第39話 姉が迷惑をかけてすみません。
ロゼ姉さんをシャリュに預けた僕は『プゼルセイレーン』の溜り場になっているバーに向かう。
護衛はルーティが率いる部隊の半数が付いてきて、影から僕を護衛している。
残りは半数はロゼ姉さんの護衛として残ってくれた。
ロゼ姉さんと別れて、少し歩くと目的の店の前まで来た。
店はまだ営業しているのか、賑やかな声が店内から聞こえてくる。
僕が店の前まで来て振り返ると、物陰からルーティ達の姿が見えた。
それを確認した僕は扉を開けて、店の中に入った。
店の中はほぼ満席状態であった。
空いているのはカウンター席だけだった。
そのカウンター席に目を向けると、其処にはティナが座っていた。
僕が入って来た時には気付いていたのか、僕を見るなり手を振る。
丁度、ティナが座っている所の隣が空いていたので、僕は其処に座る事にした。
「今日は一人で来たの?」
「当然。一応、任務扱いだから、堂々と正面から出てこれたわ。母さん達も今日は付いてこないそうよ」
「そうか」
僕はカウンター席の向かいに居るマスターを見る。
「注文いいかな」
「何にするんだ?」
「パンとこの店の名物と、飲み物は・・・・・・ミルクで」
一応、成人ではない事を考えてミルクにした。
決して、ロゼ姉さんが注意したからではない。
「あいよ」
マスターがそう答えると、料理を作りだした。
何が出来るか楽しみだな。
そう思いながらも、周囲のテーブルに目を向ける。
そろそろ『プゼルセイレーン』のメンバーが居てもおかしくない時間だからだ。
見ていると、包帯を巻いた人達がガイウスに話しかけているのが見えた。
「副リーダー。あのちっこいのに仕返ししないと、俺達の面子が丸つぶれだ。だから、俺達に探す許可をくれっ」
「チームの奴ら、全員を使わなくて良いんだ。俺達だけで良いから、たのんます」
包帯を巻いている人達はガイウスに頼み込んでいる。
ちっこいのと言っていたから、多分、ロゼ姉さんの事だろうな。
すいません。姉が迷惑を掛けて。
そう、心の中で謝っていると。
「ねえ、あの人達。ガイウスに頼み込んでいるけど、何かあったの?」
ティナはガイウス達の話しを聞いて、何があったのか気になったのか、マスターに訊ねる。
「俺も詳しくは知らないが、昼頃に偽物の商品を売っていた露店付近で騒ぎがあってな、そこに駆け付けたメンバーたちが、その騒ぎを起こした奴を捕まえようとしたが、逆に返り討ちにあったそうだ。で、そこにリーダーと副リーダーが着くと、駆け付けたメンバーたちは地面にキスをしていたそうだ」
「地面にキス?」
「うつ伏せに倒れたという事だよ」
「ああ、成程」
「で、リーダーたちはその騒ぎを起こした奴と一戦交えたそうだが、直ぐに終わったそうだ」
「何で?」
「その場に領主直轄のダークエルフ部隊が現れたからだそうだ。その騒ぎを起こした奴は、ダークエルフの部隊と一緒に行動している事から、領主の部隊じゃないかと言われているぞ」
「へぇ、……うん? ダークエルフって、もしかして」
ティナは勘づいた様で、僕を見る。
僕も何も言わず頷いた。
「ああ、成程」
ティナはそれで分かったのか、何も言わなかった。
話が分かる幼馴染で助かるよ。
「お待ち」
マスターが料理を運んで来た。
パンと皿に盛られた何かを焼いた肉とミルクが出て来た。
「これは何の肉ですか?」
「ブラウンブルの肉だ。焼いた時の出た肉汁をソースにかけている」
これが、ブラウンブルか。
この都市の近くにいる魔獣で、比較的に弱いので庶民でも食べられる肉だ。
館ではこの肉は出ないので、どんな味が楽しみだな。
「いっただきまーす」
「美味しい?」
「まだ、食べてないから」
僕はフォークで突き刺して、ナイフで一口分に切り分ける。
そして、口の中に入れようとしたら。
カランカラン‼
ドアに付けられている鈴が鳴りだした。
僕はその音を聞いて、肩越しに音が聞こえた先を見る。
「・・・げっ‼」
思わず呻く僕。
何故なら、扉を開けたのはロゼ姉さんだった。
「……ねぇ、あれってロゼティータ様じゃない?」
「僕に聞かないでくれるかな」
「じゃあ、誰に訊けば良いのよ」
本人に聞いてくれよ。
僕達は部屋の隅に移動して、身を隠す。
それが功を奏したのか、ロゼ姉さんは周りをキョロキョロしだした。
そんな事をするという事は、僕達を見つけていないという事だ。
僕達は安堵の息を貰した。
そして、直ぐに鈴が鳴りだした。
「ロゼティータ様。こちらにおられましたかっ‼」
シャリュが店に入って来た。
流石にシャリュだけじゃあ、ロゼ姉さんは抑えきれなかったか。
「おお、シャリュか。なに、この店にリィンがいる気がしてな」
「何故、そう言えるのですか?」
「勘じゃな。妾の勘はこれでもあまり外れないのじゃ」
相変わらず鋭い勘をお持ちで。
小さい頃から何処に隠れても、何故か、ロゼ姉さんには直ぐに見つけられたんだよな。
「リウイ様は仕事で行ったのですから、お仕事の邪魔をしてはいけませんっ」
「じゃがの、あやつはまだ成人しておらんのだぞ。それなのに、このような時間歩き回るなど、流石に姉として問題があると思うのじゃ」
「それについては、奥様やソフィー様が言うと思いますので、今は館に戻りましょうっ」
シャリュは何とか、ロゼ姉さんをこの場から連れてだそうとしているが。
「あん? この喋り方」
「何処かで、・・・・・・ああっ、あん時のクソガキッ‼」
まずい。『プゼルセイレーン』のメンバーの人達も気が付いてしまった。
「クソガキ?」
しかも、ロゼ姉さんは『ガキ』と言われて、怒っているし‼
まずいな。このままでは、一悶着はおこりそうだ。
「このガキがっ、何しに来やがった⁉」
「そんな事よりも、此処に来たんだ。ちょっと、世間の厳しさをという奴を教えてやろうじゃねえかっ」
ああ、メンバーの人達は戦闘状態に移行している。
「……………」
ガイウスも剣をいつでも抜けるようにしている。
「ふん。ゴロツキ共が、良いじゃろう。相手をしてくれるわっ」
ロゼ姉さんも戦闘態勢に移行しているし、シャリュも何かの構えを取り出した。
このままでは戦闘かと思われた瞬間。
ドゴンッッ‼
カウンター席の一角に拳が叩き付けれていた。
その拳が当たった所は、丁度僕の料理がある所の近くで、その拳に衝撃で宙に浮かんで、地面にブチまかれた。
ああ、まだ一口も口つけていないのに、勿体ない。
そして、カウンターに拳を叩きつけた人、この店のマスターはロゼ姉さん達を見る。
「此処は、メシを食う所だ。暴れたいなら、外に出なっ」
静かだが声が怒っているのが分かった。
マスターの声を聞いて、皆、静かになった。
これで治まったかと思われた瞬間。
ガシャアアアアンッッッ‼
今度は、何だ⁉
そう思いながら、音がした方を見る。
店の窓が割れていた。
窓の向こうには、何か人がいる。
あの旗は『デッドリースネイク』の旗だ。
「御機嫌よう! 『プゼルセイレーン』のくそったれ共⁈ 宣戦布告の挨拶に来たぜっ!」
割れた窓越しに見るので、よく顔は分からないが、声からして男性だろう。
その男性がそう言いだした。
「何じゃ? あ奴ら」
「やろうっ。殴り込みかっ」
「ふざけやがって、二度とそんな口を叩けない様にしてやるっ」
怒り心頭の『プゼルセイレーン』のメンバー達は店の外に出て行き、そのまま喧嘩になった。
「ぶちのめせっ」
「返り討ちにしてやれっ」
そんな声と共に、二つのチームのメンバーがぶつかりあった。
人数で言えば『プゼルセイレーン』の方が多いのだが、事前の準備は整っていたのか装備の面で言えば『デッドリースネイク』の方が良い。
鉄棒、ナイフ、篭手っとあと木材持っている人も居るな。
たいして『プゼルセイレーン』の殆どは素手だ。
こちらの方が分が悪いな。
「どうしたらいいかな?」
僕が出て行ったら、ロゼ姉さんに僕がゴロツキのチームに入っている事がバレるからな。
もし、バレたら他の姉さん達に伝わるのも時間の問題だ。
これで、もしイザドラ姉さんにバレようものなら。
龍の姿になって、この都市まで飛んできて焼き尽くしそうだ。
ううっ。想像するだけで恐ろしい。
それも恐ろしいが、今は、目先の問題が先だ。
さて、どうやって止めさせるか。
「お主ら、こんなところで喧嘩するくらいならば、都市の外でせんか。こんな人が通る所でされたら迷惑千万じゃぞ」
そう考えていると、ロゼ姉さんの声が聞こえて来た。
喧噪の中で、姉さんの声がハッキリ聞こえるのは何故だ?
僕は窓から恐る恐る顔を出すと、ロゼ姉さんが魔法を使って両チームの全メンバーを捕まえていた。
凄いな。流石は姉さんだ。
そう感心していると『デッドリースネイク』の人が叫んだ。
「な、何だ。手前は⁉」
「妾か。そうよな、妾は……ただの通りすがりのないすばでぃの美女じゃ」
「「「いや、自分でないすばでぃとか言わないからっ」」」
ロゼ姉さんの言葉に、皆して突っ込んだ。
「というか、その体形で美女はねえだろう。美女はっ」
「せめて、美少女と言えよっ」
そこの所は突っ込まないでください。姉さんも自分でないのは認めていますから。
「ふん。このないすばでぃの良さを分からんとは、お主らの目は節穴のようじゃな」
憐れむような目で溜め息を吐く姉さん。
「おいおい。お前等のチームにはこんなちっこいガキも居るのか?」
「つええのは分かるけどよ。こんな小さかったら、酒も飲めねえだろ」
「ガキじゃと、失礼な奴じゃな。妾はこれでも成人しておるんじゃぞ」
胸を張るロゼ姉さん。
無い胸を張っても、笑うしかないと思うな。
「「「…………ぷっ、ぷっはははははっはははは⁉」」」
そんなロゼ姉さんを見て、皆笑い出した。
その気持ちはわかる。けど。
「ティナ。隙を見て逃げるよ」
「了解」
ティナもロゼ姉さんとの付き合いはなんだかんだ言って長い。
なので、姉さんが気が短い事を知っている。
「ほっほほ、面白い」
ロゼ姉さんが指を鳴らすと、両チームのメンバーを拘束していた魔法を解除した。
拘束を解かれた人達は、身体の調子を確認しながら、ロゼ姉さんを見る。
「人の体形を馬鹿にするとはいい度胸じゃ。そして、血の気が多いようじゃ。そんなに暴れたいなら、妾が相手してやる。掛かって来い」
ロゼ姉さんが手招きしだした。
「やばい。ロゼ姉さん、本気を出す気だ」
「本気? どういう意味?」
「ティナは知らないか。普段からロゼ姉さんは無駄な魔力の発散を防ぐために、魔力操作してあんな姿を取っているんだ」
「そうなの?」
「うん。で、その魔力操作を解除すると」
「すると?」
「・・・ここら辺一帯は尋常じゃない被害が出るだろうな」
「そんなに⁈ じゃあ、止めないとっ、って、無理か」
「うん。僕が出たらめんどくさい事になるからね」
「ここはシャリュを連れて逃げる事にしよう」
「了解」
僕達は店の中でオロオロしているシャリュを背中を叩く。
「リウイ様っ⁉」
「後で話を聞くから逃げるよっ」
「はいっ」
幸い、皆、姉さん達に目を向けているので、僕達を気にする人も居ないだろう。
注意が姉さんに向いている隙に、僕達は店から逃げ出した。
僕達が店を出てから、少しして店がある方から、派手な破壊音が聞こえて来た。
「頼むから、死人は出ませんように」
それだけ祈りながら、僕は全速力でその場を逃げ出す。