エリザの心中
わたくしエリゼヴィア・フォン・アスクレイは今家の厨房で料理をしている。
今日、我が屋敷にお父様が連れて来た客人に料理を出す為だ。
少し前にお父様が近い内に客人を連れて来ると言っていた。その時教えてくれた名前がイノータ・ノブヤスと言う人だ。
パッと見た感じ、身長はそれなりだがお腹が少し出ていて、顔が少しというかかなり不細工だ。オークと人間を足して二で割ったような顔だ。
なのだが、見ていると何故か安心感を感じる顔だ。
多分、お父様はこの者を気に入ったのだろう。
今でこそ、お父様は閑職に就いているが、第一王女様の教師をしていた上に、我が国の魔法師団の団長を務めていた。その智謀と魔術から、他国から『智将』と言われる方だ。
少々というかかなり知識欲に貪欲な所を除けば良い父親でもある。
そのお父様が気に入る人だ。さぞかし、知識豊富な方なのだろう。話し掛ける。
「・・・・・・まるで、豚ね|(訳 子豚みたいに愛嬌を感じる顔ですね)」
ああああっ‼ 言い間違えた!
昔から、思っている事を言い間違えてしまう。
わたくしの悪い癖だ。
家族と使用人も皆は慣れているが、慣れていない人からしたら馬鹿にされていると思うだろう。
「エリザ、お客様に何と無礼な事を‼」
「だって、見た感じそう思ったんだもん。仕方がないでしょう。お父様|(訳 ごめんなさい。つい、口が滑りました。お父様)」
本心では謝りたいのだが、つい口は違う事を言ってしまう。
そう思っていると、イノータと言う人はわたくしをジッと見てくる。
「何よ。何か言いたい事でもあるの?|(あの、わたくしの顔に何か付いていますか?)」
そう尋ねたくなるほど、ジッと見てくる。
でも、イノータ殿は「いえ、別にありません」と言ってきた。
「ふん、はっきりしない男ね。お父様も何処が気に入ったのかしら|(何か付いているのでしたら、言ってください。あなたはお父様が気に入っているのですから、お父様も怒りませんよ)」
わたくしはお父様が何処に気に入ったのか気になり、頭の上から足の先まで見る。
「申し訳ない。この者は私の娘です。どうかご無礼の程をご容赦下さい」
「いえ、口が悪い人には裏表がないと言いますから、寧ろ清々しいですね」
先程から、失礼な事を言っているのだが、イノータ殿は気にしていないようだ。
大抵の人はこんな事を言われたら怒るのだが。どうやら、今まで会った人達とは一味違うようだ。
「ふ~ん、見た目に豚のようだけど意外に芯はあるのかしら|(訳 わたくしにそんなこと言う人は今までいませんでした)」
心の底からそう思った。
「エリザッ!」
お父様が怒りながら、魔法を使い《念話》してきた。
この魔法は言葉を発さなくても相手に伝える事が出来る魔法だ。
《そろそろ、挨拶をして、部屋に戻りなさい》
ああ、そう言えば挨拶を忘れていました。ごめんなさい、お父様。
わたくしはドレスの端を掴み優雅にお辞儀する。
「我が屋敷にようこそおいで下さいました。異世界人様、わたくしはエリゼヴィア・フォン・アスクレイと申します、以後お見知りおきの事を|(訳 初めまして、異世界から来た方。エリゼヴィアと申します。これからも仲良くしてくださいね)」
わたくしがそう挨拶したが、向こうは何にも言って来ない。
思わず、顔をあげてしまった。
「わたくしが名乗ったのだから、あなたも名乗りなさいよ。それとも自分の名前を名乗れない野蛮人なのかしら?|(訳 あの、貴方も挨拶をしてくれませんか?)」
ああ、また口が思っている事と違う事を言ってしまう。
使用人達も頭を抱えている。小さい声で「お嬢様は口下手な所がなかったら立派な令嬢なんだがな」と話しているのが聞こえてくる。
そんな話を聞きながら、イノータ殿がようやく挨拶してくれた。
「済みません。挨拶を忘れてました。僕は猪田信康です。どうぞ、気軽にイノータと呼んでください」
わたくしはそう挨拶されて驚いた。
だって、この方全然怒ってないんだもん!
普通、ここまで言われたら誰でも怒るでしょうになのに全然怒っていない。
(この方、もしかして被虐嗜好なのかしら?)
そう思えてしまう。
「ふん、貴族に対する礼儀も出来ないなんて、あなたの居た世界は余程野蛮な所だったのでしょうねっ|(訳 こちらの礼儀作法を知らないようですから、今度教えてあげましょうか?)」
「エリザ、いい加減にしなさい。それ以上の暴言は許さんぞ」
お父様が念話で、いいかげん中に通しなさいと言ってきた。
「はいはい、では、どうぞ。お入り下さい|(訳 分かりました。お父様)」
わたくしは横に避けて、二人を通るようにした。
イノータ殿は入る時小さい声で「では、お邪魔します」とか言っていたけど、何かの礼法でしょうか?
屋敷に入ると、イノータ殿は呆然としていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、別に何でもありません」
お父様と話すが、全然中に進む様子がない。
わたくしは早く屋敷に入りたいので、背中を突っついた。
「ちょっと早く入りなさいよ。あなたが入らないと、わたくしも入れないでしょう(訳 あの、中に入りませんか?)」
「ああ、ごめんなさい」
「まったく、気が利かない子豚だ事(訳 今背中を突っついたけど、子豚の肌みたいに固いですね)」
「子豚?」
この方を見ていたら、何となくだがそう思った。
「ええ、あなた今年で十五~六ぐらいでしょう?」
「そうですが。それが?」
「わたくしはこう見えて、今年で十七になります。つまり」
「あなたの方が年上ですか」
「そう、その通り。豚のような見た目だし、わたくしよりも年下だから、これからあなたの事を子豚と呼んであげますわ。感謝しなさい。オ~ホホホホホホホホッ!|(訳 何となくだけど、貴方を見ていたら子豚を連想しました)」
わたくしは笑っていたら、イノータ殿は凄い事を聞いてきた。
「じゃあ、僕はあなたの事はなんて呼べば良いんですか?」
「えっ、・・・・・・・そうね。え、えっと・・・・・・・・」
今まで、そんな事を言う人が居なかったので、わたくしはどうしたらいいか使用人の皆の顔を見る。
でも、皆顔をそっぽ向いた。え~、どうしたらいいのよっ。
お父様も口を開けて驚いているし、わたくしが考えるしかない。
「え、えっと、・・・・・・・・そうね。わたくしの事はエリゼヴィア様と呼びなさい」
「分かりました。エリゼヴィア様」
「・・・・・・・ふん、聞き分けの良い、子豚だことっ|(訳 長いのでエリザと呼んでも良いですよ?)」
それだけ言って、わたくしはその場を離れた。そろそろ、厨房のオーブンの中に入れた晩餐に出す物が焼き上がる頃だ。それを出すため離れた。
その後、書斎にお茶を出すために向かうと、お父様が目を瞑って考え事をしていた。
手持ち無沙汰のイノータ殿と少し話しをしてみた。
話してみたら、面白い考えを持っている子だと分った。
その際、お茶を飲んで「美味しい」と言ってくれた。
あまりに美味しそう飲むので、わたくしも嬉しかった。
「そうでしょう。この茶はね。わたくしが選んだ茶なのよ。有り難く飲みなさい|(訳 わたくしが選んだお茶です。美味しいと言ってくれて嬉しいです)」
嬉しくて胸をはってしまうわたくし。
「はい、分かりました」
「素直な子は好きよ。子豚|(訳 あなたって、素直なんですね)」
正直そう思った。
もう少し話したいと思ったので、晩餐を共にするように勧めてみた。
イノータ殿は了承してくれた。
それを聞いて、わたくしは顔を緩ませた。
(そうと決まったら、今日は少し豪華にしませんと)
「まぁ、良いわ。今日は特別にわたくしが腕を振るってあげるから、わたくしの料理を食べれる事に感謝しながら、味わいなさい。オーホッホホホホホ|(訳、腕によりを掛けて作りますから、楽しみにしていてくださいね!)」
わたくしは厨房に向かう。




