第15話 初めての野宿
姉さん達が山の麓で陣を構えているそうなので、僕達は山を下りて来たのだけど。
兄貴が陣に顔を出すなり、何故か僕達は拘束された。
そう、拘束されたのだ。
「ああ~、リウイ、突然いなくなったので心配しましたよ。勝手に居なくなるなんて、いつから姉の言う事に従わない悪い子になったのですか。もう、姉さんはリウイの将来が心配です」
イザドラ姉さんは僕を二度と離さないとばかりに、力を込めて抱き締めて頬ずりする。
胸も押し付けてくるので、気持ち良いのだが呼吸しづらく苦しかった。
ティナは抱き締められている僕を見て、更にイザドラ姉さんの胸を見て、自分の胸を見て「いいなぁ」とだけ呟く。いや、そんな事を言う前に助けてよ。
「無事でよかった」
ヘルミーネ姉さんは、僕の頭を撫でて笑顔を浮かべる。
家族の皆は姉さんが笑顔を浮かべていると分かるのだが、部下の人達には笑顔をというよりも、怒っているのを無理矢理抑えて、引きつったような顔で笑っている様に見えるだろう。
現にヘルミーネ姉さんの部下の人が、姉さんの顔を見て怖くて目を反らしている。
僕は身動きが出来ない程に抱き締められている。中、兄貴はと言うと。
「お~い、そろそろ、こっちを向いてくれよ」
兄貴は全身を何かの布でグルグルに拘束されて、まるでイモムシのような状態になっていた。
自分が何故、拘束されているか分からない顔をしている兄貴。
イザドラ姉さんは、笑顔を浮かべていたが一転して、兄貴を冷たい目で見下ろした。
「アドラ、貴方は自分が置かれている立場が分かっているのですか?」
「立場って、そもそも、どうして俺は拘束されているんだ?」
兄貴がそう言うと、イザドラ姉さんは凍えそうな位に冷たい目をした。
「何か、寒くないか?」
「ああ、この鎧は防寒機能も付いている筈なんだがな」
兵士の人達がそう言うけど、僕はそう寒いとは感じなかった。
「アドラ、貴方はまた無断で強引にわたしの可愛いリウイを連れていきましたね。幾ら弟といえど流石に許しませんよっ」
イザドラ姉さんの瞳孔が縦に細長くなっていく。
へぇ、イザドラ姉さんは怒るとこうなるんだ。
僕を叱るのはロゼティータ姉さんだけなので、イザドラ姉さんが怒る顔を見るのは初めてであった。
フェル姉さんとヘルミーネ姉さんは僕が悪い事したら、諭すように言う。
ミリアアリア姉さんは怪我がないか確認して、そして注意してから一緒に謝ってくれる。
ちなみに、イザドラ姉さんだと何かしても許してくれる。
「でもよ。姉貴、俺はちゃんと城にリウイを連れて行くと部下を送ったぞ?」
「お黙りなさい。あろう事か嘘までつくとは、王子として自覚がないからそんな事を言うのですよ」
「いや、それは関係ないと思うぞ?」
「いいえ、王子としての自覚がないから、口から出まかせを言うのですっ」
「ちょっと無理がないか、その論法は?」
「そう言って口で誤魔化そうとしても、わたしは誤魔化されませよ!」
イザドラ姉さんはヒートアップしていく。
そんな中、ヘルミーネ姉さんの下に部下の人が近づく。
部下の人は、ヘルミーネ姉さんの耳元で話しかけだした。
姉さんは聞いている内にだんだんと顔色を変えていく。
そして、部下の人が話し終わり離れると、ヘルミーネ姉さんはイザドラ姉さんを見る。
イザドラ姉さんは兄貴に説教をしていた。
「姉さん、ちょっと」
「はい? 何ですか?」
ヘルミーネ姉さんはイザドラ姉さんの耳元で話し出す。
話を聞きながら、姉さんは相槌を打つ。
「・・・・・・・成程、そうでしたか」
「だから、兄さんをこのままにするのは、可哀そうだ」
「確かにそうですね」
イザドラ姉さんはそう言うと、部下に合図を送った。
その合図を見た部下の人は、兄貴の拘束を解いていく。
兄貴は拘束が解けると肩をグルグル回す。
「ふぃ~、やっと動けるぜ」
身体を一頻り動かした兄貴は、立ち上がり姉さん達を見る。
「解放したって事は、俺の言った通りだっただろうっ」
「ええ、今しがた城から連絡が来ました。貴方の部下がわたし達が出た後に城に着いたそうです」
「じゃあ。行き違いかよ。仕方がねえな」
「ですので、今回は不幸な事故という事で手打ちにしましょうか」
「ああ、そうだなって、流せるか‼」
兄貴が怒りを込めて吼えた。
「まぁ、拘束されたのは行き違いという事で許してもいいがっ、な ん で、姉貴達は麾下の軍団を動かすんだよ⁉」
「そんなの決まっているでしょう。弟の捜索の為ですよ」
イザドラ姉さんはしれッとした顔で言う。
「リウイの捜索の為にっ、軍団を動かすとかっ、どう考えても正気じゃねえだろうが‼」
「・・・・・・てっきり、誘拐されたのかと思って」
ヘルミーネ姉さんは流石にやり過ぎたと自覚しているようで、顔を俯かせる。
「だからって、魔国の軍団でも精鋭と言われえる軍団を二つも動かすとか、有り得ねえだろう‼」
アドラ兄貴が叫ぶ。
「まったく、リウイを探すのですからこれくらいしてもいいでしょう」
「よくねえから言っているんだよっ」
アドラ兄貴の突っ込みは、イザドラ姉さんにはまったく届かいようだ。
「そんな事よりも、今は大事な事があります」
「そ、そんな事⁉」
自分の言葉はそんな事で片付けられて、言葉を失うアドラ兄貴。
「もう、夜になったのですから、今日は野営ですね。そこでリウイ」
姉さんは僕の顎を掴んでクイっと上げる。
「なに?」
「今日は一緒に寝ましょうね~」
断ろうと思ったけど、理由はどうあれここまで来たのだから、一緒に寝ないといじけそうだ。
仕方がない。一緒に寝てあげよう。
けして、抱き締められて寝るのが嬉しいとか、胸を押し付けられて嬉しいという気持ちがある訳ではない。けして‼
このまま姉さんは僕を抱き締めたまま、眠るテントに行くのかと思っていたら、ヘルミーネ姉さんが止めた。
「ヘルミーネ? どうかしましたか?」
「駄目」
そう言われても、何が駄目なのか、意味が分からず僕と姉さんは首をかしげる。
「今日は、わたしがリウイと寝る」
ヘルミーネ姉さんがそう言うと、イザドラ姉さんは僕を優しく下ろした。
そして笑顔で、ヘルミーネ姉さんを威圧した。
「ふっふふふ、ヘルミーネ。それはわたしに宣戦布告と取って良いのですね?」
「・・・・・・・(コクリ)」
ヘルミーネ姉さんは返答はしないが、ただ頷いた。
だが、ヘルミーネ姉さんは戦闘態勢に移行していた。
イザドラ姉さんも何時でも戦えるように、魔力が身体から溢れ出していく。
二人の様子を見て、周りの人達は悲鳴をあげる。
「ひいいいいいいいっ⁉」
「退避、退避~」
「あの二人が戦えば、ここら一帯は焦土になるぞ‼」
「逃げろっ⁉ 出来るだけ遠くまで逃げるぞ‼」
そう言って、兵士の人達は逃げ出していく。
アドラ兄貴は頭を抑えながら、溜め息を吐いた。
これは流石にまずいと思い、僕は二人を宥める事にした。
と言っても別に大した事はしなくていい。
二人の手を握って「一緒に寝よう」と言えば直ぐに収まるだろう。
そして、実行した。
結果。その夜は僕達は川の字で眠った。無論、僕が真ん中だ。