第33話 懐かしき故郷の味
僕が侯爵と話していたら、メイドの人が部屋に入って来た。
料理が出来たので、晩餐室にどうぞと言われて、侯爵を先頭にして僕は歩く。
食堂の前に着いた。
メイドが晩餐室の扉を開けた。
扉を開けた先には、映画で見た事がある部屋だ。
でっかいシャンデリアがあり、巨大な長方形のテーブルに白いテーブルクロスが敷かれ、その上には火が着いた蝋燭の燭台があった。更に小さい花瓶には色とりどりの花が活けられていた。
(王宮の食堂だったら、こんな飾り付けなんかなかったぞ)
せいぜい、綺麗に掃除にされているくらいだ。
何か、ここまで歓待されると少し怖い。
(僕に何か要求するつもりなのかな?)
財産と言えるものは何もないぞ。せいぜい、この制服ぐらいか。
僕達にしたら大した者じゃないけど、この世界の人からしたら未知の素材だ。
欲しい人は喉から手が出る程だろう。
「イノータ殿、どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません」
「では、座りましょうか」
侯爵はそう言って、上座に座る。
僕は何処に座ったら良いのかと思っていたら、メイドさんが案内してくれた。
その場所は侯爵の右側面の席だ。
良いなかなと思い、僕は侯爵の顔を見ると、侯爵は頷いてくれた。
頷いてくれたので、失礼がないように座る。
そして、何故か僕の右手にはエリザさんが居る。
普通、侯爵の左側面に座るのでは?
「何よ。何か文句あるの?」
「あの、聞いてもいいですか?」
「何?」
「どうして、僕の隣に座っているのですか?」
「分からない?」
「はい」
まぁ、だから尋ねている。
「簡単よ。貴方みたいな礼節もしらない野蛮人に、貴族の食べ方のマナーを教えてあげる為よ。分ったかしら、子豚」
成程、食べ方を教えてくれるという事か。
(本当に良い人だな)
侯爵の言っていた根は悪い子ではないという意味が良く分かる。
「じゃあ、お願いします」
僕がそう言うと、後ろに控えている使用人達が何故か驚きながらも喜んでいる。
小さい声で「お嬢様にもようやく春が」とか「お館様も気に入っているようだし、婚約も近いな」とか言っている。何の事だ?
「・・・・・・ええ、良くってよ」
その後、メイドさん達が料理をコースで運んでくる。
僕はエリザさんの食べるのを真似て食べる。
出て来る料理は王宮の料理にもひけを取らない出来だ。
「美味しいですね。これがエリザヴィア様が作ったんですよね」
「そうよ。まぁ、わたくしが作ったのだから、当然ね」
エリザさんが胸を張っている、
何か僕より小さいので、威張っている所を見ても微笑ましいと思う。
そうして話していたら、今日のメインディッシュが来たようだ。
「本日のメインディッシュ。レッドボアのロータス包み焼きでございます」
レッドボアは猪で、ロータスは確か蓮だったかな。
今まで食べた物全て美味しかったのだ、これも美味しいだろう。
僕は切り分けられているレッドボアの肉を見ている。中心部分が赤くそこから段々と色が変わっている。その肉に黒いソースが掛けられた。
(黒いソース? 何のソースだろう?)
そして、その肉料理が僕の前に置かれた。
早速、ナイフで一口分に切り分け、フォークで刺して口に運ぶ。
一口噛んで、思わず目を見開いた。
(美味しい。肉は柔らかくて、噛む度に肉汁が出て来る。オーブンでじっくりと火を通したから出来る事だ。それにこのソース)
トロミがなくサラサラとした液体で、フォークを浸して口に入れる。
(これは、たまり醤油っ⁉)
この世界に醤油があるとは驚いた。でも、チーズが普通にあるのだから発酵の概念はあるのか。
それに加えて、久しぶりに醤油を食べた。
「ほう、この黒いソースは初めてみるが美味しいではないか」
「そうでしょう。これはわたくしが一から作った物ですから、美味しくて当然です」
二人の話を聞きながら、僕はこのソースを舐めて家族の事を思い出した。
(・・・・・・母さんがよく使っていた醤油の味に似てるな)
「どう、子豚。おいしかったでしょ・・・・・どうしたのっ⁉」
「えっ?」
エリザさんが驚いた顔で、ハンカチで僕の顔を拭う。
拭われて僕は今泣いている事が分かった。
「グス・・・・・す、ずみまぜん、このそーすを、なめたら、こきょうを、おもいだして・・・・・・」
もう、戻れるか分からない故郷。
味わえるかも分からない母の料理。
それをこのソースが思い出させてくれた。
僕は顔を手で覆って、顔を俯かせる。
僕は声をあげずに泣いていると、僕の頭を撫でくる人が居た。
誰だろうと思い、僕は顔をあげる。
僕の頭を撫でていたのは、エリザさんだった。
「泣きなさいよ」
「でも」
知らない人達が居る中で泣くのは、少し情けない。
でも、エリザさん僕の心を読んだかのように話し出した。
「悲しい時は泣くのが、人間としていえ、生物として当然の感情よ。だから、泣きなさい」
僕はそう言われて、周りにはばからず声をあげて泣いた。
泣いている間、エリザさんは優しい顔を浮かべて僕の頭を撫で続けてくれた。




