転移したら賢者、転生して魔王の息子になりました。 ～えっ⁉ 王位継承権十六位って低すぎだろう～

第１章 転移

第２２話 椎名さんの本性を知る

　僕は自分の部屋の道すがら、先程の事を思い出していた。

（綺麗な人だったな、ついつい話し込んじゃった）

　向こうも僕の事を訊いてきたので、色々と喋ってしまった。

　話していると、ミルチャさんが面白そうに話を聞いてくれた。

（あれ？　そう言えば、ミルチャさんは何で図書室に居たのだろう？）

　僕が図書室に入った時は、誰も居なかった。

　もし、誰か入って来たら扉が開く音で気付く。でも、そんな音はしなかった。

　ならば最初から部屋に居た事になるが、本を探す際部屋の中を歩き回ったが影も見つからなかった。

（じゃあ、何処に居たんだろう？）

　何か謎が出来たぞ。それに。

「僕、何か色々と話していたな」

　ミルチャさんが僕のクラスメート達はどんな性格なのか訊いてきた。

　最初、あまり話しをしないので分からないとか言って煙に巻こうとしたが、ミルチャさんの目を見ていたら、｜何故か話さないといけない気（・・・・・・・・・）がした。

　それで、僕の知っている事を話してしまった。

　何で話したんだろうと、自分で不思議に思いながら歩く。

　そうして考えていた所為で、角から来る人への注意がおろそかになっていた。

「きゃっ！」

「おわっ！」

　出会い頭でぶつかってしまった。

　僕は倒れはしなかったが、相手の方は尻餅をついていた。

「大丈夫ですか？　って、椎名さん⁉」

「う、うん、大丈夫」

　椎名さんは直ぐに立ち上がり、尻や足についた埃を落とす。

「ごめん。僕が前方不注意だったから」

「いいよ。わたしも不注意だったから気にしないで」

「でも」

「気にしないでいいから」

　手を横に振って、気にするなと言う椎名さん。

（なんて、良い人なんだろう）

　そう思っていると、椎名さんが突如、鼻をクンクンと鳴らす。

　そして、顔を寄せてきた。

　寄せてきたので、椎名さんの身体から発する甘い匂いが僕の鼻に漂う。

「えっ、椎名さん？」

「スンスン、スンスン、・・・・・・香水と知らない女の匂いがする」

「はい？」

「香水と知らない女の匂いがする」

　何故、二度言った⁉

　と言うか、良く分かるな！

　顔を寄せて俯いているので、今どんな表情を浮かべているか分からない。

「ねぇ、猪田君」

「は、はいっ」

「今まで何処に居たの？」

「ど、何処って図書室だよ」

「図書室？」

「うん、明日に備えて調べ物をしていて」

「じゃあ、何で女の匂いがするの？」

「それは・・・・・・・」

　多分、ミルチャさんに胸を押し付けられたから、匂いが移ったのだろう。

　少々不可解な事がありはしたが、別に変な事はしていない。

　ミルチャさんにも色々と教えて貰ったのだから。

　そう思っていたら、椎名さんが顔をあげた。

「ねぇ、どうして黙っているの？」

　顔をあげた椎名さん。

　その目には光が宿っておらず、更に口が笑っていた。

「ねえねえねえねえ、どうして黙っているの？　教えてよ。ねえ？」

「えっ、えっと・・・・・・・・」

　普段と様子が違い、怖くて言葉が出てこない。

「そう、言えないんだ。そう、・・・・・・・・・・・・・浮気したんだ」

「はいっ⁉」

　浮気？　ＷＨＹ⁉　

「ぼ、僕は椎名さんと付き合ってないけ、ど？」

「今はね。でも、高校を卒業したら、わたし達は結婚するんだよ。だから」

　椎名さんは両手を伸ばして、僕の顎に手を添えて顔を向かせる。

「ねぇ、猪田君、わたしはね。一つの事を除けば何をしても良いんだよ」

「え、えっ⁉」

「わたしを奴隷のように扱っても一生働かなくても何をしてもいいんだよ。でも」

　光を宿さない目で瞬きせずに僕の目を見る。

「浮気だけは駄目。それをしたら許さないから、絶対に」

「し、椎名さん？」

「猪田君と一緒にいた泥棒猫が誰か教えて、そうしたら、今回だけは目をつぶってあげる」

「・・・・・・・もし、その人の名前を教えたら、椎名さんはどうするの？」

「勿論、猪田君に二度と近寄らせないように痛い目、オホンもとい話をするだけだよ」

　いや、絶対に話だけじゃすまない。下手したら人殺しにまで発展しそうだ。

（どうする。どうする。言ってもまずいだろうし、言わないとかなりまずいぞ）

　しかし、どれだけ考えても良い答えが浮かばない。

（そうだ！　ここはあれ（・・・）しかない）

　僕は直ぐに行動に移した。

「し、椎名さん」

「なに、名前を言う気になった？」

「そ、その、申し訳ないんだけど、トイレに行きたいんだけど・・・・・・」

「別にそんな事を気にしないでいいよ。もし、漏らしてもわたしが綺麗にするから。隅々まで♥」

「いやいや、流石にそれは恥かしいからっ、というかトイレに行かせてくれたら、問題ないから」

「ええ、でも」

「そんなに言うなら、トイレまで付いてきたらいいと思うよ」

　さぁ、どうする？

　椎名さんは僕を見ながら、少し考えている。

「・・・・・・そうだね。そうしたら逃げる心配もないね」

「でしょう！　だから、手を離してくれないかな？」

「うん、いいよ」

　椎名さんの手が僕の顎から離れた瞬間。

「今だ！」

　僕は来た道を走りだす。

　これぞ、三十六計逃げるに如かずだ。

　あまりの速さに、椎名さんも呆然としていた。

　だが、直ぐに気を取り戻した。

「そう、そんなに言いたくないんだ。そんなにその女の事が好きなんだ。ふっふふふふふふふ」

　一頻り笑うと、椎名さんは無表情で追いかけて来た。

「なら捕まえてもう二度とわたし以外の女に目が行かないように躾てそれから女の名前をきかないとねえええええええっ‼」

「ひいいいいいいいいっ‼」

「あっははははっはは、わたしこんなふうに好きな人といっしょに走るの夢見てたんだ！」

　それって、普通砂浜でするものじゃない⁉

　更に言えば、もっと和やかな雰囲気でするものだ。

　誰でもこの状況を見たら、狼に追いかけられる豚にしか見えないよ！

　僕は全速力で逃げる。

　その後は、椎名さんと僕との追いかけっこが行われた。

　撒いたと思ったら、何処からか現れて追いかけてくる。

　何処かに隠れても、直ぐに見つけられる。

　温厚で慎ましい人だと思っていたら、まさかこんなにも。

「こんなにも思い込みが激しいひとだったなんて、それなり付き合い長いけど知らなかった！」

　流石に体力が切れそうだ、何処かに隠れる所を見つけないと。

　直ぐに見つかるかもしれないが、それでも少しは休める。

　丁度、走っている先に部屋が見える。

　僕はノックせずにその部屋に入る。

「・・・・・・猪田？」

　西園寺君？　とうい事はここは西園寺君の部屋か？

　上半身裸の西園寺君が、不審そうにじろじろ見る。

「お願い‼　今は何も訊かないで匿ってっ」

「うん？　何かあったのか？」

「それは」

　僕は言うおうとしたら、椎名さんの声が聞こえてきた。

「スンスン。猪田君の匂いはここら辺からするわね。・・・・・・・ここかしら？」

（き、きたああああああっ⁉）

　万事休すか。

「・・・・・・ああ、成程な。猪田、お前は少しベッドの下に隠れていろ」

「えっ⁉」

「早くしろ。じゃないとばれるぞ」

「う、うん」

　僕は言われた通りに、ベッドの下に隠れた。

　西園寺君は僕が隠れたのを確認したら、何かの袋を出してきた。

　爽やかな香りがするので、香り袋だと思う。

　そして、窓を開けて何処からかロープを出して、ベッドの隅に縛り付けて垂らした。

「これで良いな」

　そう西園寺君が呟くと、ドアがノックされた。

「誰だ？」

「わたしだよ。颯真君」

「少し待て」

　西園寺君が上にシャツを着て、ドアを開ける。

「どうした？　何か用か？」

「うん、颯真君、猪田君がこの部屋にこなかった？」

「猪田？　ああ、あいつなら、今しがた部屋の窓から出て行ったぞ」

　西園寺君がそう言うと、椎名さんは何も言わず部屋に入った。

　そして、ベッドに括り付けられたロープとそのロープの先が窓から垂らされているの見た。

「スンスン。スンスン。・・・・・・この匂いなに？」

「この国の王侯貴族が使う匂い袋だ。頼んだらくれてな、その匂いだろう」

「そう、っち・・・・・・これじゃあ隠れても匂いで分からないわね」

「何か言ったか？」

「別に何でもないわ。ごめんなさい。勝手に部屋に入って」

「構わん。お前と俺との仲だ。気にする事でも無い」

「そうだね」

「それで、お前が猪田を追いかけた位だ。あいつ、何かしたのか？」

「うん、わたしが見ていない間に、浮気してたの」

　いや、付き合って無いですからと言いたかったが、動いたらばれるかもしれない。

　なので、ここは抑えた。

「浮気って、お前とあいつは付き合ってないだろう」

「今はね。でも、近い将来結婚するのは決まっているのだから、浮気は許さないわ」

「ふっ、あいつも大変だな」

「じゃあ、猪田君を探すから」

　椎名さんが部屋から出て行った。

　西園寺君が用心の為か、部屋のドアを慎重に開けて外の様子を窺う。

　誰も居ない事を確認して、ドアを閉める。

「もう、出てきていいぞ」

　僕はその言葉と共に、ベッドの下から出た。

「はああああっ‼　助かった！」

「お前も災難だな。猪田」

「まさか、椎名さんがあんな思い込みが激しい人だったなんて・・・・・・・」

　思い出して体が震えてきた。

　西園寺君が僕の肩に慰めるように手を置く。

「俺が言うのもなんだが、御愁傷様」

　僕はガックリきた。