張月亮の未来計画
わたしは学校が終わると、校門に待たせている車の所に向かう。
車が見える所に着くと、運転手が出てきて、わたしに一礼する。
そのまま何も言わず進み、車に着くと運転手は無言でドアを開けた。
わたしが車の中に入ると、運転手がドアを閉めて、自分も運転席へと行く。
「小姐お疲れ様です」
「うむ、今日の予定は?」
「本日は特にする事はありません」
「で、あるか」
日本の戦国武将でこんな口癖をもった人が居ると教えてくれて、なかなか使い勝手が良く面白いので良く言っている。
なにより、これを教えてくれたのは自分が好きな男性なのだから、使わない選択肢はない。
「では、今日は家に帰るとするか」
「了解しました」
運転手はそう言って、車を走らせる。
風景が移り変わるのを見ながら、今日の事を思い返していた。
(まったく、邪魔さえ入らなければ、あのままデートに誘えたであろうに、つくづく邪魔する者がいるな。それも二人も)
いまいましいと思いながら、親指の爪を噛む。
(だが、ノブはあの二人にも靡いている様子は見られない。どうしたものか)
これでどちらかに靡いているなら、相手の弱点を突いて、そこからノブの心を掴む事をすれば良いのだが、どちらにもわたしにも靡いていないのなら、正直何をすれば良いか分からない。
まぁ、あの遊んでいるように見えて実は純情なのと、穏やかな見た目だけどその実はとんでもなく病んでいるのに靡いていないだけ良しとしよう。
(でも、あんなに無欲な男もそう居ないから困る)
前に我が家は凄い富豪だと教えたり、わたしも家の事業を手伝って莫大な利益を得たと言っても、ノブは『凄いね』としか言わない。
普通の男なら少しはおこぼれを預かろうと、へりくだったりおもねる事をするのだが、ノブはそんな事まったくしない。
と言うか『その歳でお金を稼ぐのは凄いけど、そんな事を言っていると酷い目にあうかもしれないから、止めた方が良いよ』と言う始末だ。
まったく、そんなわたしにそんな事を言うのはノブだけだぞ♥
これでは惚れてしまうではないか。
本人を攻めても反応が薄いので、ここは周りから攻める事した。
「ところで、この前の件はどうなっている?」
「はっ、向こうも喜んでいると報告を受けています」
「そうかそうか。向こうも喜んでくれたか」
わたしはノブを攻めるのではなく、周りにいる親戚を攻める事にした。
攻めると言っても、別に仕事を奪うとか家の系列の会社で無理矢理働かせるような事をするのではなく、季節の挨拶に豪華な贈り物をする。
時にはその親戚が欲しい物を与えたり、便宜を図ったりと色々している。
この前も、ノブの父方の祖父母に、干し鮑や生きた上海蟹や金華ハムなど色々な物をセットにして送った。
「小姐、訊いてもよろしいですか?」
「何を訊きたい?」
「どうしてこんな回りくどいやり方をするのです? 小姐になら直ぐに自分の物に出来るでしょう」
「それが出来れば、こんな苦労はしない」
ノブが自分の魅力で落ちるなら、こんな事はしない。
落ちないから、こうして外堀から埋めるようにしているのだ。
何せ、二人の隙を見てデートに誘っても断るし、腕を組もうとしたら顔を赤くして逃げてしまう。
わたしはそんなに魅力がないのかと言いたい気分だ。
ノブとしては、どうも自分みたいな不細工が隣に居ると、わたしに悪いと思っているようだ。
顔が不細工なくらいで気にすなるなど小さい事よ。
昔の偉人の中には、顔が不細工でも片目が無くても立派な活躍をしている者は沢山いる。
なにより、わたしはノブの性根を気に入っているし、才能を買っている。
一度わたしの仕事を手伝わせた事がある。
何事も勉強だ、こうゆう仕事もあるから知るのも悪くないと言って手伝わせた。
最初は失敗しなければ良い位に思っていたが、少し教えただけで瞬く間に仕事をこなしていった。
わたしの最初の頃は失敗もないが成功もないといった所だったが、ノブはわたしよりも遥かに優秀だった。部下達も舌を巻くほどだ。
更に言って凄い事がある。
「ノブの仕事の腕は爸爸も認める程だからね」
「張大人がですか⁉ それは凄いっ」
爸爸は日本にある華僑でも強い発言力と影響力を持った人だ。
また、人を見る目が確かで、爸爸に目を掛けられた人は例外なく出世する。
ノブを見た爸爸は。
『あれは鳳雛だ。けっして逃がすなよ』
と言われる始末だ。
「鳳雛ですか。大人がそう言うなら、余程ですね」
「そうよ。まぁ、なにより、わたしからしたら初恋を成就させただけなのだけどね」
「小姐の初恋を成就するように、我ら一同微力ながら頑張らせていただきます」
「お願いね。それで今のノブの状況はどう?」
「報告では、今のところ彼を虐める者達は居ないようです」
「そう、なら良いわ。引き続き調べておいて、もしそんな事をする奴がいたら」
指で顔をなぞる。
これは痛い目をみせろと言う意味だ。
「かしこまりました。しかし、鳳雛ですか」
運転手が苦笑している。
「どうかしたの?」
「いえ、小姐は鳳雛と言われた中国の偉人が居た事をご存じですか?」
「えっと、誰だっけ?」
「龐統と言われる偉人です。面白い事にこの御仁も顔が不細工だったそうです」
「まぁ、すごい偶然ね」
わたしはそれを聞いて、面白くて笑った。
鳳の雛を囲えると思えば、これくらい出費は安い物か、それで爸爸はあんなに贈り物に金を掛けているのね。