第84話 何の用で来たのかと思ったら
館に戻ると、イザドラ姉上は「少し用があるので、皆は客間で待っていてください」と言って、何処かに行ってしまった。
僕はロゼ姉様を見ると「あ奴がそう言うのであれば、そうしようではないか」と言ったので、僕達は客間へと向かう。
客間に着くと、僕達は思い思いに座るが、僕の右隣は誰も座らない。
その理由は、イザドラ姉上が居るからだ。
姉上は僕の隣に座る。自分以外の者が僕の両隣に座っていると、機嫌が悪くなる。なので、姉上が居る時は僕の隣のどちらかを空けるようになっている。
そして、客間で待つ事、数十分。
「お待たせしました」
イザドラ姉上は、部屋に入るなり当然とばかりに僕の隣に座る。
「うむ。全員、集まったな。では、イザドラよ。此処に来た理由を話すが良い」
「はい。姉さん」
イザドラ姉上は懐から手紙を出した。
枚数は四枚。
「これは?」
「魔都から、フェル、ヘルミーネ、ミリアリア、リウイ宛に手紙です」
僕達宛ての手紙と訊いて、僕達はそれを手に取る。
ちなみの僕だけ、イザドラ姉上が中身を出して渡してくれた。
僕はその生身を見る。
『至急 魔都に参上せよ』としか書かれていなかった。
どういう意味だ?
僕はイザドラ姉上を見る。
「ふふ、どういう意味か分かりますか?」
情報が少なすぎて分からないとしか言えないな。
そんな風に思っているのが顔に出ていたのか、イザドラ姉上は人差し指を立てる。
「では、ヒントです。この手紙はわたし達、姉弟全員に宛てられた物です」
「全員?」
「そうです。全員です」
この魔国の各地に散っている兄さん達を、魔都に呼び寄せる意味。
その事から、時期は関係ないな。では、時期に関係なく皆を集める意味を考えれば良いのか。
集める、集める。……もう一つ情報が欲しいな。
「父上は元気ですか?」
「ええ、元気ですよ」
じゃあ、王位の継承の揉め事ではないk。……継承? ああ、それか。
「もしかして、父上は退位するの?」
「あら、もう分かったのですね」
イザドラ姉上は少し不満そうな顔で正解みたいな事を言う。
「父上が退位⁉」
僕は驚くけど、姉さん達はそれほど驚いては居なかった。
「まぁ、父上もそろそろ退位しても良い頃合いじゃな」
「むしろ、遅いくらいよ」
「父上も子が多いから誰を跡継ぎにするか、悩んでいたのだろう」
「パパもさっさと決めておけば良いのにね~」
ふぅん。姉さん達の中では、もう隠居してもいい年頃の人という感じなのか。
「僕達を魔都に集めて、退位と同時に誰かに譲位する事を宣言するか。でも、誰に譲位するのかな?」
「ああ、それはですね。どうやら、父上は誰が王位に就くか競わせるようです」
「競わせる?」
「ええ、どう競わせるかは、まだわたしにも知らされていませんので、何をするか知りませんが」
競わせるか。何か、あれだな。昔の漫画で、魔界の王を決めるトーナメントをするのがあったな。
あの漫画、読んでいくと主人公が段々、人間から離れていったのは驚いたな。
「そうなんだ」
王位に就く気はないから辞退するとして、これを機に向こうの大陸に行ってみるか。
うん。悪くないな。
この事については、領地を出る前にリッシュモンドに話をつけておこう。
そう思っていると、ドアがノックされた。
「誰だ?」
『リッシュモンドです。イザドラ様から言われた者達を連れてきました』
者達? 誰を連れて来たんだ?
「ああ、来ましたか。リウイ。部屋に入れてあげてください」
「あ、はい。どうぞ」
僕がそう言うと、リッシュモンドがドアを開けて入って来た。
そして、一緒に入って来たのは。
「えっ、マスター?」
其処に居たのは『プゼルセイレーン』がたまり場にしていた店のマスターにモルべさん、ガイウス、オデュセの四人が居た。
何で?
「先程、イザドラ様の要請でこの四人を連れてきましたが」
リッシュモンドがそう言ったので、皆イザドラ姉上を見る。
皆の視線を一身に浴びているのに平然と茶を飲んでいた。
カップをソーサーに置くと、マスター達を見る。
「ご苦労様でした。貴方達」
「「「「はっ」」」」
マスターたちがイザドラ姉上に敬礼した。
……もしかして。
「もしかして、皆」
「ええ、わたしの部下ですよ。ああ、他の『プゼルセイレーン』のメンバーは違いますよ」
マジで⁉
まさか、モルベさん達が姉上の部下だったとは。
驚きのあまり言葉を失った僕。
「ああ、道理で」
モルベさん達が姉上の部下と紹介されて、何かミリア姉ちゃんが納得していた。
「どういう事? ミリア姉ちゃん」
「前、何処かで会った顔だなと思ってさ、それで今の紹介で思い出したんだよ。昔、イザ姉の軍と演習したときに見た顔だって」
出来れば、もっと早く思い出してほしかった。
「でも、どうして、自分の部下をこの都市に?」
「それは、勿論。可愛いリウイの身を案じてです」
「・・・・・・成程」
『クリムゾン・ティガー』の襲撃を受けて、あんなに早く店を再建した理由が分かった。
何で、あんなに早く再建が出来たか。
要するに、心配で密かに部下を送り込んだという事か。
理由は分かった。分かったけど。
「・・・・・・つまり、僕の統治能力が信頼できなくて、密かに部下を送って支援しようとしたと?」
「え、ええ、まぁ、その、簡単に言いますと、そうなりますね」
イザドラ姉上は冷や汗を流しながらそんな事を言う。
「ふぅん。そうなんだ」
僕は笑顔でイザドラ姉上を見る。
「・・・・・・これは、もしかして怒っておるようじゃな」
「う~ん。流石にねぇ」
「今回はイザドラ姉さんが悪い」
「あ~あ、あたし、知らない」
ロゼ姉様達が何を言っているようだが、気にしない。
「……前世と同じ顔をしておられる。この顔の時は本当に怒っている時だったな。イノータ様は」
リッシュモンドも何か言っているけど、そんなの後で良い。
「姉上の中では、僕は統治能力も無い阿呆と思っているのですか?」
「そ、そんな事はっ」
「じゃあ、どうして部下を送り込んだんですか?」
「むっ、それは」
「そんな事をするというのは、姉上は僕の事を信頼していないという事ですよ」
イザドラ姉上は言葉を詰まらせている。
「別に、僕の事が心配なのでしたら、出向と言う形で部下を送れば良かったのでは?」
「あっ」
その手があったかという顔をするイザドラ姉上。
「つまり、もしバレても、僕なら許してくれると思ったからこんな事をしたのでしょう?」
「い、いえ、そういうわけでは・・・・・・・」
イザドラ姉上はたじたじになっていた。
「殿下の部下になって長いが、このようたじたじになっている殿下は初めて見たぞ」
「わたしも」
「俺も」
モルべさん達は何か言っているが、そんなのどうでも良い。
「さて、僕はそう思ったけど、姉上はどう思っているのですか? 弁解があるのであれば聞きますが?」
「う、ううう…………ありません」
其処まで言って、僕は席を立つ。
「あ、あの、りうい?」
「ロゼ姉様型も長旅でお疲れでしょうから、今日はもうお休みください。僕は公務があるので、これで」
皆に一礼して、部屋を出て行った。その後ろをリッシュモンドが付いてきた。
「リウイ様」
「なに?」
「良いのですか? あんなに言って」
「……偶にはこうハッキリ言わないと、際限なく色々な事するからね」
「左様で」
「ところで、今日の仕事は?」
「これと言って特にありません」
「そっか。じゃあ、ユ、じゃなかったディアーネの店に行って来る」
誰が聞いているか分からないので、慌てて今の名前を呼んだ。
「はっ。承知しました」
リッシュモンドに見送られて、僕は館を出て行った。
リウイが部屋を出て行った後。
「…………」
イザドラは固まっていた。
それを見て、ロゼティータは肩を叩く。
「ま、まぁ、リウイもそれほど怒ってはおらんじゃろう。明日、謝りに行って来るのじゃな」
ポンポンと肩を叩いたが、イザドラは何の反応もなかった。
「? どうかしたのか?」
ロゼティータはイザドラを見て、目の前に手を振ってみた。
「……こやつ、目を開けたまま気絶しておるっ」
それを聞いて、皆ギョッとした。
「リウイに嫌われたと思って、気を失ったのだろうな」
「それだけで、そこまでする?」
「でも、イザ姉だし」
ロゼティータ達は溜め息を吐いてから、気を失っているイザドラを用意された部屋に連れて行った。




