村松瀬奈が思っている事
「ああ~、イノッチ達いっちゃったなぁ」
あたしは周りに誰もいない席に座りながら、一人寂しく茶を飲んでいる。
食堂に残っている奴らも、愚痴を零しだした。
「何だよ、俺達は魔法が使えないのかよ」
「異世界に来たら、全員魔法を使えるとか、よく漫画とか小説にあるけどあれ嘘なんだな」
「全くだ。それにしても、行けた奴ら良いよなあ」
「ああ、そうだな」
皆好き勝手に話し出す。
話していないのは、遠山の春さんだけだ。
春さんは腕を組んで目をつぶり、一言も話さない。その姿はまるで岩のようだ。
ちなみに、遠山の春さんはあたしが遠山君につけた渾名だ。
由来は時代劇に出て来る桜吹雪の名奉行だ。
(こいつら、こんな所で話をするなんて、馬鹿じゃないの)
ここには使用人達が居る。自分達が話している事を全て聞かれていると思わないのだろうか?
この話を聞いて、王国の上層部が何をするか分からないのに。危機意識が薄すぎる。
そんな聞くに堪えない愚痴を左に聞き流しながら、あたしは少し考える。
(イノッチはだれが好きなんだろうな~)
あたしの見立てでは、自分の見た目から誰かが好きになる事はないと思っている。
だから、恋愛に発展しないのだ。
(まぁ、あたしとしてはありがたいけどね)
このまま、誰とも付き合わなかったら、横から掻っ攫えば良いだけだし。
あの三人の横合いから奪うのは大変だが、それだけの価値はある。
中学の時、地味だったあたし。
高校に入って、思い切ってイメージチェンジした。
結果、男子に言い寄られるようになった。
中学の頃は、あたしに話し掛けるのは一人しかいなかった。
いや、あれはあたしが話しかけていただけだ。
その一人は、勿論イノッチだ。
偶々、あたしが見ていたアニメのグッズを持っていたので、あたしは興味を持って話し掛けた。
それ以来、イノッチからも話しかけるようになった。
話してみると、面白くてついつい長話してしまう。
そうしたら、イノッチの事が好きな三人衆(あたしが勝手に言っている)の誰かが現れて、話の途中でイノッチを連れて行く。
なので、三人衆が居ない時に話し掛ける様にしている。
そうしたら、長く話せるからだ。
一度、イメチェンしたあたしについて訊いてみた。
イノッチはこう答えた。
『村松さんは見た目よりも、内面つまり性格が良いから、良い御嫁さんになるよ』
そう言われて、あたしは不覚にも顔を赤くしてしまった。
どうも、それ以来ふとしたことで、イノッチの事を目で追うようになった。
(今思えば、あの一言で惚れたんだろうな。あたし)
チョロイなあたしと思うが、でも、イノッチに言われた事だと思うと、嬉しいと思えてしまう。
思いに耽っていたら、食堂に鎧を着た一団が入って来た。
(あの顔を、確かこの前の会議で騒いでいた。カシューとか言っていた戦士団の団長だよね?」
何かお偉いさんが来たぞ。
その偉い人が、あたし達を見る。
「異世界から来た奴らはこれで全員か?」
「そうだ」
春さんが答える。
「まずは自己紹介からしよう。わたしはカシュー・フレイム。王国軍戦士団団長だ」
うん? 名前にフォンがついていない。という事はこの人は貴族じゃないんだ。
「ここに居る者達には、魔法の適性が無い代わりに武技を使える」
武技? 必殺技みたいなものかな?
それを聞いて、先程まで愚痴っていた奴らが騒ぎ出す。
「俺達、もしかして必殺技を使えるのかな」
「やっべ、カッコいいっ」
皆目を輝かせる。
「では、わたし達の後に付いて来てもらう」
カシュー団長を先頭にして、あたし達は食堂を出た。
(でも、魔法の適性がある人達の中にも武技の適性がある人はいるのかな)
あたしは歩きながら、そんな考えが浮かんだ。
その中には、確実にあの三人衆が居るだろうな。
(もし、付き合う事が出来なかったら、愛人にでもなろうかな)
と愚にもつかない事を考える。




