侯爵の狙い
私エゼキエル・フォン・アスクレイは王宮から家に帰る道すがらを、馬車に揺られながら考えた。
(あのイノータ殿を知識は素晴らしいな!)
見た目は若いのにお腹が出ており、顔はカッコいいとは言えない容姿だが、その頭に詰まっている知識は素晴らしいの一言に尽きる。
それに話していて、温厚で礼儀正しい男だと分かる。
彼を見たのは異世界人達を謁見の間に呼んだ時だ。
その時、彼らは陛下に謁見しているのに、誰も跪かなかった。
陛下は別に何とも思っていないようだが、これには謁見の間に居た文武百官達が怒っていた。
跪かないという事は、自分達が敬っている存在を敬わないと言っているようなものだ。
私達はそう思っていても、彼らは異世界から来たのだ。私達の考えを押し付けるのは、エゴと言えるだろう。なので、助け船を出そうとしたら、イノータ殿がいち早く周りの空気を感じて跪いた。
彼の動きを見て、周りの異世界人達もその動きに合わせた。
私はほっとした。そして、陛下は彼らを歓迎する為に宴の席を設けた。
本来、このような華やかな場は好きではないのだが、異世界がどうのような世界なのか知りたいので、彼らの元に行こうとした。
だが、彼らの周りに貴婦人や社交界で浮名を流す御令嬢、貴公子などが集まってくるので、話をする事が出来ない。
誰か一人くらい話は出来ないものかと思っていたら、丁度一人、彼らの輪から離れている者が居た。
先程、誰よりも早く跪いた者だ。
彼の周りには誰も居ないようなので、これ幸いと話し掛けてみた。
話してみて分かったが、見た目に反して博識な子だと思った。
特に驚いたのが、国家というものは主義主張は色々あるが、大まかに分けると人が治める『人治国家』と強固な法で体制された『法治国家』があるそうだ。
私はそれを聞いて驚いた。国家というものは、王を戴いて出来るものだと思っていた。
だが、彼の話では法律を整えれば国を創る事が出来るという。
他にも、興味深い話を聞けた。もう少し話そうとしたら、教え子の中で一番優秀である第一王女アウラ様が私達の話に割り込んで来た。
王妃様は私の従姉にあたる御方で、その関係で王女様とは小さい頃から知っている。
勉学、魔法の基礎、馬術、教養、礼儀作法など武術以外は全て私が教えた。
小さい頃から面倒を見ていたので、もう一人の娘のように接している。
その王女様がイノータ殿に紹介していると、音楽が変わり宴は舞踏会へと移行した。
こうして、王女様が舞踏会に顔を出したのだから、一曲ぐらいは踊っても良いだろと思い、イノータ殿と一緒に踊るように誘ってみた。
王女の側近達は止めさせようとしたが、王女様が特に不平なく踊る。
言っておいて、何だが本当に踊るとは思わなかった。
最初は王女様にリードされながら踊っていたが、イノータ殿は段々と慣れていき、最後の方では王女様の踊りに付いて行っていた。
舞踏の方も私が教えたが、王女様の踊りは筋は良いのだが、全身を使って激しく動くのでまるで暴れ馬に乗っているようなステップをするので、大抵の者では振り回される。
だが、イノータ殿は王女様の動きにピッタリと合わせていた。
音楽の終わりと共に、二人は離れた。その時、無意識なのか、王女様は手を差し出してきた。
それを見て不味いと思った。イノータ殿はこちらの作法に疎いので、意味は分からないだろう。
もし、差し出された手にキスでもしようものなら大変な事になる。しかし、私の居る所から二人の所に行くには距離がありすぎる。
どうしたものかと悩んでいると、イノータ殿が跪いて、王女様の手にキスをした。
これを見て、異世界人達を覗いてこの場に居る者全て驚愕した。
手を差し出した王女様も、直ぐに身を翻して広間から出て行った。
イノータ殿も直ぐに異世界人達に問い詰められて、誰も近づけない。
私は最悪の事が起こらなくて、安堵した。
我が国の伝統で、王族の娘にキスが出来るのは婚約者又は候補だけだからだ。
いくら伝統を知らない異世界人でも、我が国の伝統をないがしろにするのは、我慢ならない様で幾人かの者がイノータ殿に行こうとした。
その動きを見て、陛下は立ち上がりグラスを掲げる。
『娘が先に戯れを行なったが、今宵は無礼講だ。皆の者、存分に飲もうぞ!』
陛下がそう告げて、グラスに入った酒を喉を鳴らして飲んでいく。
臣下達も、陛下がそのような姿を見せたので、何も言う事が出来ず。宴に興じる事にした。
流石は、陛下と思いながら、私は速やかにイノータ殿の近くに行く。
陛下がそう告げても、内心許せない者が多いだろう。私はそのような者達を近づかせないようにする為、イノータ殿と話す。
翌日、陛下、宰相、第一王女様、我が軍の軍団長全員と副団長と護衛、高位文官を全員含めた会議がもようされた。
内容は聞いていないが、異世界人達の事についてだろうと、ここに居る者全て察している。
そして、部屋の外に居る衛兵が、中に入り異世界人たちが来たことを告げた。
陛下は『通せ』と言い、衛兵が部屋を出て行き、異世界人達を連れてきた。
その中には、当然だがイノータ殿も居る。
異世界人達が皆席に座ると、陛下は口を開き、何故この場に異世界人達が居るか話す。
我が軍の一つで戦士団を率いるカシュー戦士長が陛下に噛みつく。
戦士団は国境付近を防衛しているので、その団長であるかシューも今日異世界人を呼んだというのを知ったのだ。文官と騎士団以外は皆知らなかったようで、今初めて聞いた顔をしている。騎士団長のレオンが宥めるので、カシューは渋々納得した。
そんな中で、異世界人の中から、一人を手を挙げる者が居た。
名をアマギという者だ。何を話すのかと思っていると、条件付きで戦争に参加すると言うのだ。
それを聞いて、文官達が激怒した。
この場に居る文官の殆どが貴族派か貴族派に繋がる者達だ。
彼らにしてみたら、わざわざ呼んだのだから、国の為に戦えと思っている。
異世界人達は無理矢理呼んだのだから、帰る手段が見つかるまで衣食住ぐらい保証されるべきだと思っている。双方の意見はぶつかり合い、このままでは喧嘩別れになるかと思われたが、王女様が間に入り上手く纏めたので、事なきを得た。
その際にもアマギという者は王女様に噛みついたが、異世界人の一人が拳(?)で宥めてくれた。
そして、戦争に参加しない者異世界人達が会議室から出て行き、今後の事を話しあい会議は終わった。
会議が終わり、私はイノータ殿と少し話す事にした。
今回の事で彼がどう思っているか知りたいし、また面白い話でもしたいからだ。
直ぐにでも話がしたいので、私は王宮にある研究所に向かう。
この研究所は昔の戦の功で作られた所だ。
私の趣味の部分もあるが、ここでは日夜研究されている。
その研究材料の一つでソンファーと言われる物が、イノータ殿の国ではイオウと言われる物質だそうだ。
これは興味深い。世界が違うだけで、呼び方が違うのもそうだが、この世界でも異世界と同じ物質があるとは、ならば向こうの知識を応用して何かできるかもしれない。
私は研究所の奥にある自分の部屋に向かう。
椅子に座り、私はこの部屋と繋がっている別室にいるメイドに茶を運ぶように指示した。
手を叩くのは、茶を運べという合図だ。
このメイドは私が造った|ホムンクルス(人口生命体)だ。なので、私の命令には忠実に従う。
イノータ殿はこのメイドを不思議そうに見ていた。
メイドが茶を置いて、元居た部屋に戻ったので、私は話をする為、茶を勧める。
イノータ殿は勧められた茶を飲みだした、その茶を飲む姿勢もちゃんとしたものなので、少々驚いた。
背筋を伸ばし、ソーサーを左手で持って飲む。
これは茶を飲む際にする作法だ。それをするしないで、飲む人に教養があるかどうか分かる。
茶を飲みながら、色々な事を訊いてきたので、私は機密以外は全て話した。
彼も訊きたい事が全て聞けたので、顔が喜んでいた。
私も彼に訊きたい事を訊いた。
話していたら、鐘が鳴りだした。
我が国で鐘が鳴るのは、正午と午後六時だけだ。
名残惜しいが、今日はここまでにした。
後日、私の屋敷に来ないかと誘ってみた。
知り合いが訳分からない物を手に入れたので、調べてくれと頼まれた。手紙である程度知ったが、サッパリ分からない。なので、異世界の知識で何か分かるかもしれないと思い誘ってみた。
イノータ殿も最初は何か裏があると疑っていたが、別に他意が無い事が分かると、承諾してくれた。
さて、屋敷に帰ったら、家族にこの事を話すとしよう。