《才悪の襲来》
遂に才悪の手が襲う・・・
快調に進む車の中で、笑顔の親父の隣で俺は少し強張った表情をしている。
色々といつもと完全に一緒・・・とはいえないが、概ね同じといえる日常であることに違いないはずなのだが・・・
俺の心境は穏やかな日常にそぐわないものになっていた。
突然無言になった俺を心配してか、親父が俺に話しかけた。
「おい、晴。大丈夫か?」
俺の身を案じている顔は心配そうな顔をしているし、俺への問いかけも優しい。
だが、俺に纏わりつく不安や嫌な感覚は離れなかった。いやむしろ強くなったような気がする。
そしてついさっきまで顔に心配の色を浮かべていたというのに、もう笑顔に戻っている親父の顔を見る・・・
「なあ、親父・・・ひとつ聞いていいか?」
「ん?どうした。」
「・・あんた・・・誰?」
俺は一つの願いを込めてこの質問をした。この質問が俺の馬鹿な発言で、親父がそれに「大丈夫か?晴。」とでも言って笑って終わって欲しいという願いだ。
しかしそんな願いは親父の放った次の一言で簡単に朽ち果て、叶わなかった・・・
「久しぶりだね。《No.1106》。」
「ーーっ!」
《予感》というものはつくづく、良くないときにほど当たるものだなと平穏な日常から一気に遠ざかって、一番最初に思った。
驚いた表情の俺に、隣の男が聞く。
「なんで君の父親じゃないとわかったんだい?」
口調が変わり、興味深そうにこちらに聞いてくる。しかし自分の正体が露見してなお、男は笑顔を崩さない。
「まず親父はスマホは先週替えたばかりだ。昨日まで使っていたのにもう替えるのは流石に早過ぎる。それに親父は綾音のことを綾ちゃんって呼ぶんだよ。」
ここでビビってはダメだと自分自身思い、強気で質問に答えては見たものの、心臓の鼓動は早くなるばかりだった。
「そうかい、そうかい!いやぁ〜何とも素晴らしい洞察力だ《No.1106》!いや君の場合、情報解析能力とでもいうべきなのかな。」
堪えられないのか右手で顔を押さえて笑う。こいつは明らかにあの実験場の関係者だ。俺の事を研究に使うモルモット程度にしか思っていない。
「いや本当に探したよ。君のこと。あれからもう4年もさ。君はあの実験、唯一の成功者だからね。あの時は本当にー」
「その顔はどうしたんだ?」
「え?ああこれかい?」
男は右手で肩辺りから皮膚を剥がし始めた。いや正確にいうと皮膚のような何かだ。薄く剥がされていくそれがすべて剥ぎ取られ、全くの別人の顔が姿を現した。
「お前は・・・。」
間違いないあの実験の関係者。それも最終実験の時にもいた科学者だ。話したことはあまりなかったが、こんな喋り方をする奴だっただろうか。
「素材はシリコン、《如月 和也》のデータをもとに最新の3Dプリンタで作製した極薄マスクだよ。どうだいこの質感、よく出来ているだろう?」
「声はサンプリングした親父の声のデータを変声機にインストールし、親父の声にしたってところか。」
また楽しそうに男が答える。
「その通り。携帯端末の事と名前の愛称については失念していたなぁ。」
俺は続けて聞く。
「何故親父のデータを持っていたんだ?」
「あの男には随分やられたからね。あの組織のリーダーの情報はもちろん持っているさ。」
何故あの親父がこんなに重要視されているのだろう。実験の科学者達にとって敵になる程の存在って・・・
「俺があの時間に校門に行くことをどうやって知った?」
完全に親父ではなくなった男が、その顔に笑みを浮かべる。
「それはね、君の妹さんに聞いたのさ。」
「ーーっ!お前!」
「まあ、そう興奮するな《No.1106》。落ち着け。」
「妹は無事なんだろうな?」
「外傷は無いよ。情報を教えてもらってから寝てもらっているだけ、この車のトランクに横になってもらっているよ。トランクは俺の声紋でしか開かないし、これで君は車を降りられない。」
「・・・俺達を何処に運んでいるんだ?」
「それを君に教える義務はないし、それにもう少しで着くよ。」
科学者の言葉に否が応でも焦ってしまう。さっきまではどうやってこの車から降りるか、どうやってこいつから逃げるかを考えていた俺だったが、妹を人質に取られ、逃げることは出来なくなってしまった。
(くそ!どうすれば・・・。)
この状態を打破するための思考は行き詰まるなか、車は滞りなくただ無慈悲に目的地に向かって進み続けた。
『お前ら・・・準備はいいな・・・いくぞ。』
『了解。』
晴と陽奈が連れ去られてから、ある組織もまた動き始めていた・・・
物語がそろそろ始動します!お楽しみください!感想お待ちしています!