第38話 にがりで豆腐を作ろう
僕達が『カオンジ』に着いたのは、夜になろうという時間だった。
今日は解散となった。
でも、僕は領主なので、執務室に向かう。
執務室に着くと、ソフィーが調べてくれた資料が、それこそ山の様に積まれていた。
これ、見ないと駄目なの?
という目で、ソフィーを見ると、笑顔で頷いた。
そんな~と思うが、これも仕事と割り切って頑張るしかない。
じゃないと、これだけの量の資料なんか見ていられるか!
ソフィーには夜食を用意してもらうように指示して、僕は資料の山に手を伸ばした。
翌日。
僕は目が覚めると、執務室の机で突っ伏していた。
やれやれ、この歳で徹夜とか普通になしだろう。
前世でも徹夜なんかしなかったぞ。
とは言え、その成果はあった。
昨日は山の様に積まれていた書類が、今は何処にもなかった。
あれだな。某大改造劇的リフォーム番組の常套句が口から出そうになるくらいだ。
誰か見ている訳でもないし聞いている訳でもないから、むなしいだけだから言わないけど。
「ん、ん~・・・・・座って寝ていたから、節々が痛いな」
僕は身体を伸ばしながら背もたれにもたれた。
このまま私室に戻って一眠りつこうかなと思ったが。
「あっ、そう言えば。にがり持って帰って来たから、豆腐が出来るな」
まぁ、豆腐を固める為の容れ物とか、豆すら用意してないがにがりがどういう風に保存されているか確認しておこう。
そう思うと、僕はとりあえず厨房に向かう事にした。
執務室を出て少し歩くと、厨房に着いた。
厨房では、朝ご飯の支度だろうか。料理人の人達がせわしなく駆けまわっていた。
これは流石に訊くのは躊躇うな。
と、そう思っていると、料理人の一人が僕に気付いた。
作業の手を止めて、僕の所まで来た。
「これは、領主さま。何か御用でしょうか?」
「あ~、うん。訊きたいの事があるのだけど、いいかな」
「構いませんよ」
「昨日、持って帰ってきた琥珀色の液体が何処にあるか知っている?」
「ああ、あれですか。あれでしたら食料保存庫ありますよ。持ってきましょうか?」
「そこまでしなくていいよ。ある場所に案内してくれればいいから」
「分かりました。では、どうぞ」
料理人は僕を厨房に案内した。
誰にも聞かずに僕を厨房に通す所を見ると、この料理人はどうやらそれなりに高位の料理人のようだ。
僕は料理人の案内に従って付いて行くと、大きな鍋で煮ている物が目に入った。
緑色の豆のようだ。これは。
「『グリーン・ビーンズ』を煮ているのか?」
「ええ、朝食に豆のスープを出そうと思いまして」
このグリーン・ビーンズは簡単に言えば枝豆だ。
地球と違うのは、豆になる過程が逆という事だ。
あっちでは、枝豆から大豆になるが、こっちでは大豆から枝豆になると思えばいい。
ちなみに、大豆の状態の名前は『バオン・ビーンズ』と言われる。
見た所、柔らかくなっているようだから少し分けてもらうか。
「悪いけど、この煮た豆を煮汁ごと分けて分けて貰えるかな?」
「はぁ、構いませんが。何に使うのですか?」
「ちょっとした事さ」
料理人もそれ以上、何も訊かず近くの料理人に煮た豆を分ける様に指示した。
指示を終えると、僕を食料を保存してある所に案内した。
僕はにがりの状態を確認して、料理人の人ににがりが入った容器を持って来てもらう。
それにしても転生してから、初めて厨房に来て保存庫にも入ったけど意外と最新の設備なんだなと思った。正直、かまどで料理を作っていると思ったし、保存庫ただ日当たりが悪く涼しくしているだけなのだろう思っていた。
ところが、前世のコンロのように火力調節が出来るし、保存庫もちゃんと冷房のようになっていた。
何でこんなに設備が整っているのだろうと、料理人聞いてみたら、魔国の今どきの城の厨房は今はこうなっているそうだ。
まぁ、昔はエリザの所以外は、皆竈だったから、調理しやすくなったぐらいにしか僕には思えないな。
でもこっちの人にしてみれば、画期的なんだろうな。
とりあえず、僕は厨房の一部を借りて、僕は豆腐を作る事にする。
前世で何度も作った事があるので、道具さえあれば簡単に出来る。
まず、するのは煮た豆を煮汁ごと潰す事だ。
これについては、水に浸して潰すという方法もあるが、煮た汁でつぶした方が手間が省ける。
そして、この豆乳を料理人の人に言って用意してくれた布で濾す。これで豆乳とおからに分かれる。
この時に豆乳が冷たければ、温めればいいが。今日は冷たくないので、このままにがりを適量加える。
そして木べらで攪拌する。
攪拌していくと、豆乳は固まり始める。
それを崩しながら、穴が空いた容器に布をしいて入れる。
蓋をしてそのままにする。穴が空いているので後は自然に水が抜ける。
この時、容器に蓋をして、重石を乗せれば出来上がりだ硬く水を切ると木綿豆腐になる。
僕はどちらかと言うと、絹の方が好きなので今日も絹にする。
少しして、蓋をけると白い固体が出来ていた。
容器から皿にだすと、豆腐はプルンっと震えた。
醤油はないだろうから、塩と油だな。
ごま油か、オリーブ油に煮たものはあるかな。
「領主さま、それはいったい?」
調理を手伝ってくれた料理人が豆腐を指差しながら聞いてきた。
「これは豆腐という食べ物だよ」
「トウフ?」
首を傾げる料理人。
そんな食べ物初めて聞くから余計に首を傾げている。
まぁ、初めて見る人はそう思うよな。
食べてみたら意外と美味しいのだけど、どうだろうか。
そう思っていると、僕の後ろから手が伸びて、豆腐をスプーンで掬われた。
「ほぅ、柔らかいな」
誰だと思い、振り返るとそこには母さんが居た。
何時の間にと思っていると、母さんは豆腐を口に入れた。
「ング・・・・・・・・こ、これは⁉」
何だ? 変なモノでも混じっていたか?
「味がしない」
ずっこけそうになったよ。
「いや、微かに甘いな。これは何か味を付けた方がいいな」
「そうだよ。これだけだと、そんなに味がしないのだから、せめて塩ぐらいはかけようよ。母さん」
「ふむ。そうだな」
母さんはそう言って、塩を適当に掴んで豆腐に掛けてスプーンに掬い食べる。
「うむ。先程は殆ど感じなかった甘味が、塩味で引き立ち甘く感じる」
母さんはそう言って、豆腐をバクバク食べ始めた。
もしかして、気に入った?
「って、母さん。僕の朝ご飯になるんだから、食べないでよ」
「けちけちするな。また作ればよかろう。作る所を見ていたが、時間があれば出来るのだろう?」
「何時の間に」
「だから、料理人達に作り方を教えて作れ」
母さんは僕の手の中にあった豆腐を持った皿を奪い、立ちながら食べる。
まぁ、作れたのだから、同じ要領でつくればいいか。
そう思い、僕はもう一度作る事にした。