第70話 こうして、僕は部下を手に入れる
「……成程。つまり、そのもらとりあむ? と言うのは、猶予期間の事を言っているのだな」
「その通り」
ふぅ、二人にも分かりやすく言うのは大変だった。
「で、その猶予期間はどのように作るのかしら?」
「まぁ、そこは誰か信頼できる人の下について、族長になる為に経験を積むという名目で誰かに仕えるしかないね」
「むぅ~、そうなるか」
ウォルフは渋い顔をした。
「ほかに手段があるなら聞くけど?」
正直に言って、他に手段はないだろうと思う。
しかし、此処は無理に視野を狭める事はしない方が良いだろう。
下手に意固地になったら面倒だからな。
「・・・リウイ様。その信頼できる人と言うのは、誰ですか?」
「そうだな。……ディアーネの所とかどうかな?」
「ディアーネ会長の所ですか。リウイ様は信頼しているようですが、わたしはどうも信頼して良いかどうか悩む所ですね」
「だよね。だったら、・・・僕とかは?」
「・・・リウイ様ですか」
盲点とばかりに、目を見開かせるデネボラ。
「案の一つとして挙げたけど、どうかな?」
「そうですね。・・・貴方でしたら、問題はないですよ」
よし。後はウォルフが頷けばOKだ。
そう思い、僕達はウォルフを見る。
「……一つ聞いても良いか?」
「どうぞ」
「デネ姉ちゃんは、こいつの何な訳?」
「何とは?」
「だから、このリウイの愛人なのか? それとも主なのか知りたいんだよっ」
「な、なな、なにを言っているの、この子はっ」
そう言って、デネボラはウォルフの頭を殴った。
バコンッという音が聞こえて来たので、かなり痛そうだ。
「いって、気になるんだから、それぐらい聞いてもいいだろうっ」
「馬鹿者っ。リウイ殿は我が部族を庇護しているお方だぞっ。そのような方に不敬であろうっ」
「それはそうかも知れないけどよ」
はっはは、流石に親族だからか、喧嘩しているのを見ても仲が良いのが分かる。
「まあまあ、それで僕の所で働かないかい?」
「む、むうう、デネ姉ちゃんはリウイの事はどう思って居るんだ?」
「信頼できる人だ。少なくとも、お前でも自由に仕える事が出来ると断言出来るぞ」
「マジか。デネ姉ちゃんはそんな事を言うなんて、凄いんだな」
ウォルフは感心していた。
「はっはは、買い被りだよ。デネボラ」
「そうは思いませんよ。わたしは、何せ生命無き王を部下にしている時点で、既に大物ですよ」
「は、はああっ⁉ あ、ありえねえ。アンデットの中でも最高位と言われる存在を部下にしているとか」
「まぁ、ちょっとした縁があって」
前世からの縁だ。
正直に言って、また会えるとは思わなかったけどね。
で、結局。
「デネ姉ちゃんが推薦してくれるから、悪い所ではなさそうだし。あんたの部下になって良いか?」
「勿論だよ。歓迎するよ」
よし。狙い通りだ。
「じゃあ、デネボラ。悪いのだけど、お姉さんには、ウォルフは僕が預かると言っておいてくれ」
僕は席を立った。
「何処にお出かけで?」
「ウォルフの教育係に預けようと思ってね」
「教育係?」
「ああ、僕の部下になったとは言え、何が出来るか分からない。なので、何が出来るか、知りたいから教育係に預けて何が出来るか調べてもらう」
「分かりました。では、ウォルフの事はお頼みします。頑丈なので、多少手荒に扱ってもへこたれる事はないと思います」
デネボラは頭を下げる。
「大丈夫。そんなに手荒に扱わないと思うよ。多分」
僕はそう言って、ウォルフを連れて行く。
部屋を出た僕達は、ある場所に向かう。
この館はそれなりに広い。
なので、兵士の詰め所などもある。
その詰め所には訓練できる所もある。
其処では今、激しい訓練が行われている。
「「「おおおおおおおっ」」」
兵士の一人一人が、喚声を上げながら走ったり得物を持って素振りしたり、ぶつけ合ったりしていた。
しかも、皆重りをつけている。
何キロの重りをつけているか知らないが、一人に両腕首と両足首に四つ付けている。
「そこ、遅いぞ。素振り百本追加っ」
「はいっ!」
訓練官が兵士を指導している声が聞こえて来た。
おお、派手にやってるな。
「…………」
あれ? 何か、ウォルフが黙っているのだけど、どうしてだろう?
「どうかしたの?」
「・・・なぁ、あの燃えている地面の上を走っているのは何でだ?」
「走る力を上げる為の訓練だよ」
「じゃあ、あの鉄棒にぶら下がっているのは?」
「腕力と根性を鍛える訓練だよ」
「下に棘があるようだが?」
「大丈夫。刺さっても死なないから」
「じゃあ、あの木の棒で叩かれているのは?」
「あれは、身体を頑丈にする為だよ」
「…………」
ウォルフは、目に見ている物が信じられないみたいな顔をしていた。
僕がウォルフと一緒に歩いているのが見えたのか、訓練官の一人が僕に気付いた。
「これは、領主様。このような所に何用で?」
「ああ、実はね」
僕はウォルフを手で示した。
「この者が何が出来るか試してくれないかな」
「試す? という事は領主様の部下になるのですか?」
「そんな感じかな。ほら、とりあえず、自己紹介してね」
「あ、ああ、俺はウォルフと言う。よろしく頼む」
ウォルフはそう言って、頭を下げた。
「部下になるから、暫くの間は誰か見ていて欲しいのだけど」
「この者の教育係ですか? 今、手が空いてるのは、……ヴェインしかいません」
「ヴェインか。じゃあ、大丈夫だろう。呼んできて」
「はっ」
訓練官がそう言って、その場を離れた。
「・・・なぁ、そのヴェインってのはどんな奴なんだ?」
「僕がこの領地の領主になって、一年くらいして来て仕えた人だね。有能で使える人だよ」
今は訓練官をしているが、有事の際は一軍の将にもなるほどの人材だ。
「リウイ様」
そう声を掛けられたので、振り向くと、其処には刺激的な格好をした女性が居た。
上は黒いコルセットで身を包んでいる。上乳の部分が丸見えで、男性なら目を奪われるだろう。
下の方は、短いスカートに太腿の半ばまで黒いストッキングを穿き、それをガーターベルトで止めていた。更に裏地が赤い黒いマントを羽織っていた。
手には鞭を持っていた。
切れ長の眼差し。瞳は赤く強膜の部分が黒かった。
端正な顔立ちで、見事なプロポーションをしていた。
「リウイ様。ヴェイン。御呼びにより参りました」
「ああ、ヴェイン。ご苦労様」
僕が労いの言葉を掛けると、ヴェインは更に畏まった。
「小官を御呼びとの事ですが? 何か有りましたか?」
「ああ、実は暫くの間、このウォルフの教育係をしてくれるかな」
「ほぅ、この者をですか?」
ヴェインは獲物を見つけた獣の様な笑みを浮かべた。
「うん。という訳で頼む」
「はっ、小官にお任せを」
ヴェインが胸を自慢げに叩く。
「じゃあ、後は任せたよ」
「ち、ちょっ」
「では、早速、どれぐらい出来るか確かめさせてもらおうか」
ヴェインがウォルフの肩を掴んで引き摺った。
「ま、まってくれ、せ、せめて、別の人に変えてくれないか?」
「生憎だが、小官以外、手が空いていない。諦めろ」
「そ、そんな~~~~~~~~っ⁉」
僕はウォルフが引き摺られるのを見送ると、その場を後にした。
まぁ、死にはしないだろう。ヴェインの指導で死人は出たと報告は聞いてないから。
廃人は出たとは聞いたけど。




