閑話 ロンチュンの企み。
今回はロンチュン視点です。
「ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんっっっ⁉」
俺は鉄の様に硬いアイアン・ビートルの革で出来た袋に砂を詰めて、天上に吊るして拳を叩き込んでいた。
袋には憎んでも憎み足りないリウイという男の似顔絵を描いた紙を張りつけている。
紙に端には、打倒、リウイと書いてある。
怒りを込めながら、俺は袋に拳を叩きつける。
「ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふんっ」
先程と連打とは違い、今度は力強く叩きつける。
「おりゃあああっ‼」
最後の一撃とばかりに叩き付けると、袋に穴が空いた。
それを見て、俺は少し休憩する事にした。
「おい。俺の休憩が終るまでに、新しい袋を用意しておけよ」
「へい、了解です」
手下が答えると、俺は傍にあるタオルを手に取り、首や顎などに流れている汗を拭く。
そして、自分専用の椅子に座る。
俺が椅子に座ると、手下達が天井に吊り下がっている袋をどかして、新しい袋を持ってこようと、何処かに行く。
その間に、俺は一息ついた。
「大将。どうしたのです。今日は何時もより格段と激しい鍛練をしているようですが」
そう、俺に訊ねて来るのは、俺の側近で友人でもあるリュウキだ。
俺がこの都市に行く事にした時にも付いて来てくれた良い奴だ。
「ああ、実はな」
俺が館に行った時の事を話した。
昨日、部下が先走って『プゼルセイレーン』のたまり場にカチコミに行ってしまった。
それで『プゼルセイレーン』とぶつかっていたら、都市の警備兵に捕まったそうだ。
捕まるのに逃れた手下の話だと、敵のチームとぶつかっていたら、金髪の幼女が割り込んできて、その幼女がいきなり美女になって、両チームのメンバーを魔法で倒したとか言い出した。
正直、訳が分からなかったが、手下が捕まっているので、俺は覆面で顔を隠して領主の館に行った。
そして、俺は手下たちを返してくれるように懇願した。
とりあえず、出した被害の補填になるものを用意すると言ったので、領主も何となく了承しようとしていたが、そこに可愛い妹であるランシュエがやってきた。
そこで。
「ランが、あのランが、自分の『逆鱗』を捧げるとか言い出したんだぞっ!」
俺は激昂するが、リュウキはというと。
「へぇ、あの真面目な子がそんな事を言うとはな、あの子にも春が来たんだな」
何か、複雑そうな顔をしていやがるっ。
「てめぇ、俺の可愛い妹が『逆鱗』を捧げるってのに、何だ。その反応はっ!」
俺は立ち上がり、リュウキの胸倉をつかむ。
リュウキは涼しい顔で言いだす。
「だってよ。あの子って可愛い顔立ちだけど、真面目過ぎだろう。嫁の行き手が心配だったじゃねえか、それを自分の『逆鱗』を捧げる程の好きな人が出来たんだぞ。ここは、喜ぶべきじゃないか?」
「ばかやろうっ。妹が嫁に行く先は、せめて俺よりも強い奴じゃないとぜったいに認めないからなっ」
「はいはい。お前の妹大好き病もここまで来ると面倒だな。……案外、こいつが居るから、嫁の行き手がないのかもな」
「何か言ったか?」
「別に」
俺はリュウキの胸倉から手を離して、椅子に座り込む。
ああ、何かイライラしてきた。早く袋は来ないのか?
「それにしても、この袋に貼っていた似顔絵は良く書けてたな」
「ふん。当然だ。俺にかかれば造作もない」
「見た目に反して、絵が上手いよな。お前って」
「それは褒めているのか?」
「さぁ?」
肩を竦めるリュウキ。
こいつとは一度、其処の所を話し合った方が良さそうだな。
「お頭‼ ちょっと良いですか?」
「馬鹿野郎っ」
手下の一人が俺にそう声を掛けて来たので、頭を拳骨で殴った。
「誰が、お頭だっ。俺の事はリーダーもしくは大将と呼べっ」
「す、すいません」
ったく、俺は山賊の頭じゃねえっつうの。
「まぁ、お似合いだと思うけどな」
「リュウキ。お前が俺の事をどう思っているのか、今の言葉でよぅく分かった気がするぜ」
「そんな事よりも、ほれ、何か報告に来たようだぜ」
「っち、まぁ、いい。それで、何の用だ?」
「へい。何か東地区にある商会の会長っていう奴が、リーダーに会わせろと言ってきたのですが、どうします?」
「はぁ? 商会?」
何で、商人が俺に用があるんだ?
分からんな。ここは知恵袋である俺はリュウキを見る。
リュウキも分からないのか、両手を天井に見せて、肩を竦める。
分からないか。まぁ、他のチームの奴らが送って来た鉄砲玉じゃねえだろう。
「よし。会おう」
「えっ? 良いんですかい?」
「会わねえと、何の目的で来たか分からないだろうが、此処に通せ」
「へい。分かりました」
手下がそう言って、その会いたい奴の所に向かう。
少しして、手下が男女二人を連れて来た。
男性の方が、女性の後ろに控えるように立っているので、護衛のようだ。
で、その女性はと言うと、何というか華がある女性だった。
一番、目が行くのは胸だった。
動く度に、胸が上下に揺れるんだよ。その動きに、目が奪われる。
「お初にお目にかかる。わたしは『鳳凰商会』の会長をしているディアーネと申します」
「お、おう、俺は『デッドリースネイク』のリーダーをしているロンチュンだ」
「まずは、いきなり訪ねてきましたのに、こうしてお目通りして頂きありがとうございます」
ディアーネと言う女性は頭を下げた。
「あ、ああ、それで、何の用で此処に来たんだ?」
「ええ、実は商圏の拡大しようと、西地区でマーケットを行いたいのです」
「マーケットか」
ふむ。悪くないな。
こちらも何かしら売り物を出せば、利益は出るだろう。
俺に話を持って来たのは、マーケットを妨害されないようにする為だろう。
「勿論、売り上げの三割をそちらに渡します」
三割か。悪くないな。
「よし。じゃあ、俺達がケツを持ってやろう」
「ありがとうございます。それで、一つ相談があるのですが」
「相談?」
「ええ、マーケットをする場所の隅で見世物をしようと思います」
「見世物か」
何か、曲芸でもするのか?
「そこで、ロンチェン様も出ませんか?」
「俺がか?」
「はい。するのは、ボクシングという興行です」
「ぼくしんぐ?」
何だ。それは?
「ボクシングというのは、異世界から伝わったスポーツです。ルールは」
ディアーネからそのぼくしんぐ? とやらの説明を聞いた。
「成程な。面白そうだな」
「ええ、相手はこちらが用意しますね」
「……ちょっと良いか」
「はい。何でしょうか?」
「その相手は俺が指名しても良いか?」
「別に構いませんが、どなたを指名するのですか?」
「うむ。妹の勤め先の上司をな」
「分かりました。では、そちらから、お声を掛けてくれますか」
「うむ。了解した」
「では、後日、改めて場所の設定などの話しをしたいと思います」
「ああ、分かった」
「……」
うん? 今、『計画通り』とか言わなかったか、この女。
「では、後日」
「ああ」
ディアーネという女は一礼して、帰って行った。
むふふふ。あのリウイをボコボコに出来るとは願ってもみないな。
「ふふふふ」
思わず、声に出して笑ったが、まぁ良いだろう。
さて、後はランに手紙を書くとしよう。