので、金を払うのは問題ない。
「はぁ、好奇心旺盛なお客さんだ。こいつ一匹丸々買うなら、解体費用含めて銀貨1枚でいいぜ」
「この大きさだったら、安すぎませんか?」
「良いんだよ。この魚が釣れた時は、売れたら儲けもんで、売れなかったら油を絞るぐらいしか考えてなかったぜ」
「そうなんですか。じゃあ、銀貨一枚ですね」
前もって、金貨を銀貨に両替していたので、直ぐに銀貨を一枚出した。
「毎度、待ってな。今解体するから」
露店商の人は生け簀みたいな物に入っていた魚をタモで掬って、俎板の上に置いて解体を始めた。
ナイフで腹を切り、内臓を出すとあっという間に三枚おろしに下ろした。
こちらの肉は見事なサシが入っていた。
見て、大トロだと思った。
「あ、すいません。頭と皮の方捨てないで下さい」
「皮もかい。変なお客さんだ」
そう言って、三枚おろした身と、皮と頭をくれた。
「すいません。そのナイフ貸してくれますか。あと俎板も」
「ああ、いいぜ」
露天商の人は血で濡れた俎板を綺麗にして貸してくれた。
僕は腕まくりして、頭の部分の解体を始めた。
「確か、ここをこうして、こうしたら・・・・・・・」
僕は親戚の魚屋がしたマグロの解体を思い出しながら、脳天の解体をする。
(やっぱり、マグロだな。じゃあ、脳天も四つほど取れる筈)
予想通り、四つほど取れた。
皮もナイフの刃でこそげ落とすようにする。
すると、綺麗な赤身の肉が出来た。
「お、驚いた。皮の身を削ぎ落すと、こんな赤身肉が出るなんて」
試しに少し食べてみたら、味がまんま中トロだった。
(ワサビのアテはあったけど、醤油はなかったな)
市場を巡っていたら、緑色の物体を見つけた。
何だろうと思い、売っている人に聞いてみたら、ラデイッシュと言われる薬味だそうだ。
少し摩り下ろして貰い食べると、鼻につんっとくる辛み、涙がでそうだった。
これはワサビだと思った。
考えてみたら、ホースラデイッシュって、和名で言うとセイヨウワサビだから同じ物か。
僕はそれを幾つか買った。
これで醤油があったら、刺身が出来るのだが。
「ないからなぁ、何か代用できないかな」
「何してるの。子豚?」
「ああ、エリゼさん、ちょっと朝食に食べたい物がありまして・・・・・」
エリゼさんの顔を見て、思い出した事があった。
(そうだ。あの黒い液体があった‼)
あの時食べた料理のソースは醤油に味が似ていた。だから、それで食べれば刺身が出来る。
「エリゼさん!」
「な、い、い、いきなり、なに⁉」
僕はエリゼさんの腕を掴む。そして頼み込む。
「この前、料理に出た黒い液体、あれは何ですか?」
「あ、あれ、あれはわたくしが作った調味料で、まだ名前はつけてないわ」
「屋敷に行けばあるんですか?」
「ええ、後少しなら持っているけど」
「本当ですか⁉」
「え、ええ、ってちかいちかい。顔が近いわよ。子豚」
いけない。あふれ出る熱意のあまりつい顔を近づけ過ぎた。
少し冷静にならないと、深呼吸しよう。すーはー、すーはー。
「まったく、みだりに女性の体に触れるなんて、無礼にもほどがあるわよ」
「すいませんでした」
僕はその場で土下座した。
だが、周りに居る人皆、僕を変な物を見る目で見ている。
「子豚、それは何のポーズ?」
「僕が居た所で、最大級の謝罪を込めてするポーズでドゲザと言います」
「ドゲザ? 変わった謝罪ね」
皆の視線が痛くなり、僕は立ち上がる。
「そ、それで、エリザさん、その調味料を持っているんですよね」
「ええ、これでしょう」
エリザさんが手を翳すと、空間に穴が出来た。
その穴に手を入れて、戻ると手に何かのビンを持っていた。
ガラス製のようで、中に黒い液体が入っているのが分かる。
僕はそれを見た瞬間、感極まって涙を流した。
「おおおおお、エリザさんはやはり女神様だ」
僕は再び土下座をする。
「「・・・・・・・・・・・」」
エリザさんを含めて、周りに居る人達は皆、首を傾げる。
まぁ、異世界の人には僕の心境が分かる訳ないよね。
「まぁ、仕方がないか・・・・・・」
「子豚、それよりも早く御飯を食べましょう。お腹がペコペコよ」
「すいません、今直ぐに作るので、先に食べていて下さい」
僕は作業に掛かった。
と言っても、三枚に下ろされたツーナーの身を適当な大きさに切って皿に盛り、買ったラデイッシュの皮を剥いて、下ろして添えただけだ。
下ろす際、目の細かいおろし器が良いのだが、無いので妥協した。
僕は刺身を盛った皿を持って、エリザさんの席に向かう。
まだ、エリザさんは食べていない。
「先に食べても良かったのに」
「子豚、わたくしに一人で食べろと言うなんて、随分と偉い事言えるようになったわね」
「いえ、お腹が減っているのですから、待たせるのは悪いと思ったのですが」
「子豚が、そんな偉そうな事言うなんて、千年早いわよ!」
確かに、屋敷に居候しているのだから。偉そうな事は言えないよな。
「まぁ、良いわ。それよりも、早く食べましょう」
エリザさんは僕に黒い液体が入ったビンを渡してくれた。
では、さっそくと思ったが、このビンどうやって開けるのだろう。
「上の方にポッチがあるから、それを押しなさい。そうしたら、ノズルが出るから、もう一回押したら、ノズルが引っ込むわ」
言われた通りに、ポッチの部分を押すと、ノズルが出て来た。
傾けると、ノズルから黒い液体が流れた。傾けるのを止めて、もう一度ポッチを押すとノズルが引っ込んだ。
(この世界の技術ってハイテクなのか、ローテクなのか分からないな)
まぁ、今はそんな事よりも、刺身だ。
箸はないので、フォークで摩り下ろしたラデイッシュをツーナーの刺身に塗り、黒い液体に付ける。
僕はドキドキしながら、口に近付ける。
「ねぇ、子豚、それって生よね。食べても大丈夫なの?」
その反応を見て、この世界の人達は肉も魚も生で食べる習慣はないようだ。
恐らく、生卵も駄目だろう。まぁ、あれは新鮮な玉子じゃないと、お腹壊したり、下手したら病気になるからしない方が良い。
何かよく見ると、周りにいる人皆、僕を見てないか?
視線を感じながら、僕は口に入れる。
「ん・・・・・・これは」
「これは?」
「これは・・・・・・美味い!」
もう、味が大トロの刺身だった。
脂っこい刺身も、この黒い液体とラデイッシュをつけて食べたら、もう言葉が出ない。
僕は夢中で食べ進める。
「な、なぁ、兄さん、俺も少し食べても良いか?」
そう言ってきたのは、ツーナーを解体してくれた露天商の人だった。
「どうぞ、この摩り下ろしたラデイッシュを少しつけてから、黒い液体につけて食べて下さい」
「おう、じゃあ、ちょっと失礼して」
露天商の人は指で、ラデイッシュを取り、刺身に塗って指でつまんで黒い液体にどっぷりつけて、口の中に入れる。
「こ、こいつはっ⁉」
そう言って、美味しそうに喉を鳴らして飲み込んだ。
「な、なんて甘みだ。とろりとした甘みを感じるぜ。それだけならくどいのだが、このラデイッシュの辛みが、ツーナーの脂に負けない辛みを持っているお蔭で、くどさがまったく感じない。それにこの黒い液体。この強い味がこのツーナーの甘みを引き出してくれる。この辛みと黒い液体の強い味とツーナーの甘みが混然一体となって、俺の口の中に心地よい余韻が残るううううううッ‼」
な、何か、露店商の人が突然、何処かの料理解説者並のコメントしだした。
その内「美味いぞ!」とか言いながら、BGMを流しながら料理解説しそうだ。
露店商のコメント聞いて、周りに居る人も気になって食べだした。
「う、うめえ、こいつはいけるぜ」
「ああ、あんな脂っこいツーナーの身がこんなにうまいなんて」
「初めて魚を生で食べたが、こんなに美味いんだなっ」
「こいつはすげえな」
皆、ツーナーの美味しさに驚いている。
「わたくしも一口、頂けるかしら?」
「どうぞ」
エリザさん皆美味しいと言うので気になって、食べだした。
「お、美味しい。わたくしが作った調味料とこんなに合うとは、想像もしなかったわ」
「凄いですね。エリザさん、一人でこんな凄い調味料を作るなんて」
「え、ええ、そうね」
其の後、この調味料の作り方については、後日レシピをこの市場に届けるそうだ。
市場の人が、ツーナーの刺身以外の食べ方はないか聞いてきたので、僕は残った切り身で焙り刺身と鍋料理を教えた。
二つとも簡単に出来る料理だ。
焙り刺身は、表面を軽く焼いて取り出す。早く冷ましたい場合、氷水につけると早く熱が取れる。そして、切り分ける。軽く焼いただけなので、中まだ生だが、それに塩を振りかけて、ラデイッシュを塗って完成だ。試作して食べたが、こっちは香ばしさがあって美味しい。
もう一つの鍋も簡単だ。
鍋にスープを入れる。この時、この世界では出汁を取る方法があるのを知った。
そんな感動を脇に置いて、適当な大きさに切ったツーナーの身と好みの野菜を鍋に入れて火にかける。
野菜とツーナーに完全に火が通るまで、火にかける。
この時、浮かんでくる灰汁は掬って捨てる様に言う。じゃないと、美味しくないからだ。
後は塩で味付けたら完成だ。
こちらも試作したが、完全に火を通したツーナーの身が美味しく食べれた。
火を完全に通すと、身がパサパサしがちだが、このツーナーの身にはなかった。
市場の人達に感謝されながら、僕達は市場を後にした。
エリザさんが頼んだ物は、もう屋敷に届けられているそうだ。早いな。
なんやかんやあったが、これで買い物は終わった。
後は準備するだけだ。




