第59話 ちょっと、そんなに笑わないでよ
報告云々は後にして、ユエの所に顔を出さないと。
そう思い、僕は立ち上がる。
「何かありましたか?」
「ああ、この事を、ユエに報告して話を聞こうと思ってね」
「分かりました。後の事はお任せを」
僕は頷くと、執務室を後にした。
執務室を出た僕は、とりあえず、護衛兼足代わりのアルトリアを探す事にした。
そうして、探していると。
メイド達とすれ違った。
横目でチラッと見て、早歩きして曲がり角まで行くと。
「領主様って可愛いわね」
「分かる~。持ち上げられて館に帰って来る所を見た人の話だと、目を涙で潤ませていたとか言っていたわ」
「やばい。何かその場面想像しただけで、胸がキュンとしてきた」
という会話をしていた。
くっ。これもすべて、ヘル姉さんの所為か。
そう思っていた所為なのか、向こう側からヘル姉さんがやってきた。
「おはよう。ヘル姉さん」
「・・・おはよう。リウイ」
朝の挨拶をして、その横を通り過ぎようとしたら。
グイっと、また襟首を掴まれた。
「何処に行くの?」
「ち、ちょっと、仕事の打ち合わせでディアーネ殿の所に」
「本当?」
ヘル姉さんは目を細める。
ユエの下に行くのは、本当なので首を縦に振る。
「・・・・・・分かった」
そう言って手を離してくれた。
ふぅ、よしこれで何の憂いも無く行けるな。
「心配だから、わたしの部下もつける」
「えっ⁉」
館を出た僕はアルトリアに跨りながら、ユエの店へと向かう。
行くのは良いのだけど。
「・・・はぁ~、どうしてこうなるのかな?」
「これも、し、主君の人徳というものだと思いますよ。わたしは」
アルトリアは何とも言えない顔をする。
そうだよな。何せ。
「「…………」」
黒い鎧と骸骨を模したフルフェイスの兜を被った騎士の一団が僕達を囲むように進んでいるのだから。
ヘル姉さんが護衛と言うかお目付け役として、自分の麾下の『死神騎士団』の中でも精鋭部隊と言われている第一部隊の一個小隊を貸してくれた。
皆、お揃いの黒い鎧と個人それぞれの武具で身を固めている。
正直に言って、一緒に歩きたくない。
流石に断ったのだが、何故か聞き入れてくれなかった。
むぅ、聞き訳がよくて話が分かる人だと思っていたのに。
「しかし、精鋭部隊を護衛として貸し出すという事は、主君の事を可愛いと思っている証拠では?」
「確かにそうだけど」
とは言え、これから向かう所は、別に危険地帯という訳でも無い。
なのに、こんな仰々しい護衛をつけなくても。
「それだけ、リウイ殿の事を大切に思っているという事ですよ」
僕達が話していると、横から話に割り込んくる者が来た。
その者はアルトリアの歩みに合わせる様に、騎乗している魔獣を操る。
「えっと、貴方は?」
「ご挨拶が遅れました上に、いきなり話に割り込んだ無礼をお許しを。わたしはヘルミーネ様麾下の『死神騎士団』の第一部隊部隊長のヨシュアと申します」
兜越しに挨拶するヨシュアさん。
声からして、男性のようだ。
「ヘルミーネ様からの命令は『リウイ様を危険な所に行きそうだったら止めて』という命令でした」
「ふう、弟離れして欲しいな」
「手の掛かる子ほど可愛いと思っているのでは?」
「そうかもね」
その後は、ヨシュアさんと他愛の無い話をした。
そうして、僕達はユエの店の前に着いた。
僕がアルトリアから降りると、ユエが店から出て来た。
「これはこれは、リウイ様。今日はどのような御用で?」
「ああ、今日は、・・・うん?」
ユエの顔を見たけど、何か笑いを堪えているような顔をしていた。
これは、もしかして、昨日の件を知っているのかな?
「・・・ディアーネ殿」
「くっ、し、失礼。では、店の中にご案内します。どうぞ」
ユエは僕を出来るだけ見ない様にしながら、店の中に案内しだした。
これは確実に知っているな。
アルトリア達を店の中で待機させて、僕はユエの案内で部屋に入る。
部屋に入るなり。ユエは笑い出した。
「くくく、すまない。話を聞いて笑ったのだが、こうして、お前に会うと思いだしてな」
「・・・そんなに笑う事ないじゃん」
僕は憮然とした顔でユエを見る。
ユエも悪いとは思っているのか、笑いを堪えようとしているのだが。僕を見ると。
「ぷっ」
手で口を抑えて、顔を背ける。
肩を震わせているのを見ると、余程ツボに入ったようだな。
「というか、どうしてその事を知ってるの?」
「あ、ああ、使者に出した部下が、丁度お前が店から出て来る所を見たそうだ。まるで親猫に咥えられた子猫ようだったと言っていたぞ」
むぅ、事実なだけに反論できない。
ニヤニヤしているユエを見て、このままこの話しを続けるのは不味いと思い、別の話しを振る。
「おほん。ところで、頼んでいた件はしてくれたのかい?」
「ああ、言われた通りにしておいたぞ。まぁ、別に同盟なんぞ組まなくても、わたし的には問題はないのだがな」
確かにね。もう商人としての地位は確立しているから、別に『ビアンコ・ピピストレロ』に他の地区に縄張りを作らせなくても良いしな。
「部下の話だと、快く受け入れてくれたそうだ」
「そうか。良かった」
其処の所を知りたかったからな。
あの時、ヘル姉さんが居なかったら、こんな面倒な事をしないでも良かったのだけどね。
「で、これから、どうするんだ? 真っ直ぐ屋敷に帰るのか?」
「……それ、分ってて聞いているだろう?」
「さてな」
ユエはそう言って、ほくそ笑む。
くそっ、絶対に分かってて言っているな。
このまま戻ったら、メイド達から生暖かい目で見られるかも知れないというのに。
「・・・ちょっと視察に行って来る」
「視察ね。良い言い訳だな」
くっ、その何かも悟った笑みが非常にイラッとくる。
でも、ユエ相手に口で勝てる自信はないので、此処は素直に引き下がる。
「じゃあね。また、用事が出来たら来るから」
「別に用事が無くても良いぞ。こちらとしては」
「今は無理かな」
何せ、姉さん達が居るから。
構いたがりとトラブルメーカーが居るから。
誰かとは言わないけど。
「そうか。それは残念だ」
ユエはそれほど残念そうな顔をしないで言う。
僕は席を立つと、ユエも席を立った。
「見送ろう。それぐらいはしてもよかろう?」
僕は何も言わず、ユエの好きにさせた。
ユエの店を出ると『死神騎士団』の方々に囲まれて歩き出す。
「リウイ様。このまま屋敷にお帰りと言う事で宜しいですか?」
ヨシュアさんがそう尋ねて来た。
「いや、ちょっと南地区に視察に行く」
「視察ですか? 本日の予定でそんな話は聞いておりませんが?」
「抜き打ちと言うか、お忍びでね」
って言って『死神騎士団』の人達と一緒に行っても、お忍びにならないか。
すんごく目立つから。
「分かりました。では、参りましょうか」
おっ、意外と話が分かる人のようだ。
てっきり「ヘルミーネ様に言われましたので、寄り道せずにお帰りを」とか言うのかと思っていた。
そう思っているのが顔に出ていたのか、ヨシュアさんは笑顔で答える。
「まぁ、昨日の一件の後でしたら、帰るのを躊躇するのは分かりますので」
苦笑しながら言うヨシュアさん。
あなた、良い人だ。
そう思いながら、僕達は他愛の無い話をしながら、南地区に向かう。




