第78話 魔人族領に侵攻
僕達は着替えている間も、一言も話さないでいた。
部屋を出て、セリーヌ王女が居なくなるとようやくエリザさんが口を開いた。
「き、昨日は、その・・・・・・・・」
「・・・・・・どうして、あんな事をしたのですか?」
事が済んでから聞くのはどうかと思うが、事情だけは訊きいておきたい。
「・・・・・・・・今後の為よ」
「今後?」
「もし、もしもよ。今回の侵攻で負けたら、総大将に推薦されたアウラ王女が責任を取る事になるわ」
「総大将なんですから、当然ですね」
「その際、の、子豚の在籍権がとられるかもしれないわ」
「僕の在籍権?」
そんなの要る人いるかなと思ったら、エルカス将軍とライオル陛下の顔が浮かんだ。
あの二人なら、欲しいというだろうな。
「でも、僕の在籍権が、今回の侵攻で出来た負債が払えるくらいの価値があるのでしょうか?」
「有るわよ。十分に」
エリザさんは溜め息を吐いた。
僕はそうは思えないけどな。
「あのね。子豚が領地を貰って僅か半年で急速に復興していったのは、少なくと子豚の能力があったからよ。そこを自覚しなさい」
「と言われても、僕がしたのは金を作ったぐらいで、後は勝手に発掘されたというか見つかったとしか言えませんよ」
「運も実力の内って言うでしょう。それに、触媒無しの錬成魔法なんて、わたしでも出来ないわよ」
「そうですよね。後で知って驚きました。でも、昨日の件が僕の在籍権なにか関係が・・・・・・・・ああっ、そういう事か」
僕は今になってようやく分かった。
「その顔は分かったようね」
「僕の子供を作って、それにより在籍権を確保するって事ですか?」
「はい。大正解。特別に頬を突っついてあげるわ」
エリザさんはそう言って、僕の頬を引っ張った。
「あの、なんれ、ひっはるのれすか?」
「・・・・・・何となくよ」
そう言って、エリザさんは引っ張るのを止めた。
「でも、そんな都合よく子供が出来るとは」
「この日の為に、色々としたのよ。そう色々ね」
エリザさんが遠くをみるような目をしていた。
という事は、あれですか。まだ十代なのに、コブもち確定ですか?
いや、収入の面で言えば、子供は何人いても問題ないけどさ。
「もし出来ていたら、元の世界に帰れない」
この事実、誰にも話せないな。
「まぁ、その為にこんな事をしたのでしょうね」
「う~、まさかここまでしてくるとは、それにして僕の在籍権の為に、セリーヌ王女様があんな事をするとは思わなかった」
「陛下に命令されたかどうかは知らないけど、セリーヌも乗り気だったからこうなったのでしょうね」
「えっ⁉」
乗り気? セリーヌ王女が?
そんなに接点ないんだけど。
ここ数年は僕当てに、手紙が届いて「美味しい料理又はお菓子が食べたいので、レシピを送ってください」という内容だ。
「あんたね。王女様がそんな私的な内容の手紙を送っている時点で、もう粉を掛けられていると思いなさいよ」
「そ、そうなんだっ、全然分からなかった」
「ほんとうに、世話が掛かる人ね。もう」
そう言って、エリザさんは僕に抱き付いてきた。
年相応の胸が僕の腹にあたり、むぎゅッと潰れる。
「あ、あんたが、こんなに情けない男だから、仕方がなく、仕方がなくよ。仕方がなく、あんたの傍にいて支えてあげるわっ」
抱き付いているので、顔は見えないが恐らく、顔は真っ赤になっているだろう。
そして離れると、僕にビシッと指さす。
「良い! この戦で死んだらタダじゃあ置かないんだからね。そこの所をよく理解して行きなさい。いいわね!」
エリザさんはそう言い終えると、直ぐにその場を後にした。
その疾風のような速さに、僕は何も言えず見送ってしまった。
「さて、まぁ、ぐっすり眠れたから良い事にしよう。朝ご飯を食べたら、集合場所に行くか」
僕は前にエリザさんが教えてくれた食堂に向かった。
ちなみに、混んでいたので相席を頼んだら、エリザさんが座っていた。
先程の言葉が恥ずかしかッたのか、食事が終わるまで終始顔を伏せたまま食べていた。
食事が終わり、僕は集合場所に向かう。
エリザさんは食べ終わるなり、先程と同じく疾風のような速さで行ってしまった。
集合場所と言っても謁見の間だ。
そこで、バァボル陛下から兵権を預ける儀式を行う。そして、アウラ王女が今回の侵攻に際しての一言を申して、各種族は事前に決めた侵攻ルートで魔人族領に侵攻する。
(後は、人間族軍が敵の首都に到達して、今回の侵攻作戦の恩賞の主導権を握る事だな)
総大将と言っても、別に恩賞を好き勝手に与える事は出来ない。
なので、どこよりも早く首都に到達して首都を陥落させる。
これにより、今回の恩賞の采配を好きに出来る。
(後は、皆を元の世界に帰れるように、転移魔法が有る事を祈ろう)
そして、僕は謁見の間に向かう。
僕が謁見の間に入ると、主だった将達は既に居た。
そして、僕のクラスメート達もその場に居た。だが、男子は西園寺君と天城君と遠山君しかおらず、女子の方はユエと椎名さんと村松さんだけだ。
流石に全員呼んでも、この謁見の間に入れないので入る人を限定したのだろう。
それと、マイちゃんが居ないのは、多分面倒くさがってだろう。
僕が入って来たのを気付いた? のか椎名さんが首を向けて僕を真っ直ぐ見る。
笑顔で手を振って来るので、僕も手を振り返す。
(入る時誰も僕を呼ばなかったよね? 扉も開けっぱなしだから、誰が入って来ても気付かない筈なのだけど?)
僕は笑顔で手を振るけど、どうして気付いたのか気になっていた。
他の皆はどうかなと思い目を向ける。
ユエはいつも通り何か考えている。あっ、僕の視線に気づいたのか、小さく手を振っている。
村松さんはユエが手を振っている事に気付き、その手を振っている先を見て、僕だと気付くと手をブンブン大きく振った。僕も振り返す。
遠山君と西園寺君は何か話をしていて、僕には気付いていないようだ。
そして、天城君に目を向けると、少しギョッとした。
何かよく分からないけど、目が死んだ魚のような目をしていた。
そう言えば、天城君を見るのは三年ぶりだという事を思い出した。
(戦場に出て活躍しているとか聞いていたけど、何かあったのだろうか?)
天城君はただ前だけ見ていた。だが、その瞳には何も映しているようには見えなかった。
僕は前もって決まっている、自分の所に向かい。儀式が始まるのを待った。
そして、バァボル国王陛下が現れると、ざわついているのが静かになった。
国陛下が玉座に座ると、少し遅れて宰相がバァボル陛下の隣に立つ。
「これより、総大将任命の儀を執り行う。アウラ・エクセラ・ロンディバルア、前へ」
「はっ」
アウラ王女が並んでいる所から一歩前に出た。
そして、玉座まで歩き数歩離れた所で止まり跪いた。
バァボル陛下が立ち上がり、腰に差している剣を抜く。そして剣の切っ先をアウラ王女の肩に乗せる。
「アウラ・エクセラ・ロンディバルアよ」
「はい」
「これより、汝に我が連合軍総大将の権を授ける。見事儂の期待に応え、勝利を儂の捧げよ」
「はっ、このアウラ・エクセラ・ロンディバルア。身命を賭して叶えます」
「うむ。期待して待つ」
バァボル陛下は剣を収めて、鞘ごと腰から抜いて、両手で持った。
「汝には人間族軍の兵権も与える。この剣を持って儂の威光を示せ」
「はい。頂戴いたします」
アウラ王女は恭しく剣を受けとる。
そして、その剣を持って立ち上がり、剣を抜いて天へと掲げた。
「出陣‼ 各々の奮闘を期待する。また生きて、魔人族領の首都で会おうぞ‼」
その言葉で、皆敬礼して、謁見の間を出て行った。
僕の方はする事がないので、とりあえずこの場を後にして、何処かで時間を潰そうかと思っていたら、背後から「ターバクソン男爵」と言われて、振り返ると宮臣が居た。
「王女様からの手紙を預かりました。どうぞ」
僕に手紙を渡すと、一礼して宮臣の人は去る。
貰った手紙を開き、何と書いてあるのか見てみた。
手紙にはこちらの世界の文字で一言こう書かれていた。
『旦那様、凱旋をお待ちしておりますわ♥』と。
僕は頭が痛くなるを我慢しながら、その場を後にした。
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各種族軍が準備が整った順から、王都を出発していく。
最初の攻撃目標地点まで駆けていく。
僕達に人間族軍・亜人族軍連合軍はまだ準備が整っていないので出発していない。
そう言えば、今回の連合軍は総勢何万なのか聞いていなかった事を思い出す。
なので、誰かに訊く事にした。
丁度運よく、カドモスさんが前から現れた。
手持ち無沙汰なのか、何も持たないでブラブラしている。
「カドモスさん」
「おお、これは男爵様、御機嫌よう」
「御機嫌よう」
ほぼ習慣じみた挨拶をして、少し雑談を交える。
「カドモスさんは何もしないのですか?」
「わたしのする事がなくなりまして、部下の仕事を奪うのも副団長として問題があると思い、暇つぶしにぶらついていました」
「はっはは、実は僕もする事がなくてぶらついていました」
「そうですか。お互いする事がないと暇ですね。はっははは」
「はっはは、その通りですね」
一頻り笑うと、僕は本題を話す。
「今回の連合軍は各種族の軍を集めたら、どれくらいになるのでしょうね」
「おや? 男爵は後方支援を従事していたので、知っているのでは?」
「流石にそこまで情報が入って来ないので・・・・・・・」
「そうですか。確か、獣人族軍三万、竜人族軍三万、鬼人族軍二万、天人族軍一万五千、亜人族軍一万四千、そして人間族軍は三万五千ですから、総勢十四万四千ですね」
「それはまた凄い数ですね」
かなりの軍が動員されたようだ。
人間族軍が他の軍より多いのは、総大将だからだろう。
そう話していると、向こう側から人がやって来た。
僕達の所まで来ると、一度止まり敬礼した。
「副団長、出陣準備が出来ました。直ぐに陣に戻って下さい」
「あい。分かった」
そう言ってカドモスさんは僕を見る。
「男爵様、わたしはこれで。お互い武運が有ります事を」
「はい、そちらも」
そう言ってカドモスさんは行ったので、僕も自分の持ち場に向かう。




