閑話 アルネブの企み
アルネブ視点です。
アルネブことわたしは、向こうの領主との話しが終り、エアレー族長が解散を命じたので、わたし達は自分達の領地に戻る事になった。
しかし、この会談が始まる前から、『シルベン』『イシメオン』『ホーユス』の三つの部族の族長達に「会談が終わったら、話があると」と言って置いた。
わたしは会談が行われた『ダラノ』より少し西に行った所にある『オバマ』という所で集まる様に、言っておいたので、其処に向かう。
その場所に着くと、あらかじめ部族の者をその場所に向かわせてテントを張りつつ、周辺の警戒をさせていた。
わたしの姿が見えると、皆敬礼した。
「皆、着ているかしら?」
「はっ、既に全員来ております」
「そう。ご苦労様。貴方達はこのまま周辺の警戒をしなさい」
わたしがそう言うと、皆一礼してその場を離れる。
誰も居なくなったのを確認したわたしは、テントに入る。
テントの中には、マルコシアス、エリュマントス、ディオメデスの三人が居た。
「待たせたかしら?」
「いや、それほど待っておらん」
エリュマントスがそう言うので、わたしはそれほど待たせていない事に安堵しつつ、用意されている座布団に座る。
「さて、アルネブ。我らを呼び出した理由を聞きたいのだが?」
「言わなくても分かるでしょう。今日の会談の事よ」
「ふむ。やはり、そうか」
ディオメデスはやはりという顔をする。
「貴方達は、あの話を聞いてどう思った?」
わたしがそう尋ねると、三人は互いの顔を見て心の中にある思いを話す。
「正直、信じられん」
「その年に取れる収穫物の四割を上納するだけで、自治権を与えるとは疑わしすぎる」
マルコシアスとディオメデスは、信じられないという顔をする。
「俺は何とも言えないな」
エリュマントスは複雑な顔をしていた。
「何故、そう思うのかしら?」
わたしとしては、エリュマントスも他の二人と同じ反応を取ると思って居たので、意外だった。
「あのリウイという者の底が知れん。何せ、色々な知識を持っているからな。案外やってのけるかもしれんと思えるのだ」
ああ、そう言えばエリュマントスが十二氏族の定例会議の席で、リウイがわたし達と話しがしたいと言っていると話しを持ちかけた。
だからだろうか、リウイの知識の一片を知っているのだろう。
「そう言えば、お主は会議の席で塩がどうたらこうたら言っていたな」
ディオメデスがそう言う。
塩? モンガド族の領地にある海の水を引いて作った物よね。
でも、制作過程が悪いのかどうなのか分からないが、どうやっても砂が混じる。
「うむ。これを見よ」
エリュマントスは革袋をわたし達の中央に投げる。
わたし達はその革袋をあげると、その中には真っ白な粒が入っていた。
「「「これは?」」」
「塩だ」
「「「はぁ⁉」」」
これが塩ですって⁉
マルコシアスも驚きのあまり革袋の中に手を入れてその粒を取り、手の中に流す。
「何と、滑らかな。味は・・・・・・・間違いない。塩だ」
「な、何ですって⁉」
信じられない。
こんな真っ白な塩を作れた事も驚きだが、リウイが治めている領地には内陸だというのに塩が出来る事に驚きであった。
「このような塩が作る方法を持っているのか? あの領主は」
「うむ。間違いない」
エリュマントスは頷いた。
これは、とんでもないわね。
「だが、部族を率いる長として、あの者が本当に上手くこの領地を統治できるか疑わしいと思えるのだ」
「ううむ。確かにな」
「塩一つとっても、我らに及びつかない知識を持っているのだ。存外上手く治める事もできるかも知れぬ、か」
ディオメデスとマルコシアスも悩みだす。
ふむ。当初と話しの持って行き方は違うが、この話しをしても裏切る心配はないでしょう。
「そこで提案なのだけど、聞いてくれるかしら?」
「うん?」
「何をするのだ?」
「簡単な事よ。向こうの領主が『奥地』に行くためには、わたし達の領地を通らないと行けないわね」
「その通りだが、・・・・・・まさか」
マルコシアスは気付いた様ね。
「ええ、そうよ。向こうの領地とわたし達との領地の境目に、わたし達の部族の兵達を配備して、道の封鎖を行うのよ」
「封鎖だと?」
「そんな事をしたら、戦争になるのでは?」
「向こうは最初に話し合いをしてきたのだから、いきなり戦争なんかする事はないわよ。それに、これぐらいの事を簡単に切り抜けるぐらいは出来なければ『奥地』に行っても何の役に立たないわ」
「しかし」
「ああ、もし向こうが、わたし達の足止めを切り抜けて『奥地』にたどり着いて、エアレーの要望に応じる事が出来たら」
「「「出来たら?」」」
「その時は、わたしを首謀者として突き出しなさい」
「なに?」
「お前、そんな事をして何になるのだ⁉」
「意味はあるわ。道を封鎖する事で、向こうの領主が何一つ出来ないのであれば、只の口先だけの男という事で、何も信頼できないわ。そんな男が言う事など、誰も聞かないでしょう。もし、向こうが成功して、封鎖した問題をわたしの首一つで場を治める事が出来るなら、安い物だわ。わたしの後は弟が継ぐだろうし」
「そう言えば、お前には弟がいたな」
「跡継ぎには問題無いか。だが、その弟が姉を殺された恨みで、向こうの領主を殺す事などしないと断言出来るのか?」
「そこは問題ないわ」
弟には常々、わたしが死んだら貴方が族長になると言い聞かせいたし、その上でもし、わたしを殺した者が現れても、状況を考えてから行動しろと、口がすっぱくなるほど言っている。
後は、本当にその場合にならないと分からないが、弟も部族を率いる族長の血を引いているのだ。時には感情よりも損得を優先すべき事があると分かっている筈だ。
「うぅむ、お主はそれで本当に良いのか?」
ディオメデスは確認するかのように聞いてきた。
「ええ、問題ないわ」
それで我らの部族が生き残れるなら安い物だ。
「あい、分かった。では、そなたの話に乗ろう」
ディオメデスがそう言うのを聞いて、他の二人も。
「そこまで考えているのなら、俺も手を貸そう」
「俺もだ」
マルコシアスとエリュマントスも頷いてくれた。
「じゃあ、早速配置を決めましょう」
わたしは地図を広げて、何処にどう展開するか、三人と話しあった。
話しが終ると、マルコシアスはこう言ってきた。
「しかし、お前もそろそろ婿を迎えても良い年頃なのに、どうして族長なんぞするのだ?」
「ふん。先代の族長が死んだとき、弟はまだ一桁になったばかりだったから、わたしが弟が成人するまでの間は、族長をする事になったのよ」
「つまり、花も恥じらう年頃で族長の仕事が忙しくて、男を作る暇もなかったと」
うぐ。確かにその通りだけど、何かグサッと来るわね。
「良いでしょう。別に、それに、わたしにもちゃんとした求める基準があるのよ」
「「「基準?」」」
「そうよ。将来性があって、その上大抵の事は水に流す度量があって、ハーレムを作れるぐらいの甲斐性があって、更に強くて優しい人よ」
「「「・・・・・・・」」」
な、何で、黙るのかしら?
「これは、また」
「俺はお前の事を誤解していた」
「ああ、ある意味でラタトスクといい勝負だな」
「はぁ⁉ 何で、あの子と?」
あんなモフモフした尻尾を持っていて、弄りがいがある子といい勝負⁉
聞き捨てならないわね。
わたしは、その言葉の意味を三人に問いただすが、三人は微笑むだけで何も言わなかった。
解せない。