第37話 では、西地区に行こうとしたら
ロゼ姉さんの説教が終るのを見計らい、僕はアルネブと別れて、外に出る。
外にはリッシュモンドが選んでくれた護衛と共に待っていた。
そこに居るのは、ルーティのエルフ部隊だ。
その数、五十人。
「少し多くないかい?」
この半分でも丁度いいくらいだと思うのだけど。
「いえ、十名ほどお側で護衛して、残り四十名は離れて陰ながら護衛します」
「そうか」
それなら、大丈夫だな。
「じゃあ、姉上」
「うむ。では、視察と行こう。と言いたいのじゃが、姉上では目立つじゃろう。此処は妾の事を姉さんと呼んだ方が良いと思うのじゃが」
「成程。確かに、その通りだ。じゃあ、ロゼ姉さん」
「ふむ。悪くないのじゃ」
「そう。ならいいや。じゃあ、後は任せたよ」
「はっ。お早い御帰りを」
リッシュモンドに見送られ、僕達は館を出た。
館を出て少し歩くと、僕達は中央区と西地区の境目に来た。
「ここから、西地区になります」
ルーティに言われて、僕はホッとした。
こんな時間に外に出ると『プゼルセイレーン』のメンバーに会うかもしれない事を失念していた。
なので、ドキドキしながら歩いていた。
此処からは、西地区なので問題なく歩ける。
「じゃあ、姉さん。西地区に入ります・・・・・・よ」
そう言って、隣を見たら姉さんの姿がなかった。
えっ⁈ 姉さん⁈ 何処?
そう思い、僕は周りを見る。
「ふ~む。これはまた」
「どうだい。中々の物だろう。この首飾りとかどうだい?」
そんな声が聞こえたので、振り向くと、何か露店で並べられている商品を見ている姉さん。
ああ~、びっくりした。
「…酷い模造品じゃな」
「なんだって⁉」
露店の商品を手に取りながら、ロゼ姉さんは露店の店主に言う。
露店の店主が怒鳴りだした。
「これは、青玉に見せて実はただの硝子玉じゃ。これは、水晶の様に見せてクズの魔石を加工した物じゃな。これは、金の飾りに見せて、これは金箔を張り付けているだけじゃな」
流石は姉さんだ。審美眼も優れているな。
「な、なにをいっているんだい。おきゃくさん、うちの店の商品にケチをつけるのは、やめてくれないかい」
声は上ずっているし、目を合わせない様にしている店主。
それだと、偽物だと言っているようなものだぞ。
「ふん。じゃあ、これは何じゃ?」
ロゼ姉さんは金の飾りを取り、指で引っ掻く。
すると、引っ掻かれた部分が剥がれる。そこから、銅の部分が露わになった。
「ほれ、どうじゃ?」
「う、うぐぐぐ」
店主は顔を顰める。
「お、お嬢ちゃん。そろそろ、ケチをつけるのは止めてくれないかい」
顔を赤らめる店主。
そして、手を挙げる。
すると、少し離れた所でたむろっていた男達が店先までやってくる。
「子供とは言え、流石にうちにケチをつけたんだ。落とし前はつけさせてもらうぜ」
店主は嗤うと、男達も嗤いだす。
「……子供、だと」
あっ。禁句を言っちゃった。
「総員、退避」
「は?」
ルーティは意味が分からず首を傾げる。
「いいから、早く」
「は、はいっ」
僕達はその場から離れる。かなり距離を取らないと、危険だ。
「おい。ガキンチョッ、親は何処だ? ここは親に詫びを入れさせないとな」
「ガキンチョ?」
「はは、この身長じゃあ、ガキだろう。女性扱いされたいんだったら、もっと大きくなりな。大きくな」
男の一人が自分の胸の所で山を描き嗤いだす。
こりゃ、血の雨が降るな。
僕は遠くでその様子を見る。
「…………」
ロゼ姉さんの身体が震えている。
「どうした? 嬢ちゃん」
「もしかして、親が居ないとか?」
男達はロゼ姉さんを見て、そう言いだす。
「き、きさまら、かくごができて、おろうな」
怒りのあまりか声がうわずっている。
「はん?」
「何の覚悟だ?」
「……そうか」
ロゼ姉さんは宙に赤、緑、白、黄色、黒に輝く玉が浮かびあがった。
「魔法っ」
「馬鹿、こんなガキが使う魔法なんだ。こけおどしに決まっているだろうっ」
「それはどうかな『火炎・雷弾』」
ロゼ姉さんがそう唱えると、炎の弾が男に向かって飛んで行き、男に当たり稲光を出して爆発した。
「げはっ⁈」
その魔法の威力に驚く男達。
「息の根を止めてくれるわっ」
「「「ひいいいいいいいいいいいいいっ⁈‼」」」
ロゼ姉さんが男達に魔法を放つ。
露店の店主もその魔法が当たり吹き飛んだ。
「うわぁ、後でリッシュモンドに謝っておこう」
「あの」
ルーティはどうしてこうなっているのか分からず、僕に尋ねてきた。
「ロゼ姉さんはね。あの見た目で、子供扱いされるのが嫌いなんだ。まして、子供って言われたら、ブ千切れるんだよ」
「そ、そうなのですか?」
「うん。あの欠点がなければ、文句が付けようがない立派な人なんだけどね~」
困ったものだな。
「何だ。この騒ぎは⁉」
「魔法? おい、副リーダーかリーダーを連れて来いっ」
あっ、誰か来たと思ったら『プゼルセイレーン』メンバーが出て来た。
もしかして、かなりヤバイかも。
ロゼ姉さんを『プゼルセイレーン』メンバーが囲む。
「おう、嬢ちゃん。これはいったいどういうつもりだ?」
「うちのシマで騒ぎを起こすって事は、どっかのチームの奴か?」
「いや、違うだろう」
「そんな事よりも、今は落とし前をつけるのが先だ」
見た所、仮メンバーじゃなくて、正メンバーのようだ。
まずいな。ここで出て行ったら、僕の正体がバレる可能性が出て来るな。
「リウイ様、どうなさいますか?」
「とりあえず、此処で様子を見よう」
まず、ロゼ姉さんが負ける事はないだろうし。
「……ふん」
ロゼ姉さんは囲まれている中で、平然としていた。
「おい。嬢ちゃん。何か言ったらどうだ?」
「特に言う事はないのじゃ」
「そうかいっ」
メンバーの一人がロゼ姉さんへと手を伸ばした。
だが、その手が触れようとしたら。
「触るな。下郎っ」
ロゼ姉さんが魔法を放った。
その魔法を喰らいメンバーが吹っ飛ばされた。
「ラズっ⁉ てめえ」
「取り押さえろっ」
皆、一斉に飛び掛かるが。
「邪魔じゃ。『旋風の壁』」
ロゼ姉さんがそう唱えると、風が姉さんの身体に纏わられて、飛び掛かったメンバーたちをふっ飛ばしていく。
皆、地面にしたたかに打ち付けられ、うずくまっている。
「…まぁ、こんなものか」
ロゼ姉さんは肩にかかる髪を煩わしそうに後ろにやる。
皆、痛みで悶えているようだ。今の内に、姉さんを連れて館に戻るか。
僕が駆けだそうと、隠れていた所から出て行こうとしたら。
「おりゃあああああっ」
その叫び声と共に、ガイウスが姉さんに切り掛かる。
「ふんっ」
姉さんは魔法の障壁を張り、ガイウスの攻撃を受け止める。
「馬鹿な。戦技・練気操剣を使っているのに、どうしてその魔法を切る事が出来ないんだ⁉」
ガイウスが自分の剣を防がれて、驚いているようだ。
「ふん。練気操剣か。その技を会得したのは見事だが、お主は分かっていないようだな」
「なに、を言っている?」
「練気操剣は魔を断つ技ではある。だが、その剣に纏わせる練気を上回る魔力の前には、練気操剣の効果は無いのじゃ」
「っ⁉」
ロゼ姉さんの口から聞かされた事実に、ガイウスは唇を噛みしめている。
「吹き飛べ」
ロゼ姉さんが魔法の障壁を広げて、ガイウスを押し出した。
押し出されたガイウスは、宙で回転してから地面に着地した。
「まさか、俺の練気を上回る魔力持ちとはな」
ガイウスは剣を構え、ロゼ姉さんを見る。
これは、なかなか見れない物が見る事が出来そうだ。
と、思ったけど。
「~~~」
何処からか歌声が聞こえて来る。
この声は、リーダーのモルべさんだ。
その歌声を聞いていると、倒れていた正メンバーの傷が治っていく。
成程。歌声に魔力を乗せて、回復させているようだ。
これは不味いな。
「ルーティ。姉さんを回収してきてくれるかい」
「はっ」
そう言って、ルーティ部下を率いて、物陰から出て行った。
「ふん。面白い。その喧嘩、買ってやろ、うん?」
ロゼ姉さんは先程と同じく、魔力の球を浮かばせようとしたが、ルーティ達が自分の所に来るのを、視界の端で映ったようだ。
「むっ。流石にやり過ぎたか。仕方がない。ここは引き揚げるとするか」
「逃げるのか⁉」
「まぁ、妾もこう見えて忙しい身の上でな」
ロゼ姉さんは魔力を解放するのを止めてる。そして、ルーティ達の所まで歩く。
「待ちやがれっ」
傷が治った正メンバーの一人が、ロゼ姉さんに手を伸ばしたが、その手をガイウスが掴んだ
「副リーダー、何で止める⁉」
「あの嬢ちゃんが行く先にいる奴を見ろ」
ガイウスにそう言われて、正メンバーに目を向けさせる。
「あいつらは?」
「ダークエルフだな」
「あいつらは領主の直轄部隊だぞ」
そうなの? それは知らなかった。
言われてみれば、ルーティ達に指示を出すのは僕だけだった。
だから、直轄部隊と言われても不思議じゃないな。
「領主の部隊か。っち、厄介だな」
「ここは引き揚るぞ」
「倒れている奴らはどうする?」
「あそこの露店はインチキ商品を売りつけているからな、自業自得だ」
皆、口々に何か言いながら引き揚げていく。
「……行ったな」
「隊長がこのまま館に戻ると報告を受けました。領主様、これからどうなさいますか?」
「そうだな。僕も館に戻るよ」
「畏まりました」
僕はルーティの部下に護衛されながら、館に戻る。
トンボ帰りした僕を出迎えたのはリッシュモンドであった。
「お早い御帰りで」
「嫌味かい?」
「いえ、今回の場合は想定していなかった事が起こったと思えば良いと思います」
「そうだね」
まさか、ロゼ姉さんがあそこで怒るとは思わなかったからな。
予定とは往々にして思い通りにいかないものだって、誰かが言っていたな。
「西地区には夜行く事にしようか」
「承知しました」
リッシュモンドは一礼して、その場を離れる。
僕はとりあえず、護衛部隊の者達は解散させる。
先程の件については、とりあえず、あの露店が商品を偽って売っている事が分かったので、御咎めなしで良いか。
そう思いながら、僕は私室に戻った。
私室に入り、椅子に座り一息ついた。
どうせ、仕事はないから、このまま少し眠るか。
あったら、さっきリッシュモンドが言っているだろう。言わないと言う事はないという事だ。
そう思うと、眠気が出て来た。ベッドで横になるか。
僕はベッドに行こうとしたら、ドアがノックされた。
誰か来たようだな。
『リウイ、居る? あたし』
「ティナ?」
『入っても良い?』
「良いよ」
ティナがドアを開けて入って来た。
うん? 何か、その後にカーミラ、アマルティア、アルネブと続いているぞ。
「どうかしたの?」
「「「……………」」」
何か、皆して僕を睨んでいるけど。
「…さっき、アルネブから聞いたんだけど、あのディアーネって女がリウイの婚約者に本当?」
「えっ⁈」
こんやくしゃ?
ユエが?
何時、そう決まったっけ?
僕は首を傾げていると、ティナが詰め寄る。
「アルネブがロゼティータ様から聞いたそうよっ」
「ああ、あれね」
でもあれって、許嫁候補じゃなかったけ?
「で、どうなの? 婚約者になったの? なってないの?」
「う~ん。この場合、許嫁候補になったというのが正しいかな」
「こうほ?」
「うん」
皆、顔を見合わせる。
「つまり、ディアーネという人がリウイの許嫁候補になったという事?」
カーミラがそう言うので、僕は頷く。
「そうですか」
アマルティアがホッとした顔をした。
「こうしてはいられないわね。早く、わたしも・・・・・してもらわないと」
そう言うなり、部屋を出て行くアマルティア。
「あっ⁉」
「抜け駆けさせないわよっ」
「待ちなさいっ」
皆、急いで部屋を出て行った。
「・・・・・・何だったんだ?」
訳が分からん。
数時間後。
一休みした僕は、部屋を出た。
エントランスには、既にリッシュモンドが待っていた。
「準備は?」
「はっ。ルーティ殿の部隊が既に待っております」
「そうか」
「ただ、その、ロゼティータ様もおられます」
「えっ⁉」
何で、居るの?
「わたしも聞いたのですが、教えてくれません。申し訳ありませんが、リウイ様」
「ああ、分かった」
僕の口から聞けと。
「お願いいたします」
僕は了解とばかりに手を挙げる。
そして、玄関へと出た。
其処には、昼と同じ顔ぶれがあった。
「おお、リィン。来たか」
「姉さん。どうして、僕の視察に付いて来るのですか?」
「あ~、それはじゃな。昼はお主の仕事の邪魔をしたからな、お詫びに妾も手伝ってやろうと思ってな」
そう言うロゼ姉さんの顔をジッと見る。
だが、ロゼ姉さんは僕と目を合わせようとしない。
これは、何かあるな?
それを問いただす前に。
「ほれ、早く視察に参るぞ。早くいかねば、帰るのが朝になるではないかっ」
姉さんが僕の背に回り押してきた。
そんな行動を取る姉さんを見て、ますます怪しいと思ったが、姉さんの言葉にも一理あるので、ここは素直に従う事にした。




