第63話 この地区の事を聞こう。
サンザの旦那と呼ばれた人は、僕に気付く事なく店の奥へと進んで行った。
「あ、あの。旦那? 案内できるそうですぜ」
リーダー格の男の人が、ルーティ達に気遣いながら声を掛ける。
先行した部下達から報告は受けているのかな? と思い、ルーティを見る。
ルーティは問題なしとばかりに頷いた。
「ああ、今行くよ」
僕達はこの店の給仕の案内で店の部屋にヘと向かう。
どうやら、この店は完全個室しかない店のようだ。
しかも、客同士の諍いを避ける為に空間を捻じ曲げて他の客達に鉢合わせにならない様にしているそうだ。
その話を聞いて思ったのは、あの異界と人間の世界が交差したアメリカのある都市で活躍する秘密結社のアニメに出て来るレストランを思い出した。
そのレストランの料理は美味しいという話だったけど、この店は如何だろうか?
「では、何か御用がありましたら、其処にあるベルを鳴らしますと参ります。では、わたしはこれで」
ここまで案内してくれた給仕が僕達に一礼して、部屋から出て行った。
給仕が出て行ったので、僕は改めて部屋を見た。
広い個室だな。何畳分の畳があるのかな? ってくらいに広い部屋だ。
その部屋に見合うくらいに長い長方形のテーブル。華美じゃないけど、シンプルで上品な椅子。
手触りが良いテーブルクロス。飾りの花も今摘んできたのかと思える位に生き生きとしながら、花瓶の中に活けられていた。
男達は好きに椅子に座ると、テーブルの上に置かれている銀色のクーラーから瓶を取り、それを自分の席にあるグラスに注ぐ。
「旦那も飲むかい? ウエルカムドリンクだからどんだけ飲んでも無料だぜ」
リーダー格の人が瓶を持って、グラスに注いだ。
「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて」
僕はその言葉に甘えて、瓶の中身が注がれたグラスの席に座る。
ルーティ達はいつでも行動できる様に、僕の後ろに立つ。
更に先に先行していた二人の部下が、魔法で姿を隠して男達の背後に立った。
何で分かるのかと言うと、ルーティが小声で『男達の背後には、魔法で姿を隠した部下達が控えています。何か有りましたら、取り押さえる準備は整っています』と教えてくれた。
「うん。……これは酒?」
何というか、酒精が強い酒を飲んだ時みたいな、酩酊状態になった気分だ。
でも、甘美だった。
「いや、この店で出している酒を仕込む時に使っている水だって、前に聞いたな」
「これが水ね……」
信じられないけど、でも匂いを嗅いでも酒の匂いがしないので、どうやら酒ではないようだ。
「で、話をしたいんだけど良いかな?」
「此処まで来て、話さないという選択肢はねえだろうに。で、何を聞きたいんだい?」
「まずは、貴方達の名前かな?」
「名前か。そう言えば名乗っていなかったな。俺はクライド。で、こいつらは」
「レオパルドだ」
「フレッドだ」
クライドと名乗った男の両隣にいる二人は自己紹介してくれた。
「僕はリウイだ。よろしく」
「で、リウイの旦那。何の用で此処に来たんで?」
「この南地区はどういう所なのか知りたくて」
僕がそう言うと、三人は互いの顔を見合わせた。
「何で、そんな話を聞くんだ? 旦那はこの都市で暮らしている奴だよな?」
「それで、この地区がどういう所かの知らないとか、どんだけ世間知らずなんだ?」
「というよりも、この都市のもんか?」
三人は首を傾げている。
それを言われると、何も言えないな。
「・・・・・・確かに、リウイ様はあまり外に出ませんから」
ルーティさんや、其処は言わなくても良いから。
「おほん。それは良いとして、この地区は何が有名なんだ?」
咳払いをして、僕が出不精だという事をごまかす。
「有名って言っても、この地区は畜産が有名としか言えないな」
「畜産?」
という事は、魔獣を家畜化しているのかな?
「つまり、魔獣を養殖しているの?」
「そうだ。北部には『十二氏族』っていう、原住民達が居るからか、魔獣を狩るのも一苦労だった所為なのか、お蔭なのか分からないがよ。魔獣を養殖する事にしたんだ。もし、この都市が押されても逃げ出す事が出来る様に、この南地区でな」
成程ね。
「でも、その割には、花街的な店もあるようだけど?」
「そりゃあ、魔獣を捕まえるのも、重労働だからな。それに鉱山で働く工夫達が暮らしている住居施設もあるからな。そういった奴ら為に、そういう仕事も自然とできるんだよ。あれだ。需要って奴だ」
「じゅよう? 何すか、それ?」
「もしかして、滋養の間違いじゃあ?」
「馬鹿っ、需要ってのは、必要だから求められる物の事を言うんだよっ」
クライドが隣にいるレオパルドとフレッドの頭を殴った。
ふむ。需要の意味が分かるという事は、それなりに頭が良いという事だろう。
この三人。使えるかもしれないな。
「……それじゃあ、この地区を牛耳っているチームはどんな所か分かる?」
「ああ『ランページクラブ』と『クリムゾン・ティガー』の二つだろう」
「勢力的にはどうなんだい?」
「どっちかと言うと『ランページクラブ』が優勢だな。何か最近活発に活動しているそうだぜ」
ふむ。どうやら北地区にあったチームが壊滅した事を聞いて、早く南地区を掌握しようと動いていると見た方が良いな。
だとしたら、暫くは南地区は静観した方が良いか? それとも僕が領主だとバレない様にしながら介入するべきか。これは帰ったら、リッシュモンドと相談しよう。
「後、最後に一つだけ良いかな」
「どうぞ。俺が知っている事なら、何でも話すぜ」
「店に入る前に、チラッと見たあの男の人は誰か分かる?」
「男? どんな奴だ?」
「両手の花状態で派手な格好をした人」
「ああ、あいつか。あいつはサンザジュウエモロンとか言う遊び人だよ」
「遊び人か」
何処かの金持ちの息子かなと思ったけど違ったか。
「兄貴。あの野郎の名前、そんな名前でしたか? 俺はザンザジュウエモンと聞きましたけど?」
「ちげえよ。二人共、あいつの名前はサンサジュウモンだよっ」
何か、三人の名前が微妙に違うのだけど、どういう事だ? 聞き間違い?
「俺が合ってるに決まってるだろうっ」
「いや、俺が合ってますよ」
「其処は俺だぜ。兄貴っ」
三人が言い合うので、手を挙げて静かにしてもらう。物理的に。
「静かにしろっ」
ルーティがそう言うと、三人の背後に居た部下の二人が三人の首元に短剣を突き付ける。
三人は短い悲鳴をあげる。
そして、僕は手を下げると、部下達は短剣を仕舞った。
「その、サンザ何とかはどんな人なんだ?」
「喧嘩に滅法強くて、見目も良いから、黙っていても女が寄って来るという男だ」
成程。所謂、強いイケメンと。
「ありがとう。それだけ分かったら十分だ。御礼にこの店で美味しい物を奢ろう」
「へ、へへ、そうかい。じゃあ、幾ら出せるんだ?」
「別に支払いについては気にしなくても良いよ」
「ちげえよ。この店は払う金に合わせて料理を作ってくれるんだよ」
「成程。そういう事か。ちなみに、この店の名前は?」
この店には看板が掛かってなかったので分からなかった。
「名無し。それがこの店の名前だよ」
名無しね。何か、スパイのコードネームみたいな店名だな。
そう思いつつ、僕はベルを鳴らして、給仕を呼んで金貨一枚渡した。
そして、出て来た料理は正直に言って美味しかった。




