閑話 先生も辛い
リウイの家庭教師のメルビ―ナ視点です。
わたしことメルビ―ナは『オウエ』に着いたその夜、歓迎の宴の最中でそっと抜け出して、自分の部屋に戻り、わたしの上官であるイザドラ様から貰った石英を荷物袋の中から出した。
「これから毎日、こうして報告するのかと思うと少々気が滅入るわ」
リウイ様の家庭教師と言う事でついてきたけど、武術全般を教えているヨアヒム卿ならともかくわたしは別に付いてこなくても良かったのだが、上官命令で強制的に『オウエ』に行く事になった。
更に、この石英を渡された。
この石英は魔石を加工して作られた遠距離会話装置だ。
既に『魔導甲殻兵団』では正式に実用化されている物だ。
この石英は更にそれを改良して、この石英を触媒にして転移魔法陣を使う事が出来る。
最もこの方法は一度しか使えないので、使いどころはよくよく考えて行わなければならない。
部屋の外に誰も居ない事をドアを開けて確認して、ドアを閉めてから石英を発動させた。
この石英の発動する事は簡単だ。魔力を込めれば起動できる。
「あ~、テステス。こちら、教師。閣下、聞こえますか?」
『感度良好。よく聞こえていますよ。メルビ―ナ』
起動させて、直ぐに合言葉を言う。
これを言わないと、わたし以外が使うと判断されて、イザドラ様の手にある石英は壊すようになっている。
『さて、今日の報告を聞きましょうか』
「はっ、本日は」
わたしはイザドラ様に今日あった事を話した。
『特に何も起こっていないようですね』
「はい。明日にはリウイ様は地元の者を道案内にして『清海』に向かうそうです」
「『清海』ですか。メルビ―ナ、貴方はどう思いますか?」
「そうですね。わたしの意見では、領地を把握という意味でも『清海』に行くのは悪くないと思われます」
『護衛は誰がするのですか?』
「まだ、決まっていないようですが、フェル様と部下を何人か連れて行くようです」
『そうですか。なら、安心はできますね。ハバキ様はどうする予定ですか?」
「何も言っていませんでしたので、分かりません」
『・・・・・・あの方らしいと言えばらしいですね』
イザドラ様は溜め息を吐きながら話す。
余程、扱いに困る方のようだ。
あまり接した事がないので、どのような御方かわたしは知らないので、何とも言えない。
『ご苦労様でした。明日の報告を愉しみしています』
そう言うと、石英の輝きが止んだ。
「ふぅ」
報告を終えたわたしは思わず、安堵の息を吐いた。
上官に報告と言う事で気を張るのもあるが、最近のあの方をどう接すれば良いのか分からないので、精神的に疲れる。
少し前までは、沈着で冷徹にして度量の広い方だったが、最近では仕事中だろうと何だろうと、リウイ様の事を思う弟大好きな姉になってしまった。
何せ、その弟の家庭教師を選ぶ時でさえ口を出す始末。
武術に関しては、ヨアヒム卿に決まっていたが、学問の方は選出に時間が掛かった。
最終的にはわたしを含めて男女合わせて十三名ほど選ばれた。
教える先生は一人と決まった訳ではないが、十三人は多すぎるので試験をしてもらい少し減らす事になった。その時の試験官がイザドラ様だった。
その時の試験は・・・・・・思い出すのも嫌だ。
はっきり言って、あれは試験ではない。
わたし達試験を受ける者はある部屋に集まられた。何故か完全武装だったのは気になるが、そう思っているとイザドラ様が部屋に入ってきた。そして試験が始まった。最初はリウイ様の似顔絵を見せてもらった。イザドラ様はその似顔絵を見てわたし達にこう言った。
『この子を事を可愛いと思った者は手を挙げてください』
と言ったので、わたし達は全員、手を挙げた。
そして、次も似顔絵であった。
今度もリウイ様の似顔絵だった。
違うのは笑顔である事だ。
『この事は可愛いと思えるという人は手を挙げてください』
と言ったので、わたし達は手を挙げた。
そうして、リウイ様の似顔絵を延々と見せられた。
何時まで続くのだろうと思っていると、イザドラ様が最後の似顔絵と言って見せたのは、リウイ様が何かをジッと見ているのであった。
『では、この絵のリウイは何を見ていると思いますか?』
は、はああああっ⁉
そんなの分かるわけないでしょう!
皆、何と言えば良いのか分からなかった。
困惑しているわたし達にイザドラ様は何も言わず見ている。
とりあえず、何か見ていると思ったので適当に言ってみようと、試験を受けている者の一人が答えた。
『動物を見ているのでは?』
『違います。貴方、失格です』
イザドラ様がそう言うと、答えた者の床が突然開いた。その者は悲鳴を上げて落ちて行った。
『適当に答えますと、こうなりますので、慎重に考えて答えてください』
そう言われても、正直、何て言えば良いのか分からない。
試験を受けている者達もこのままではまずいと思い焦ったのか、適当な事を言って落ちて行った。
人数も少しずつ減っていき、残りは八人になった。
残った者は何も答えていないから、残っていた。
『皆、何も答えないのですが、よろしいのですか?』
イザドラ様はそういうが、似顔絵のリウイ様が何を見ているのか分からないので答えようがない。
わたし達は黙っていると、イザドラ様は頷いた。
『では、一次試験は終了します。では、二次試験を行ないます』
えっ⁉ 答えてないのに、二時試験に行って良いのか?
と思っていると、イザドラ様は理由を教えてくれた。
『先生になるからと言っても、あやふやな事を教えるよりも確実に分かっている事だけを教えてもらいたいので、こうしたのです』
成程。最後の似顔絵はそうしたのは分かったけど、今まで見せた似顔絵の意味は?
『ついでに、リウイが如何に可愛いか知ってもらいたいので、似顔絵にしました』
試験をするついでに弟自慢をするとは、公私混同も良い所ではっ⁉
『では、二次試験です』
イザドラ様はそう言って二次試験を行った。
その試験も後に受ける試験も、理屈は分かるのだけど、時折入って来る弟自慢がうざかった。
試験が終わる頃には、わたしと二人しか残っていなかった。
『ご苦労様でした。では、最終試験です』
いったい、何をするのだろうと身構えていると、イザドラ様が何もない空間から槍を出した。
『最終試験は、わたしの攻撃を五分間防げば、終了です。残った方が家庭教師になります』
え、ええ~、何で家庭教師を選ぶのに戦闘力が必要なの?
『王族の教師になる者、それなりの武勇を持たないといけません』
イザドラ様は砂時計を置いた。
砂が流れていく。
『では、開始します』
イザドラ様は襲い掛かって来た。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
五分後。
立っていたのは、わたし一人だった。
他の二人は、ズタボロになって倒れていた。
わたしも今にも倒れそうなくらいに疲弊していた。
『残ったのは、貴方ですか。メルビ―ナ』
イザドラ様は傷らしい傷など無い状態で立っていた。
これでも『魔導甲殻兵団』では副兵団長の次の地位にあたる万人長なのだが、これほど実力差があるとは思わなかった。
『貴方でしたら、大丈夫でしょう。リウイの事を頼みましたよ』
イザドラ様は笑顔で言うが、わたしは答える気力はなく頷くだけで精いっぱいだった。
その後はリウイ様の教師をしつつ、裏でリウイ様の監視役として頑張っていた。
何故、そんな事をするのかと言うと、リウイ様は良く何処に行く分からなくなるので、監視役が必要だという事で監視している。
正直、リウイ様の監視よりもイザドラ様の報告の方が大変だった。
事細かに説明しないといけないので疲れるのだ。
「はぁ、多分、イザドラ様にちゃんと報告しないといけないから、わたしも付き合わないと駄目ですよね」
ああ『魔導甲殻兵団』に配属された時は、出世街道に乗ったと思ったら、まさか一番末の王子の教師になるとは思いもしなかったわ。
「はぁ、明日は大変ね」
そう愚痴りながら、わたしは寝る準備をした。