第12話 宴の翌日
夜が明け、朝日が部屋に差し込む。
「・・・・・・もう、朝か」
僕は朝日が顔に当たるので、目が覚めた。
しかし、眠気が覚めないので、布団を被り再び眠る。
ユサユサ。
布団が揺らされている。
無視して、眠りの世界に旅立つ。
ユサユサ、ユサユサ。
今度は少し強めに揺らされる。
それでも無視する。
ユサユサ、ユサユサ、ユサユサ。
起きない僕に業を煮やしたのか、起きるまで揺らすようだ。
(ていうか、僕を揺らしているのは誰?)
ここに至って、思った。
マイちゃんなら、こんな起こし方はしない。もっと強引かつ痛い方法で起こす。
なら、誰だ?
気になって、布団を除けて重い瞼を開けて僕を揺らす人を見る。
目を開けると、そこに居たのは椎名さんだった。
「あっ、やっと起きてくれた。おはよう、猪田君」
「・・・・・・・・」
椎名さんが挨拶してくれたのだから、僕もするべきなのだが、寝ぼけいる頭でも思った。
(何で、椎名さんが僕の部屋にいるのだろう?)
昨日、アスクレイ侯爵といいだけ話をした。流石に眠たくなったので僕は用意された部屋に引っ込む。
マイちゃん達は謁見の間の前で別れた。
用意された部屋は男子と女子とは別々になっているそうだ。
メイドさんに案内されて、僕は部屋に入ると鍵を閉めてベッドに潜り込み眠った。
で、今に椎名さんに起こされた。
メイドさんに起こされるなら、まだ分かる。マイちゃんに起こされるなら、まぁあり得るだろう。
だが、椎名さんに起こされるとは思わなかった。
というか、鍵を閉めた筈なのに、どうやって入ったのだろう?
「どうしたの?」
「えっと、とりあえず、おはよう」
「うん、おはよう」
僕は身体を起こす。
とりあえず、眠気を完全に覚ますために顔を洗わないと。
そう思っていたら、椎名さんが何処からかタオルを出してきた。
「はい、タオル。これで顔を拭けば眠気が覚めるよ」
「う、うん、ありがとう」
僕はタオルを受け取る。そのタオルは温かく湿っていた。顔を拭くとスッキリした。
「もう、眠気が覚めた? ほら、早く食堂に行って御飯を食べよう」
布団を跳ね除けて、ベットから下りて自分の服を見た。
僕は制服のままで寝たので、服があちこちに皺が出来ていた。
(あちゃ~、どうしようこれ)
流石にこんな皺だらけの服で外に出るのは、少々恥ずかしい。
「う~ん、これはちょっと皺が多いね」
椎名さんも顔を顰める。
顎に手を添えて、何か考えている。
そして、何か思いついたようで、手をポンと叩く。
「そうだ、猪田君、ちょっと制服を借してもらっていい?」
「えっ⁉ なにをするの?」
「制服の皺を直す方法があるから、それをするだけだよ」
「えっ、いや、そんな事しなくても」
「じゃあ、そんな皺だらけの服で外に出る?」
そう言われると、少し悩む。
「・・・・・・分かったよ。じゃあ、任せてもいいかな?」
「うん、任せて!」
「じゃあ、この寝間着に着替えるから、ちょっと外に出ていて」
「うん、着替えたら教えてね」
椎名さんはドアを開けて出て行った。
「・・・・・・・確かに、鍵を掛けた筈なのにな?」
僕は呟きながら、寝間着に着替える。
着替え終えて、僕は部屋の前に居る椎名さんを呼ぼうと、ドアを開けようとしたら。
「着替え終えた?」
椎名さんがドアを開けて入って来た。
「う、うん着替え終ったよ」
「じゃあ、外に出て、待っていてね」
僕は椎名さんに背中を押されて、部屋から出された。
「お願いだから、わたしが出るまで、絶対に部屋を覗かないでね。絶対にだよ」
「うん、わかったよ」
「お願いね」
バタン。
ドアが音を立てて閉まる。
僕は部屋の前で待つ。
(そう言えば、いまのやりとり昔の童話であったな。鶴の恩返しだっけ)
絶対に覗かないで下さいと言われたのに、覗いたので鶴が逃げてしまったというくだりにそっくりだ。
でも、椎名さんは鶴じゃなし、ここは異世界だから逃げる方法もない。
(いや、それとも芸人トリオのあれか、押すな押すなと言って押す奴かな)
なら、ここは覗いた方がいいのかな?
何をしているから気になるから、覗きたくなる。
そう思い、ドアノブに手を掛けそうになるが。
(いや、ここは言われたように待った方がいいかな)
とも思うので、僕は部屋の前で腕を組んで考える。
「あれ? ノッ君がもう起きてる。今日は槍でも降るのかな?」
考えている僕にそう言ってくるのは、マイちゃんだ。
「マイちゃん、おはよう」
「おはよう、ていうか、何で寝間着姿で部屋の前に居るの?」
「ああ、これには事情があって」
「事情?」
僕はかいつまんで、今の状況を説明する。
「という訳で、今椎名さんが部屋で何かしているんだ」
「ふぅん、椎名さんが、ね」
マイちゃんがすっごく不機嫌になっていく。
「で、ノッ君は何をしているか気にならないの?」
「気になると言えば気になるけど・・・・・・」
絶対に覗かないでねと言われているのに、覗くのは気が引ける。
でも、中で何をしているのか気になる。
「じゃあ、ここは覗かないで、中の様子を聞いたら?」
「聞く? どうやって?」
「ドアに耳を当てたら、声ぐらいなら聞こえるでしょう」
「う~ん、やってみないと分からないな」
このドアの厚みがどれぐらいあるか分からない。
「覗いてないから約束は破ってない。だから、大丈夫」
「なに、その頓智みたいな答え?」
僕はそう言いながらも、ドアに耳を当てる。
「何だかんだ言って、気になっているんでしょう?」
にしししと笑うマイちゃん。
「もう、良いだろう。それと静かにしてくよ。聞こえないから」
ドアに耳を当てて、中の声を聞く。そして聞こえて来たのは。
『スーハー! スーハー! 猪田君の匂いっ、猪田君の匂いっ、猪田君の匂いっ、さっきまで着ていたから、まだ温かくて、匂いも少しも薄れてない♥ 今の内に吸い溜めしておかないと♥ スーハー♥ スーハー♥ スーハー♥』
僕は一旦耳を離して、指を耳に入れて軽く掃除する。指を見たが、特にごみなど無い。
マイちゃんが、ドアから耳を離して指を入れて掃除する僕を見て、何しているんだこいつみたいな顔をするが、気にせず、もう一度、耳をドアにつける。
『い、今なら、襟の所を舐めても、問題ないよね。ないよね。じゃ、じゃあ・・・・・・っつ、やっぱり、駄目! でもでも』
僕は耳を離して、壁に寄り掛かり考える人のポーズをとる。
「どうしたの?」
「・・・・・・昨日、寝るのが遅かったから、幻聴が・・・・・・」
「ふぅん、そう」
マイちゃんはそれ以上何も言わず、僕の隣で部屋を見ている。
少しして、皺が一つもない状態の制服と共に椎名さんが出て来た。
僕は「ありがとう」とだけ言って、部屋に入り着替える。
着替えている最中も、正直何をしていたのだろうと思うが、聞いたら後悔しそうなので、僕は訊かない事にする。