第16話 意外な所で意外な人と会う
僕が自分の部屋に戻ると、何故か椎名さんが居た。
何で居るのと思っていたら、椎名さんが僕の服に顔を近づけて犬の様ににおいを嗅ぎだした。
椎名さんが顔を近づけるので、女性特有の甘い匂いが漂う。
その匂いに惚けていたら「クンクン、女の匂いはない。大丈夫ね」と聞こえた気がする。
椎名さんが顔を離すと、何をしていたのか訊いてきた。
別に隠す事もないので、僕は侯爵に連れられて向かった研究所で話した内容を全て話した。
話している間も、椎名さんは僕の目をじっと見る。
椎名さんみたいな、美少女に見つめられながら話すのは照れくさい。瞬き一つもしないで見るので、ちょっとドキドキした。
話を終えると、椎名さんは安堵したように息を吐く。
その後も、僕達は他愛のない話をした。
話をしていると、ドアがノックされた。誰が来たのだろうと思っていたら、勝手に開けられた。
中に入って来たのは、マイちゃんだった。
いい加減、勝手に入るのは止めようと言っているのだが、マイちゃんは聞く耳をもってくれない。
部屋に入るなり、マイちゃんは椎名さんを見て不機嫌な顔をする。
椎名さんも話の邪魔をされて、ムッとしているのか、先程まで浮かべていた穏やかな笑顔を引っ込めて、すっごい冷たい目でマイちゃんを見る。
二人の間には火花が散っているだろう。
あまりに怖いので、僕は二人を止める事が出来ず、隅でガタガタ震えているしかなかった。
二人は一言も話さないが、互いの目だけは少しも反らさない。
まるで、少しでも反らしたら負けだと言っているようだ。
どうにかしないとと思いながら、二人が怖くて何も出来ない。
そう考えていたら、ドアがコンコンッと叩かれた。その音で、僕達はドアの方を見るとユエが戸を叩いていた。
どうしてここに居るのだろうと思っていたら、食事が出来たので呼びに来たそうだ。
そこで、僕は二人に食堂に向かうように促した。
二人は一瞬だけ、互いを見ると「ふん!」と言って部屋から出て行った。
助かったぁと思った。
ユエにありがとうと言うと、ユエは嬉しそうに顔を緩ませる。
僕達も二人に遅れて食堂に向かった。
食堂で食べる際にも、マイちゃん達が僕の隣に座るかで一悶着あったが、僕が西園寺君と天城君の間に座る事で納得させた。代わりに、女子から凄い睨まれた。
出て来たご飯を食べ、僕は直ぐに自分の部屋に戻った。
身体を洗うのは、明日でいいやと思い、僕はベッドに潜り眠る。
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翌朝、目が覚めると、誰も居なかった。
と言うよりも、普段の起きる時間よりも早く起きたからだ。
(まだ日は出てないけど、目は完全に覚めてるし起きちゃうか)
僕はベッドを出て、寝間着から制服に着替えて部屋を出る。
顔を洗いたいので、何処か水が出る所を探す。
(訓練場か、洗濯をする所で水を貰って、顔を洗わせてもらおう)
この王宮に来て日が浅いので、何処がどうなっているのか分からず、あっちにフラフラこっちにフラフラとしていた。
(一向につく気配がないな。使用人でも見つけたら、教えてもらおうか)
その使用人にも会う気配がない。
どうしようと思っていたら。
パシャ、パシャッ!
水を何かに掛けている音が聞こえた。
「良かった。ちょっと使わせてもらおう」
僕は音が聞こえる方に足を向ける。
袋小路のような道だったが、音が大きくなったので近づいているようだ。
道を出たら、丁度井戸があった。
その井戸の傍に、後ろ姿だが女性が居た。
服は着ているので、水浴びをしていた訳ではないようだ。
その女性の傍らには、水が入った木のバケツと濡れていない布が置いてあった。
ゴシゴシと何か擦っている音がした。目を向けると、大きな馬が居た。
馬なのに、項に捩じれた二本の角が生えていた。
「よしよし、今綺麗にしてやるからな」
女性は綺麗な声で|馬(?)に話し掛ける。
馬の方も嬉しそうに顔を、女性に擦りつける。
「はっはは、嬉しいのは分かったから、そんなに顔を擦りつけるな、体が洗えないだろう」
女性も身体を擦りつける顔を撫でながら、嬉しそうに笑う。
後姿だけなので、誰だが分からないが、この声何処かで聞いた気がする。
そうしていたら、馬が僕に気付いたのか顔を僕に向ける。
「どうした? シブライア。・・・・・・うん?」
女性が振り向いたので、ようやく顔が見える。
だが、その女性は仮面を被っていた。その仮面を見て、僕は即座に跪いた。
「お、おおおお王女様、こ、これは御機嫌麗しゅう、ございます」
「うむ、御機嫌よう。そなたは確かイノータとか言っていたな」
「は、はいそうです。名前を憶えていただき、き恐悦至極で、ご、ございます」
いきなり、王女様にお目にかかれたので、どもりながら挨拶する。
「イノータとやら、そなたは別に我が国の民ではないのだ。跪かなくてもよい」
「え、ですが」
「よい、私が許す」
「は、はい。分かりました」
僕は立ち上がり、膝についた埃を落とす。
「それで、そなたは何故ここに居るのだ? ここは私が良く馬の体を洗うのに使う場所だから、臣下達は用がない限り来ることはないぞ」
「えっと、・・・・・・道に迷ってしまいまして」
本当はたまたま早く起きたので、顔を洗うために水の有る所を探していたら、ここに着いたのだが、どっちにしろ道に迷った様なものだ。
「そうか、道を教えても良いが、今は少し手が離せない。済まんが、少し待っていろ」
王女様は、持っているたわしで馬の体を擦る。
馬は擦られるのが、気持ち良いのか目を細めて嬉しそうな声をあげる。
僕は王女様が馬の体を洗うのを見ながら、気になった事を訊いてみた。
「王女様、訊いても良いですか?」
「何だ?」
「普通、馬の体を洗うのは、専門の使用人か厩舎の人がやるのではないのですか?」
「ああ、この馬は名をシブライアと言うのだが、どうも気難しい魔獣でな、私以外に懐かないのだ」
「マジュウ?」
「おっと、そこから教えないといけないな。魔獣とは魔物の中で稀に生まれる特異個体の総称だ。その力は魔物の数倍の力を持っていると言われている」
「成程、特異個体だから進化はしないのですか?」
「詳しくはしらないが進化はするらしい。なかなかお目に掛かれないらしいがな」
「そうなんですか。そのシブライアってバイコーンですよね。バイコーン自体は珍しい魔物ですか?」
「ほぅ、バイコーンの事をよく知っていたな? 騎士団でもユニコーンの特異個体とか言っていたがな。そなたはどこで知った?」
「ええっと、元いた世界の本で読みました」
「成程。そなたの世界でも生息していたのかも知れないな」
多分、想像の中で生まれた動物なので生きていたとは思いません。
「そうだ。王女様、あの時は助かりました」
王女様と話していて僕は思い出した事があり、改めて僕は頭を下げてお礼をする。
「? なんの事だ?」
「昨日の会議の時、助けてもらってありがとうございます」
「ああ、昨日の事か。別にそんなに畏まる事では無い」
「でも、あのまま口論を続けていたら、どうなっていたか分かりませんでした」
正直、殺されるのではと思った。
天城君は自分達の待遇に文句を告げただけかもしれないが、この世界に人権というものがあるとは思えないので、あのままだったら侮辱罪とかなんとか言われてクラスメート全員殺されるのではと思った。
なので、本当に王女様には感謝だ。
王女様は別に恩を着せる様子はなく、まるで足元にあった石を蹴ったようなかんじだ。
「もう少ししたら、終わるから待っていろ」
王女様はそう言って無言で馬の体を洗う。
これ以上話し掛けても、作業の邪魔と思い僕はただ王女様が終るのを待つ。




