第91話 久しぶり
まさか、椎名さんが生きていたとは。
何処に行ったのか分からなくて生死不明だったのだが、まさか龍になっていたとは。
「椎名さん。僕は」
言葉を続けようとしたら、椎名さんは何も言わず近付いてきた。
そして、目を瞑り自分の額と僕の額をくっつけた。
やばい。
額と額をくっつけた事で良い匂いが鼻をくすぐる上に椎名さんの体温を感じる事で心臓が激しく鼓動している。
あまりに煩いので、心の中で静まれ静まれと思う。
「……成程。そういう訳なんだ」
目を瞑りながら何かを悟った様に呟く椎名さん。
恐らく魔法で僕の記憶を覗いたのだろう。
「大変だったね。猪田君」
「そうでもないよ。まぁ、それよりも」
僕は改めて椎名さんを見る。
何処からどう見ても、前世の記憶の中にある姿のままだ。
それがどうして龍になったんだろうか。
「椎名さん。どうして龍になったの」
「……別に隠す事ではないから教えてあげるね」
いったいどんな事があったら、人から龍になったのかそれを知る事が出来る。
そう思うと、僕は知らない内に口の中に溜まっていた唾を飲み込んだ。
「猪田君が死んだ後ね。猪田君の死体がある所にね。道案内を立てて行ったのよ」
「誰が道案内したの?」
「猪田君が良く肩に止めていた使い魔のモリガン」
神様。何という事をしてくれたんだよ。
別にそんな事しなくても良いのに。
「で『龍の巣』に着いたんだけど、もう羽を持った蜥蜴や蛇モドキだらけで一歩入った途端、攻撃されて反撃したの」
数えきれない程の龍の死体が出て来たと聞いている
羽を持った蜥蜴とか蛇モドキというのはつまり龍の事を言っているのだろう。
「最初に襲い掛かって来た羽を持った蜥蜴を倒したら、何となく身体に違和感を感じたのだけど無視してそのまま進むと次か次へと襲い掛かって来たの」
何か椎名さんが蹂躙する姿が想像できるな。
全身を血塗れにしながら龍に襲い掛かる椎名さん。
流石に笑いながら屠ってはいないと思う。
「もうどれくらい倒したか分からなくなった頃に、猪田君を封印している水晶を見つけたの」
「それで」
「其処でモリガンとは別れる時に『これで道案内は終わりだ。さらばだ。数多の龍を殺して龍となった女よ』と言って何処かに飛んで行っちゃったわ」
そこまで案内するとは律儀だな。
「って、聞き流す所だったけどその〝龍を殺して龍となった女〟ってどういう意味?」
「わたしも最初はどういう意味か分からなかったから『龍の巣』に居る長老格の龍に聞いたの」
どんな手段で聞いたんだろうとは思うけど聞かない。聞いたら、何か後悔しそうだったから。
「その龍が言うには『一度殺した龍の血を浴びれば不死となり、十度浴びれば身体の一部が龍となり、百度浴びれば竜人となり、千度浴びれば竜となり、万度浴びれば龍となる』って言われたわ」
「成程。つまり、一万匹の龍を倒したら龍になるってとればいいのかな」
「多分ね。詳しい意味を教えても聞いてもその龍も分からない言い伝えでそう言われているだけだって言っていたわ」
「そうか」
恐らくだが、龍に流れる血に何らかの原因があるのだろう。
断言はできないがそれしか考えられない。
前世の記憶にある神話でも竜を殺した英雄は殺した龍の血を浴びて不死身になったという話がある。
それと同じと考えた方が良いな。
「で、龍になったわたしはこの水晶を持ってこの山に移り住んだんだ」
「どうして此処に?」
「猪田君が治めていた土地だったから」
「……椎名さんらしいな」
「もう、そんな事よりもまた椎名さんって呼んでるっ」
頬を膨らませて不満そうな顔をする椎名さん。
そういう顔をするのは記憶の中にある顔と全く変わらないな。
「ええっと、言わないと駄目?」
「駄目」
「これから追々慣れていくという事で」
「……前世の時もそう言ってたね」
ジト目になって頬を膨らませる椎名さん。
「……じ、じゃあ、僕の事も猪田君じゃなくてリウイと呼んでくれるかな?」
「え、えっと、……り、りうい君?」
顔を真っ赤にして言う椎名さん。
くっ。何て破壊力がある顔でそういう事を言うんだ。
しかも、僕も言わないと駄目みたいな空気になってるし。
「…………雪奈」
「~~~~~~~~~~~~」
僕が椎名さんの名前を呼ぶと、椎名さんは見悶えた。
何で見悶えているのかなと不思議に思っていた次の瞬間、五体投地しだした。
そして、今度は自分の腕で自分の身体を抱き締めながら横転しだした。
……うん。
前世からの友達というのもあるけど、正直に言って見てはいけない物を見た気分だ。




