第25話 初めての実戦
メイドさんに言われて、僕達は訓練場に集まった。
まだ、誰も来ていなかったが、僕達は固まって待つ事になった。
誰も来ていないので、皆は雑談しだした。
「近くの森に行くって言ってたけど、何が出るんだろうな?」
「獣じゃないか?」
「ここはファンタジー世界だから、スライムかも知れないぞ」
「それはゲームだろう。ここはゴブリンじゃないか?」
皆口々にどんな魔物が出るか言い合っていた。
(昨日調べたら、この王都の近くにいる魔物は獣系が多かったな)
図鑑によると『グレイウルフ』『ホーンラビット』『レッドディアー』がいると載っていた。
他にも何処かの土地から流れた魔物もいるかもしれないと書かれていた。
(まぁ、僕達の護衛に兵士が付いて来るから大丈夫だよね)
まさか、護衛も無しに戦闘させる事はしないだろう。
「ノブ、ちょっといいか?」
考えていると、ユエが話しかけてきた。
「なに、ユエ」
「今日は近くの森に行くと言っていたが、誰が私達を連れて行くと思う?」
「多分、王女様じゃないかな。もしくは、僕達を王宮まで護衛してくれた騎士団長だと思うな」
「そう考えるのが妥当だな」
「こういった訓練をして、慣れてきたら」
「戦争に投入されるだろうな」
そう訊くと、僕は自分の掌を見る。
日本に居た時は綺麗な手だったが、今は豆は出来ているし小さいが切り傷が幾つもある。
訓練をしている時に出来た傷だ。
この手を血で染めないといけないとは。
(決めた事とはいえ、少しくるな)
でも、そうしないと生きていけない。ならば、僕がする事は一つだ。
(出来る限り被害を抑えながら、この戦争を終わらせて、日本に帰る。例え、敵にどんな忌み嫌われようとも!)
そう決意していたら、騎士団長が何十人の兵士を連れてやってきた。
名前は確かレオンとか言っていたな。
「おはよう、諸君。もう分かっているだろうが、私が諸君の案内をする」
訓練場に居る皆に聞こえる様に、大きな声で話し掛ける。
「それでは、まずは自分にあった武器を選んで欲しい。訓練では刃引きした物だったが、今渡すのは正真正銘の人殺しが出来る物だ。扱いは慎重にするように」
レオン団長が言い終えると、兵士たちが武器が入った箱を持ってきた。
訓練と違い、槍と剣だけではなく、鈍器の類、弓、ハルバードと言われる斧槍、大剣、ファルシオンといった物があった。
皆、訓練とは違い自分の好きな物を取っていく。
僕は訓練と同じ物のグレイブを取る。
「全員、武器が渡ったな。次に渡すのは背負い袋だ。この袋の中には、水、食料、火を点ける道具等が入っている。これを一人一つ持つように」
兵士たちがその背負い袋を持っているので貰いに行く。
「それとこの背負い袋には『収納』の魔法が掛かっている。容量はそれほど大きくないが、色々な物を入れる事が出来るので、上手く使うように」
その声を聞きながら、僕達は背負い袋を持つ。
「次は四人一組になってもらいたい。これは森での戦闘の際に組むチームだと思って欲しい。森に入ったら、そのメンバーで森を回ってもらう」
まぁ、団体で固まって行動するよりも、少人数で行動した方が効率が良い。
誰と組もうかなと思っていたら、何時の間にか僕の周りにマイちゃん、ユエ、椎名さんが集まっていた。さっきまでそばには居なかったのに。
「よし、編成は終わったようだな。では、中庭で待機している馬車に乗ってもらう」
二十五人だから、何処かの組は五人になっているのだろう。
そう考えながら、僕達は中庭に向かう。
馬車に揺られながら、僕達は森へと向かう。
僕達が乗っている馬車は西部劇に出て来るような幌がついた馬車で、乗っているのは僕達四人とと護衛に騎士が二人だ。
(護衛とお目付け役も兼ねているのだろうな)
戦闘の心構えとかを教えつつ護衛をするなんて、大変だろうな。
他人事のように思っていたら、僕の右に座っている椎名さんが肩にもたれながら、僕の腕に自分の胸を押し付けてくる。
「・・・・・・♥ ・・・・・・♥ ・・・・・・」
「し、椎名さん」
「なにかな? 猪田君♥」
「その当たっているんだけど?」
何がとは言わないが、ある柔らかいモノが僕の腕に当たっている。
その所為で、僕の心臓が凄く早いビートを刻む。このままでは破裂すのるのではと思える早さだ。
「ええ、別にいいじゃない。だって、もうわたしは君に」
「はい、そこまでっ」
椎名さんが言うのを遮るように、左に座っているマイちゃんが僕を自分の方に引き寄せる。
それにより、僕の左腕に柔らかいモノが当たる。
しかし、マイちゃんはそんな事など気にせず椎名さんに話し掛ける。
「ノッ君が嫌がっているんだから、椎名さんも止めなよ」
僕を自分の物と言わんばかりに、きつく抱き締める。
それを見て、椎名さんはムッとした顔でマイちゃんを見る。
「猪田君が嫌がっているなら猪田君が言う事よ。なんで、真田さんが言うの?」
「ノッ君は優しいから、自分の口から言えないの。だから、代わりにあたしが言うのっ」
「真田さんは関係ないでしょうっ!」
「関係あるもん。あたしは幼なじみだからっ」
「全然関係ないわよっ!」
「有るわよ!」
二人は僕を挟んで睨み合った。
幻覚だろうか?
椎名さんの背中から、両手に刀を持った般若が見えるし。マイちゃんの背中からは今にも噛み付きそうな大きな虎が見える。
(おかしいな。睡眠はちゃんと取ったのに、疲れているのかな?)
軽く現実逃避をしていたら、僕の対面に座っている人が助け船を出す。
「二人共、じゃれあうのもそれくらいにしろ」
そこ言葉を聞いて、二人は声をした方に顔を向ける。
「別にじゃれあってなんかないわよ。ユエ」
「そうよ。わたしはそんな事なんかしてないわよ。張さん」
あれ、じゃれあっているといえるのかな。どう見ても一種即発の状況だったと思うけど。
「これからわたし達は、森で狩りをするのに二人が喧嘩していたら、ノブが大変だと思わないのか?」
「「うっ⁉」」
呻いた二人は、お互いの顔を見る。
「ごめんなさい。言い過ぎたわ」
「うんうん、わたしも少し浮かれていたわ」
渋々だが二人が謝るのを見て、安堵の息を吐く。
ユエをありがとうと目で伝えると、ウィンクしてきた。
「さて、森に着く前に。わたし達の装備の確認をしよう。持っている武器で配置を考えないといけないからな」
「そうだね。どんな武器か知っていたら、作戦も立てやすいしね」
僕が頷きまずは誰が最初に言うかなと思っていたら、マイちゃんが勢いよく手を挙げる。
「はいはい。まずはあたしっ。あたしの武器はこれっ」
マイちゃんが見せたのは、ナックルガードが付いたサーベルだった。
持ってみるとそれほど重くないので、女性でも簡単に振れるよう造られているのだろう。
こう見えて、マイちゃんは家の近くにあるフェンシング教室に今でも通っている。
「更にこれも持てば無敵だね!」
そう言って見せたのは、幅が狭い諸刃短剣だ。
「あたしの通っている教室で、両手で剣を持って戦う方法も教えてたからこれくらい出来るよ」
つまり、フランスの銃士みたいに右手にサーベル、左手に短剣を構えて戦う方法を教えているんだ。
伝統的な教育の場では学ぶこともあると聞いた事はあったけど、そうなんだ。
そう言えば、マイちゃん言い寄る男を追い払う際、よくハイキックをぶつけていたな。
もしかして、その教室でサバットでも習ったのだろうか?
なんて考えていると、次はユエが見せてきた。
「わたしの武器はこれだ」
手に持っているのは、実物で見るのは初めてだが某ゲームである武将が使う武器で有名な物だった。
「「ほ、方天画戟っ⁈」」
マイちゃんと僕は叫ぶが、椎名さんは首を傾げる。
「どうだ。前々から王都の武器屋に頼んで造らせた物だ。我が故郷で有名な武将が持っていた武器を持つ事が出来るなど、異世界に来てよかったと思うぞ!」
「「おおおおおおおおおっ‼」」
ちゃんと方天戟と違い、本来は両側に付いている三日月の形をした横刃で月牙と言われる物が、片方にしか付いていない。
「凄い‼ 凄いよ‼ ユエ。まさか、方天画戟をこの目で見る事が出来るなんてっ!」
「ふっふふふ、凄いだろう」
ユエが自慢気に胸を張る。それで胸が揺れたので、思わず目で追ってしまった。
「でも、その武器使えるの?」
「「あっ」」
言われてみたら、その通りだ。
でも、ユエは色々と武術を習っていると言っていたから大丈夫だろう。
「安心しろ。使えるから持ってきたんだ。じゃないと。ここまで持ってきはせん」
そう言うなら大丈夫だろう。
「じゃあ、次はわたしだね。わたしはこれらだよ」
そう言って椎名さんが見せたのは、長弓とナイフを二本だ。
椎名さんは弓道の心得があると前に訊いた事がある。
なので、弓は分かるのだが。
「どうして、ナイフ? しかもこれ変わった形しているね?」
そうなのだ。
このナイフはそれ程長くはないのだが、両刃で湾曲しているのだ。
「これね。名前は知らないけど。弓だけだと敵に接近された時の対処用に武器が欲しいなと思っていたら、この武器が目に付いたから、これにしたの」
「両刃だから、使い勝手は良いだろうね」
「うん、そう思ったわ」
「ノッ君はそれ?」
「うん、訓練の時はこれを使っていたから、無難にこれにしたよ」
そう言って、皆にグレイブを見せる。
話していたら、風に乗って木々の匂いがしてきたので、そろそろ森が近いようだ。
(いよいよか)
今日、初めて動物の命を狩ると思うと、緊張で心臓が音を立てて鳴る。
落ち着いて行けば大丈夫だと思い。僕は深呼吸をする。
森の前に着いた僕達は、馬車から降りると体を伸ばした。
「~~~~っ、ようやく体を動かせる」
「そうだな。やはり、馬車の中だと自由に動かせないからな」
「う~ん、木の良い匂いがするねっ」
マイちゃん達が体を伸ばす事で、女性の象徴と言える物がブルンブルンッと揺れた。
見てはいけないと思うのだが、つい目がその動きを追ってしまう。
僕もそうなのだから、護衛の騎士たちもそうなのかなと思い横目で見てみたら、二人はその揺れる胸に釘付けだった。
(仕方がないよね。男だもん)
同じ性を持つ者として理解できる。
マイちゃん達が森に入る前に前に、身体を痛めないようストレッチを始めた。
「一、二、一、二、一、二」
やっているのはラジオ体操なんだけど、先程体を伸ばす運動よりも激しい動きをするので、胸が更に激しく揺れる。
(おおおおおおおおおっ‼ む、むねがさっきよりも激しくゆ、揺れているっ!)
僕も騎士達もその胸の動きに目を奪われる。
「~~~~~~っ、ま、まずい」
「は、はなじが・・・・・・」
騎士の人達には刺激が強すぎたようで、二人共鼻を抑えながら目を反らす。
僕もこのまま見ていたら、鼻から血が出そうだ。
後ろに振り向こうとしたら、椎名さんが声を掛けてきた。
「猪田君もストレッチしようよ。じゃないと、身体を痛めるよ」
「えっ⁉ でも・・・・・・」
「ほら、早く」
椎名さんが手招きするので、僕は渋々だが椎名さん達がストレッチしている所に行く。
僕もストレッチに参加したが、三人に比べたら僕は体が固いようで、している最中悲鳴を上げた。
終わる頃には、身体の節々が痛かった。
「いたたたっ、まさかストレッチをしただけでこんなに痛いなんて・・・・・・」
「日頃の運動不足だね」
「だな、王宮に戻ったら毎朝柔軟体操をしたらどうだ?」
「う、う~ん・・・・・・・」
椎名さんもどうやら同意見のようだ。
程よく体を解せたので、僕達は森に入る。
先頭はマイちゃんと騎士の一人で、真ん中に僕とユエ、最後尾に椎名さんともう一人の騎士とい隊列だ。最後尾に騎士の人を入れたのは、後ろからの攻撃に備える為だ。
今回は日帰りの予定なので、森の奥まで行く事はしないそうだ。
僕達は周囲を警戒しながら歩き出す。
草と土を踏みしめる音を立てながら、歩いていると茂みの向こうが微かに揺れだした。
その揺れを見て、僕達は即座に武器を構える。
(な、なにが来る?)
ドキドキしながら、茂みの向こうから出て来るのを待つ。
そして出て来たのは、大きなウサギだった。
元の世界に居たウサギと同じく、赤い目に白い毛皮をしているが頭の所に角が一本生えていた。
これは図鑑に載っていた『ホーンラビット』だ。
図鑑に載っていた絵にそっくりだ。
「あっ、可愛い」
マイちゃんがそう言って撫でようと近寄る。
側に居た騎士と僕は制止しようとしたが、既に頭を撫でれる所まで着ていた。
「キュッ、キュウウウウウウッ!」
ホーンラビットが吠えながら、マイちゃんに突っ込こむ。
(危ない⁉)
僕はホーンラビットの角がマイちゃんの体を貫くと思っていたら、なんと、マイちゃんが上半身を反らして、その突撃を躱した。
そしてすれ違いざまに持っている短剣で突いた。
「はああああっ‼」
ドスッという音を立てて短剣がホーンラビットの体を貫く。
貫かれたホーンラビットは体を痙攣させるが、直ぐに停まり動かなくなった。
マイちゃんは動かないのを確認して、ゆっくりと剣を抜いた。
「ふぅ、ビックリした」
袖で汗を拭き、剣に付いている血を振って落とす。
「おお、なかなか鮮やかな手並みだな。マイ」
ユエは感心したように拍手する。
「凄いね! わたしはてっきりやられたと思ったよ」
椎名さんもその手並みに感心していた。
マイちゃんは褒められて嬉しいのか、照れ臭そうに頭を掻く。
確かに見事な手並みだったけど、不用意に近づきすぎだ。
騎士の人達も、注意すべきか迷っている。
(ここは僕が言わないと駄目だな)
そう思い、マイちゃんに声を掛ける。
「マイちゃん」
「なに、ノッ君?」
「ちょっと正座」
「え~、何で??」
「いいから、正座」
「でも」
「正座」
「はい」
マイちゃんは武器を仕舞ってその場に正座してくれた。
僕は息を深く吸って、口を開いた。
「いいかい、マイちゃん。ここは僕達が居た世界じゃないんだから、不用意に動物に近付かないようにしないと駄目だよ。今回は偶々防げたけど、次はそうとは限らないのだから」
「は~い」
「返事は伸ばさない‼」
「はい」
「それと、前衛なんだから勝手に僕達から離れたら駄目。隊列が乱れてしまう危険性があるんだから」
その後も言葉を続けようとしたが、僕の後ろの茂みから木が揺れる音がした。
僕は即座に振り向き、武器を構えた。
マイちゃんも立ち上がり武器を構え、他の人達も武器を構えた。
何が出て来るのかと身構えていると、茂みから影が飛び出してきた。
その影は僕を襲いかかる。
その突撃をグレイブで受け止めた。
「く、くううううううっ!」
襲いかかる事で姿が見えた。
これは『グレイウルフ』だ。
呼び名の通りに、灰色毛皮をした狼だ。
グレイウルフの重みで仰向けに倒れるのを耐え、僕は飛んで来たグレイウルフを押しのけた。
押しのけられたグレイウルフは空中で一回転して、地面に着地した。
「器用な事をするな。番犬代わりに飼うとか聞いていたけど、意外に知能もあるのか?」
僕がそう呟いていると、グレイウルフは毛を逆立てて威嚇する。
対峙しながら、僕は周りの状況を見る。
他の人達にもグレイウルフが襲い掛かっているので、援護は期待できない。
ならば、一人で倒すしかない。
武器を握る手に力を込めて、僕はグレイウルフに一撃をくわえる。
「ていっ」
グレイウルフの身体目掛けて突く。
その突きは、それほど早くないので、横に避けられた。
(よし、これでっ)
突きが避けられるのは想定内。その次が本当の攻撃だ。
僕はグレイブを戻さないで、刃を横にして薙ぎ払う。
避けたと思って攻撃が、自分に襲いかかって来た。グレイウルフは避ける事が出来ず、その攻撃を受けてしまう。
「ギャンッ」
グレイウルフは悲鳴を上げて倒れる。
マイちゃんみたいに一撃で仕留める事が出来なかった。グレイウルフの体は横一文字に切り裂かれてたいた。
「・・・・・・・・」
戦いの素人である僕が見ても、これは致命傷だと分かる。
グレイウルフもそれが分かっているのか、目をつぶり動かない。
無様に暴れると思っていたが、獣の意地みたいなものだろうか。死ぬ時は潔く死ぬつもりのようだ。
「・・・・・・・ごめん」
僕はそう言って、グレイブを振るってグレイウルフの首を切る。
グレイウルフは悲鳴を上げず、身体をビクッと震わせて動かなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・」
僕は初めて命を奪った。
それでなのか、手が微かに震えていた。
気を取り直すために、空を見ようとしたら。赤い狼煙が上がっているのが見えた。
「あれは・・・・・・・・」
確か、赤い狼煙は緊急事態発生だった筈だ。
狼煙が上がったのを見て、僕達は急いでその場所に向かう。
そうして走る事数十分。
狼煙が上がった所に着いた。
そこに居たのは、騎士達とクラスメーが一人居た。
「おお、来てくれたか。これで何とかなるだろう」
騎士に一人が安堵したように言う。
僕は先程から気になっている事を、ここに居る騎士達に訊いた。
「クラスメート達の姿が見えないのですが。どうかしましたか?」
四人一組で行動している筈なのに、何故か一人しかいない。
それを聞いた騎士達は、気まずそうに互いのを顔を見て頷き、おもむろに口を開く。
「貴女のお仲間達はあそこに入りました」
騎士の一人が指で示した先には、洞穴があった。
それを指差すという事は、つまり。
「あの洞穴に入ったんですか⁉」
「ああ、そうだ」
「詳しい経緯を話して頂けますか」
僕がそう言うと、騎士が頷いて事のあらましを言ってくれた。
話はこうだ。
このメンバーも順調に魔物討伐をしていたが、その途中でこの洞穴を見つけたそうだ。
中を窺って見ると、薄暗く何も見えない。
下手に入るよりも、ここは報告だけして後日調査しようとしたが、クラスメート達が「何があるか入って見たら分かるだろう」と言って制止も聞かず洞穴の中に入ってしまった。
という事があり、狼煙を上げたそうだ。
僕はその話を聞いて、何て迂闊なと思った。
何が居るか分からない所に、装備も万端とはいいがたい状態で入るなんて自殺行為に等しい。
誰だよ、そんな事言ったのは?
「えっと、誰が入ったの?」
残っているクラスメートの村松瀬奈さんに訊いた。
ショートカットした茶髪。肌は焼いているのか僕達に比べると少し黒い肌だ。大きく開いた目。
少しいやかなり着崩した制服で、少々目のやり場に困る。
シャツを開けているので、ブラと胸が見えそうだ。
でも、ギリギリで見えない所をキープしている、あざとい恰好をしている。
「えっと、穴に入ったのは、キモデブとチャラ男とその取り巻きだよ」
話を聞いた所、入ったのは北畠智和君と長坂勝介と長坂君の友人の跡部信茂君のようだ。跡部君はよく長坂君と一緒に行動しているからな。
「何で入ったか分かる?」
「何かキモデブがこの洞穴を見て『デュフフフ、こんな所にある洞穴は絶対に伝説の武器が有るに決まっている。ゲームだとそうだから間違いない』とか言って入って、その後をチャラ男と取り巻きが『あいつにそんな物持たせられるかっ!』とか言って入って行ったよ」
それを聞いて、頭が痛くなった。
(正直、馬鹿としか言えない。ここはゲームじゃなくて現実だぞ。死んだらそこで終わりなのにっ)
連れ戻しに行きたくても、騎士が四人で僕達は五人だ。
現状の戦力では少し心細い。
(まだ、魔法の手ほどきを受けていないから、魔法は使えないし。どうしよう・・・・・・・)
何か良い考えがないかと考えていたら、ユエが何処からか木を持ってきた。
生木を折ったのではなく、枯れ木を山のように洞穴の前に積む。
「えっ、ちょっ、ちょっと、ユエ⁉」
「よし、後はこれで火を点ければ」
ユエは背負い袋から火を点ける道具を出して、火を点けた。
この道具は箱の中に黒い物体が入っている、その物体を適当に取る。物体自体は粘土のように柔らかいので、簡単に取れる。その手の中でこねる。すると物体が熱くなるので、それを木に付けると発火する仕組みだそうだ。
ユエはその手順に従い、火を点けた。
木が燃えて煙があがる。
手で煽いで、煙を洞穴の中に漂わせる。
(まぁ、枯れ木を積んだ時からする事は分かっていたけどね)
ちなみに切られて直ぐの生木に火をつけても中々燃えない。何でかと言うと、切られて直ぐの生木には水分を大量に含んでいるので燃えにくいのだ。逆に枯れ木だと水分が殆どないので燃えやすい。
「ユエ、クラスメートなんだから声を掛けて出て来るように言った方が、良いと思うんだけど」
「いや、あんな自己中の奴らにはこれくらいした方が良い」
「やり過ぎだよ」
「なに、直ぐに出て来る。・・・・・・んっ」
洞穴の中から、複数の走る足音が聞こえてくる。
「ほらな、こうした方が早いだろう」
「後で謝りなよ」
「ふん、向こうが先に謝ったら、なにっ⁉」
複数の足音がしたので、長坂君達だと思っていたら違った。
洞穴から出て来たのは、子供くらいの身長で緑色の肌をした醜い顔をした小人だった。
皮の鎧を纏い、手には小剣と木の盾を持っている。
「ご、ゴブリンっ⁉」
「何でこんな所にいる⁉」
騎士達は剣を構え、戦闘体勢に移行した。
「小鬼? これが・・・・・・」
確か鬼人族と言われる種族に最も多い種と図鑑に書かれていた。
知能はそれほど高くないが、器用であり汎用性と繁殖力が高いので、様々な職種をしているとも書かれていた。
しかし、ここは鬼人族の領地ではなく、人間のそれも王都の近くの森だ。
何故ここに居ると思うが、今はそれよりもこいつらを倒すのが先だ。
僕達は騎士達に少し遅れて戦闘態勢に入った。
「ひいいいいっ⁉」
村松さんは突然の事で驚いて尻餅をついていた。
ゴブリンは村松さんを見て、ニタリと笑みを浮かべて跳び掛かった。
「危ない⁉」
僕はゴブリンと村松さんの間に入り込む。
「はぁっ!」
掛け声と共にグレイブを薙ぎ払う。
ゴブリンは跳んでしまったので、空中に居るので避ける事が出来ず剣で防ぐ事も出来ない。
身体を真っ二つにされて、臓腑と血をぶちまけながら息絶えた。
顔に熱いものが掛かる。少し顔に血が付いたようだ。
袖で拭い、袖を見ると緑色の液体が染みていた。
「ゴブリンの血の色は緑色なんだ」
緑色の血を流しながら息絶えたゴブリンを見た。悲痛に満ちた顔で光宿さない瞳が僕を見る。
更に辺りに漂う血の匂いが、胃から何かがこみ上げてくる。
「ぐっ・・・・・・・・!」
手で口を抑えて、何とか吐くのを堪えた。
「・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
息を吸って気を正す。
深呼吸しいたら、背中をさすられた。
誰だろうと思っていたら、村松さんが背中をさすってくれた。
「大丈夫?」
「う、うん、ありがとう」
「ごめんね。あたしが驚いて、何も出来なかったから」
「別に村松さんの所為じゃないよ。気にしないで」
「あたしはもう大丈夫だから。イノッチは少し下がりなよ」
「でも」
「いいからいいから、それにもう終わりそうだし」
そう言われて、周囲を見るともうかなり片付いていた。
騎士達は簡単に倒しているし、ユエも方天画戟をぶん回して、数匹を纏めて倒している。
椎名さんも矢を放ち仕留めているし、マイちゃんもなんなく倒していた。
「皆、凄いな」
僕なんか、やっと一匹倒したばかりなのに皆既に何匹も倒していた。
「さてと、あたしも一匹くらい倒さないとね」
村松さんはそう言って、モーニングスターを構えた。
女性でも振り回せるように小さく出来ている。
村松さんは鉄球を振り回して、ゴブリンを襲う。
「えええいっ!」
振り下ろした鉄球をゴブリンの頭に当たる。
「%&$$##”$$&&⁉」
頭に直撃したので、意味分からない悲鳴を上げて倒れるゴブリン。
「よ~し、次いくわよ」
村松さんは鉄球を振り回しながら、次の獲物に向かう。
(皆、強いなぁ)
正直、僕よりも強いなあと思った。
そう思っていたら、皆ゴブリンを倒し終えていた。
「ふぅ、ようやく終わったか」
「これで全部かな?」
「多分、そうだと思う」
「いやぁ、チャンチャン達も強いね~」
「瀬奈。そのチャンチャンは止めろ」
「えええっ、いいじゃん別に」
ユエと村松さんが話している。そう言えば、二人はよく話しているのを見たな。
そう話しているのを見ていたら、騎士達四人が洞穴に入って行く。
中にまだゴブリンが居るか確認の為だろう。
入ってから少しして、騎士の一人が僕達と同じ制服を着た人達の死体が見つかったと言ってきた。




